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血の血脈

言い訳を振り切って

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 朝日の中、はなは前を歩く真咲まさきの背中を眺めながら昔を思い出す。
 あの頃は日焼け止めなんて便利な物は無かったので、日の光の下に出る時は編み笠を被り肌には白粉を塗っていた。
 服だって今の様に肌触りのいい物は無く、麻や木綿で出来たゴワゴワとした物だった。

 それでも無邪気に真咲のお嫁さんになると思っていられた頃が、花には懐かしく暖かく少し苦い思い出として残っていた。
 そんな事を思い真咲達の後ろを歩いていた花に、珠緒たまおが顔を寄せ囁きかける。

「花……また出ていくのにゃ?」
「……オラ、ずっと子供だで、側にいるとさくちゃんの迷惑になるだ……それに咲ちゃんが他の女の人と仲良くしてんのを見るのは……」
「……花、私、遠慮しない事にしたのにゃ」
「……何でだ? タマも昔、言ってたでねぇか、近くにいすぎると辛ぇって」

 珠緒は真咲と何やら話している前を歩くラルフに目をやる。

「ラルフさんのおかげにゃ。あの人は人狼にゃんだけど、人間の女の人と結婚して子供も作ったにゃ……私も頑張ればどうにかにゃるかもしれない、そう思ったんだにゃ……だから花も……」
「…………タマは大人だけんども、オラは子供のままだ……咲ちゃんは子供は相手にしてくれねぇべ」

「んにゃ、最近、真咲は梨珠ちゃんって子と知り合ったんだけど、その子は何処となく雰囲気が花に似てるのにゃ……きっと真咲はああいう少し気の強いタイプが好みにゃ……それに真咲はお人好しだから……」

「でもその子は人間で大人になれるんだべ? オラとは…………にゅ!?」

 そう言って目を伏せた花の顔を珠緒は頬を両手で包み込みグイッと持ち上げた。

「でもでもって……言い訳ばかりだにゃ。花、本当はどうしたいんだにゃ?」

 花と珠緒は立ち止まり視線を交わした。

「…………ホントはずっと一緒にいてぇだ」
「なら、一緒にいるといいにゃ」
「いいんだべか……?」
「いいにゃ。私と花はライバルで仲間だにゃ」

 頷きながら珠緒は目を糸の様に細め笑った。

「二人とも道の真ん中で見つめ合って何やってんだ? 早く食材買って飯にしようぜ!」
「にゃ! そうだにゃ、お腹ペコペコだにゃ! 行こう花!」
「ん、んだ!」

 頷いた花は珠緒と手を繋ぎ、立ち止まりこっちを振り返った真咲達の下へと勢いよく駆け出した。


 ■◇■◇■◇■


「幾らなんでも作り過ぎです……うぷっ……」
「すまねぇ……久しぶりに花に会ったんで張り切っちまった」
「久々に食べたけんども、どれも美味しかっただ……咲ちゃん、ありがとうなぁ」
「満足したか?」
「んだ!」

 事務所のテーブルには真咲が作った料理が大皿に乗せられ、所せましと並んでいた。
 花が食べたいと言った焼き魚や味噌汁、珠緒の好物のキスの天ぷら、ラルフのリクエストしたドイツのカツレツ、シュニッツェルにソーセージ、それにマッシュポテトやサラダの他、エビチリや唐揚げといった真咲の好物も作られていた。

「美味しかったにゃあ……」
「それは否定しませんよ……おかげで食べすぎて動く気がしませんが……」
「今日はお店は休みだから、このままここで寝るのにゃ……」
「食べてすぐ寝ると良くないと聞きますが……とてもいい……アイデアですね……」

 そう言ってソファーの上で丸まった珠緒と背もたれに身を預けたラルフは程なく寝息を立て始めた。

「ふぅ……しょうがねぇ奴らだぜ」
「二人とも徹夜して疲れてたんだべ……」
「だな。確かに俺も眠くなってきた……」
「……咲ちゃん……あんな……」
「ん?」

 ラルフ同様にソファーにもたれ欠伸をした真咲に、立ち上がった花は近づくとモジモジしながら言葉を紡ぐ。

「あんな、オラ……ここに……」

 花が言いよどんでいると事務所のインターホンが鳴った。
 客かと真咲は立ち上がり、花に話は後で聞くと言い置き対応に向かう。
 その間も定期的にインターホンは鳴らされていた。

「はいはい、ったく、せっかちな奴だぜ……うちの営業は日の入りから日の出までだぜ?」

 ドアを開けそう言った真咲にスッと手帳の様な物が示される。
 手帳には顔写真と警視庁特殊事案対策本部第二捜査課、警部補、木船正太郎きふねしょうたろうと記されていた。

