1 / 133
プロローグ
この状況に遭遇するのも何度目だろう。
目の前の扉の向こうにいる人は間違いなく自分の恋人のはずなのに、彼は今自分ではない他の誰かと肌を重ねている。
漏れ聞こえてくる嬌声がその激しさを物語り、詩月は血が滲みそうなほど唇を噛んだ。
何度裏切れば気が済むのだろう。何度傷付けば分かってくれるのだろう。
「詩月さん…」
どれくらい扉の前で立ち尽くしていたのか、不意に背後からかけられた声にハッとする。
緩慢な動きで振り向くと、彼の友人であるいつでも優しくて穏やかだった青年が立っていて、こちらを心配そうに見ていた。彼もまた、この現状には正直心を痛めてくれている。
その顔を見ていられなくて、俯いて小さく溜め息をつき自嘲気味に笑えば瀬尾の肩がビクリと跳ねた。
「………もう、限界かな…」
「詩月さん…!」
「ごめんね、瀬尾さん」
ポケットをあさり、星と月のキーホルダーが付いた二つの鍵を取り出すと月の方の鍵を取って眉尻を下げる瀬尾に差し出す。
これがあるからこんなに苦しい思いをするんだ。
「これ、あの人に返しておいてくれる? 僕にはもう必要ないから」
「でも…」
「お願い。もう泣きたくないんだ」
「……っ…」
今でさえ涙が出そうになるのを堪えているのだ。これくらい願ったってバチは当たらないだろう。
瀬尾は悲痛な顔で鍵を受け取ると、ギュッと握って扉の方を見た。
「本当に、もう駄目なんですか……?」
「……龍惺の事を嫌いになった訳じゃないんだよ。でも……もう疲れた…」
嫉妬して彼を責める事も、泣いて懇願する事も。
詩月がそうしたところで彼が聞いてくれるのはほんの数週間なのだ。一定の期間が過ぎればまた同じ事を繰り返す。
好きな気持ちは変わらないけれど、これ以上一緒にいても辛い気持ちばかりが募っていつか本当に嫌いになってしまうかもしれない。
それだけは嫌だった。
「瀬尾さん、僕に優しくしてくれてありがとう」
人気者の彼の友人は自分を好いてはいなかったけれど、瀬尾だけはいつも詩月を気にして、泣いていると慰めてくれた。優しくしてくれた。
それだけで荒んだ心も癒される。
感謝の気持ちを込めて柔らかく微笑んだ後、もう一度彼がいる扉を見てから踵を返した。
さようなら、大好きな人。
きっともう会う事はないでしょう。
瀬尾の視線を背中で受けながら、詩月は震える唇を噛んでこの場を後にする。
扉の向こうではまだ、何も知らない恋人が見知らぬ誰かと睦み合っていた。
目の前の扉の向こうにいる人は間違いなく自分の恋人のはずなのに、彼は今自分ではない他の誰かと肌を重ねている。
漏れ聞こえてくる嬌声がその激しさを物語り、詩月は血が滲みそうなほど唇を噛んだ。
何度裏切れば気が済むのだろう。何度傷付けば分かってくれるのだろう。
「詩月さん…」
どれくらい扉の前で立ち尽くしていたのか、不意に背後からかけられた声にハッとする。
緩慢な動きで振り向くと、彼の友人であるいつでも優しくて穏やかだった青年が立っていて、こちらを心配そうに見ていた。彼もまた、この現状には正直心を痛めてくれている。
その顔を見ていられなくて、俯いて小さく溜め息をつき自嘲気味に笑えば瀬尾の肩がビクリと跳ねた。
「………もう、限界かな…」
「詩月さん…!」
「ごめんね、瀬尾さん」
ポケットをあさり、星と月のキーホルダーが付いた二つの鍵を取り出すと月の方の鍵を取って眉尻を下げる瀬尾に差し出す。
これがあるからこんなに苦しい思いをするんだ。
「これ、あの人に返しておいてくれる? 僕にはもう必要ないから」
「でも…」
「お願い。もう泣きたくないんだ」
「……っ…」
今でさえ涙が出そうになるのを堪えているのだ。これくらい願ったってバチは当たらないだろう。
瀬尾は悲痛な顔で鍵を受け取ると、ギュッと握って扉の方を見た。
「本当に、もう駄目なんですか……?」
「……龍惺の事を嫌いになった訳じゃないんだよ。でも……もう疲れた…」
嫉妬して彼を責める事も、泣いて懇願する事も。
詩月がそうしたところで彼が聞いてくれるのはほんの数週間なのだ。一定の期間が過ぎればまた同じ事を繰り返す。
好きな気持ちは変わらないけれど、これ以上一緒にいても辛い気持ちばかりが募っていつか本当に嫌いになってしまうかもしれない。
それだけは嫌だった。
「瀬尾さん、僕に優しくしてくれてありがとう」
人気者の彼の友人は自分を好いてはいなかったけれど、瀬尾だけはいつも詩月を気にして、泣いていると慰めてくれた。優しくしてくれた。
それだけで荒んだ心も癒される。
感謝の気持ちを込めて柔らかく微笑んだ後、もう一度彼がいる扉を見てから踵を返した。
さようなら、大好きな人。
きっともう会う事はないでしょう。
瀬尾の視線を背中で受けながら、詩月は震える唇を噛んでこの場を後にする。
扉の向こうではまだ、何も知らない恋人が見知らぬ誰かと睦み合っていた。
あなたにおすすめの小説
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
別れたはずの元彼に口説かれています
水無月にいち
BL
高三の佐倉天は一歳下の松橋和馬に一目惚れをして告白をする。お世話をするという条件の元、付き合えることになった。
なにかと世話を焼いていたが、和馬と距離が縮まらないことに焦っている。
キスを強請った以降和馬とギクシャクしてしまい、別れを告げる。
だが別れたのに和馬は何度も会いに来てーー?
「やっぱりアレがだめだった?」
アレってなに?
別れてから始まる二人の物語。
僕の幸せは
春夏
BL
【完結しました】
【エールいただきました。ありがとうございます】
【たくさんの“いいね”ありがとうございます】
【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】
恋人に捨てられた悠の心情。
話は別れから始まります。全編が悠の視点です。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした
鳥居之イチ
BL
————————————————————
受:久遠 酵汰《くおん こうた》
攻:金城 桜花《かねしろ おうか》
————————————————————
あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。
その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。
上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。
それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。
お呪いのルールはたったの二つ。
■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。
■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。
つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。
久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、
金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが…
————————————————————
この作品は他サイトでも投稿しております。