TEAM【完結】

Lucas

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第106話

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「じゅぎょう? 何だそれ? 新しい戦略か?」
「食事? そりゃあ当番制だ。メニュー? 当番の奴が適当に決めりゃいんじゃね?」
「チーム? まあ毎回編成されるけど、任務によって違うかな」
「目的? 決まってんじゃん」
「天下統一! みたいな?」
 ガヤガヤと賑やかな地下食堂では、緑だったり私服だったりする人がたくさんいて、食事を済ませると、すぐに任務や訓練に移る。薄暗い地下食堂は、換気扇の音がうるさいからか、みんなの声も大きい。おれは、その気迫だけで負けそうになる。
 厨房で皿洗いをしながら、おれは話を聞き回っていた。大半があしらわれてしまうか、それより兵器の調子はどうだとコマちゃんの話に持っていかれてしまう。
「コマちゃん、すごくいい子ですよ」
「んな事聞いてねーって。あーあ、あれが完璧に使えりゃ『天才』なんか怖くねーのによー」
「……コマちゃんがいなかったら怖いんだ」
「ん?」
「何も」
 おれはバッタの男から離れ、次の皿の山を運ぶ。
「無理すんなよー、カラスくん」
 そんなおれの手から、モズが皿を受け取る。モズの腰にしがみついていたコマちゃんが、おれの腰に移る。
「包帯濡れるぜ」
「もう濡れてるからいいよ。みんな毎日こんな事してるの?」
「いや、当番制って話聞いたろ? わりと楽しいぜ」
「まあ、新鮮ではあるけど」
 濡れた手が当たらないようにしながら、コマちゃんに笑いかける。コマちゃんはニッコリ笑い返してくれた。
「ここには平和にお勉強タイムとか、リッチな食堂や個室なんかないけど、いやーなチーム争いも補習もないぜ」
「補習?」
「……くっそ。カラスくんは補習受けた事ねーのかよ」
 モズは手際よくお皿を洗っていく。
「先生がいないのは何で? 戦争の指揮はすべて校長が?」
 誰もおれ達の会話なんか気にしていないのが助かる。コマちゃんを腰につけたまま、おれもモズの隣でお皿を洗い始めた。
「校長が追い出したとか何とか。校長は魔力の強さならトップだからな。ほぼ無効化できんだよ」
「無効化?」
 おれは食堂の方へ目を向けるが、校長の姿はなかった。
「魔力が強すぎて、並の攻撃は打ち消しちまうの。ほら、妹が一回やってたろ?」
 確かにサギはモズの魔法が効かなかった。おれの考えは当たってたんだな。
「モズの魔法は並の攻撃なの?」
「カラスくんが苛めるー」
 モズが体を反らしてコマちゃんの顔を覗きこむ。コマちゃんはクスクス笑うだけでおれにくっついたままだ。
「ごめん。そうじゃなくて、サギが一回やってたって言ったから。校長にも効かないのかなって事」
「さっきの言葉からそれだけ読み取らせるのは無茶だぜー」
「だからごめんってば。で、どうなの?」
「分からん」
「え?」
 話しながらもモズの手は順調に動き、どんどんお皿は減っていく。おれは慌てて手を動かしながら窺うようにモズを見る。
「試した事ねーもん。てか、普通に自殺行為だろソレ」
「まあ、緑にいる以上はそうだけど。単純な力の問題ならモズとコマちゃんだけでも制圧できそうな感じに見えたから」
「制圧ねえ」
「あくまで単純な力の話だから……」
 カチャカチャと積み重ねられていくお皿。モズの作ったタワーはすでにおれの倍はあった。
「まあ、うん。そりゃそうだけど、俺もコマも安定してない。俺の魔法はカラスくんだって打ち破っただろ? それに」
「それに?」
「……コマの場合下手すりゃ『全滅』だ。コマはあくまで脅威としてちらつかせてるだけで十分。使えとは言ったが、できるだけ『攻撃命令』は出したくない。分かるだろ? 俺が言うなって感じだけどさ。でも」
「ううん、分かるよ」
