焦がれし星と忘れじの月

ミヅハ

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【十九ノ月】告白

『誕生日おめでとう』

 耳元で聞こえた言葉の意味が理解出来なかった龍惺は、しばらく頭の中で反芻したあとカレンダーを見てようやく合点がいった。
 13日の枠に〝龍惺の誕生日〟と記入してある。家を出るまではなかったから、詩月の手によって来たその日に書き込まれたのだろう。

「そうか、俺の……」
「やっぱり忘れてた」

 首に回されていた腕が離れ膝の上にストンと腰を下ろした詩月がクスクスと笑う。耳から外したイヤホンを持つ手を引いて自分の耳に当てれば、時報のピッ、ピッという音が聞こえて目を瞬いた。
 なるほど、これで日付が変わるタイミングを測っていたのか。

「はは、そんなピッタリに祝いたかったのか」
「だ、だって、そうしたら僕が一番最初に言えるから…」
「だから10分で上がって来いっつったんだな」
「…………そうです」

 12日に空いているか聞いてきたのも、寝ずに玄関で待ってたのも、ずっとソワソワしていた事も、全部が龍惺のための行動だった。
 心の底から嬉しくて、どうしようもなく愛しい。
 バレて恥ずかしそうに繋げっぱなしだった時報を切った詩月を、龍惺は堪らず抱き締めた。

「すげぇ嬉しい。ありがとな、詩月」
「……うん」

 自分と同じシャンプーの香りがする髪を撫で温もりを堪能していると、しばらくされるがままだった詩月がモゾモゾと動いて首筋に額を触れさせてきた。
 頬を撫でると、視線だけで龍惺を見上げて微笑み擦り寄って来る。

「眠くねぇ?」
「うん、今は平気」
「詩月」
「?」

 頬を撫でていた手で上向かせ唇を重ねるとピクリと詩月の瞼が震えた。啄みながら耳に触れ、後ろから首筋を撫でるように手を動かせば僅かに甘えた声が漏れ聞こえる。

(……あー……ちょっとやべぇかも……)

 龍惺だって健全な男だ。好きな子を抱き締めてキスをして、触れても嫌がられる事もなく逆に身を預けてくれるとそれだけで期待してしまいそうになる。
 しかも詩月は龍惺の膝の上に跨って座っているのだ。

「……詩月」
「何…?」
「こういうの、俺が言う事でも聞く事でもねぇとは思うんだけど……まだ、不安残ってるか?」
「え?」
「俺が浮気するかもって……」
「あ……」
「もしまだ不安なら……」
「ま、待って…っ」

 正直まだ不安に思われているならショックだ。自分の努力が足りない結果ではあるが、龍惺なりに二度としないという意思表示はしてきたつもりだったから、まだ足りないと言われたら自信をなくしてしまうかもしれない。
 だが、詩月の首元に光るネックレスに触れながら確認しようと開いた口が言葉途中で止められ龍惺は眉を顰める。
 聞かれるのさえ無理なのかと内心落胆していると、ネックレスをなぞっていた手を握られ顔が近付けられた。

「あのね、僕、気付いた事があるの。昔も今もそうなんだけど、何かを決める時、全部龍惺から言ってくれてるなって」
「?」
「高校生の時、付き合ってって言葉も龍惺からだったし、初めてのデートだって龍惺が誘ってくれた。キスも、それ以上も、全部龍惺から言ってくれてたんだよ」
「そう、だっけ?」
「そうだよ」

 言われてもピンとも来ない。龍惺はただ言いたい事を言ってしたい事をしていたに過ぎないし、それが自分からだとしても望んでる事だから何も問題はないはずだ。

「友達以上恋人未満だって言ってくれたのも龍惺からだし、ご飯行こうとか、会いたいとか声が聞きたいとか……全部龍惺から。ごめんね、これじゃあ龍惺が不安になっても仕方ないよね」
「いや、それは……」
「今更気付いても遅いかもしれないけど、これからは僕もちゃんと言葉にしようと思ってて……いっぱい言いたい事あるんだ」
「うん」
「あの頃だって、今だって、僕は龍惺が好きだよ。高校生の時は恥ずかしくてあんまり言えなかったけど、本当に本当に大好きで、龍惺と同じクラスの人が羨ましかった。龍惺と学年違うの寂しかった。でもその分一緒にいる時はすごく幸せで、ドキドキして嬉しくて……好きだから余計に耐られなかったって言うのもあるんだけど」
「詩月、落ち着け」

