TEAM【完結】

Lucas

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第105話

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「スペシャルでシークレットなチーム。チームSだ。どうよ?」
 おれの話を一通り聞き終わった後の、モズの第一声がそれだった。コマちゃんはというと、退屈だったのか、マットレスの上で丸まって寝ている。
「……うん。まあ、チーム名は何だっていいんだけど」
「要はアレだろ? カラスくんはこの世界ごと変えてーんだろ?」
「馬鹿な事言ってると思ってる?」
「いや、無茶な事言ってるとは思ってっけど」
 床に座っていたおれ達に、陽射しが降り注ぐ。窓の外では、太陽が高く昇りつつあった。随分時間が経っていたらしい。
「でも嫌いじゃないぜー。さーっすが、カラスくんだ。まさかの『仲直り』が目的とは」
「その為に、戦いが避けられないって事も分かってる」
「そう、それな。そこで俺達の力が発揮できるってわけだ」
「でもいいの? おれは二人を利用する事になるよ?」
「利用じゃなくて協力だ」
 モズは手を伸ばしてコマちゃんの髪を撫でる。
「俺さー、自分が生きてたって分かった時にー、チャンスだって思った。このまま、コマ連れてトンズラだって。でも、やっぱできなかった」
 コマちゃんを見るモズの目は、すごく優しい。まるで、本当のお兄ちゃんみたいだ。
「何で?」
「もう言ったと思うけど、復讐の為じゃないからな」
 そう言って、今度はこっちに向けられた視線。鋭さは消え失せ、コマちゃんに向けていたものと同じだった。
「『お前』」
「おれ?」
「お前を置いていけなかった」
 モズから目が逸らせない。おれ達の顔の半分に陽の光が当たる。今までとは違う。もうモズは、『おれ』の中にか『スズメさん』を見ていない。嬉しくもあり、不安にもなった。今までは、おれにあるお兄さんの面影が、モズにブレーキをかけていた気がしたから。
「何で、モズはそこまで? おれ、前にモズを騙したりしたのに」
「そうせざるを得ない状況を作ったのは俺だ。あの時は、俺ぶっ飛んでたしな」
 ははっと短く笑う。そう言われて気がつく。今のモズは、まともに会話ができている。ふざけた様子もないし、話し方も落ち着いて来ていた。
「『飴玉』の影響は計り知れない。人格をもぶち壊すほどに。そして、度を越せば、元には戻れなくなる」
「戻れなく……?」
「俺とコマは、末期だ。もう、助からない」
「助からない……って?」
「……カラスくんはまだ大丈夫だよ。間に合う。でも、無理やり食わせて悪かったな」
「ねえ、助からないって?」
 再度問う。返って来たのは沈黙で、おれはコマちゃんの方を見た。スヤスヤと眠るコマちゃんを見ると、目頭が熱くなる。
「おいおい、カラスくん。勘違いするなよ」
 モズがおれの手を掴んで、袖で涙を拭うように押しつけてくる。
「一生『魔法使い』。『人間』には戻れねーって事だ」
「……本当に、それだけ?」
「それだけって……。結構辛いぜー。中毒なんだから」
「おれもでしょ?」
「違う。俺はもう俺らみたいな奴らを出したくねー。自分達だけ逃げ出したって、結局甘さは不幸を呼ぶ」
「飴玉の?」
「人の」
「人の?」
「自分に甘いやつは周りも不幸にする」
「……自分に厳しく?」
「中毒者には耳が痛い言葉だけど。でも、俺は今が『変える』時だと思う。俺達の世代に、こんなにもイレギュラーが揃ってるんだ」
「イレギュラー?」
 おれはさっきから質問しか返せないでいる。床に手をついて身を乗り出し、モズの話に聞き入る。
「『天然』『ダブル』『兵器』『カラスくん』『ティト』」
「……て」
「全部おうむ返しするなよ? 一つずつ説明してやっから」
 目の前に出された手のひらを避けるように、おれは身を引いて座り直す。
