焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

文字の大きさ
3 / 133

【一ノ月】会食

 玖珂 龍惺くが りゅうせいは秘書から報告を受けて歯噛みした。
 握った拳で机を力いっぱい殴りたい衝動に駆られたが、場所が場所なだけに押し留めておく。
 何故だ、何故痕跡すら見つけられない。
 たかが人一人を見付けるのにどれだけ時間がかかっているんだ。
 既に時は八年を経過している。あの頃とは姿も雰囲気も変わっているかもしれない。だが珍しい名前なのだ、見付からないはずがない。

「本当に捜してんのか?」
「もちろんです。地方にも足を運び、写真と名前を見せ少しでも似た人がいたら教えて欲しいと声をかけております」
「ッハ、どうだか。お前は〝あん時〟アイツを見逃したからな。オマケにこんなもんまで受け取りやがって」
「お願い、されてしまいましたので……」
「それでも、俺に声をかけることくらい出来ただろうが!」
「行為中に声をかけるなと仰っていたのは龍惺さんではないですか」

 秘書にそう言われ、眉根を寄せて舌打ちをする。
 確かにそんな事を言った記憶はある。だが時と場合によるだろう。ましてやその時は龍惺にとっても一大事だった。
 龍惺は手の中に握り締めた月のキーホルダーを見て目を閉じる。
 今にして思えば、あの頃の自分がやっていた事はクソがつくほど最低な事だ。自分の勝手な感情だけで同じ事を繰り返し、最悪の結果を招いてしまった。

「もう八年だぞ……!」

 そうしてキーホルダーを握って今度こそ机を力なく殴る。
 最初の一年は絶望しかなかった。すぐに捕まえられると思った相手は家族ごと姿を消していて、どこに行ったのか手掛かりさえ見つけられなかった。
 二年目は父親に頭を下げて必死に勉強をした。三年目で都心にある父親の会社に入り、七年目にしてようやく社長の席を譲り受けて本腰を入れて捜せるはずだったのに。
 舐めていた、人一人捜す苦労を。しかもこれは個人的な事だ。〝玖珂〟を代表する者として、例え個人名でも探偵を雇う事は出来ない。
 片手で額を押さえた龍惺は、月のキーホルダーを引き出しにしまうと目の前の秘書を見上げた。

「どんだけ時間がかかってもいい。絶対見付けろ。……瀬尾、あの時の事は俺も悪かったと思ってる。頼む、諦めたくねぇんだ」
「……畏まりました」

 大切で、どうしようもなく愛しくて、死がふたりを分かつまで……いや、死してなお共にいたいと初めて思えた相手だった。
 その気持ちは今も変わっていない。

 龍惺は皺の寄った眉間を人差し指と親指で摘んで揉み、溜め息をついて表情を〝作った〟。

「……今日のスケジュールは?」
「この後九時から、来月から着手予定となっている新事業の、最終的な打ち合わせと確認作業になります。それが終わり次第、箕輪グループとの会合となっておりますので移動をお願い致します」
「分かった」
「本日、19時からの会食は覚えておられますか?」
「……覚えてるよ、バカにしてんのか」
「社長、〝素〟が出ておりますのでお気を付け下さい」

 どれだけやる事があろうとも、社長としてその日のスケジュールくらいは頭にある。言い方が妙に腹が立って眉根を寄せて返すと、冷静な瀬尾に窘められ渋々ながらも咳払いをした。
 そうして肘をついて両手を組むと、〝社長としての玖珂龍惺〟を装い頷く。

「ああ、すまない。気を付けるよ」





 どれだけ回数をこなそうとも、この会食と言うものはあまり好きにはなれない。祖父の代から懇意にしている老舗料亭で美味しい物が食べられるのは嬉しいが、本来和やかなはずの会食で腹の探り合いのような遣り取りをする事は、やっている本人でさえ寒気がする。
 とっとと終わらせて帰りたい。

「しかしいつお会いしても玖珂社長は男前ですな」
「そんな事はありませんよ」
「ご謙遜を。誰か良い人などはおられないので?」
「残念ながら出会いがなくて…今だ寂しい独り身です」
「玖珂社長ともあろうお方が出会いがないなどと、おかしな事をおっしゃる」
「いえいえ、本当の事ですから」
(あー……うぜぇ…)

 大手取引先の社長ではあるが、会うたびに龍惺のプライベートを掘り下げようとするため内心では常にイライラが募っていた。だが、ぜひ娘をなどと言ってこないあたりは弁えているのかもしれない。
 正直、テーブルをひっくり返したいくらいには煮えくり返っているが。

