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しおりを挟む「神子様、お時間です。もう行きませんと」
「うん」
「遅刻してしまいます。お急ぎを」
「うん」
中央塔へ続く渡り廊下を、見慣れぬ近衛騎士に先導されながら進む。新鮮だった。「彼」はどちらかというと僕の隣にいるか、後ろから来ることが多かった。
「それでは行ってらっしゃいませ、神子様。わたくしはここで待っております」
「うん」
祈りの間を警備する第二部隊の騎士たちに混じる近衛騎士の姿もまた新鮮だった。そういえば「彼」は祈りの間の中まで入ってきていたな、と記憶が蘇った。
僕は馬鹿か。何をいちいち比べているんだ。しょうもない。こう仕向けたのは自分だろうが。
神子服の裾をきゅっと握り、冷たい床に跪いた。祈りのためにまぶたを閉じる。
あの空色の長い髪も、太陽のような瞳も、もう二度と近くで見ることはできないだろう。肩を揺らして上げる笑い声も、僕を好きだと囁く声も、もう二度と聞くことはできないだろう。聖騎士ヴィクト・シュトラーゼは晴れて第一部隊に復帰したのだから。
グルグルルゥ……。
物足りなさげに鳥が鳴く。もしかしたら僕自身の嘆きかもしれなかった。
「では神子様、午前の公務は以上で終了となります。昼食ののち、またお迎えにあがりますので」
「うん」
そっか。食事は一人で済ますものだったっけ。忘れていた。今日のメニューは何かな、とか、今日もスープが出てきたね、とか、笑って話のできる相手はいないのか。
顔色が悪いとメアリーに心配された。喧嘩をしたなら仲直りの仕方を教えてやると料理長に心配された。あなた自分に治癒魔法かけたほうがいいんじゃないとセレンに心配された。その度に僕は表情筋に鞭を打って、大丈夫だと笑って見せた。
疲れた。
寂しい。
ヴィクトに会いたい。
今頃どこで何をしているのだろう? 訓練に明け暮れているのだろうか。きれいさっぱり切り替えて、魔物殲滅のことだけを考えているのだろうか。それとも同じようにまだ僕のことを想ってくれているのだろうか。会いたい。会いたい。会いたい……。
いっぱいいっぱいだった。そんな日が続いた。だから中央広間での仕事が終わった後、南端塔への道をうつむいて歩く自分の前に人が立ち塞がったことに気づくのもに遅れた。よく知る人物だった。
「ユアン」
訂正だ。知っていると思い込んでいた人物だった。
「おい、ユアン」
「っ……兄さん」
「ぼーっとしているな。どうした」
どうしたと聞いたわりに兄は答えを求めていなかった。
「聖騎士ヴィクト・シュトラーゼが第一部隊に復帰したと聞いた。お前が進言したそうだな」
「そうだけど」
「なんてことを」
男は落胆の色を隠さなかった。この人、こんなふうだったっけ。
「手元に置いておけと言っただろう。どうして守らなかったんだ」
こんなに冷たい口調をしていたっけ。
「どうしてって、ヴィクトは聖騎士だ。第一部隊で魔物を討伐すべき人なんだ。兄さんはやけに……ヴィクトに喰ってかかるよね。何か理由があるの?」
「なに?」
こんなに冷たい目で僕を見ていたっけ。
「お前には関係のないことだ」
そっか。僕が気づかなかっただけで、最初からそうだったんだ。兄の冷淡さを思慮深さだと思い込み、体調を気遣うそぶりを弟への労りだと信じ切った。この人に「よくやった」と褒められたいがために仕事を頑張ろうと思っていた自分が恥ずかしい。盲目的に慕っていた自分が恥ずかしい。
「喰ってかかるってところは認めるの? どうして? 何があったの?」
「お前……ずいぶん態度が大きくなったな」
「っ、ねぇ兄さん。昔……兄さんとヴィクトの間に……何かあったんでしょう? 何があったの」
ギラ、と視線が光る。とりまく空気が変わる。
「黙れ。お前ごときの分際で俺にあれこれ口出しをするな。虫唾が走る。せっかく優しくしてきてやったというのに、魔力が回復したからと調子に乗って」
「……」
覚悟していたとはいえ、本性を見せつけられるのは恐ろしかった。僕は眉間に力を込めて男を見続けた。逸らしたらだめだ。負けるな。
「ユアン。後悔しても知らないぞ?」
「後悔? そんなものクソ食らえだ。腐るほどしてる」
「チッ」
忌々しげな舌打ちが落ちる。近くに控えていた新しい近衛騎士や遠巻きに見ている他の騎士たちが不安げにこちらの様子を窺っていた。
「み、神子様……そろそろ次の場所へ行きませんと……」
気を利かせて言ってくれていることがわかる。これ以上ここに留まるのも愚策か。そう考えて足を一歩踏み出そうとした時、
ジリリリリリリッ!
けたたましい警戒音が鳴る。城内が騒然となった。
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