「『天然』は『妹』な。天然については言わずもがな、レア中のレアな」
 おれは頷く。
「『ダブル』は、チームDの連中の事だ」
「魔法が同時に二つ使える人の事?」
「その通り。まんまだな」
 でな、とモズが息を吸う。
「兵器はコマの事。人工的に無理やり魔法使いにした」
 人工的にという言葉が引っ掛かる。おれは確か前にもこの言葉を聞いたはずだ。
「それはどうやって?」
「『輸血』」
 すぐにピンと来て、ゾッとした。
「魔法使いの血を輸血された。それで飴玉漬けにして強引に魔力を引きずりだした。元々はコマだって普通の人間だ」
 モズはコマちゃんの髪をすくって耳にかけた。ピアスが光る。
「D地区なんだからな」
「何で、そんな事……」
「次の説明をする前に質問だ。『イレギュラー』の『カラスくん』。お前は何で『魔法使い』に?」
それは、コマちゃんと同じ方法かと聞かれているのと同じで。だからおれは首を横に振る。
「んー、飴玉は『拾った』んだよな?」
「うん……」
「確か、家族も人間」
「うん、みんな魔法使いじゃない」
 答えながら考える。言うべきかどうか。おれの記憶の事。
「そっか。安心しろ、俺がカラスくんの事については何とか調べてやるから」
 かなり深刻な顔つきになっていたのか、モズはそんな風に言っておれの肩を叩いた。
「あー、それから『ティト』な」
「ティトは、何で?」
「いやいや、カラスくん。すっとぼけんなよ。あの女の魔法は十分すぎるくらいおかしなもんだろ」
 そうだ。モズにはティトの魔法を直接使っている。でも、心を読める事まではバレてないはずだ。
「他人の記憶を見せるなんて芸当、史上初だし、学校にも報告してねーだろ? あれ」
 正直に頷くが、正直に話していいかどうか迷う。
「ほーん、できれば詳しく教えて欲しいんだけど。あの女が何でスズメの記憶を知ってたんだ?」
「……それは」
「まさか捏造じゃねーよな?」
「違うよ。あれは……確かに本物だ。ティトは、触れたものの記憶を読めるんだ」
 探るように、慎重に話を進める。
「告別式の時に、お兄さんに触れたから……」
「じゃあ、触れる事によって読んだ記憶を別の者にも伝えられるって事か?」
「うん……でも、すごく体力を使うって言ってた。それぞれ一日に一度しか使えないし、だから、みんなはティトの体の事を考えて黙ってた」
 腑に落ちないといったような顔をして、モズは黙り込む。話してない事はあるけど、今話した事だって嘘ではない。
「あのさ、ちょっと気になったんだけど。あの記憶は『妹』も見たのか?」
「サギ? 見てないよ」
「じゃあ、『あいつら』は野放しか」
 おれは慌てて首を振る。
「ジェイが……その、ちょっとだけ。でも! それはサギの為で、サギは記憶を見なくても気づいたけど、だけど、お兄さんはやり返したりしない人だったから、だから」
「落ち着けって。今さら仕返しになんかいかない。ちょっと気になっただけだ」
「…………」
「話戻すけど、ティトって子は『天然』ではないんだよな?」
 ティトが天然? 何故そっちに結びついたのか分からずに首を傾げる。
「違うよ」
「『中毒者』でもない」
「うん」
「だったら、そいつ『何』だ? 何で特殊な魔法を使えるんだ?」
「……『特別』だから? おれだって」
「カラスくんは……」
 続きを聞かなくても分かる。おれはモズの中じゃ『中毒者』に当てはまるんだろうな。だけど、実際は『ハーフ』だったからだ。やっぱり、話しておくべきか。
「……あー、いや。うん。その、カラスくんが言う『特別』っつーのはザックリしていてよく分からんのだけどね」
「魔法使いの中に、たまにそういう人はいなかったの?」
「いないな。ダブルも特別といえば特別だけど、使ってる魔法自体は特殊じゃない」
「天然以外でその可能性はないってこと……?」
「中毒者じゃないならそうだ」
