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第八章 迷宮行進曲

忍者でござる

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 健太郎けんたろうは改めて目の前の男を観察した。
 上から黒頭巾に金属の額当て、黒装束の下、胸元には鎖帷子が見える。
 そして背中には日本刀らしき物を背負っていた。



 まさに、THE忍者といった感じだ。きっとミラルダならハッ○リくんと名付けるだろう。

 そんな事を考えていた健太郎の後ろでは、グリゼルダが首を斬られた新田にったに癒しの魔法を掛けていた。

「よし、傷は塞いだ。後はこいつの体力次第だ」
「体力……確かベック爺さんから援助物資で水薬ポーションを貰ってたんだったッ!」
「いいぞ、それも飲ませろ。むせない様に少しずつだぞミラルダ」
「分かってるよ……」
「飲ませるにはこの仮面が邪魔だね……ええっと……この紐を切れば……」

 パムは新田が着けていた面頬を外そうと腰のポーチから小ぶりのハサミを取り出す。
 その様子を見ていたハッ○リくんは無駄な事をと鼻を鳴らした。

「この偽善者共が。この迷宮で彷徨う者達を散々狩って来たのだろう? 今更一人助けて何になる?」
「コホー……」

 確かにここに来るまで正気を失くした人達を倒して……いや、殺してきた……だけど……それでも助けられる命は助けたっていいじゃないかッ!!

「ふんッ……意思の疎通が出来ん者と喋っても無駄だな」

 そう言うとハッ○リくんは身を屈め、地面スレスレを滑る様に健太郎に迫った。
 健太郎の真正面に来たハッ○リくんは左にステップするかと思えば右へ、逆にそのまま左へ飛んだりとフェイントを交えながら健太郎に短剣を振るう。
 健太郎はその連撃を全ては捌けないまでも、払いのけハッ○リくんの隙を探った。

「チッ、硬い奴だ」

 ハッ○リくんは短剣では健太郎を倒せないと思ったのか、間合いを取り背中に背負った刀を抜いた。
 刀身の長さは一メートル程、緩やかな刃紋の浮かんだ刀身は自ら輝きを放っているかの様だった。

「ミシマ、奴が剣を使うなら俺が……」
「コホーッ」

 いや、ギャガンが出れば奴はまた短刀を使うだろう。

 健太郎はそう言って後ろ手にギャガンを制し、ハッ○リくんに向かって軽く腕を広げ両手を開いた。

「いかにお前が硬くてもこの刀で斬られればただではすまんぞ……なにせこの刀は新田の持っていた紛い物と違い、本物の妖刀、佐神国守さじんくにもりだからな」
「何ッ、本物の妖刀ッ!? おいミシマ、あの剣は壊すなッ!! 絶対にだッ!!」
「コホー……」

 うん、なるべく破壊を狙っていこう……。

 少し狂気を感じるギャガンの言葉を聞いた健太郎は、そう心に決めハッ○リくんの刀に全神経を集中させた。
 そんな健太郎の気迫が伝わったのか、ハッ○リくんも目を細め刀を八双に構える。

「フッ!!」

 そんな声と共にハッ○リくんは一気に踏み込み健太郎の頭目掛けて構えた刀を振り下ろした。
 健太郎はその稲妻の様な斬撃に合わせ広げた両手を頭上で打ち鳴らす。

「なッ、白刃取りだとッ!?」

 ハッ○リくんの驚きを他所に、健太郎の体は真田に教えられた動きを正確にトレースする。
 両手の掌で挟んだ刀身を左に捻り、左手をハッ○リくんの右手首へとスライドさせる、同時に柄頭を握った左手手首を右の手刀で真横に払った。
 手刀によってハッ○リくんの左腕は柄から離れ、彼の体は健太郎の前で胸を開く形となった。
 その後、右手を引き寄せ、反応出来ずにたたらを踏んだハッ○リくんの開いた胸目掛け、鉄山靠を叩き込んだ。

 技の開始から終わりまで一秒も掛かっていないだろう。
 流石に反応出来ずハッ○リくんは吹き飛ばされ、迷宮の壁に轟音を響かせぶつかり床に倒れて動かなくなった。

 一連の動きは真田が考えた剣士に対する対処法の一つではあったが「威力は凄いけど、危ないから使わんほうがええで」と彼から忠告されていた物だった。

「コホー……」

 まぁ、刀を取るの失敗しちゃったら、真っ二つにされて終わりだもんね……。

「でかしたミシマッ!! 刀はほぼ無傷だぜッ!!」
「コホー……」

 クッ、捻った時にもう少し力を入れておくんだった……。

 ハッ○リくんに駆け寄り、気絶した彼から刀を奪ったギャガンの嬉しそうな声を聞きつつ、失敗したと思わず健太郎は心の中で顔を顰める。
 そんな健太郎にミラルダが声をかけた。

「ミシマ、ギャガン、ちょいと来ておくれ」
「コホー?」

 なあに、ミラルダ?

「いや、新田さんなんだけど、パムが仮面と兜を取ったら……」
「何だよ……コイツぁ、女か?」

 そう言ったギャガンの視線の先には整った顔立ちの黒髪の女が青ざめた顔で横たわっていた。

「声が低いから男だと思ってたぜ」
「うんうん、鎧の所為で体つきもよく分かんなかったし」
「まっ、待て、女と決めつけるのは早くないか? もしかしたら女顔の男かもしれん」

 グリゼルダが少し焦った様子で否定を口にする。

「コホー?」

 男か女かは置いといて、この二人、新田とハッ○リ……もとい、忍者はどうする?

「うーん、そうだねぇ……忍者の方は縛り上げてエレベーターにでも押し込んどくかい? 魔物は中に入って来ないみたいだし、新田さんは……」
「うぅ……儂は……一体……」

 ミラルダが新田の名前を呼び彼女、いや彼かもしれないが、ともかく新田に目を向けるとかすれたうめき声と共に、新田が薄く目を開いた。

「起きたか……テメェはそこで伸びてるニンジャ野郎に首を斬られたんだよぉ」
「風丸に……そうか、儂はやはり……信用されては……おらなんだか……」

 新田は地面に倒れた忍者、風丸に視線を送ると悲しみの混じった呟きを吐いた。

「大丈夫かい? 意識がない時にも少し口に含ませたけど……水薬飲めるかい?」

 ミラルダは新田の背中を支え、口元にポーションの小瓶を差し出す。

「何故……助ける? 儂は……お主らの……敵じゃぞ?」
「目の前で人が死のうとしてて自分達に助ける力があるなら、あたしゃ取り敢えず助ける方を選ぶ……助けた人をどうするかは後で決めりゃいいことさ」
「コホーッ!!」

 その通りだッ!! 失われた命は基本取り戻せないからなッ!!

 健太郎が竜の力を失う事で魔人達を蘇らせたシャーリアの事を考えつつ親指を立てた右手を突き出すと、新田は「おかしなゴーレムじゃ」と苦笑を浮かべた。
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