強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

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逃走失敗

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 皆さんこんにちは! 俺の名前は綾瀬真尋、ピッチピチの高校一年生!
 趣味は寝る事、特技は早食い! 自慢じゃないけど手先は不器用なんだ! 好きな物は甘いもの! 嫌いな物は辛いもの!
 え、何で今更自己紹介してるかって?
 それはだな……現実逃避してないとやってられないからだ!
「何考えてる?」
「てめぇを如何にしてぶっ飛ばすかを考えてんだよ」
「…ふ、無理だろ」
 むっかつく! 笑ってんじゃねぇ!
 そう、俺は今、このクソ腹立つイケメン野郎、香月廉に両手を押さえ付けられている。それも床にな!
 コイツに太腿のとこに乗られて足すら動かせねぇ状態で上から見下ろされてんだが、間近で見る顔面偏差値の高さにクラクラする。
 何で俺はイケメンが好きなんだよ、馬鹿かよ。
 そもそも何でこんな事になったんだっけ?
 確か、二限の体育の授業を終えて戻る途中に、一年生の校舎に来たコイツとバッタリ鉢合わせて条件反射のように逃げたらコイツが追い掛けてきて……足の長さも違うからさ、あっさり捕まって空き教室に押し込まれてひっくり返されてからの今。
 鮮やか過ぎて抵抗も出来なかった。
「なぁ、真尋」
「だから気安く名前呼ぶなって」
「お前、二回目の意味知ってんの?」
「二回目? っ…は、はぁ? 知らねぇし!」
「嘘下手か」
 明らかにどもってしまった俺は慌てて香月から目を逸らす。くっそ、あの時聞くんじゃなかった。本人に聞かれると変に意識してしまう。
 だってコイツは、ちゃんと意味を理解してるし。
「何、今付き合ってる奴いんの?」
「いね……! いや、いる!」
「へぇ…?」
 危なく馬鹿正直に言いそうになってハッとする。そうだよ、いるって事にすれば無効になるのでは? 俺ってば頭良い!
「もしかして、こないだ学食に一緒にいたヤツ?」
「へ? あー…あ、そう! アイツ!」
「ふーん? じゃあアイツには退学して貰うか」
「は? 何で!?」
 恐らく倖人の事だろうが、俺はこの場から逃げるために幼馴染みを売ってまで嘘をつく。許せ倖人。
 だが予想に反して、引くどころか倖人に退学の危機が迫り俺は慌てた。何でそうなるんだ! いくら何でも退学なんて横暴すぎる!
「お前は俺の〝恋人〟だろ? 他の男の物になんかさせておけねぇ」
「俺は了承してないけどな!」
 拒否権がないって言うから何も言ってねぇけど、そもそも受け入れたつもりはない。風習だか何だか知らないけど、これを作った奴はマジで頭イカれてるとしか思えない。
 捕らわれていた両手がバンザイさせられ、頭上で香月の片手が一纏めにする。でけぇ手だな、おい。
 空いた手で顎を掴まれ目線を合わさせられた。
「真尋」
「な、何だよ…」
「嘘ついてもいい事ねぇぞ」
「う、嘘って、何が?」
「本当は付き合ってる奴なんかいねぇんだろ?」
「い、い、いるし…」
 悲しいかな、俺は嘘が苦手だ。倖人にも、下手なんだから素直なままでいろって言われるけど、ここで俺が正直にいないって言ったらどうなると思う? 俺は嫌な予感しかしないんだよ。
「真尋」
「…………」
 うう、コイツ、なんでこんなに声も良いんだよ。
 あれか? イケメンはみんな声が良いって言うやつか?
 あーもー! クソが!
「…っそうだよ! いねぇよ! 悪かったな!」
 恥ずかしいかな、生まれてこの方誰かと付き合った事すらない俺には、「恋愛? 何それ美味しいの?」状態だ。そりゃもちろん可愛いなとか思った事はあるけど、告白しても自分より美人な彼氏なんて無理って言われて振られた記憶しかない。そんなもん俺のせいじゃねぇし中身を見てくれよと思うけど、その中身でさえこれなんだから俺には恋愛は向いていないんだろうな。
 嘘ついた後ろめたさと自分でハッキリいないと宣言する悔しさで顔を赤くしながら睨み付けると、一瞬目を見瞠った香月が柔らかく微笑んだ。
 それはもう見るもの全てを赤面させた挙句ぶっ倒れさせるような破壊力抜群の微笑みで、うっかり直視してしまった俺は固まった。
 香月は纏めたままの俺の手を自分の方へと寄せ、指の関節に唇を寄せる。
 ビクッとした俺に構わず、一本一本確かめるように口付けられ恥ずかしさが押し寄せてきた。
「ちょ、やめ…っ」
 指の付け根、手の甲、手の平。リップ音を立てながら手首から上を満遍なく薄い唇が触れゾクゾクする。
 何だよ、これ。ただ手指にキスされてるだけなのに、何でこんなにドキドキすんの。
「かい、ちょ…っ」
「廉」
「え……?」
「廉って呼べ」
「れ、ん…?」
 いやあなた会長である以前に先輩ですよね?