木村真咲きむらまさき、種族は吸血鬼……そうだな?」

 その黒いスーツを着た六四分けで背の高い、鋭い目をした青年は手帳を胸にしまい、真咲の頭の天辺からつま先まで眺めまわすと、顔に視線を戻してそう問いかけた。

陰陽課おんみょうかか……確かに俺は木村真咲だが? しまさんは?」
「通称で呼ぶな、市民の誤解を招く……ふぅ……嶋警部は今月付けで退職される。これからは俺と……」
「はぁはぁはぁ……先輩……んぁ……」

 息を荒げた長い髪を後ろで一つに纏めた、黒いパンツスーツの女性がふらつきながら階段を上って来た。

「遅い!」
「……先輩とは……コンパスが違うんです……よ……はぁ……ふぅ……」
「まったく、情けない……この高木たかぎ巡査が貴様を担当する」

 木船はそういうと、手を膝に置き肩で息をしている小柄な女性を顎で示した。

「嶋さんも退職か……そういやそろそろって言ってたな……退職祝いに酒でも送るか……んで、今日は顔見せか?」
「その嶋警部から聞いたが、お前はこの新城町を縄張りにしているそうだな?」
「縄張りっていうか、仕事場というか……それで?」

「警部は黙認していた様だが、俺はそんな事はしない。引っ張られたくなければ妙な事はするな。今日はそれを言いに来た」
「へいへい、分かったよ、正太郎。それと高木さん、俺は木村真咲、よろしくな」
「なっ、正太郎だと……」

 絶句している木船から視線をずらし、真咲は高木にニコニコと返事を返した。

「はっ、はい! 高木未来たかぎみらい巡査です! よろしくお願いします!」
「未来ちゃんか……へへっ、元気だな?」
「ハイッ、元気だけが取り柄です!」

 バシッと未来が敬礼した事で大きな胸が強調される。
 それを見た真咲は満面の笑みを浮かべ、うんうんと大きく頷いた。
 そんな鼻の下を伸ばした真咲に不満げな男の声が掛けられる。

「おい、誰が正太郎だ!?」
「誰がって、お前、木船正太郎だろ?」
「クッ、苗字で呼べ! それにさんを付けろ!」

「ヤダよ……なんだかんだで付き合う事になるんだ。もっとフレンドリーに行こうぜ、正太郎」
「チッ、聞いていた通りふざけた奴だ……まぁいい、言いたい事は言った。帰るぞ高木!」
「あっ、先輩!? それでは木村さん、また!」

 木船は用が終わるとスタスタと階段を降り、未来はそんな木船を真咲に敬礼しつつ慌てて追った。

「はーい、またね未来ちゃん」

 ヒラヒラと手を振る真咲を花はジトッとした目で凝視していた。
 それに気付いた真咲は首をすくめおずおずと尋ねる。

「あのー、花さん……何かご不満な事でも……?」
「別に! あの婦警さん、可愛くて、その上おっぱいが大きくて良かっただな!」

 プイッと顔をそむけた花を見て、真咲は苦笑を浮かべた。

「花……俺は胸の大きさで女性の良し悪しを決めたりしねぇぜ、胸は大きくても小さくても素晴らしいもんだ。それに俺は守備範囲内の全ての女性を愛してるからよぉ」

 フッとニヒルな笑いを見せた真咲を見て、花は肩を竦め首を振った。

「まったく、何カッコつけてるだ……節操ねぇだけでねぇか…………決めたべ……オラ、咲ちゃんさ指導する為に暫くここに住む事にするだ」
「指導? 何だよ指導って?」

「忘れただか? 大昔、のべつ幕なし粉かけて大勢の女の人に詰め寄られたべ……オラ、咲ちゃんのあんな情けない姿は二度と見たくねぇだ」
「うっ……古い話を持ち出しやがる…………んで、お前、指導って一体何する気だよ?」

「別にやらしい事しなくても血は吸えるべ? オラが編み出した方法さ教えてやるだ……んだなぁ、今日からはオラの事、花じゃなくて花先生って呼んでくんろ」

 花はそう言うと不敵な笑いを浮かべて、右手を腰に当て左手の人差し指でビシッと真咲を指差した。

「花を先生……? いやいやいや、お前は俺の子だぜ? だいたい花に教わる事なんてねぇし……それにありゃ好きでやってる訳だしよぉ……」
「うるせえだ!! どうせさっきの婦警さんも狙ってるんだべ!? 陰陽課の刑事とそんなやらしい関係になるなんて……オラ、絶対認めねぇだよッ!!」
「えっ……マジで言ってる?」
「オラはいつだって大真面目だ!!」

 両手を腰に当てた花はそう宣言し戸惑う真咲をムッと睨んだ。
 花は表面上は苛立ちを滲ませながらも、内面では真咲と一緒に住む切っ掛けをくれた先程の二人に感謝の気持ちを抱いていた。
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