 ティトが、『天然』か『中毒者』? 考えもしなかった。だけど、ティトがみんなにその事を隠していたとすれば、ジェイがおれを使って聞き出そうとした事も分かる。そして、その場合、『中毒者』の可能性が高い事も。だって、サギは言っていた。『天然』だから『飴玉』が要らないから、だから、その分たくさん食べるって。ティトは真逆だ。それどころか、体調の不安定さはおれに近い。『飴中毒』になりかけていたおれに。ジェイは度々そのワードを出しておれを煽った。それに、あの時の言葉。
『やっぱり、あいつもそうなん?』
 ティト『も』、おれと同じなのか、という事だったとしたら。その後、ティトを助けたいと言ったおれに見せたジェイの表情は、明らかに今までと違った。
 ただ、気になるのは、ティトが『中毒者』になった理由だ。あれほどきちんと管理された中で育ってきていたなら、飴玉を必要以上に入手する事は難しいんじゃ……。
「黙りすぎ。カラスくん、何か思い当たる事あったか?」
「え?」
「……カラスくん、隠し事はなしな」
「隠してないよ。考えてみたけど、おれにも分からない。第一、中等部は決まった量の飴玉しか支給されないのに」
「高等部もな。でも、敵から奪えば飴玉なんていくらでも手に入る」
「そんなチャンスないよ」
「『チャンス』ね。いい子ちゃんぶらないカラスくんは好きだぜ」
 敵から飴玉を奪うって発想は、きっと学校では『先生に言いつける』ような事なんだろう。でも、おれには最初からそんな甘さが通じるような場所には思えなかったけど。
「チャンスっていうか、そういう機会? 戦争に参加してないのに」
「『外出』ができるなら不可能じゃないだろ?」
「それにしたって、ティトには不可能に近いよ。戦闘能力はゼロなのに」 
「何も力づくで奪う方法しかないってわけじゃないじゃん?」
「どういう事?」
「たらしこめばいい」
 モズはおれを指差して笑う。似たもの同士なんだから分かるだろ、と言って。
「ティトはそんな事しない!」
「ティト『は』?」
「おれだって……」
 その時、コマちゃんが「うぅん」と唸って目を擦った。
「カーくん……」
「あ、ごめんコマちゃん……起こしちゃった?」
「むぅ」
 コマちゃんは頬を膨らませ、そばにいたモズの肩をパチンと叩いた。
「めっ!」
「……えっと、コマちゃん?」
「カラスくん苛めるなってコマが怒ってるー。わりー、わりー」
 ヘラヘラと、モズが笑う。さっきまでの真面目な表情は完全に消えていた。
「コマー、機嫌治せよー」
 口を尖らして、怒った顔をしたままのコマちゃんを膝に乗せ、後ろから抱きしめるモズ。
「んー」
 コマちゃんは逃げ出すような素振りをしながらも、笑顔を見せた。
「カラスくんと話してると、どーにも苛めたくなっちゃうんだよなー。俺もSかも」
「…………」
「はいはい、真面目に話しますよー」
「そうしてくれると助かる」
「そんなに怒るなって。褒めたんだから」
 どこが、と言い返そうとすると、モズは人差し指を口に当てて目配せをした。見れば、ついさっき起きたばかりのコマちゃんがまたウトウトと舟を漕いでいる。
「良くも悪くも人の気を引く。それって武器になるぜ。革命を起こすのなら」
「『革命』?」
「そういう事だろ?」
「おれは、ただ」
「世界が変わるぜ。カラスくんが変えるんだ」
 戦争を終わらせたい。派閥をなくして、D地区を解放したい。そうだ、おれは『変えなければ』。
「おれにできるかな?」
「できる。冷たい場所を、変えてやってくれ」
 もたれかかるコマちゃんを、ずり落ちないように抱きとめながらモズは窓の外を眺める。
「色々意地悪な事言っちまったけど、俺はカラスくんの味方だからな」
「……うん、ありがとね」
 空を見たまま、モズが目を細める。
「今までの俺ならさー、関わろうともしなかった。絵さえ描ければどーでも良かった」
 絵の具の匂いを吸い込むように、大きく息をする。おれはそんなモズをぼんやりと見ながら話を聞いていた。
「何の疑問も持たなかった。戦争をしている事にも、冷たい場所がある事にも」
「自分が戦いに参加しようが、目の前でイジメが繰り広げられようが、ほぼ無関心で。この空も」
 その言葉で、おれも窓の方を見る。雲が、いつもより速く流れた。
「絵の題材の一つにしか過ぎない。俺の目には、そんな風にしか世界は映ってなかった」
「クイナ先輩も?」
「絵にも描けない美しさだった」
 モズは大きく顎を引く。そして、茶々を入れたおれに「まあとりあえず聞けって」と諭すように言った。
「そんな俺の視界に入ってきたのが『スズメ』だった」
 モズから『お兄さん』の話が出てきた事で、おれは何となく身構える。
「空、見てた」
『何で、いつも空見てた?』
 以前、モズから聞かれた事を思い出す。
「俺からすれば、世界なんてすべてキャンバスに描くかどうかって考えしかないもんで、そんな風にしか映らないのに。あいつは違った。まったく別の目で世界を見てた。俺には見えないものが、見えてた。あ、こいつヤバい。そう思って、気がついたら手を掴んでた」
 自分の掌を、じっと見つめるモズ。一瞬、泣いているようにも見えた。
「『いいなあ』なんて、そんな事考えてたなら良かったんだけどよ」
 それは、おれが答えた言葉。
「やっぱさー、違うと思うんだよ。俺は。今となってはもう分からねーんだけどさ。でも、その時、確実に俺の視野は広がった。絵に描けないものがまだまだある事を知った」
「絵に描けないもの?」
 黙って聞くつもりが、つい口を挟んでしまう。
「人の心」
「心?」
「自分の心だけで、自分の感覚だけで、絵を描いてた。それだけで良かった。人の目に映ってる世界なんか興味なかった。なのに、スズメが、笑うから」
 モズの声が震える。俯き加減で話すモズの目は、重い前髪に隠れて見えない。すがりつくように、コマちゃんを抱きしめているから。
「残酷な世界しか見えてないのに、笑うから。『ヘラヘラしてんじゃねーよ』っつっても、笑うんだよ。俺みたいな無関心な人間にも……笑うんだ。そんな奴だから、泣くと、どうしようもねー気持ちになった。何とかしてやらねーとって。なのに、何もできなかった」
 コマちゃんの体が少しだけ動く。モズは俯いたまま、ポンポンとあやすように肩を叩いた。
「……自分がこんな状態になるまで、世界に疑問を持たなかった。あげく復讐心だけで暴れ回った。でも、お前を見て、また考えが変わった」
 目が眩む。良心が痛む。何もかも話してしまいたくなった。なのに。左手の傷が疼く。
「俺とコマは、お前に賭ける。さっきも言ったが、俺達を使え。頭ぶっ飛んでるからムカつく事も言っちまうけどさ」
 顔を上げて、モズはニヤリと笑う。
「絶対に裏切らない。お前の駒になるぜ」
 おれの何が、モズにここまで言わせてるのか分からない。でも、モズは嘘をついていない。ただ、覚悟を決めたその目に、この期に及んでおれの方が怖じ気づいていた。
「……大丈夫かな?」
「大丈夫。今がその時だ。俺達『イレギュラー』が革命を起こす」
 チームD。世界を変えるには、またみんなの力が必要になる時が来る。だからおれは、とにかく今生き残る道を選んだんだ。覚悟を決めろ。自分に言い聞かせる。
「頑張る」
「おう、頑張ろうぜ」
 危険しか感じなかったモズの存在が、今はとても心強いものになっていた。
「でも、おれ、まずは学校から逃げ切る事しか考えてなかったから、実を言うとほとんどノープランだよ?」
「でも、今するべき事は分かってるだろ?」
「今?」
「昼飯の時間だ」
 呆れたようにため息をつくと、モズはコマちゃんを抱いたまま立ち上がった。
「敵情視察も兼ねてだって。まずは、バッタを手懐けよーぜ。カラスくん」
 バッタを手懐ける。それがどんなに困難な事か、今は分からなかった。ただ、この学校は最初に感じた通り、おれが知っている『学校』とは程遠いものだった。
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