5 / 22
5.別れ
しおりを挟む
弾かれた剣が宙を舞った。
そして、モーリスの喉元に剣が突きつけられる。
「この一本は俺の勝ちでいいな?」
剣の握ったイアンがモーリスに問いかける。
「…ああ、参った。俺の負けだ」
モーリスは観念したように両手を挙げた。
すると、二人の模擬戦を周囲で観戦していた守備隊の面々から歓声が上がった。
「イアンが隊長に勝ちやがった!」
「すげえぞ、イアン!」
「よくやった!」
称賛と共にイアンに惜しみなく声援が送られた。
イアンはそれに手を挙げて応える。
「まさか、こんなに早くお前に負ける日が来るとはな。もう五年はかかると思ったんだが」
「俺からすれば、まだまだだよ。これまで散々やってきて、ようやく父さんから一本取れただけだ」
淡々と話すイアンの表情はまだ満足していないといった様子だ。
(強くなったな、イアン)
口には出さないが、モーリスは凜と立つ息子に言葉をかけた。
すると、イアンはモーリスに向き直り、じっとその目を見る。
「ところで、約束は覚えてるか?」
「ああ、もちろん。この俺から一本取ったんだ。約束通り、王都に行けばいい」
「ありがとう、父さん」
イアンは笑みを浮かべると、そのまま演習場を去った。
その後ろ姿に目を向けながら、モーリスの元に部下たちが集まってくる。
「隊長、随分嬉しそうですね」
「馬鹿野郎。子どもの成長を喜ばない親がどこにいる?」
部下の含みのある口ぶりに、モーリスは軽く小突く。
「しかし、まだ11とは思えない落ち着きようだよな」
「確かに、精神面は俺たち以上に大人かもしれん」
「いやいや、そもそもこの面子はガキみたいな奴ばっかりだろ」
隊員の一人が言った軽口にドッと笑いが起こる。
「隊長、王都というとイアンは王立学園に入るんですか?」
「そうだ。二年前に約束させられたんだよ。俺から一本取れれば、無条件で行かせてくれってな」
「それはまた大きく出ましたね」
「隊長から一本取るって、そう簡単じゃねえよ?」
「俺はできる気がしないな」
隊員たちから口々にイアンへの感心の声が上がる。
「というか二年前というと、“血塗れ事件”の時じゃないか?」
「“血塗れ事件”って何ですか?」
新兵が初めて聞く単語に対して、質問を投げかける。
「そうか。お前はまだ居なかったから知らないか。二年前、このエッジタウンに野盗の大規模襲撃があったのは覚えているか?」
「はい、それは覚えていますが…」
「その時のことだ。10人以上の野盗をイアンが倒したんだよ」
「え?二年前ならイアンは九歳ですよね?」
「そうだ。だが、紛れもない事実だ。全身に野盗の血を浴びたイアンを見たときは戦慄したよ。まあ、すぐに箝口令を出したから守備隊の中でしか知られていないがな」
「そんなことが…」
新兵は絶句した。
「おい、そこ!いつまで喋っている!整列しろ!訓練を再開するぞ!」
「やべっ」
モーリスの声により、会話が中断された。
整列に向かう途中、先輩が思い出したかのように新兵へ振り返る。
「一応釘を刺しておくが、“血塗れ事件”のことは外部には漏らすなよ。除隊処分になるぞ」
「わ、分かりました」
新兵は固く口を閉ざすことを決めた。
演習場を出た後、イアンはマーサの家を訪れた。
二年前のことがあったというのに、何故かマーサは同じ家に住み続けていた。
イアンはその扉を叩く。
「マーサ姉ちゃん居るか?」
家の中に人の気配はする。
しかし、返答は一向に帰ってこない。
イアンは拳をギュッと握り、唇を噛みしめる。
実は二年前からイアンはマーサと一度も言葉を交わしていない。
こうして家に来ても返事はなく、偶然街で会っても逃げられてしまう。
マーサがイアンを避けていることは周囲から見ても明らかだった。
「…やっぱり俺とは話してくれないんだな。でも、今日はマーサ姉ちゃんに言いたいことがあるんだ。聞くだけ聞いてほしい」
イアンは息を大きく吸って、扉の奥に居るはずのマーサに語りかける。
「俺、王都に行くよ。王立学園に入るんだ。父さんからようやく剣で一本取って、認めてもらえたよ。マーサ姉ちゃんから教えてもらった魔法も毎日欠かさず練習してる。今ならマーサ姉ちゃんと同じくらいできるかもな。それから…」