 それじゃあ何も変わらない。呟くようにそう言うと、モズは「そうそう」と言っておれの肩を叩く。
「濡れるじゃんか」
「いいじゃんかー」
 ブンブンと手を振って水を切るモズ。コマちゃんの「やん」という悲鳴が聞こえる。
「うー」
「コマちゃん、今おれの服で顔拭いたでしょ」
「ふふん」
 さらにきつくしがみついて来るコマちゃん。可愛いな、と目を細める。こんな子が『兵器』だなんて。
「『かわいそうに』」
「え?」
「すぐそういう顔するよな、カラスくん」
 おれは顔を背けてお皿を洗う。
「ま、いいけど。そういや、結構似合ってるぜ。その制服」
「どーも」
「俺らはコマ係だからあんま必要ねーけど、私服もいくつか調達しねーとな」
「私服?」
「ん。任務に出る時は大抵一般人に紛れるから」
「……それってさ」
「緑は少数部隊で各地に散らばってる。待ち伏せとか奇襲が主だな。必要とあらば、他校の制服を奪って潜入したりもする」
 前みたいに。あの夜の惨劇が甦る。
「その理由は……そうだな。夜になったら分かるぜ」
「夜? 今は言えないの?」
「カラスくん、このような組織を『せいあつ』するにはどうしたらいいと思う?」
 敢えて制圧という言葉を使ってくるモズ。おれはそれを無視して考える。
「まずは取り入る」
「校長をたらしこむ。うんうん、悪くない。カラスくんの専門だ」
「たらしこむのは別にして、おれ達に協力してくれるように……説得する」
 利用……と言いかけて言葉を飲み込む。バタバタと、忙しそうにしていた厨房が次第に落ち着き始めていた。モズも気づいたのか、声を落とす。
「オッケー。じゃあ俺は何したらいい?」
「え?」
「新たな女装道具を揃えて来ようか?」
「要らない」
「冗談だって。カラスくんはこれから俺を使うんだぜ? いわば俺は部下だ。上司の指示を待ってるわけ」
 チームSは縦社会らしい。
「そういうのはいいよ。指示なんておれは……」
 そう言いかけて、モズの方を向こうとした時おれの手からお皿が滑り落ちた。あ、と思った時にはもう遅く、お皿は床で粉々に。
「ご、ごめん」
「あー、いいって。カラスくん。こういう時こそ部下の出番だ。ちょっと二人とも離れていなさい」
 シッシッと手を振る態度の大きな部下の言う通り、おれとコマちゃんは後ろに下がった。すると、何を思ったのかモズは、自分が積み上げたタワーをその上に倒した。お皿の大合唱が厨房に響き渡る。一瞬静まり返り、その場にいたみんながおれ達の方を唖然とした表情で見た。
「上司のミスは部下のミス。これで、カラスくんのミスは隠れたぜ」
 満足そうに笑うモズに、きゃーっと高い声で笑いながら手を叩くコマちゃん。すぐに先輩方の怒鳴り声が聞こえてきた。
「優秀で従順な部下を持ってカラスくんは幸せだよな」
 先輩のお説教を無視して、目を輝かせたモズが一言。おれは頭を抱える。とりあえず、優秀な部下の初仕事の成果は、学校すべてのトイレ掃除だった。


「疲れた……」
 部屋に戻ってきたおれは、マットの上に倒れ込む。そして、慌てて起き上がった。
「どしたー?」
「あ、荷物……この下に隠してあるから」
 マットレスを持ち上げて、下から鞄を引きずり出し、パソコンの無事を確かめる。
「マットはコマのトランポリンだからな。隠し場所変えた方がいいぜ」
 もう一つのマットレスの上で、元気に跳び跳ねるコマちゃんを見て苦笑する。
「そうだね……」
 不用心だとは思ったが、普通に画材道具の側に重ねるように置いた。フェイクもあるし、案外普通に置いている方が怪しまれないかもしれない。
「で、どうだった? 転入初日は」
「トイレがたくさんある学校だね」
「カラスくんシャワー照れすぎ、ウケるー」
 おれの嫌味を受け流し、モズが爆笑する。蜂の時と違って、部屋に一つずつお風呂はついていない。広くて、壁で仕切られただけのシャワールームに、ハッキリ言って戸惑った。
「コマ、ちゃんと頭洗ってもらったか?」
