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第一章
27 偵察
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なんだかんだいつものごとく笑って誤魔化され、暫く話したあとで宿の部屋へと戻された。
まぁ別にいいんですけどね? 確かに助かってはいるし、ありがたいわよ?
だからって色々盛りすぎじゃなぁい? あたしが悪い人間だったらどうするのよ。
……もう言っても仕方ないけど。あたしが気を付ければいいのよね。
だけどどの辺までが一般的なのかとか、それくらいは教えてくれても良かったんじゃないのかしら?
「まったく、気が休まる暇がないわねぇ」
テーブルの上の書き置きと荷物を片付け、魔法の鞄にストックしてある屋台ご飯でおなかを満たしたあたしは、少し休んでいようとカウチに転がりエルトを喚び出した。
あぁ~んお鼻ヒクヒクさせちゃってもうかぁわいいわねぇ~
荒んだ心が一気に和むわぁ~
「兎の脚、ふたつ貰ってくれば良かったかしら。エルトは返さなきゃだし、もうひとつも婆さんが使うんでしょうし……」
ふあぁ。気が緩んだら眠くなってきちゃったわ。
色々疲れたし、ランディが戻ってくるまで少し寝てようかしら。
もう本っ当にくたびれちゃったもの……。
そうしてしばらく休んでいると、入り口の鍵が開く音がして、ランディが帰ってきた。
ぼんやり目を開けてみるとエルトが外に出そうになっていて、「わっ、こら!」とランディが焦った声をあげ、やおら鬼ごっこが始まってしまった。
なに面白いことやってるのかしら。エルトは喚べば帰ってくるから大丈夫よランディ。
「レイ? 寝てたのか」
「ぉかえりぃ~……」
エルトを無事捕獲したランディに声をかけられて、あたしは半分寝たまま返事をして、また目を閉じてしまう。
ダメだわ。【真眼】使ったとき以上に精神削られてるかもしれないわ。
「大丈夫か?」
「えぇ……大丈夫よ」
「頼まれたやつ、買ってきたけど後のがいいか?」
「あ~、ありがとう、起きる。貰うわ」
そうね。後で慌てるのも面倒だもの、やることやっちゃいましょう。
ランディが買ってきてくれたのは、ニットみたいな伸縮性のある生地の、輪っか状のなにか。
「……腹巻き、にしては少し大きいかしら」
「腹巻き?」
「オウム返しされても困っちゃうわよ。なぁにこれ?」
「襟巻きだ。こうやって二重にして首に巻く。目の下まで持ち上げれば顔も隠せる」
「あぁ、なるほどね」
ランディが実演して見せてくれたわ。これは全く飾り気も洒落っ気もないスヌードなのね。
そういえばクマ子がバイクに乗るとき、似たようなのを使っていたかも。
寒さも凌げて顔も隠せる、一石二鳥の盗賊系冒険者御用達アイテムなんですって。
「ありがとうランディ、助かったわ」
「それで良かったか? 着け外しが楽なやつって言うから、少し悩んだ」
「あー、それね。ごめんなさい、着けたままでも大丈夫だったみたいなのよ」
「そうなのか?」
「さっき婆さんに教わりながらひとつ試しに作ってみたのよ。そしたら魔力で発動の切り替えが出来るものが作れちゃって」
「軽く言うなぁ」
「いいじゃない。便利に越したことはないわよ」
苦笑いのランディは放っておいて、さっきやったことを思い出しながら魔法をかけていく。
渡しに行くのはまた今度でいいかしらね。数はあるから、あたし達も一枚ずつ持っていきましょう。
「レイ、こっちは準備出来たぞ」
「はぁい。これ、ランディの分ね。着けてみて」
「あぁ、ありがとう」
「うふふ、似合ってるわ。じゃあ魔力を通してみてちょうだい」
「……こうか?」
「えぇ、大丈夫みたいね。さ、エルトもいらっしゃい。じゃあ行きましょう!」
あたしはにっこり笑ってランディの手を取った。
日のあるうちに町に入っていた方がいいという彼に従って出発準備を整えたあたし達は、オクトの町へと移動して、町外れにある『拐い屋』のアジトへ真っ直ぐ向かった。
