焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十八ノ月】挙動不審な君

 龍惺は、今日は朝から地方へ出張に来ていた。
 起きてすぐ、詩月から『出張気を付けて行ってらっしゃい。龍惺の家で待ってるね』とメッセージが来て和んだ気持ちのまま瀬尾が運転する車で目的地まで来たのだが、どうやら少々トラブルが起こっているらしい。

 此度の出張は主に家庭用品を取り扱う子会社の視察と会議である。
 翌日には新店舗のオープン記念セールを控えていて現在店内では陳列作業が行われているはずだった。
 だが、一番の目玉である新商品の搬入が遅れているらしく社員はてんやわんやだ。
 夜までに届けば全ての棚に商品を並べる事が出来るが、何に置いてもメインは新商品である。故に一番目立つ場所にPOPも宣伝広告も飾り付けていたのだが、現状は歯抜けの悲しいディスプレイになっていた。

(……一旦下げる事も考えねぇと、客側が気まずくなるな)

 ギリギリまではこの状態で様子を見るが、最終的な判断はリーダーに委ねられる。どうにか頑張って欲しいものだ。

「社長、そろそろ会議のお時間ですので」
「ああ」

 混乱している現場に背を向けるのは心苦しいが、龍惺には龍惺のやるべき事がある。
 瀬尾に促された龍惺は忙しなく動く社員に気を遣わせないよう静かにその場から立ち去った。




 会議は滞りなく実にスムーズに進んだ。
 夕方には新商品も届き、立派なディスプレイが出来上がった。
 だがその間でも細々したトラブルが続き龍惺は顔が引き攣りそうになるのを堪えるのに必死だったおかげで、表情筋が既に限界を迎えている。
 オマケに詩月に伝えていた帰宅時間も過ぎそうで、二重の意味で辛い。

「玖珂社長。本日は大変申し訳御座いませんでした」
「いえ。本社でもこういったトラブルがないとは言いきれませんから、良い勉強をさせて頂きました」
「そう言って頂けると社員たちも救われます。ところでこれから本社へお戻りですか? もしご宿泊という事でしたらホテルを手配致しますが」
「大丈夫です。向こうでの用事もありますので」
「左様でございますか。玖珂社長、本日はお忙しい中誠にありがとうございました」
「こちらこそ有意義な時間が過ごせて良かったです。では失礼致します」

 お互いに頭を下げ瀬尾を伴って車へ歩き出すこと数歩、龍惺は瀕死状態の顔から表情を無くした。最初の頃よりは鍛えられたとはいえやはり長時間保つのはなかなかに疲れる。
 車の後部座席に乗り込み大きく溜め息をつくと、タブレットを取り出し視察内容を纏め始めた。

「瀬尾。疲れてるとこ悪いけど、俺はなるべく早くあっちに戻りてぇ」
「安全運転第一です」
「分かってるっつの。出来る範囲でいいから急いでくれ」
「……善処します」

 真面目な瀬尾の事だから無理だろうなと思いつつ、龍惺はスマホを取り出すと詩月にメッセージを送った。

『悪い、トラブル続きで今現地出た。21時過ぎる』

 あの無機質で無駄に広い部屋で詩月が一人で待っていると思うといても立ってもいられなくなる。早く帰って抱き締めてやりたいが、生憎と一度本社に戻らなくてはならないため龍惺は溜め息をついた。
 鈍く痛む頬を摘んで解していると、開いたままのトーク画面に詩月からのメッセージが入る。

『お疲れ様。無事に帰って来てくれればそれでいいから、絶対急いだりしないでね』

 急ごうとしていたのがバレている。結局瀬尾の運転は行きと変わらず法定速度を守った安全運転だが、下手をすれば日付を跨ぐかもと心配になって来た。
 龍惺はもう一度詩月に返信する。

『日付け変わるかもしんねぇし、先寝ててもいいからな』
『うん。でももし寝てたら起こして欲しい』
『何で?』
『おかえりなさいって言いたい』

 その文字列を見た瞬間身体中の疲れが吹っ飛んだ気がする。

(あー……可愛い。癒される。最近の詩月マジでヤバい)

 そもそも詩月は、一目惚れするほど見た目からして龍惺のタイプだ。その内面も素直で優しく、無邪気に繰り出される可愛さに何度閉口した事か。
 龍惺は『分かった』とだけ返し、先程よりも俄然やる気を出し入力を再開した。



「社長、明日はお休みですので会社には来ないで下さいね」
「は?」

 本社への一時出社後、今度はマンションへと送って貰いまた明日なと降りようとした時に瀬尾から放たれた一言に、龍惺は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
 だが瀬尾は前を向いたまま事もなげに続ける。

「明日は会議も会食も会合も商談も何っにも御座いませんので、しっかりお休み下さい」
「……今初めて聞いたんだが?」
「お伝えし忘れておりました」
「お前な……まぁいいや、休みなら有り難く貰っとく。じゃあな、気ぃ付けて帰れよ」
「はい。おやすみなさいませ、失礼致します」
「おやすみ」

 絶対わざとだろうと思いながらも休みである事に不都合はないため肩を竦めて車から降り、挨拶を返してから扉を閉める。
 去っていく車を見送りマンションへと入る頃には既に23時40分を回っていた。

(さすがに寝てるか……?)

 エレベーターで最上階へ上がり、カードキーで解錠して静かに扉を開けたその瞬間、身体に衝撃が走った。

「おかえりなさい!」

 どうやら玄関扉の前で待っていたらしい詩月が勢い良く飛び付いて来たようで、龍惺は驚きでよろめきながらもどうにか受け止めて笑うと詩月の頭を撫でた。

「ただいま。ずっとここで待ってたのか?」
「十分くらい前から待ってた。日付跨いじゃったら寝ようかなと思ってたから良かった」
「そうか。俺も、お前が寝るまでに帰れて良かったよ。っつーか砂やら埃やらついて汚ぇから離れな。シャワー浴びてくるし」
「10分で上がってくる?」
「? 何で?」
「何でも」
「……分かった、10分で上がる」

 意味が分からないながらも荷物を預けると笑顔で行ってらっしゃいと見送られる。首を傾げつつ浴室に向かい、なるべく意識してシャワーで全身洗い流せば凡そ8分ほどで出て来れた。
 髪を拭きながらリビングに行くと、ソファに座っている詩月がニコニコと手招きしている。

「で? 何で10分だったんだ?」
「ここに座って、もうちょっと待ってて」
「?」

 先程から詩月が何をしたいのかがさっぱり分からない。とりあえず促されるままソファに腰を下ろしたが、目の前に立つ詩月はどこかソワソワしていて落ち着きがない。
 ふと、詩月の左耳にワイヤレスイヤホンが嵌っている事に気付いた。

「お前、それ何聞いて……」
「し!」
「あ、はい」
(何なんだ、一体……)

 明らかに何かをしようとしているのに何も教えてくれない詩月に、もう好きにしてくれと諦めた龍惺は飲み物でもと立ち上がろうとする。だがそれよりも早く詩月が膝の上に跨ってきたため面食らっていると、ものすごく嬉しそうな顔をして首に抱き着いてきた。

「龍惺、お誕生日おめでとう!」

 時計はちょうど、午前0時を指していた。
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