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三つの願い
花と梨珠
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事務所に住む。
そう宣言した翌日、花は服や身の回りの物を大きなリュックサックに詰め込んで事務所にやって来た。
「本気でここで暮らすのか?」
「そう言ったべ。それに咲ちゃんが女の人とやらしい事しなくても、血を飲める準備もして来ただ」
花はそう言うとカーテンを開け窓の外を指差した。
真咲がそちらに目を向けると、ビルの裏の駐車場には一台のワンボックスカーが止まっていた。
「車?」
「んだ。小型の献血車だ。アレをつかえばわざわざ女の人を引っかけなくても、血を手に入れる事が出来るだよ」
「……そんなもん何処で手に入れたんだよ?」
「オラ、咲ちゃんと離れてから長い事、山ん中で一人暮らしてたんだぁ。そん時、登山に来て崖から落ちた人を助けてなぁ、そんお人がお医者様だったんだぁ」
「医者……その医者がアレを?」
「んだ……先生には恩返しだって、色々良くしてもらっただ。車以外にも養子にしてもらったり……」
養子と聞いて真咲は思わず花を見返した。
再会した時、花は高価そうな毛皮のコートやワンピースを着ていた。恐らくその医者が彼女に買い与えたのだろう。
「養子って……その医者の先生には、ここに来る事は話したのか?」
「当たり前だぁ、オラが吸血鬼だって事や咲ちゃんの事は先生には全部話してたから、順を追って説明したら分かってくれただ」
「そうか……その先生にも挨拶に行かねぇとな」
「……それは止めておいた方がいいだよ」
「ん? 何でだ?」
「先生はその……オラを本当の娘の様に可愛がってくれてただ。今回も随分引き止められただよ……咲ちゃんを見たらその……連れ戻されるかもしれねぇだ」
そう言うと花は決まりが悪そうにそっと真咲から目を逸らした。
「……お前、先生に俺の事どんな風に言ったんだよ?」
「嘘は言ってねぇだ。オラを吸血鬼に変えて命を救ってくれた恩人で、とても世話になった人だって……ただ、咲ちゃんが軽くて女好きって事は伝えてねぇだよ」
「……もし知られたら……?」
「咲ちゃん、バラバラにされるかもしれねぇだ……」
「花……悪いがここに住むって話は無しにしてくれ」
真咲は珍しく真面目な顔で花にそう返した。
「やんだぁ。オラもうここで暮らすって決めたんだぁ」
「ええー、だって怖いじゃん! 急に来て女の子と一緒んトコ見られたらどうすんだよ!?」
「あの車を使えばいいべ。そしたら女の子に近づかなくても大丈夫だべ?」
「アレって献血車なんだろ? 献血って事は男も混じるじゃねぇか」
「んだな。オラが呼び込みの手伝いをしてた時も、男の人が多かったべ」
呼び込み……確かに花が「献血お願いしますだぁ」とか言えば、女性よりも男性の方が食いついてきそうだ。
チラリと花を見ると両手を握りしめ、真っすぐに真咲の事を見つめている。
その瞳は真剣で諦めるつもりは無さそうだった。
「しょうがねぇなぁ……所でその先生ってどんな人なんだ?」
「先生はモグリの外科医だぁ……顧客には有名な政治家やヤクザの親分なんかもいる、腕のいいお医者さんだべ」
「……やっぱり帰ってくれ」
「帰らねぇ。オラ、タマと話して自分に正直に生きようって決めたんだぁ」
何を話したのかは知らないが、花の決意は生き方を変える程大きな物だったようだ。
「はぁ……正太郎に妙な事すんなって釘刺されたばかりだってのに……部屋は倉庫に使ってたトコしかねぇぜ」
「オラは別に咲ちゃんと一緒で構わねぇぞ」
「一緒ってお前……」
「昔はよくタマと三人、一緒の布団で寝たでねぇか」
「あん時は旅してたし、タマはまだ普通の猫だったろ……ふぅ……とにかく一緒に寝るのは無しだ……先生ってのにバレたらおっかねぇからな」
「むぅ…………まぁいいべ。時間はたっぷりあるし」
最初、不満そうに唇を尖らせた花だったが、少し考え長期戦で行こうと小さく呟いた。
■◇■◇■◇■
花と暮らし始めて数日経ったある日。
「……ちゃん! 咲ちゃん! もう夕方だべ、起きるべ!」
懐かしい声で真咲は微睡みから目覚めた。
視線をベッド脇に向けるとエプロン姿の花が口をへの字にしてこちらを睨んでいる。
「おはよ、花……まだ四時じゃねぇか……」
「もう四時だ! それにお客さんが待ってるだぞ!」
「客?」
「梨珠ちゃんって、可愛い女の子だよぉ」
