TEAM【完結】

Lucas

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第167話

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 間に合え。
 おれは少年もどきと教頭の間に盾を作り出す。そして、さらに教頭をシャボン玉で包んだ。少年もどき、イコール、三百ということが分かっていたから、二重にしないと防げないと思った。
 でも、二重ということは、おれはもう盾を増やせない。顔を上げた少年もどきと目が合った瞬間に、しまったと思った。三百の狙いはおれだった。
 教頭には目もくれず、三百はおれに向けて魔法を放った。そこへ、ジェイが魔法をぶつけてきた。目の前で魔法が相殺される。
「むー」
 三百は唇を尖らせた。
「あ、ありがと」
「避けるくらいはしろや」
「……ごめん」
 シャボン玉の中の教頭が、口パクで「ありがと」と言っている。だけど、まだ三百は去っていない。危険はすぐそばに。
「……盾はそのままでいい。教頭、動くなよ。ティトも下がっとけ」
 三百はおれ達を物色するようにジロジロ見ながら、フラフラ歩き回る。蛇に睨まれた蛙のように、おれ達は動けないでいた。確実に情け容赦ない攻撃を浴びせてくる方の兵器が、こんなにも至近距離に。
「モズは何やってんねん。役に立たんな」
「……だって、モズは」
「中毒症状でくたばったか?」
「絶対に違う!」
 そう怒鳴って、ジェイを睨みつけて、またもやしまったと思った。が、やっぱり遅くて、三百はおれに視線を定めた。
「カー」
「…………」
「くん」
 三百がおれの名前を呼んだ。そして、何を思ったのか踵を返して扉へ向かう。
 チャンスか? 背中を向けている。攻撃力だけならジェイの魔法とほぼ互角だし、おれ達だけでも捕獲できるんじゃないか? ジェイに伝えようかと迷っていると。
「パパ」
 三百が建物の中に半分首を突っ込んでそう言った。
 パパ? その場にいる全員が首を傾げた。が、ジェイだけはこの隙を狙って、風を起こしシャボン玉ごと教頭をこちらに引き戻した。おれも盾を一旦解除して、次の攻撃に備える。
 じりじりと後ろに下がり、屋上ギリギリの場所に立つ。ジェイの飛行能力や、教頭のスピードでは、おれやティトを連れての逃亡は逆に危険だ。すぐに追いつかれて撃ち落とされる。
 三百を発見できたのを幸運と捉え、ここで持ちこたえる。モズを信じて、『最強達』の到着を待つ。
「パパー」
 三百が嬉しそうに跳び跳ねた。とうとう『パパ』のお出ましらしい。扉が大きく開き、屋上へ入って来たのは。
「……カラス、こんな所にいたのか」
「兄ちゃん?」
 そんな……まさか、三百が兄ちゃんの隠し子だったなんて。
「言っておくが、本当に俺の娘じゃないからな」 
 兄ちゃんを含むみんなの呆れた視線がおれに突き刺さる。おれは、そんな勘違いしていませんよとでも言うように何食わぬ顔で兄ちゃんを見据えた。
「兄ちゃん、何でここに?」
「三百がお前の匂いを辿った。お前のお仲間にも似たような奴がいるらしいじゃねーか」
「…………」
 答えに困る。三百がおれの匂いを辿った? 『中毒者』だから? 幸いジェイ以外には意味が分からないだろうけど。
「へえ」
 そう呟いて、ジェイはおれを見る。『飴中毒』と、目が責める。そんなの自覚済みだけど、おれには三百達の魔力を嗅ぎ当てたりはできない。
「それで、お前こそ何でここにいる? 人間の始末は仲間にやらせて高みの見物か?」
「違う! おれ達は、戦うつもりなんか一切ない! おれ達は誰一人魔法で敵を傷つけていない!」
「私達が壊すのは、武器だけ。人を、傷つける武器」
「武器をねぇ……。つーか、お前は毎回連れてる女が違うな」
「きょ、教頭はそういうんじゃないから。てか、今はそんな事関係ない! 兄ちゃん、おれ達は戦争を止めに来ただけだ! 今すぐみんなに攻撃をやめさせて!」
「武器を捨てさせろってか?」
「そうだよ」
「降伏しろってか?」
「そうじゃない! どっちが勝つとか負けるとかじゃなくて、仲直りしようってことだよ!」
 ははっと、兄ちゃんが短く笑う。そこに、馬鹿にしたような感情は含まれていなくて、子どもの言うことに呆れているだけのような、そんな笑い方だ。
「仲直りかぁ」
 大きな手で三百の頭を撫でた。三百はニコニコ笑って兄ちゃんに抱きつく。
「パパー」
「……ねえ、そのパパって」
「三百は、完全に壊れてる。壊したんだよ、お前ら『魔法使い』が。俺の事を、とっくに死んじまった父親だと思い込んでる」
「じゃあ三百を手懐けられたんは、お前のこと親父やと思ってるから?」
「さあ? 壊したお前らが気にすることじゃねえと思うけど」
「コマは何でお前の言うこと聞いてんねん?」
「なあ魔法使いのクソガキ。教えてやるよ。まず、そこから間違ってんだ」
 兄ちゃんは三百を抱き上げた。おれが……小さい頃、そうして貰っていたように。
「こいつらに『意志』がないとでも思ってるのか? ぶっ壊れてようが、幻覚が見えてようが、ハッキリとした意志がこいつらにはある。『魔法使いへの復讐心』。俺達D地区の人間と、目的は同じだ。たまたま利害が一致した。だから、手を組んだんだよ。まずはお前ら魔法使いが、俺達に、コマに、三百に何をしたか思い出せ」
