強気なネコは甘く囚われる

ミヅハ

文字の大きさ
3 / 44

悪意の巣窟

しおりを挟む
 バサバサバサー!
 登校して、教室について、授業前にとトイレに行って戻ってきた俺が、授業の準備のために机に手を突っ込んだ瞬間、大小様々な紙が勢い良く落ちて来た。
「……は?」
「真尋、大丈夫?」
「散らばった」
「ああ、うん、そうだね」
 イラっとして、膝に乗っていた紙を捲ると真っ赤なインクでB5サイズの用紙にデカデカと『死ね』と書いてあった。
 それにさらに苛立って違う紙を拾うと、『お前なんか相応しくない!』だの、『別れろ!』だの好き勝手な言葉が目に入る。倖人も拾いながら見ているようで、「うわぁ…」と引きつった声を漏らしてるから、同じように罵詈雑言が書いてあるんだろうなぁ。
「全部燃やしてやる」
 適当に集めて机に積み上げた紙を腕に抱え立ち上がる。恐らくはこのクラスの奴らも参戦してるだろうし、俺は周りを睨み付けながら教室の扉を足で開け飛び出した。
「え、ちょ、真尋! 待って待って!」
「うっせぇ! こんな事されて俺が黙ってられると思うか!」
「思わないけど! どこで燃やす気!?」
「知らん! けど燃やす!」
「真尋ー!」
 あー、クソ! アイツのせいでマジで散々な目にしか遭わねぇ!
 別にこれくらいはどうって事ねぇよ? でもな、高校生になってまでこんなガキくせぇ事してんじゃねぇよって話!
 さすがに物隠されたりしたら遠慮なく仕返しはするけど、こんなもんはゴミ箱に捨てるより燃やした方がスッキリする。
 焼却炉とかねぇのか、この学校。
「僕ー、ここは三年生の棟だよー」
「あ?」
 現在進行形で虫の居所が悪い俺に揶揄するような声がかけられ、怒りのままに振り向くとニヤニヤと気持ち悪い顔をしている野郎が二人腕を組んで立ってた。茶髪と濃い茶髪。
 うわ、適当に走り回ってたら三年棟にまで来ちまったのかよ。アイツに見つかんねぇうちに戻んないと。
「あれ、ってかコイツあれじゃね? 会長の」
「……ああ! オモチャ!」
「ちっげぇよ、ペットだよ」
 ああ、はいはい。そんなノリウザイだけだから。大体、俺はアイツのオモチャでもペットでも恋人でもねぇんだ。
 無視して燃やせる場所を探しに行こうとした俺の肩を、茶髪野郎が掴んで止める。
「……離してくれませんかねぇ?」
「俺らにも愛想良く尻尾振ってくれよ」
「アイツに振った覚えもねぇわ!」
「おーおー、狂犬かよ」
「生意気なペットだな。会長サマのために躾ねぇと…なぁ?」
 壁に押し付けられ紙が何枚か落ちる。結構な力だったから背中痛いし、紙抱えてる腕も怠くなって来たし、俺のイライラゲージがどんどん上がってく。
「ふっざけんな! 俺はこれを燃やしに行くんだよ! 離せ!」
「何これ。……ぶはっ、お前嫌われてんなー」
「俺のせいじゃねぇ!」
「可哀想になぁ。モテモテの会長サマに目ぇ付けられて」
「もうヤった?」
「何をだよ!」
  俺だってこんな事されたくないし、むしろ友達は欲しいんだ!
 どうにか引き剥がそうとするけど、悲しいかな体格差と力の差と二対一の状況に為す術がない。
 どいつもこいつも、この学校にいる奴はろくでもねぇのばっかだな!
「……あれ? これ…」
「何? ……へぇ、何だ、ヤる事ヤってんじゃん」
「だから何をだよ!」
「こんなんつけてて知らないとかそりゃねぇだろ」
 制服の襟元がグイッと広げられ首から鎖骨のとこが剥き出しになる。女の子じゃないし別に見られても恥ずかしくもないけど、コイツらがジロジロ見てくるのが気に食わない。
 何言ってんのかも分かんねぇし、もうすぐ本鈴鳴るし。
「あのさー、俺はこれを燃やしに行きたいんだよ。アンタらに構ってる暇ねーの!」
「どこで燃やすつもりなんだよ」
「どっかにはあるだろ、燃やせる場所」
「ねぇだろ、馬鹿かコイツ」
「はぁ?」
 カッチーン。もうさ、マジで何なの? 俺が何した?
 アイツにあんな宣言されてから腹立つ事のオンパレードなんだけど。
「なぁ、俺らにも振れよ」
「何を!」
「ケツ。会長サマにも可愛く振ってんだろ? アンアン鳴きながらさぁ」
「こんだけ顔可愛けりゃ俺も抱けるわ」
 馬鹿なのか、コイツらは。何で俺がアイツに尻尾どころかケツ振んなきゃなんねぇんだよ。
 っつか何、俺に欲情してんの? キモいんだけど。