「梨珠……分かった、起きるよ」
「急ぐだぞ」
そう言うと花はパタパタとスリッパを鳴らして部屋から出ていった。
花の後ろ姿を見送った真咲はモソモソとベッドから抜け出すと、洗面所で顔を洗ってスエットのまま事務所へと顔を出した。
「ふわぁああ……んで、何の用だ?」
「その前にあの子誰? 真咲の隠し子?」
梨珠は興味津々な様子で花の事を尋ねる。
「……あいつは花、関係性で言うなら……そうだな……家族だな」
「家族……じゃあやっぱり娘さん……」
「オラは娘じゃねぇべ……」
お盆にお茶とお菓子を乗せて事務所に入ってきた花は、梨珠と真咲の前にお茶を置きながらそう口にした。
「娘じゃない? それなのに家族?」
「んだ。家族で……強いて言うなら、今は咲ちゃんの先生だぁ」
「先生?」
梨珠は困惑気味に花と真咲を交互に見た。
「はぁ……」
「ねぇ、花ちゃん。一体何の先生なの?」
ため息を吐いた真咲を横目に梨珠は花に問い掛ける。
「それは……」
花は真咲の顔をチラリと確認した。
「梨珠は俺が吸血鬼だって知ってる」
「そうだか……んだば梨珠ちゃん、実はオラも咲ちゃんと同じ吸血鬼だぁ。昔、咲ちゃんに血ィ吸われて吸血鬼になったんだぁ」
「えっ、吸血鬼!? ……でも真咲は十八歳以上じゃないと……」
思わず真咲を見た梨珠に彼は顔を歪め答える。
「緊急事態だったんだよ」
「緊急事態ねぇ……」
「話を続けていいだか?」
「あっ、うん」
脱線しそうな話を花が元に戻す。
「咲ちゃんが吸血鬼だって知ってるなら分かると思うけんども、咲ちゃんのやり方だと色んな女の人に迷惑かけると思ってなぁ」
「確かに色々トラブルが起きそうよね」
「だべ。そこでオラがやってた献血車を使う方法を咲ちゃんに教える事にしたんだべ」
「献血……確かに献血なら女の人に声かけなくていいし、トラブルも無さそう……」
「だべ、だべ」
嬉しそうに話す二人を見て、真咲はやれやれと苦笑を浮かべた。
「んで、梨珠は今日は何の用だ?」
「なんか友達の家の蔵から変な箱が見つかってさぁ、中に動物の手みたいなのが入ってたんだって……これなんだけど……真咲、なんだか分かる?」
「どれどれ……」
梨珠が差し出したスマホの画面を覗き込んだ真咲は顔色を変えた。
スマホの画面には茶色の毛の生えた干乾びた獣の手が映し出されていた。
そう宣言した翌日、花は服や身の回りの物を大きなリュックサックに詰め込んで事務所にやって来た。
「本気でここで暮らすのか?」
「そう言ったべ。それに咲ちゃんが女の人とやらしい事しなくても、血を飲める準備もして来ただ」
花はそう言うとカーテンを開け窓の外を指差した。
真咲がそちらに目を向けると、ビルの裏の駐車場には一台のワンボックスカーが止まっていた。
「車?」
「んだ。小型の献血車だ。アレをつかえばわざわざ女の人を引っかけなくても、血を手に入れる事が出来るだよ」
「……そんなもん何処で手に入れたんだよ?」
「オラ、咲ちゃんと離れてから長い事、山ん中で一人暮らしてたんだぁ。そん時、登山に来て崖から落ちた人を助けてなぁ、そんお人がお医者様だったんだぁ」
「医者……その医者がアレを?」
「んだ……先生には恩返しだって、色々良くしてもらっただ。車以外にも養子にしてもらったり……」
養子と聞いて真咲は思わず花を見返した。
再会した時、花は高価そうな毛皮のコートやワンピースを着ていた。恐らくその医者が彼女に買い与えたのだろう。
「養子って……その医者の先生には、ここに来る事は話したのか?」
「当たり前だぁ、オラが吸血鬼だって事や咲ちゃんの事は先生には全部話してたから、順を追って説明したら分かってくれただ」
「そうか……その先生にも挨拶に行かねぇとな」
「……それは止めておいた方がいいだよ」
「ん? 何でだ?」
「先生はその……オラを本当の娘の様に可愛がってくれてただ。今回も随分引き止められただよ……咲ちゃんを見たらその……連れ戻されるかもしれねぇだ」
そう言うと花は決まりが悪そうにそっと真咲から目を逸らした。
「……お前、先生に俺の事どんな風に言ったんだよ?」
「嘘は言ってねぇだ。オラを吸血鬼に変えて命を救ってくれた恩人で、とても世話になった人だって……ただ、咲ちゃんが軽くて女好きって事は伝えてねぇだよ」
「……もし知られたら……?」
「咲ちゃん、バラバラにされるかもしれねぇだ……」
「花……悪いがここに住むって話は無しにしてくれ」
真咲は珍しく真面目な顔で花にそう返した。
