TEAM【完結】

Lucas

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第166話

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 シャボン玉が消え、体が半分になったバスが発車する。他の地区にいた一般人も移動を始めたんだ。だから、みんなもそれを追ってC地区に向かっている。でも、これじゃまるで誘き寄せられているようだ。いや、実際そうなんだ。光に集まる虫の習性を利用するようにして、おれ達を一ヶ所に集める気なんだ。
 でも、何で? そんなことをしたら『トラ』と『サギ』を分断させた意味がなくなるのに。
「分断させるのが、目的じゃない……? コマちゃんの偽物をわざわざ用意した理由……追わせる為? トラやサギにではなく? 魔法使いを……ここに留まらせる為……?」
「どうした? ブツブツと独り言を言って気持ち悪いぞ少年」
「カラス?」
 ポロとコネコの呼び掛けを無視して、おれは必死に頭の中を整理する。頼みの綱のジェイはもう上の空で、ティト以外見えていない感じだ。
「何の為に、視界を奪ってまで……? 本当に、攻撃を防ぐ為だけに? けど、それもあるはずだ。それ以外に……」
 留まらせる理由。
 目を奪う理由。
「……『時間稼ぎ』?」
 C地区で、『何か』を準備していたんだ。それが、ようやく整った。でも、校長達が先にC地区に向かっていたはず。
 みんな無事なのか。それに、このままだと単独で行動しているドクターも危険だ。何も知らないまま、光を目指すに違いない。
 どうすれば。
 でも、みんなと合流できるならその方が得策だ。元々、やむを得ず班行動になったんだ。それに、校長達が簡単にやられるはずない。
 早く合流して、向こうがコマちゃん達にすら偽物を用意している事を伝えないと。明かりがあるなら、光があるなら、それこそ、おれ達の力が発揮できる。おれ達は、みんな『友達』だから。どんな変装も、もう通用しない。
 体育館で話した作戦が役に立つ時が来たんだ。
 敵は、『何か』を準備する為に、おれ達を集めている。今度こそ。
「コマちゃん……」
「……ん」
「ティト! 気がついたか? いけるか?」
 ティトが目を覚ました。おれもすぐにしゃがんで顔を覗き込む。
「ティト……」
「う……あれ? コマちゃん……は?」
 ティトは頭痛をこらえるように額に手を当てて、バスの後方を見る。
「コマならもうどっか行ったで。ごめんな、気づいてやれんくて。きつかったやろ?」
「……ううん。わたしの方こそ、肝心な時に役に立たなくてごめんなさい」
「そんなことないよ。ティトは本当に無理しなくていいから」
「…………ごめんなさい」
 ティトの表情は晴れず、おれとジェイは顔を見合わせる。
「本当に気にしなくていいから。そ、それより、ジェイはどう思う? このままみんなと合流でいいよね?」
「いいんちゃう? どうせみんなここに向かってるんやろ?」
 立ち上がって窓の外を覗き込むジェイは、トラに降下の合図を出した。
「眩しい……星が全部落ちて来たみたいね」
 黒一色の空とネオン街を見比べてそんな事を呟くコネコを見て、ジェイは目を細めた。
 バスは、潜るように降りていく。下へ、深く。大きな、大きな交差点のど真ん中。すべての明かりが点ったその場所へ、みんなが集まるその場所へ、バスが停車し、おれ達は降り立つ。
「随分おもしれーもんに乗ってきたな」
 そう声をかけてきた校長を見て、胸を撫で下ろした。
「無事だったんだね」
「あったりめーだろ。一応全員いるぜ? お友達」
 校長はぐるりと辺りを見渡してから肩を竦めた。
「ま、先公や大人共はいねーけど」
「え?」
「兄貴達には、B地区を任せて来た。まだ全員の避難が済んでないんだ」
「敵はみんな撤退しましたし、後は大人達に任せて大丈夫でしょう。来られても足手まといですし」
「ロビン、それにヒバリも。良かった、無事で」
 B地区に向かったみんなも、全員揃っている。どうやら、B地区でも敵は散々攪乱したあげく、とっとと撤退し始めたらしい。まるで、最初から本気で仕掛ける気はなかったように。やはり時間稼ぎか。
「アリンコも一匹も見つからなかったー。学校はもぬけの空だし、巣に引き込もってるんじゃね?」
「みんな……そっか、ありがとね」