イアンはこれまでマーサに言いたかったことをすべて吐き出す。
マーサが聞いているかはイアンには分からない。
それでもマーサに伝えたいことがたくさんあった。
一通り言い尽くした後、イアンは一息つき、再び口を開く。
「…最後に、出発は明後日。マーサ姉ちゃんの家に来られるのも今日で最後だと思う。ここにいつ戻って来られるかは分からない。だから、ちゃんとお別れを言いたい」
「…イアン、ごめんなさい」
細々とした声が不意にイアンの耳に届く。
それは二年ぶりに聞くマーサの声だった。
「ごめんなさい、ってどういうことだ?」
「私、イアンのことが怖かったの」
マーサは途切れ途切れに声を発する。
「初めて会った時から、あなたは何かが違うと思ってた。魔法を教えるようになってから、その考えはさらに強まったわ。でも、確信に変わったのは二年前にイアンが私を助けてくれたとき…あなたは野盗たちを躊躇なく殺した。その時、あなたはどんな表情をしていたと思う?」
マーサは一瞬言い淀んだが、言葉を続けた。
「笑っていた…まるで殺しを楽しむかのように」
イアンは当時のことをはっきりと覚えていなかった。
それゆえ、マーサの口から出た真実に衝撃を受けずにはいられなかった。
「その表情を思い出すと、怖くて仕方なかったわ…だから、あなたと関わらないようにしたの」
マーサの本心を聞いて、イアンは何も言うことができなかった。
「イアンともう会えないかもしれないことは分かっているわ。でも、ごめんなさい…あなたと顔を合わせられない」
扉越しにマーサの咽び泣く声が聞こえてくる。
イアンはしばらく目を閉じて考え込んだ後、改めて扉の先に居るマーサに向き合った。
「…マーサ姉ちゃんの気持ちは分かった。ただ、これだけは言わせてほしい…俺の夢を応援してくれてありがとう。マーサ姉ちゃんが居なかったら、魔導騎士の夢も諦めていたかもしれない。だから、マーサ姉ちゃんに会えてよかった。言いたいことはそれだけだ。じゃあな、マーサ姉ちゃん」
そう言い残すと、イアンは背を向け、そのまま振り返ることはなくその場を去った。
そして、モーリスの喉元に剣が突きつけられる。
「この一本は俺の勝ちでいいな?」
剣の握ったイアンがモーリスに問いかける。
「…ああ、参った。俺の負けだ」
モーリスは観念したように両手を挙げた。
すると、二人の模擬戦を周囲で観戦していた守備隊の面々から歓声が上がった。
「イアンが隊長に勝ちやがった!」
「すげえぞ、イアン!」
「よくやった!」
称賛と共にイアンに惜しみなく声援が送られた。
イアンはそれに手を挙げて応える。
「まさか、こんなに早くお前に負ける日が来るとはな。もう五年はかかると思ったんだが」
「俺からすれば、まだまだだよ。これまで散々やってきて、ようやく父さんから一本取れただけだ」
淡々と話すイアンの表情はまだ満足していないといった様子だ。
(強くなったな、イアン)
口には出さないが、モーリスは凜と立つ息子に言葉をかけた。
すると、イアンはモーリスに向き直り、じっとその目を見る。
「ところで、約束は覚えてるか?」
「ああ、もちろん。この俺から一本取ったんだ。約束通り、王都に行けばいい」
「ありがとう、父さん」
イアンは笑みを浮かべると、そのまま演習場を去った。
その後ろ姿に目を向けながら、モーリスの元に部下たちが集まってくる。
「隊長、随分嬉しそうですね」
「馬鹿野郎。子どもの成長を喜ばない親がどこにいる?」
部下の含みのある口ぶりに、モーリスは軽く小突く。
「しかし、まだ11とは思えない落ち着きようだよな」
「確かに、精神面は俺たち以上に大人かもしれん」
「いやいや、そもそもこの面子はガキみたいな奴ばっかりだろ」
隊員の一人が言った軽口にドッと笑いが起こる。
「隊長、王都というとイアンは王立学園に入るんですか?」
「そうだ。二年前に約束させられたんだよ。俺から一本取れれば、無条件で行かせてくれってな」
「それはまた大きく出ましたね」
「隊長から一本取るって、そう簡単じゃねえよ?」
「俺はできる気がしないな」
隊員たちから口々にイアンへの感心の声が上がる。
「というか二年前というと、“血塗れ事件”の時じゃないか?」
「“血塗れ事件”って何ですか?」