あたしも既にスヌードを巻いて気配を断っているから、堂々とその小屋の前で立ち止まる。肩に乗ったエルトも心なしかふんすとドヤ顔だわ。
「レイ、流石にこれはない」
「うふ?」
「いくらなんでもいきなり……」
「あ、誰か来るわね」
「しっ! レイ、こっちに!」
「大丈夫よぉ」
あたしを物陰へ引っ張ろうとするランディを止めて、こちらへ来た人物が目の前を通り過ぎるのを、ひらひら手を振りながら「はぁーい」と笑顔でお見送り。
そんなあたしをちらりとも見ずに小屋へ入っていく男の背中を見て、ランディが詰めていた息を吐き出した。
「ね? 声も姿も隠れてるでしょう?」
「……色々心臓に悪すぎるだろ。本当にとんでもないよなレイって」
婆さんに比べたらかわいいものじゃない。
さっきの『転移』だって、エルト越しに婆さんに誘導してもらったんだから。
馬に乗って二時間とか無理だもの。お尻痛くなっちゃう。まぁその分魔力がごっそり減ってちょっと疲れちゃったけど。
「そんな理由で転移したのか?」
「それだけじゃないわよ。どこで誰に見られてるかもわからないでしょう? ノットにもまだこいつらの仲間がいたかも知れないし、馬を借りたのだってブラフよ」
「ブラフ?」
「敵を欺くにはまず味方からってね。馬を借りた姿を誰かに見られていたとして、宿から馬が出てなきゃまだ動いてないって思わせられるでしょ?」
「確かにそうだが」
「こいつらもあんのクソ隊長様もまとめてぎゃふんと言わせてやるんだもの。使える手はなんだって使わなきゃ!」
「っはは、なんだレイ、怒ってたのか」
「あったり前よ!」
あたしだってねぇ、あんな言われ方して許せるほど心広くないのよ!
あの時はみんなを思って引こうとしただけだし、引かなくていいならガンガンやるに決まってるじゃない。
ニーネちゃんを一日も早く取り戻すためにも省ける手間は全部省いてやるわ!
「ありがとう、頼りにしてる」
「んふふ。ほら行くわよ」
あたしはランディの背中をぽんと叩き、小屋へと近付いた。
腹を括ったのか、顔付きを変えたランディも一緒に、少し開いた窓から中の様子を窺う。
「五人か……」
「もっと大勢いるかと思ったわ」
「多分奥にいるのがボスだな。俺がやられたのは右側のふたり。盗賊がいないな……。あとのふたりは初めて見る」
「じゃあ最低でも六人はいるのね」
あたしも中を視ながら連中の会話に耳をそばだてる。どうやらランディが知らないと言ったふたりの内ひとりは、密売屋との連絡係みたい。
盗賊がいないのを気にするランディに何故かを聞いてみると、盗賊というのは、索敵や鍵開け、身を隠して偵察したりなんかを得意とする人のことらしいの。
だから、もしかしたらどこかでここを見張っているか、それかまだノットにいるのかもしれないと話してくれた。
「連絡係がそこにいるから、密売屋の方には行っていないと思うが……」
「向こうも隠蔽を使うのよね?」
「あぁ。レイほど完璧な隠蔽じゃなかったが、それでも戦闘中気付けない程度には腕が立つ。あいつに背後から攻撃されて、その隙で魔法を浴びたんだ」
「魔術師も腕が立つのよね確か。なんでそんな人達が拐い屋なんてやっているのかしら」
「性根が悪いからだろ」
「……それもそうね」
どこの世界にも、悪事をそれとわかっていて進んで手を染める悪人はいるものなのね。
平和だって聞いていたけれど、単に戦争がないだけでやっぱり人の世はそうそう穏やかにはいられないのねぇ。嫌になっちゃうわ。
「それにしても、なんか普通に飲み食いしてるだけじゃなぁい?」
「もう仕事は終わってるんだろう。取引の日までは動かない可能性が高い」
「じれったいわねぇ」
「偵察なんてそういうものだろ。そう都合よくこちらの欲しい情報が転がってなんか来ないさ」
これは長丁場になりそうだわ。
何か……ニーネちゃんに繋がるような何かをさっさと話しなさいよもう!