「やんだぁ。オラもうここで暮らすって決めたんだぁ」
「ええー、だって怖いじゃん! 急に来て女の子と一緒んトコ見られたらどうすんだよ!?」
「あの車を使えばいいべ。そしたら女の子に近づかなくても大丈夫だべ?」
「アレって献血車なんだろ? 献血って事は男も混じるじゃねぇか」
「んだな。オラが呼び込みの手伝いをしてた時も、男の人が多かったべ」
呼び込み……確かに花が「献血お願いしますだぁ」とか言えば、女性よりも男性の方が食いついてきそうだ。
チラリと花を見ると両手を握りしめ、真っすぐに真咲の事を見つめている。
その瞳は真剣で諦めるつもりは無さそうだった。
「しょうがねぇなぁ……所でその先生ってどんな人なんだ?」
「先生はモグリの外科医だぁ……顧客には有名な政治家やヤクザの親分なんかもいる、腕のいいお医者さんだべ」
「……やっぱり帰ってくれ」
「帰らねぇ。オラ、タマと話して自分に正直に生きようって決めたんだぁ」
何を話したのかは知らないが、花の決意は生き方を変える程大きな物だったようだ。
「はぁ……正太郎に妙な事すんなって釘刺されたばかりだってのに……部屋は倉庫に使ってたトコしかねぇぜ」
「オラは別に咲ちゃんと一緒で構わねぇぞ」
「一緒ってお前……」
「昔はよくタマと三人、一緒の布団で寝たでねぇか」
「あん時は旅してたし、タマはまだ普通の猫だったろ……ふぅ……とにかく一緒に寝るのは無しだ……先生ってのにバレたらおっかねぇからな」
「むぅ…………まぁいいべ。時間はたっぷりあるし」
最初、不満そうに唇を尖らせた花だったが、少し考え長期戦で行こうと小さく呟いた。
■◇■◇■◇■
花と暮らし始めて数日経ったある日。
「……ちゃん! 咲ちゃん! もう夕方だべ、起きるべ!」
懐かしい声で真咲は微睡みから目覚めた。
視線をベッド脇に向けるとエプロン姿の花が口をへの字にしてこちらを睨んでいる。
「おはよ、花……まだ四時じゃねぇか……」
「もう四時だ! それにお客さんが待ってるだぞ!」
「客?」
「梨珠ちゃんって、可愛い女の子だよぉ」
「梨珠……分かった、起きるよ」
「急ぐだぞ」
そう言うと花はパタパタとスリッパを鳴らして部屋から出ていった。
花の後ろ姿を見送った真咲はモソモソとベッドから抜け出すと、洗面所で顔を洗ってスエットのまま事務所へと顔を出した。
「ふわぁああ……んで、何の用だ?」
「その前にあの子誰? 真咲の隠し子?」
梨珠は興味津々な様子で花の事を尋ねる。
「……あいつは花、関係性で言うなら……そうだな……家族だな」
「家族……じゃあやっぱり娘さん……」
「オラは娘じゃねぇべ……」
お盆にお茶とお菓子を乗せて事務所に入ってきた花は、梨珠と真咲の前にお茶を置きながらそう口にした。
「娘じゃない? それなのに家族?」
「んだ。家族で……強いて言うなら、今は咲ちゃんの先生だぁ」
「先生?」
梨珠は困惑気味に花と真咲を交互に見た。
「はぁ……」
「ねぇ、花ちゃん。一体何の先生なの?」
ため息を吐いた真咲を横目に梨珠は花に問い掛ける。
「それは……」
花は真咲の顔をチラリと確認した。
「梨珠は俺が吸血鬼だって知ってる」
「そうだか……んだば梨珠ちゃん、実はオラも咲ちゃんと同じ吸血鬼だぁ。昔、咲ちゃんに血ィ吸われて吸血鬼になったんだぁ」
「えっ、吸血鬼!? ……でも真咲は十八歳以上じゃないと……」
思わず真咲を見た梨珠に彼は顔を歪め答える。
「緊急事態だったんだよ」
「緊急事態ねぇ……」
「話を続けていいだか?」
「あっ、うん」
脱線しそうな話を花が元に戻す。
「咲ちゃんが吸血鬼だって知ってるなら分かると思うけんども、咲ちゃんのやり方だと色んな女の人に迷惑かけると思ってなぁ」
「確かに色々トラブルが起きそうよね」
「だべ。そこでオラがやってた献血車を使う方法を咲ちゃんに教える事にしたんだべ」
「献血……確かに献血なら女の人に声かけなくていいし、トラブルも無さそう……」
「だべ、だべ」
嬉しそうに話す二人を見て、真咲はやれやれと苦笑を浮かべた。
「んで、梨珠は今日は何の用だ?」
「なんか友達の家の蔵から変な箱が見つかってさぁ、中に動物の手みたいなのが入ってたんだって……これなんだけど……真咲、なんだか分かる?」
「どれどれ……」
梨珠が差し出したスマホの画面を覗き込んだ真咲は顔色を変えた。
スマホの画面には茶色の毛の生えた干乾びた獣の手が映し出されていた。
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