新兵が初めて聞く単語に対して、質問を投げかける。
「そうか。お前はまだ居なかったから知らないか。二年前、このエッジタウンに野盗の大規模襲撃があったのは覚えているか?」
「はい、それは覚えていますが…」
「その時のことだ。10人以上の野盗をイアンが倒したんだよ」
「え?二年前ならイアンは九歳ですよね?」
「そうだ。だが、紛れもない事実だ。全身に野盗の血を浴びたイアンを見たときは戦慄したよ。まあ、すぐに箝口令を出したから守備隊の中でしか知られていないがな」
「そんなことが…」
新兵は絶句した。
「おい、そこ!いつまで喋っている!整列しろ!訓練を再開するぞ!」
「やべっ」
モーリスの声により、会話が中断された。
整列に向かう途中、先輩が思い出したかのように新兵へ振り返る。
「一応釘を刺しておくが、“血塗れ事件”のことは外部には漏らすなよ。除隊処分になるぞ」
「わ、分かりました」
新兵は固く口を閉ざすことを決めた。
演習場を出た後、イアンはマーサの家を訪れた。
二年前のことがあったというのに、何故かマーサは同じ家に住み続けていた。
イアンはその扉を叩く。
「マーサ姉ちゃん居るか?」
家の中に人の気配はする。
しかし、返答は一向に帰ってこない。
イアンは拳をギュッと握り、唇を噛みしめる。
実は二年前からイアンはマーサと一度も言葉を交わしていない。
こうして家に来ても返事はなく、偶然街で会っても逃げられてしまう。
マーサがイアンを避けていることは周囲から見ても明らかだった。
「…やっぱり俺とは話してくれないんだな。でも、今日はマーサ姉ちゃんに言いたいことがあるんだ。聞くだけ聞いてほしい」
イアンは息を大きく吸って、扉の奥に居るはずのマーサに語りかける。
「俺、王都に行くよ。王立学園に入るんだ。父さんからようやく剣で一本取って、認めてもらえたよ。マーサ姉ちゃんから教えてもらった魔法も毎日欠かさず練習してる。今ならマーサ姉ちゃんと同じくらいできるかもな。それから…」
イアンはこれまでマーサに言いたかったことをすべて吐き出す。
マーサが聞いているかはイアンには分からない。
それでもマーサに伝えたいことがたくさんあった。
一通り言い尽くした後、イアンは一息つき、再び口を開く。
「…最後に、出発は明後日。マーサ姉ちゃんの家に来られるのも今日で最後だと思う。ここにいつ戻って来られるかは分からない。だから、ちゃんとお別れを言いたい」
「…イアン、ごめんなさい」
細々とした声が不意にイアンの耳に届く。
それは二年ぶりに聞くマーサの声だった。
「ごめんなさい、ってどういうことだ?」
「私、イアンのことが怖かったの」
マーサは途切れ途切れに声を発する。
「初めて会った時から、あなたは何かが違うと思ってた。魔法を教えるようになってから、その考えはさらに強まったわ。でも、確信に変わったのは二年前にイアンが私を助けてくれたとき…あなたは野盗たちを躊躇なく殺した。その時、あなたはどんな表情をしていたと思う?」
マーサは一瞬言い淀んだが、言葉を続けた。
「笑っていた…まるで殺しを楽しむかのように」
イアンは当時のことをはっきりと覚えていなかった。
それゆえ、マーサの口から出た真実に衝撃を受けずにはいられなかった。
「その表情を思い出すと、怖くて仕方なかったわ…だから、あなたと関わらないようにしたの」
マーサの本心を聞いて、イアンは何も言うことができなかった。
「イアンともう会えないかもしれないことは分かっているわ。でも、ごめんなさい…あなたと顔を合わせられない」
扉越しにマーサの咽び泣く声が聞こえてくる。
イアンはしばらく目を閉じて考え込んだ後、改めて扉の先に居るマーサに向き合った。
「…マーサ姉ちゃんの気持ちは分かった。ただ、これだけは言わせてほしい…俺の夢を応援してくれてありがとう。マーサ姉ちゃんが居なかったら、魔導騎士の夢も諦めていたかもしれない。だから、マーサ姉ちゃんに会えてよかった。言いたいことはそれだけだ。じゃあな、マーサ姉ちゃん」
そう言い残すと、イアンは背を向け、そのまま振り返ることはなくその場を去った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる