冷淡彼氏に別れを告げたら溺愛モードに突入しました

ミヅハ

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足りない存在

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 相変わらず斗希くんはバイト先であの女の子に絡まれているらしく、帰ってくるたびに香水の匂いが移ったとか猫撫で声が気持ち悪いとか愚痴ってる。
 僕はそれを聞くしか出来なくて、何の力にもなれない事がひどく心苦しい。大した事も言えないし。
 それにしても、あのバニラのような甘い匂いってあの子のだったんだなぁ。⋯バニラアイスが苦手になりそうだよ。


 クリスマスの件を斗希くんと話した結果、せっかく誘ってくれたんだから今年だけでも行こうって事になった。近場に住んでるくせに知らなかったけど、クリスマスマーケットは毎年開催されてるらしいから次でもいいかなって。
 本当にいいのかって何度も聞かれたけど、斗希くんの友達と仲良くなれる機会があるならこっちからお願いしたいくらいだから。
 斗希くんは不満そうだったけど。
 お邪魔する身だから何品かは用意しようと思い、朝から斗希くんリクエストのロールキャベツとチキンのトマト煮を作って持参した僕は、初めてのレンタルスペースにわくわくしてた。

「⋯戸建てなんだ⋯」
「余ってる物件を有効活用してんだろうな」

 目の前には普通の一軒家があって、一瞬誰かの家なのかと思ってしまった。でもレンタル会社の名前もあるから、借りてるところで間違いないみたい。
 インターホンを鳴らそうかと思ったら斗希くんが問答無用で玄関扉を開け、ポカンとする僕へと手招きする。
 まるで勝手知ったる何とやら⋯。
 苦笑して玄関に行くと、音に気付いたのかいつもホームで見る子たちがリビングらしきところから出てきた。

「あ、斗希、彼氏さん、いらっしゃい」
「待ってたぞー」
「お招き頂きありがとうございます」
「めっちゃ丁寧⋯」
「っつか寒いだろ? 早く入れよ」

 テンションの高い友達に促され斗希くんに続いて中に入ると、リビングはすっかりクリスマス仕様になってた。
 家具家電、更にはWifi完備。
 モデルルームをそのまま使えるようにしてるのかな。

「これ」
「ん? 何?」
「あいつが作ってくれた」
「え」

 マフラーやコートを脱いでソファの背凭れにかけ、窓際に飾られた大きなツリーを僕が見てる間に斗希くんが持っていた荷物をダイニングテーブルの上に置き、保冷バッグの中からタッパーを取り出す。
 それを覗き込んだみんなは、斗希くんが蓋が開けると「おおー!」と声を上げた。

「も、もしや手作り?」
「当たり前だろ」
「ロールキャベツを手作りする高校生男子⋯」
「口に合わなかったらごめんね」

 斗希くんは美味しいって言ってくれるけど、ぞれぞれ好みはあるし家庭によって味付けは違うからそう言えば、友達は目を瞬いたあとどうしてか崩れ落ちた。

「くそぅ⋯」
「斗希が1番の勝ち組だったか⋯」
「何言ってんだ」
「可愛くて料理上手で優しいとか羨まし⋯⋯」
「あ?」

 何を持って勝ち組になるのか、苦笑してたら1人がしみじみとそう零し斗希くんがじろりとその子を睨んだ。
 暖房がついてるはずの室内に冷気が漂う。

「今なんつった?」
「や⋯⋯料理、上手で⋯優しくて、羨ましいなと⋯」
「⋯⋯二度と言うなよ」

 声が小さくなったからこっちには聞こえなくなったけど、斗希くんはその子に何かを言うとその場を離れて僕の方へと向かってきた。
 ツリーを覗き込みオーナメントを指でつつく。

「今までで1番殺意高かった⋯」
「前よりひどくなってね?」
「本気になった事がない奴が本気になると、あそこまで変わるんだなぁ」

 ぶら下がってるサンタさんのオーナメントを取ろうとする斗希くんを窘め、顔を突き合わせてヒソヒソと話してる友達へと向いた僕は、少し考えてみんなへと近付く。
 今日こそはちゃんと自己紹介しないと。

「なかなか挨拶出来なくてごめんね。僕は小鳥遊陽依っていいます」
「あ、ど、ども」
「陽依さんって言うんすね」
「その節は本当に妹がすみませんでした」
「ううん。前にも言ったけど、さやかさんの気持ちも分かるからもういいんだよ。そういえば、さやかさんは来てないの?」

 リビングに入ってからずっと気になってた。
 当たり前のようにこの輪の中に彼女はいたのに、今はどこにも姿がない。きっと斗希くんと僕が来るから、みんなで会わせないようにしたんだろうな。
 なら僕たちが早く帰れば、さやかさんも来れるのかも。
 部屋を見回しながら聞くと、さやかさんのお兄さんは困ったように笑った。

「さすがに呼べません。あいつがした事は、斗希と陽依さんの気持ちを踏み躙ってるから」
「⋯バラバラになった瞬間は確かに悲しかった。でもね、さやかさんだって心がぐちゃぐちゃだったと思うんだ。好きな人に知らないうちに恋人がいて、しかもそれが男で⋯納得しようにも出来なかったんじゃないかな」
「⋯⋯⋯」
「だから、さやかさんだって悪くない。人間誰しも、カッとなってついやっちゃう事ってあるでしょ? あれから時間も経ってるし、もう謝る必要もないよ」

 一方的に、理不尽にされた事ならこのままでもいいかもしれないけど、同じように斗希くんを好きだった子が、悔しくて悲しくて取ってしまった行動を僕は責められない。
 さやかさんが僕を嫌うのだって理解は出来るから。

「⋯⋯ありがとう、ございます⋯」
「あの、もしさやかが謝りたいって言ったら⋯会ってやってくれますか⋯?」
「もちろん」

 謝らなくてもいいけど、そうする事でさやかさんが少しでも楽になれるなら僕に否はない。
 にこっと笑って頷けば、それまで静観してくれていた斗希くんが僕の隣に立ち肩を抱いてきた。額に唇が触れ、目を瞬く。

「1人じゃ会わせねぇよ」
「でも、口出しは禁止だからね?」
「⋯⋯⋯⋯」
「ね?」
「⋯⋯⋯⋯⋯分かった」

 物凄く間があったけど、納得はしてくれたみたいでホッとする。
 次に会えるなら傷付けたくないから、斗希くんには離れたところにでもいて貰おうかな。萎縮しちゃうかもしれないし。
 斗希くんは溜め息をつくと、僕に「ソファで待ってろ」と言ってご飯の準備を始めた。
 もちろんそんなのは聞かないで、みんなで一緒に盛り付けとかしたのは当然だと言いたい。
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