 第一、ずっと詩月を捜している龍惺が他の相手を作る訳もなく、もっぱら右手が恋人だと言うのに何を言っているのか。
 詩月の事は極秘であり瀬尾以外は知らないとはいえ、最愛の人の事さえ話せないのがもどかしい。

「そういえば、高崎会長のお嬢さんが社長に随分ご執心だとお伺いしましたが…」
「ああ……いえ、確かにお見合いを勧められますが、私には勿体ないお方なのでお断りさせて頂いているんですよ」
「おやおや。娘思いの会長としては悔しいでしょうなぁ」
(知るかよ)

 小太りの中年男性が何とも愉快そうに笑うが、さっきからつまらない話しかしない男には辟易していた。何度心の中で舌打ちをした事か。
 ボロが出ないうちに一度席を離れるべきだろう。龍惺は表面上は申し訳なさそうに男を見ると、手洗いに行くと言って頭を下げた。

「いえいえ、構いませんよ」
「すみません。瀬尾、少し頼む」
「畏まりました」

 立ち上がり個室を出る。この部屋は中庭に面しているため、部屋を出てしまえば外の空気によって幾分か落ち着く事が出来た。
 だが方便のために出した言葉も気が緩めば本当に催す訳で、龍惺は苦い顔をして手洗いに行くべく歩き出す。
 さすが高級老舗料亭、随分と静かで落ち着いて心地が良い。

「……つまんねぇな…」

 がむしゃらに生きてきた七年は意識もしなかったが、彼のいない人生がこんなにもつまらないものだとは思わなかった。楽しい事など何もない、嬉しい事も、喜べる事も、今の龍惺には感じる事が出来ない。
 参ったな…と綺麗に磨かれた廊下を歩いていると、曲がり角から従業員が飛び出して来た。
 驚く龍惺に、彼は咄嗟に頭を下げる。

「し、失礼しました! お怪我は御座いませんか?」
「……ああ、大丈夫だ」
「そうですか、良かったです」

 驚きはしたが、ぶつかってはいないため素直にそう言うと、頭を下げたままの彼が安堵の息を吐いた。
 そうして腰を正そうとした時、離れた場所から声がかかる。

「詩月くーん、ちょっといいー?」
「あ、す、すみませんお客様。呼ばれてしまったので失礼致します」

 もう一度会釈し踵を返したその腕を咄嗟に掴もうとした龍惺の手が空を切る。チラリと見えた横顔には確かに見覚えがあった。

(〝しずく〟って、呼ばれてたよな…)

 まさかという期待と、そんな馬鹿なという不安とで心臓がドクドクと脈打つ。龍惺は伸ばした手で口元を押さえ呟いた。
 ずっと捜していた。一分一秒だって忘れられなくて、未練ばかりを募らせてその姿を求めていたのだから。

「詩月……?」





 あの後、どうやって会食を終えたのかは分からない。
 だが一つだけハッキリと覚えている事がある。龍惺が彼を見間違えるはずがないのだから、あの人物は間違いなく詩月だ。

「瀬尾、喜べ」
「はい?」
「見付けたぞ」
「…!」

 やっと、やっとだ。八年掛かったけれどもやっと見付けた。

 バックミラー越しに龍惺がニヤリと笑う姿を見た瀬尾は、内心で気の毒にと呟きながらに溜め息をつく。
 瀬尾の脳裏には、最後に見た詩月の泣きそうな顔が浮かんでいた。
感想 30

あなたにおすすめの小説

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね

舞々
BL
「お前以外にも番がいるんだ」 Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。 恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。 蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。 そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

別れたはずの元彼に口説かれています

水無月にいち
BL
 高三の佐倉天は一歳下の松橋和馬に一目惚れをして告白をする。お世話をするという条件の元、付き合えることになった。  なにかと世話を焼いていたが、和馬と距離が縮まらないことに焦っている。  キスを強請った以降和馬とギクシャクしてしまい、別れを告げる。  だが別れたのに和馬は何度も会いに来てーー?  「やっぱりアレがだめだった?」    アレってなに?  別れてから始まる二人の物語。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした

鳥居之イチ
BL
———————————————————— 受:久遠 酵汰《くおん こうた》 攻:金城 桜花《かねしろ おうか》 ———————————————————— あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。 その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。 上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。 それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。 お呪いのルールはたったの二つ。  ■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。  ■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。 つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。 久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、 金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが… ———————————————————— この作品は他サイトでも投稿しております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……