窓枠を掴みながらじりじりしていると、肩で大人しくしていたエルトがちょいちょいとあたしの頬をつついてきた。
「なぁにエルト、どうしたの?」
振り向くと、エルトはその小さな鼻をぴとりと頬にくっつけてきた。
やぁだかわいいと和みそうになった瞬間、そんなあたしの癒しは脆くもぶち壊されてしまった。
『まどろっこしいね』
「え」
ちょっとやめてよもぉ~!!
こんなにかわいらしいエルトから婆さんの声がするとかどんな悪夢よ!!
『ヒヒッ』
「笑ってんじゃないわよもう、何よいきなり」
『屋根裏に見張っている坊やがいるよ』
「えっ、屋根裏? 盗賊の人かしら」
「ど、どうした?」
「なんか婆さんが、屋根裏に見張りがいるって」
「盗賊か?」
「わからないわ。でも状況的にはそうよね」
『ほれ、とっとと行っておいでな』
婆さんに急かされて屋根裏の辺りに意識を集中させて視ると、確かにひとり、外と下の様子を窺っている小柄な男の姿が視えた。
婆さんが積極的に協力してくれるのはなんだか謎だしあとが怖いけど、今はこっちが先よね。
「いたわ。行くわよランディ」
「えっ」
あたしはランディの手を取って、再び『転移』した。
よぉし、気付かれてないわね。
「この男が盗賊で間違いない?」
「……あぁそうだ。ていうかいきなりやるなよ」
「行くわよって言ったじゃない」
「……はぁ、まぁいいや。それで、こいつをどうするんだ?」
「ちょーっと色々お話してもらいましょ」
ふふふ、ほぉら、あたしの質問に答えなさぁい?
あたしは目の前で外を警戒する男に精神誘導の魔法をかけて、ついでにその場に遮音もかける。
これで何を聞いてもぜーんぶ答えてくれるわよ。さ、どうぞランディ。
そう手で促すと、何かを諦めた顔のランディが、座り込んだ男の前に膝をついた。
「ひと月前、シュライルンの王都でニーネという大猫族の子供を拐ったのはお前らか?」
「……そうだ」
「その子は今どこだ?」
「……売った」
「売った先は?」
「……知らない」
ふらふらと視線を彷徨わせながら答える男に、ランディはギリッと握った拳を震わせながら、少しずつ情報を聞き出していく。
けれどニーネちゃんの売却先はわからなくて、今にも噛みつきそうな顔をして男を睨み付ける。
そんな彼の肩に手を添えながら、あたしは小屋の中を色々と探った。
「ランディ、地下に小さい気配がふたつあるわ」
「それも拐った子供か?」
「……そうだ」
「取引はいつだ」
「……三日後」
「どこで、何時だ」
「……魔魚の巣窟四辻裏、岩場のタギの三本目、潮が根元に届く頃」
「なぁにそれ」
「暗号か? タギは木の名だ」
「もっと明確に場所と時間を言いなさい」
「……クユ島、夜中」
その男はそれ以上のことは知らされてないみたいで、何度聞いても明確な時間はわからなかった。
だけど場所は前に婆さんが教えてくれた島と同じだわ。だったら当日そこで張るのもひとつの手だとは思うけれど。
「どうする? ランディ」
「……下の奴らにもこれをやるのは無理か?」
「さすがに全員は難しいわねぇ。帰れなくなっちゃうわよ」
「そうか……」
「密売屋にも聞いてみましょう。ここでこいつらを叩いたら逃げられる可能性もあるし、三日後その島に乗り込むわよ」
「だが三日後は、レイは帰ってしまうだろう?」
……あ、言い忘れてたわ。
まぁ別にいいんですけどね? 確かに助かってはいるし、ありがたいわよ?
だからって色々盛りすぎじゃなぁい? あたしが悪い人間だったらどうするのよ。
……もう言っても仕方ないけど。あたしが気を付ければいいのよね。
だけどどの辺までが一般的なのかとか、それくらいは教えてくれても良かったんじゃないのかしら?
「まったく、気が休まる暇がないわねぇ」
テーブルの上の書き置きと荷物を片付け、魔法の鞄にストックしてある屋台ご飯でおなかを満たしたあたしは、少し休んでいようとカウチに転がりエルトを喚び出した。
あぁ~んお鼻ヒクヒクさせちゃってもうかぁわいいわねぇ~
荒んだ心が一気に和むわぁ~
「兎の脚、ふたつ貰ってくれば良かったかしら。エルトは返さなきゃだし、もうひとつも婆さんが使うんでしょうし……」
ふあぁ。気が緩んだら眠くなってきちゃったわ。
色々疲れたし、ランディが戻ってくるまで少し寝てようかしら。
もう本っ当にくたびれちゃったもの……。
そうしてしばらく休んでいると、入り口の鍵が開く音がして、ランディが帰ってきた。
ぼんやり目を開けてみるとエルトが外に出そうになっていて、「わっ、こら!」とランディが焦った声をあげ、やおら鬼ごっこが始まってしまった。
なに面白いことやってるのかしら。エルトは喚べば帰ってくるから大丈夫よランディ。
「レイ? 寝てたのか」
「ぉかえりぃ~……」
エルトを無事捕獲したランディに声をかけられて、あたしは半分寝たまま返事をして、また目を閉じてしまう。
ダメだわ。【真眼】使ったとき以上に精神削られてるかもしれないわ。
「大丈夫か?」
「えぇ……大丈夫よ」
「頼まれたやつ、買ってきたけど後のがいいか?」
「あ~、ありがとう、起きる。貰うわ」
そうね。後で慌てるのも面倒だもの、やることやっちゃいましょう。
ランディが買ってきてくれたのは、ニットみたいな伸縮性のある生地の、輪っか状のなにか。
「……腹巻き、にしては少し大きいかしら」
「腹巻き?」
「オウム返しされても困っちゃうわよ。なぁにこれ?」
「襟巻きだ。こうやって二重にして首に巻く。目の下まで持ち上げれば顔も隠せる」
「あぁ、なるほどね」
ランディが実演して見せてくれたわ。これは全く飾り気も洒落っ気もないスヌードなのね。
そういえばクマ子がバイクに乗るとき、似たようなのを使っていたかも。
寒さも凌げて顔も隠せる、一石二鳥の盗賊系冒険者御用達アイテムなんですって。
「ありがとうランディ、助かったわ」
「それで良かったか? 着け外しが楽なやつって言うから、少し悩んだ」
「あー、それね。ごめんなさい、着けたままでも大丈夫だったみたいなのよ」
「そうなのか?」
「さっき婆さんに教わりながらひとつ試しに作ってみたのよ。そしたら魔力で発動の切り替えが出来るものが作れちゃって」
「軽く言うなぁ」
「いいじゃない。便利に越したことはないわよ」
苦笑いのランディは放っておいて、さっきやったことを思い出しながら魔法をかけていく。
渡しに行くのはまた今度でいいかしらね。数はあるから、あたし達も一枚ずつ持っていきましょう。
「レイ、こっちは準備出来たぞ」
「はぁい。これ、ランディの分ね。着けてみて」
「あぁ、ありがとう」
「うふふ、似合ってるわ。じゃあ魔力を通してみてちょうだい」
「……こうか?」
「えぇ、大丈夫みたいね。さ、エルトもいらっしゃい。じゃあ行きましょう!」
あたしはにっこり笑ってランディの手を取った。
日のあるうちに町に入っていた方がいいという彼に従って出発準備を整えたあたし達は、オクトの町へと移動して、町外れにある『拐い屋』のアジトへ真っ直ぐ向かった。
あたしも既にスヌードを巻いて気配を断っているから、堂々とその小屋の前で立ち止まる。肩に乗ったエルトも心なしかふんすとドヤ顔だわ。