 鼓動が早くなる。同じだ。あの時のような『力』が、またやってくる。
「だけど、何なんだろうなぁ、まったく。俺達の目的とは、違う目的を持ったやつらが動き始めちまった。カラス、ヒントをやるよ。頭は二つだ。俺はお前が考えたあの馬鹿げた作戦を参考にして、計画を遂行した。あのまま、視界を奪ったまま、一気にたたみかければ勝ってたのに。C地区の連中に、俺達とはまた別の目的を持った連中がいるぞ」
 おれは、答えない。頭が働かない。
「なるほどなぁ、何がしたいねんって思ってたけどそういう事やったんか。指導者は、はなから二人おったんやな」
「そーいうことだ。……まあ、どうせもう止まらないんだ。俺達の目的も、やり方は違うけど果たされる事になる。魔法使いはみんな終わりだ、カラス。今起こっていることは全部、自分達が蒔いた種だ」
「だからって、魔法使い全部を恨むのは、お門違い。緑は、私達の学校は、確かに悪いことしてた。コマと三百に。でも……悪いことしてた人は、そっちにもいる。本当に、悪いことして、D地区に行くことになった人だっている。なのに、あなた達だけ魔法使いに復讐する権利は……ない。誰にも、ない」
 ぼんやりし始めていた心を、教頭の声が呼び戻した。教頭は拳を握りしめ、いつもの様子からは考えられないくらい、はっきりと力強く言葉を紡ぐ。
「戻らない、取り返しのつかないこと、あると思う。奪われただけの人も、そっちにいる……と思う。だけど、だから、生きてる人間は反省しなきゃいけない。生きてるんだから。今、あなた達のやってることは、正しい事を言いたいだけの人が、正論という自分だけの正義を振りかざしてるだけ。だから……反省して!」
 泣きそうな教頭の、すべてを込めた叫びは、最後の最後にかき消された。
「……教頭っ!」
 遅れてティトの叫びが屋上に木霊して、ジェイや兄ちゃんの表情を窺う余裕もなく、おれはその場に崩れ落ちた教頭の体を抱き起こす。きっと、誰も、何が起きたか分かっていなくて、それでも、自分達を取り囲む悪意だけはヒシヒシと肌に感じていて。だから、誰がやったのかはすぐに予測できてしまう。
 なのに、間に合わなかった。止められなかった。あまりにも一瞬の出来事だった。
「教頭……大丈夫? しっかりして……」
「三百……何で?」
 兄ちゃんの声が聞こえた。クスクス笑う三百は、見なくてもどんな顔してるか分かる。『褒めて』。そんな顔だ。三百の魔法は、目に見えない刃になって、教頭の体を貫いた。
「教頭……」
 血が止まらない。どんなに、どんなにきつく抱きしてめても、止まってくれない。
「パパー?」
 三百の無邪気な声が、怒りと苛立ちを誘う。兄ちゃんはどんな顔してる?
「……ス」
「教頭?」
「大丈夫ですか?」
 教頭の目が薄く開いた。ティトがすぐにそばに来て膝をついて教頭に呼び掛ける。
「私……言い過ぎ?」
「そんなことない! 言い過ぎなんかじゃないよ!」
「ジェイ、お願い、誰か助けを呼んで来て……ジェイ……」
 ティトがどんなに手を引っ張っても、ジェイは微動だにせずただ立ち尽くしていた。だけど、責めることもできない。おれだって、今何をすれば、どうすればいいのか分からず、ただ泣いているだけなんだから。
「……へーき」
「教頭、喋らない方がいいよ。もうすぐ、きっとドクターが戻って来るから。ドクターは、救急車より、速いから」
 祈るしかないのか、ドクターが、今ここへ来る事を。それより、ジェイにもう一度頼んで……。ジェイ、と口を開く前に、感じた。腕の中に重みが増すのを。
「教頭!」
 おれが叫ぶのを聞いて、ティトがハッとしたようにこっちを見た。そして、慌てて着ていた上着を脱ぐ。
「これで傷口抑えるから! ここに寝かせて! 早く!」
 言われた通り、教頭の体をその場に横たえる。ティトは上着で傷口を押さえた。黄色と黒の制服が、瞬く間に真っ赤に染まっていく。
「しっかりして! お願い! 死なないで!」
 懸命なティトの呼び掛けにも、教頭はまったく反応しない。
「死なないで……」
「……兄ちゃん」
 おれは、ゆっくりと立ち上がる。ロビンに借りた制服は、教頭の血で赤く染まっていて、余計に、おれの中の『魔法使いの血』を意識させる。
「……何だよ?」
 三百は兄ちゃんに抱っこされたままで、まるで本当の父親に甘えるように頬を擦り寄せる。『こんな事』をした直後なのに。
「兄ちゃんは……おれの事、嫌いなんだよね?」
 何故今更確認するようなことを言うのか、と。訝しむような顔をする兄ちゃん。でも、答えてくれた。
「ああ、嫌いだよ。遺伝子レベルでな」
 おれが欲しい言葉を。
「じゃあ、おれは要らないよね?」
「……ああ、要らないな」
 ティトとジェイが、兄ちゃんじゃなくおれの顔を見た。理由は聞かなくても分かる。きっと、おれは今笑ってるから。
「だよね」
 あの時と同じだ。兄ちゃんが、『おれ』を否定した。それが引き金だ。もう、サギのことをブラコンだなんて言えないな。おれも相当……いや、サギ以上のブラコンだ。
 おれは盾を発動した。おれ達全員を包み込む盾だ。広く広く、どこまでも、突き抜けるように。
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