 眉尻を上げて怒鳴りつけようとした俺のケツが無遠慮に撫でられ、気持ち悪さで鳥肌が立った。
「てっめ…触んな! このクソ変態野郎!」
 人が抵抗出来ないのをいい事に!
 だけどそう声を上げた瞬間、茶髪の拳が振り上げられ俺の顔の横にある壁を殴った。ビクッとして目を瞑った俺は、突然の暴力に言葉を失う。
 え、普通に手ぇ上げるじゃん。
「俺ら先輩だぜ? あんま生意気な口利いてると、優しく出来なくなるけどいいの?」
「そうそう、いい子にしてねぇと痛いよー?」
 こんなん脅しだろ! そう言いたいけど、さっきの躊躇いなく奮われた拳に身が竦む。
 俺は口は悪いし負けん気強いけど、暴力だけは駄目なんだ。痛いし、怖いじゃん。直接殴られた事はないけど、それに近い事は何度も遭ってるから分かるんだ。
「はは、急に物分り良くなった」
「可愛い~」
「…っ……」
 顔が近付きビクッとする。コイツらは人を殴る事を何とも思ってない。俺がちょっとでも抵抗すれば遠慮なく手を上げてくるだろうからどうしても口ごもってしまう。
 正直怖い。
「じゃ、あっち行こっか~」
 肩を抱かれつんのめりながら歩き出した時、ガァン!! と物凄く大きな音がして三人共に体が跳ね上がった。
 なんだなんだと振り向いた濃い茶髪の頭がガシッと誰かの手に掴まれる。
「ひっ……か、会長…っ」
「え…?」
 茶髪の怯えた声に驚いて後ろを見上げると、それはもうとんでもなく怖い顔をした廉がギリギリと濃い茶髪の頭を締め付けながら立ってた。
「何してやがる」
「い、いや、あの…」
「っ…何もしてねぇって…!」
「こんだけ怯えさせといて何もしてねぇは通用しねぇんだよ」
「いってぇ! 離せ…っ、頭割れる…!」
 うわぁ、本当に痛そう。コイツの頭がどうなろうと俺には関係ないんだけど、万が一グロテスクな展開になっても困るため、茶髪の手が離れたのをいい事に廉へと体当たりする。
 勢いはつけてないから廉はよろけもしなかったけど、俺を見下ろすなりパッと手を離してぐちゃぐちゃになったままの襟を直してくれた。
「あ…サンキュ」
「何もされてねぇの?」
「されてねぇよ。…殴られそうにはなったけど」
「……殺す」
 アイツらに腹が立ってたから告げ口みたいに言えば途端に廉の目がつり上がった。一歩足を踏み出すと茶髪がその分後退る。濃い茶髪は掴まれてた頭を押さえてしゃがみ込んでるから、よっぽど痛かったんだと思う。
「廉」
「…………何だ」
「俺、これ燃やしたいんだけど、どっかない?」
 いい加減抱えているのも疲れて来た俺は、アイツらなんてもうどうでもいいとばかりに話を変える。廉は訝しんだ後、束から一枚抜いて見るなり溜め息を零した。
「お前これ…」
「あ、俺気にしてねぇから。こんな幼稚園児みたいな嫌がらせに屈するほど弱くねぇからな?」
「………」
 むしろこれくらいなら全然いい。コソコソ悪口言われるよりはまだハッキリしてるからな。
 落ちていた紙も拾い廉を見上げると、紙の束を全部取り上げられた。
「あ、おい」
「これは俺がどうにかしとく。お前は教室戻れ」
「え、でも…」
「いいから。……もう平気か?」
 長くて節榑た指が俺の頬を撫でる。そういえば、いつの間にか強張っていた体から力が抜けてた。
 コイツが来たから? ……何で?
「大、丈夫……」
「そうか。何かあったら俺に言えよ。〝恋人〟なんだから」
 そうは言うけど、俺は廉を恋人だとは思っていない。っつか、この学校独自の風習で恋人になるって何だよ。
 恋人ってのはこう、好き同士がお互いの気持ちを知ってやっとくっつくもんだろ? その場で「俺のもんになれ」って言って来たコイツが俺を好きとか有り得ねぇし、俺もそういう意味では好きじゃない。
 俺はふいっと視線を逸らし一年棟の方へ足を向けると、顔だけ振り返って廉に向かってべっと舌を出した。それを見た廉は一瞬呆けた後ふっと笑い、長い腕を伸ばして俺の頭をくしゃっと撫でる。
「気を付けて戻れよ」
「お前も、その紙ちゃんと燃やしとけよ」
「分かった分かった」
 軽くあしらわれムッとしながらも、すでに本鈴が鳴った後のため俺は急いで戻る事にした。
 その背中を、見えなくなるまで廉が見ていた事も知らないで。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

処理中です...