「レイ、流石にこれはない」
「うふ?」
「いくらなんでもいきなり……」
「あ、誰か来るわね」
「しっ! レイ、こっちに!」
「大丈夫よぉ」
あたしを物陰へ引っ張ろうとするランディを止めて、こちらへ来た人物が目の前を通り過ぎるのを、ひらひら手を振りながら「はぁーい」と笑顔でお見送り。
そんなあたしをちらりとも見ずに小屋へ入っていく男の背中を見て、ランディが詰めていた息を吐き出した。
「ね? 声も姿も隠れてるでしょう?」
「……色々心臓に悪すぎるだろ。本当にとんでもないよなレイって」
婆さんに比べたらかわいいものじゃない。
さっきの『転移』だって、エルト越しに婆さんに誘導してもらったんだから。
馬に乗って二時間とか無理だもの。お尻痛くなっちゃう。まぁその分魔力がごっそり減ってちょっと疲れちゃったけど。
「そんな理由で転移したのか?」
「それだけじゃないわよ。どこで誰に見られてるかもわからないでしょう? ノットにもまだこいつらの仲間がいたかも知れないし、馬を借りたのだってブラフよ」
「ブラフ?」
「敵を欺くにはまず味方からってね。馬を借りた姿を誰かに見られていたとして、宿から馬が出てなきゃまだ動いてないって思わせられるでしょ?」
「確かにそうだが」
「こいつらもあんのクソ隊長様もまとめてぎゃふんと言わせてやるんだもの。使える手はなんだって使わなきゃ!」
「っはは、なんだレイ、怒ってたのか」
「あったり前よ!」
あたしだってねぇ、あんな言われ方して許せるほど心広くないのよ!
あの時はみんなを思って引こうとしただけだし、引かなくていいならガンガンやるに決まってるじゃない。
ニーネちゃんを一日も早く取り戻すためにも省ける手間は全部省いてやるわ!
「ありがとう、頼りにしてる」
「んふふ。ほら行くわよ」
あたしはランディの背中をぽんと叩き、小屋へと近付いた。
腹を括ったのか、顔付きを変えたランディも一緒に、少し開いた窓から中の様子を窺う。
「五人か……」
「もっと大勢いるかと思ったわ」
「多分奥にいるのがボスだな。俺がやられたのは右側のふたり。盗賊がいないな……。あとのふたりは初めて見る」
「じゃあ最低でも六人はいるのね」
あたしも中を視ながら連中の会話に耳をそばだてる。どうやらランディが知らないと言ったふたりの内ひとりは、密売屋との連絡係みたい。
盗賊がいないのを気にするランディに何故かを聞いてみると、盗賊というのは、索敵や鍵開け、身を隠して偵察したりなんかを得意とする人のことらしいの。
だから、もしかしたらどこかでここを見張っているか、それかまだノットにいるのかもしれないと話してくれた。
「連絡係がそこにいるから、密売屋の方には行っていないと思うが……」
「向こうも隠蔽を使うのよね?」
「あぁ。レイほど完璧な隠蔽じゃなかったが、それでも戦闘中気付けない程度には腕が立つ。あいつに背後から攻撃されて、その隙で魔法を浴びたんだ」
「魔術師も腕が立つのよね確か。なんでそんな人達が拐い屋なんてやっているのかしら」
「性根が悪いからだろ」
「……それもそうね」
どこの世界にも、悪事をそれとわかっていて進んで手を染める悪人はいるものなのね。
平和だって聞いていたけれど、単に戦争がないだけでやっぱり人の世はそうそう穏やかにはいられないのねぇ。嫌になっちゃうわ。
「それにしても、なんか普通に飲み食いしてるだけじゃなぁい?」
「もう仕事は終わってるんだろう。取引の日までは動かない可能性が高い」
「じれったいわねぇ」
「偵察なんてそういうものだろ。そう都合よくこちらの欲しい情報が転がってなんか来ないさ」
これは長丁場になりそうだわ。
何か……ニーネちゃんに繋がるような何かをさっさと話しなさいよもう!