 黒の捜索を頼んだみんなもいた。だけど、収穫はなしか。さすがに、一般人と手を組んだとは思えないし、静観しているだけか。なんにせよ、油断はしない方がいい。
「てゆーかー、むじーん、マジ無人。何かこえー」
「モズ!」
 どーんと後ろからぶつかるように肩を組んできたモズ。元気な姿に安心した。
「カラスくん、わりー。三百いねー。なんかさー、近くにいる匂いはするんだけどー、こいつだって思って追っかけたら何か別人でー」
 そこへ、人波をかき分けてサギが正面から現れた。
「多分変装してるんだ。あいつら、三百もどきも作ってやがる」
「サギ……。うん、そうなんだ。コマちゃんも同じだった。ただ、本人も見つけたんだけど見失っちゃって」
 それを聞いて、サギはニッと笑った。
「やっぱりな。奴らは、『ここ』を作り出す為に、時間を稼いだんだよ」
「『ここ』……?」
 建物の明かりは全部点いていて、看板はうるさいくらい自分を主張していて、信号はすべての色が忙しく点滅している。
 なのに、無人。そうだ、車一台通らない。道路のど真ん中にいるというのに。
 交差点を見下ろしている大きなモニターは、様々な映像を映し出し、かすかにBGMが流れてはいるが、本来ここにいる人達の、音も声もない。深夜だからなんて説明じゃ追いつかないくらい静かだ。
「奴らは、『避難』させたんだよ。この戦いに参加しない一般人を。そして、ここを『戦場』にする為の」
「でも、何で『ここ』?」
「アウェイとホーム。カラスならどっちで試合がしたい?」
「……向こうは、本気なんだね」
「ガチのクーデターだ。でも、あたしらだって本気だろ?」
「うん……本気で、仲間を守る。みんな! 相手がどう出ようとこっちのやることは変わらない! 明るい場所に来たなら、逆に有利だ。みんなの『顔』が見えるでしょ?」
 みんながお互いに顔を見合わせて笑顔になる。
「でも、相手も同じなんだ! よく見えることを利用して、おれ達を惑わしてくる! 少しでも危険を感じたら逃げて! 鬼ごっこからかくれんぼに変更! ただそれだけ! 相手は、全員の魔力が尽きるのを狙ってる。でも! そうなる前に、必ずケリをつける! コマちゃん達は……おれに任せて! みんな……絶対に死なないでね」
 暗闇の中で見た恐怖は、もうみんなの中にない。全員が、覚悟を決めた。魔法使いから、大人に一歩近づいた。そして……タイヤが廻る音が、近づいてきた。
「お出ましだな」
 サギの声が、トラの姿が、合図だ。これが本当に最後の戦い。
 翻弄されてる。あっちへ、こっちへ。分かっているけど波に乗ろう。流されよう。おれ達の方から戦う意志を見せちゃいけない。
 交差点を取り囲んだ車が、一斉にアクセルを踏み込みスピードを上げ、車内から、建物からの銃撃が。
 それらが、すべておれ達の目の前で止まる。背中合わせで立つサギとトラが、ほんの一瞬で、四方八方の『武器』を『無効化』した。サギが、車をひっくり返す。トラが、銃を砂にする。第一波クリアだ。
「鬼ごっこ開始か?」
 校長がそう言うと、緑のみんなの鬨の声が上がる。そして、駆け出す。街へ向かって、飛び込む。バッタに負けじと飛び出した蜂の群れ。武器の殲滅だ。
 散らばれ。武器は、魔法は、もう要らない。この戦いで使い切れ。


 走れば走るほどに出会うのは、おれ達を見て逃げ出す一般人。逃げる、ということは丸腰で、みんながうまくやってくれている事を証明していた。敵が用意した不気味なステージは、かくれんぼにはもってこいで、ホームを選んだことが完全に仇になっていた。
 おそらく、『武器』の多さでここが選ばれたんだ。その証拠に。
「危ない!」
「うわっ!」
 目の前を大型トラックが横切る。おれ達はそれをかわして、近くのビルの屋上へ飛んだ。そんなおれ達を狙うように、向かい側のビルから一斉射撃。密集した高い建物、そこかしこにある車、走り慣れた入り組んだ道。すべてが奴らにとって『武器』になる。
 おれ達は身をかがめ、屋上からそっと顔を出す。ジェイの魔法が、向かいの建物にいる人達の武器を破壊した。
「とりあえず、今んとこ他にはおらんな」
 はあ、とため息をついてジェイは腰を下ろす。ピカピカと光るネオンの看板の裏側で、なのに真っ暗な星一つない空の下に、おれ達はいた。ジェイ、ティト、それに、おれと教頭。
「ティト……具合は?」
「大丈夫。本当に役に立たなくてごめんね」
「…………」
 謝罪を繰り返すティトを、教頭がよしよしと頭を撫でる。そんなに気にしなくてもいいのに、と思っても教頭のような行動はできない。