 でも呼んだ瞬間のどことなく嬉しそうな顔を見たら訂正するのも何だかなって感じで、まぁ名前くらいなら別にどうでもいい。俺が問題にしてるのは風習の方だから。
 というか、いい加減離してくれませんかね?
「あ、の、ちょっともう、辞めて欲しいんだけど?」
「……」
「え、ちょっと…」
 俺の指にチュッチュしてた会長、もとい廉は、再び俺の腕を頭上で押さえ付けると顎を掴んでニヤリと笑う。
 あっと思う間もなく唇が塞がれ俺は目を見開いた。
「んんー!?」
 嘘だろおい。つい最近初めて会ったばっかの奴、それも男にファーストキスを奪われた! 最悪だ!
 抵抗したくても動かせる部分が全部拘束されててどうにも出来ない。
 肉厚な舌が唇を舐めてこじ開けようとして来るけど絶対に開けてやらねぇ!
 暫くしたら諦めたのか、今度は角度を変えて何度も触れ合わせ始めた。啄まれ、上唇が吸われ、下唇をなぞられる。背筋がゾワゾワするような感覚に引き結んだ唇が震え力が入らなくなってきた。
 やばい、このままじゃマズイ。そう思うのに、息苦しさもプラスされて俺は堪らず喘いだ。酸素、酸素をくれ。
「んっ」
 瞬間待ってましたと言わんばかりに舌が差し込まれ口内を這い回り始めた。上顎、舌の裏、歯列と舐めまわし、思わず逃げた俺の舌を器用に絡め取って吸い上げる。
「…ふ…ぅ、ん、ん…っ」
 っつーか、舌噛み切ってやろうと思ったのにそんな考え吹っ飛ぶくらい背中がゾクゾクすんだけど。これがアレか、キスが上手いってやつか。
  頭がぼーっとして、何も考えられなくなる。
「っ…は、…ぁ…」
「……お前、可愛いな」
「な、に…」
 初めての濃厚なキスに頭の中を溶かされた俺は抵抗も出来ないくらいヘロヘロで、廉が首筋に唇を触れさせた時でさえされるがままだ。
「ぁ、やだ、やめ…っ」
「敏感だな」
「…っ…」
 首の根元らへんでピリッとした痛みが走る。え、噛まれた?
 ってかこれ以上されたら無理だ。男としての矜持が失われてしまう。
「れん、廉、も、やだ…」
「……分かった、もうしない」
 鎖骨に触れていた唇が離れ廉が起き上がる。両手も解放されたけど、上げられたままだったから少し痛い。太腿も、全体重掛けられてた訳じゃないからいいんだけど、動くまでに少し時間が掛かった。
 廉に背中を支えられて起き上がり、ムズムズする首筋を摩る。
「真尋」
 呼ばれて顔を上げる前に抱き締められた。思った以上に優しい腕に何となく抵抗出来なくて戸惑う。
 これじゃあまるで、コイツが俺の事本気で好きみたいじゃんか。
「お前は俺のものだ。忘れるなよ」
「…ふざけんな、バーカ」
「ふ……今はそれでもいい」
 こめかみに口付けられる。何だよこの甘い空気は。
 俺は躊躇いがちに視線を上げ廉の顔を見る。くっ、顔が良い…! じゃなくて、目元が最初の時より和らいでる気がする。
 無意識に手が動き、廉の顔に触れようと伸ばした時に、三限の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「げっ、三限終わっちまった!」
「一緒にいた奴が説明してるだろ」
「だとしてもサボった事に変わりないだろ! 最悪」
「気にするな」
「アンタはもうちょい気にしろ! 生徒会長だろ!」
 生徒の模範にならなきゃいけない奴がサボりを肯定してどうする。いやまぁこれはコイツが悪いんだけども、そもそもは俺が逃げたからだし。
 ん? 俺が逃げなきゃこんな事にならなかったのか?
「えっと……ごめん?」
「何がだよ」
 くく、と廉が笑い俺の頭を少し乱暴に撫でる。
 逃げれば良いとか思ってたけど、コイツは案外逃げられると追いたくなるタイプなのかもしれない。なら見付からない内に離れてしまえばいいのか。
「何考えてる?」
「誰が教えるか」
「生意気な奴」
 ふーんだ、そんな悠長にしてられんのも今の内だからな。
 今回は油断して失敗したけど、次からは完全に姿を消してやる。
 俺は闘志に燃えながら、心の中で固く決意するのだった。
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