 モズがそう言うと、コマちゃんは跳び跳ねるのをやめて、ちょこんと座って頷く。
「ドクターに?」
「シャワータイムのコマには教頭がつきっきりだぜ」
「教頭? そうなんだ……」
 あの人のこともまだよく分からない。コマちゃんが懐いているのなら悪い人ではなさそうだけど。
「……今日は何か疲れたから、もう寝るね」
 モズ達が寝てからティトにメールをしようと思って、おれはそう言った。
「っと。待った待ったカラスくん。寝る前にー」
「あめー!」
 歓喜の声を上げるコマちゃん。トトトっと走っていって、教室の隅にあった段ボール箱を引っ張ってくる。
「飴玉?」
 そっか。今日からまた飴玉を食べなきゃいけないんだった。
「そ! 魔法は常に使えるようにしておかねーと。明日から予備も持ち歩けよー」
 モズが段ボールを開く。目を疑う光景がそこにはあった。
「それ……どうしたの?」
 眩しいくらいに、カラフルな、飴玉の山。溢れだした飴玉の一つが、おれの足元にまで転がってくる。
「あめー」
 うっとりとした顔で、コマちゃんは飴玉を選んでいた。
「昼間に言っただろ? 『夜』になれば分かるって。緑の戦い方の『理由』はこれだ」
 狙われるのは、任務に出ている高等部の連中ばかり。あの言葉を思い出す。即座に理解した。
「飴玉を奪うのが目的?」
「そうそう」
 モズもコマちゃんも、すでに飴玉を一つ口に入れていた。そして、さらに手を伸ばす。
「ま、待って!」
「心配しなくてもカラスくんの分もたーっぷりあるぜ。でも、できればカラスくんは一個だけで」
 モズはおれの隣に座ると、足元の飴玉を拾い上げた。
「まだ後戻りできるからな、カラスくんは」
「こんなに溜め込んでどうするの? 緑はみんな飴中毒ってこと?」
「落ち着けって、カラスくん」
 飴玉をおれの手に握らせて、モズは肩を叩く。
「これも戦略だ。みんながぶっ飛ぶ為に飴玉を集めてるわけじゃない」
「戦略……?」
 何故だか、鼓動が速くなり、息が苦しい。
「『飴玉』がなければ、魔法使いはガラクタだ。となれば、飴玉をたくさん持っているだけで有利だろ?」
「……だけど、すべて奪うなんて無理だ」
「すべて奪う必要なんてない。カラスくん、想像してみ? 兵士に一つずつ武器が与えられてるとするだろ?」
 頭が痛い。
「銃でも剣でも何でもいい。それを奪うんだ。武器をたくさん持つ国は、それだけで脅威になる」
「脅威脅威ってさ……ハッタリだけでどうにかなることじゃないでしょ?」
「ハッタリじゃねーんだって。それを証明する為に、コマの『お披露目』があったんだ」
「…………」
「飴玉については……説明するまでもないよな?」
 ぎゅっと胸を押さえて、コマちゃんを見る。どこからどう見ても、ただお菓子を食べているだけの子供だ。
「……何のために、戦争なんかするんだろう」
「カラスくん、哲学的な話?」
「……ただの世間話」
「重いねえ」
 モズは後ろに手をついて、足を伸ばす。
「何かさ、多分だけど世界は誰かが『管理』してた方が都合がいいと思うんだ」
 おれは飴を握りしめたままモズの話に耳を傾ける。ゆっくりと呼吸を繰り返すと、頭痛が和らいだ。
「今はさ、それを『管理』する奴を決める為に揉めてる感じなわけ」
「トップを決めるの?」
「そう。『王様』だな。『キング』」
「一番強い人が、王様?」
「まあ、そうなるわな」
「『魔法使い』の中で、一番強い人?」
「まあ、そうなるわな。高等部になりゃ、ある程度歴史も勉強したりするんだけどさー」
「歴史って?」
「昔ばなし」
 モズがそう言って咳払いをすると、コマちゃんが反応してこっちに来た。そして、割り込むようにおれ達の間に座る。『おはなし』をして貰えると思ったらしい。
「むかーし、むかーし」
 そんなコマちゃんを見て、モズは話し口調を変えた。
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