窓枠を掴みながらじりじりしていると、肩で大人しくしていたエルトがちょいちょいとあたしの頬をつついてきた。
「なぁにエルト、どうしたの?」
振り向くと、エルトはその小さな鼻をぴとりと頬にくっつけてきた。
やぁだかわいいと和みそうになった瞬間、そんなあたしの癒しは脆くもぶち壊されてしまった。
『まどろっこしいね』
「え」
ちょっとやめてよもぉ~!!
こんなにかわいらしいエルトから婆さんの声がするとかどんな悪夢よ!!
『ヒヒッ』
「笑ってんじゃないわよもう、何よいきなり」
『屋根裏に見張っている坊やがいるよ』
「えっ、屋根裏? 盗賊の人かしら」
「ど、どうした?」
「なんか婆さんが、屋根裏に見張りがいるって」
「盗賊か?」
「わからないわ。でも状況的にはそうよね」
『ほれ、とっとと行っておいでな』
婆さんに急かされて屋根裏の辺りに意識を集中させて視ると、確かにひとり、外と下の様子を窺っている小柄な男の姿が視えた。
婆さんが積極的に協力してくれるのはなんだか謎だしあとが怖いけど、今はこっちが先よね。
「いたわ。行くわよランディ」
「えっ」
あたしはランディの手を取って、再び『転移』した。
よぉし、気付かれてないわね。
「この男が盗賊で間違いない?」
「……あぁそうだ。ていうかいきなりやるなよ」
「行くわよって言ったじゃない」
「……はぁ、まぁいいや。それで、こいつをどうするんだ?」
「ちょーっと色々お話してもらいましょ」
ふふふ、ほぉら、あたしの質問に答えなさぁい?
あたしは目の前で外を警戒する男に精神誘導の魔法をかけて、ついでにその場に遮音もかける。
これで何を聞いてもぜーんぶ答えてくれるわよ。さ、どうぞランディ。
そう手で促すと、何かを諦めた顔のランディが、座り込んだ男の前に膝をついた。
「ひと月前、シュライルンの王都でニーネという大猫族の子供を拐ったのはお前らか?」
「……そうだ」
「その子は今どこだ?」
「……売った」
「売った先は?」
「……知らない」
ふらふらと視線を彷徨わせながら答える男に、ランディはギリッと握った拳を震わせながら、少しずつ情報を聞き出していく。
けれどニーネちゃんの売却先はわからなくて、今にも噛みつきそうな顔をして男を睨み付ける。
そんな彼の肩に手を添えながら、あたしは小屋の中を色々と探った。
「ランディ、地下に小さい気配がふたつあるわ」
「それも拐った子供か?」
「……そうだ」
「取引はいつだ」
「……三日後」
「どこで、何時だ」
「……魔魚の巣窟四辻裏、岩場のタギの三本目、潮が根元に届く頃」
「なぁにそれ」
「暗号か? タギは木の名だ」
「もっと明確に場所と時間を言いなさい」
「……クユ島、夜中」
その男はそれ以上のことは知らされてないみたいで、何度聞いても明確な時間はわからなかった。
だけど場所は前に婆さんが教えてくれた島と同じだわ。だったら当日そこで張るのもひとつの手だとは思うけれど。
「どうする? ランディ」
「……下の奴らにもこれをやるのは無理か?」
「さすがに全員は難しいわねぇ。帰れなくなっちゃうわよ」
「そうか……」
「密売屋にも聞いてみましょう。ここでこいつらを叩いたら逃げられる可能性もあるし、三日後その島に乗り込むわよ」
「だが三日後は、レイは帰ってしまうだろう?」
……あ、言い忘れてたわ。
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