「コマの狙いは完全にお前やろ? やったら、ティトがもう無理に読む必要はない」
「よむ?」
 教頭が首を傾げる。
「分かってる。コマちゃんはおれに任せてってば」
「話見えない。仲間外れ……嫌」
 教頭がジェイの背中にのし掛かり、ジェイは「はいはい、後で言う」と軽くあしらう。
 わらわらと現れた三百もどきを追って、サギとトラ、それにモズの三人が先行した。
 おれは最初、校長と教頭のペアにコネコとポロを任せようとした。いくら目が利くと言っても、あまりに危険すぎる。校長なら安心だし、何より教頭の様子が気になった。今はまだジェイにじゃれつく余裕が戻って来ているけど……さっき合流した時は真っ青だった。たぶん、フラッシュバックを起こしかけていた。
 それもそうだ。あんなに『車』に囲まれていたんだから。思い出さないはずがないんだ。だから、二人にコネコ達を連れて戦線から離脱して貰おうと思った。だけど、この現状。
「コネコ達、大丈夫かな?」
「校長にモフモフされてるかも。うらやま……危険」
「お前今うらやましいって言いかけたやろ」
 言ってないもん、と教頭は今度はティトに抱きつく。
 爆発物。それが、おれ達の道を分けた。
 校長がコネコとポロを抱えるのが一瞬見えたから、無事だとは思う。だけど、校長は必ず教頭を捜そうとする。でも、校長はあの二人を放っておくことはできない。結局、コネコ達も戦場にリターンだ。
 ドクターの安否も気になっていたおれは、ロビン達に様子を見て来て貰おうと思った。ヒバリとの同盟のことは関係なく、探索に関しては能力的にこの二人が向いてると思ったし何気に息はあってる。
 なのに、爆発により行方が分からず。あの二人なら心配はないと思うけど……。
「……どうしよう」
「何? らしくないやん。いつもみたいに臨機応変に空回りすれば?」
「臨機応変に空回りって何だよ……」
 ジェイと口喧嘩する気力もない。とにかく、おれはコマちゃんに会わないと。でも、どこへ?
「でも、不思議やな。コマと三百は何であいつらなんかの言うこと聞くん?」
「それは、多分兄ちゃんがいるから」
「だから、それが『何で』? お前の兄ちゃんは何であいつら手懐けられたん?」
「……分かんないけど」
 役に立たんな、と吐き捨て地上の様子を窺うジェイ。単純に考えれば、魔法使いより人間側な考えだから。三百は、特にそうだ。魔法使いに味方する理由が微塵もない。むしろ復讐対象で、そこにつけこめば簡単に動かせる気はする。
 気の毒だけど、あの子も『無知』だ。おれと同じ『D地区育ち』だし。与えられた『力』の使い道を教えてくれる人がいたら、きっと従ってしまう。『無邪気』な三百にとって『魔法』はオモチャと変わらない。
 だけど、コマちゃんは違う。コマちゃんは、外の世界も知っていて、魔法使いの世界も知っていて、魔法使い側に、友達も仲間もいた。
 それでも、あの日突然兄ちゃん側についた。きっかけは、おれが作ったわけだけど、一度はこっちに戻ってきていたのに。
『コマ、どーせ、しぬ』
 誰かが、教えたのか。それとも……最初から知っていたのか。自棄になり始めているのは確かだ。それでも、おれを求めてくれるのなら、おれが行くしかない。
「様子、どう?」
 おれはジェイの隣りに座って下を覗いた。
「今のところこっちが押してるな。緑の連中はゲリラ戦に長けてるし、蜂はいい感じに囮になってる」
「……そっか」
「お前の兄ちゃんってどこに隠れてん?」
「分かんないけど……」
 すると、真下から大きな音がして足元が揺れた。
「何?」
 教頭がさらにきつくティトを抱きしめる。
「爆発……? この下だよね? 建物ごと破壊しようとしてるのかな?」
「むやみやたらに爆発物は使わんやろ? 範囲や威力から考えて、下手したら味方までお陀仏やんか」
「じゃあ、今のは?」
 そう言った時、建物内から屋上に通じる扉がギイッと音を立てて開いた。そこにいたのは。
「うっ……ひっく」
 泣きじゃくる男の子。キャップを被って、大きめのパーカーにジーンズ。どこから見ても『一般人』。
「大丈夫? 逃げ遅れちゃったのかな?」
 教頭が駆け寄ろうとする。
「待って! 教頭、危ない!」
 おれは、知ってる。性別を誤魔化すことが、最高の変装になることを。
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