焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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プロローグ

 この状況に遭遇するのも何度目だろう。
 目の前の扉の向こうにいる人は間違いなく自分の恋人のはずなのに、彼は今自分ではない他の誰かと肌を重ねている。

 漏れ聞こえてくる嬌声がその激しさを物語り、詩月しずくは血が滲みそうなほど唇を噛んだ。
 何度裏切れば気が済むのだろう。何度傷付けば分かってくれるのだろう。

「詩月さん…」

 どれくらい扉の前で立ち尽くしていたのか、不意に背後からかけられた声にハッとする。
 緩慢な動きで振り向くと、彼の友人であるいつでも優しくて穏やかだった青年が立っていて、こちらを心配そうに見ていた。彼もまた、この現状には正直心を痛めてくれている。
 その顔を見ていられなくて、俯いて小さく溜め息をつき自嘲気味に笑えば瀬尾の肩がビクリと跳ねた。

「………もう、限界かな…」
「詩月さん…!」
「ごめんね、瀬尾さん」

 ポケットをあさり、星と月のキーホルダーが付いた二つの鍵を取り出すと月の方の鍵を取って眉尻を下げる瀬尾に差し出す。
 これがあるからこんなに苦しい思いをするんだ。

「これ、あの人に返しておいてくれる? 僕にはもう必要ないから」
「でも…」
「お願い。もう泣きたくないんだ」
「……っ…」

 今でさえ涙が出そうになるのを堪えているのだ。これくらい願ったってバチは当たらないだろう。
 瀬尾は悲痛な顔で鍵を受け取ると、ギュッと握って扉の方を見た。

「本当に、もう駄目なんですか……?」
「……龍惺りゅうせいの事を嫌いになった訳じゃないんだよ。でも……もう疲れた…」

 嫉妬して彼を責める事も、泣いて懇願する事も。
 詩月がそうしたところで彼が聞いてくれるのはほんの数週間なのだ。一定の期間が過ぎればまた同じ事を繰り返す。
 好きな気持ちは変わらないけれど、これ以上一緒にいても辛い気持ちばかりが募っていつか本当に嫌いになってしまうかもしれない。
 それだけは嫌だった。

「瀬尾さん、僕に優しくしてくれてありがとう」

 人気者の彼の友人は自分を好いてはいなかったけれど、瀬尾だけはいつも詩月を気にして、泣いていると慰めてくれた。優しくしてくれた。
 それだけで荒んだ心も癒される。
 感謝の気持ちを込めて柔らかく微笑んだ後、もう一度彼がいる扉を見てから踵を返した。


 さようなら、大好きな人。
 きっともう会う事はないでしょう。

 瀬尾の視線を背中で受けながら、詩月は震える唇を噛んでこの場を後にする。


 扉の向こうではまだ、何も知らない恋人が見知らぬ誰かと睦み合っていた。
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