 少しずつ早口になる詩月の肩を宥めるように軽く叩くと、ハッとして気恥ずかしそうに頷いてまた話し出す。
 詩月がここまで感情を露にして饒舌になるのは珍しいかもしれない。

「龍惺の事ずっと好きだった、忘れられなかった。みんながカッコイイって噂する人を見ても、龍惺の方がカッコイイって思ってたし。優しい人がいてもやっぱり龍惺の方が優しいって思ってたし。どんな人も龍惺には敵わないって…………あれ、何が言いたいのか分かんなくなってきちゃった……」
「お前が俺をめちゃくちゃ好きでいてくれてるっつーのは分かった」
「あ、うん、それはそうなんだけど。でもね、あの頃より今の方がもっと好きだよ」
「……おう」

 ものすごく熱烈な告白をされている気がするのは勘違いだろうか。
 詩月は話す事に必死で気付いていないが、さっきから龍惺が喜ぶ事ばかりを言ってくれるからどうしても顔がニヤけそうになる。どうにか堪えているが、きっと今の自分は変な顔をしているだろう。

「……だから、今から僕が言う事、ちゃんと聞いてね」
「ああ」

 そこで一度言葉を区切った詩月は、大きな深呼吸を数回してから龍惺の服を掴むと、真っ直ぐ目を見つめて口を開いた。

「大好きだよ、龍惺。僕の恋人になって」
「…………」

 だんだんと目元が染まる詩月を見つめ返していると、言い終わると同時に胸に飛び込んできた。目を細め、細い肩と腰に腕を回して強く抱き締めれば詩月が小さく震えが混じった息を吐く。

「何か、緊張するね…」
「……いいのか?」
「え?」
「恋人になったら俺、もう我慢出来ねぇよ? キスだけとか、抱き締めるだけとか、そんなん無理だぞ」
「……うん、分かってる」
「………本当にいいんだな?」

 言葉の代わりにこくりと頷いた詩月は、軽く胸元を押して身体を離すと自ら龍惺に口付けてきた。それにぐっと眉根を寄せ離れた唇を追うように塞げば詩月の身体がビクッと跳ねる。
 何度も啄みながら角度を変えつつ深めていくと、息苦しさに喘いだ詩月の唇が薄く開き、龍惺はすかさず舌を差し込んで詩月の舌を絡め取った。

「んっ、…ふ…っ…、ん、ンン…ッ」
「…っ…は……」
「……りゅ、せ……っんぅ…」

 顔を赤くし、身体を震わせながらも応えてくれる詩月の唇を夢中で貪っていると、強く服を掴んでいた詩月の手が龍惺の肩を慌てたように叩いてきた。強めに舌を吸って離したあと息も絶え絶えな様子でくったりと寄りかかってくる。

「……大丈夫か?」
「…っ…息、できな…ぃ……くるし…」
「悪い」

 初っ端からがっつき過ぎた。
 龍惺は、上がった息を整えようと浅い呼吸を繰り返す詩月の背中を撫でて落ち着かせてやりながら、額やこめかみに口付け宥める。
 詩月はキスの合間の呼吸がすこぶる苦手だ。鼻で息をすればいいと頭では分かっていてもどうしても上手く出来ないらしい。
 その慣れてなさが可愛くてついやり過ぎてしまうのだが。


 暫くして呼吸も緩やかになって来た頃、緩慢な動きで身体を起こした詩月は手の甲で目を擦りながら何とも申し訳なさそうな声を出した。

「龍惺…どうしよう……僕寝ちゃいそう……」
「もう時間も遅ぇしな。今日は寝るか」
「でも……」
「詩月から言ってくれたし、今はそれで十分だ。それに今日だけの話しじゃねぇだろ?」
「……うん」
「だったら焦る必要ねぇよ。な?」

 本音を言えばこのまま抱いてしまいたかったが、見るからに瞼が閉じそうになるのを必死で耐えている詩月に無理をさせたくはなかった。
 龍惺は再び自分の肩に凭れかからせると、自分はソファに寄り掛かり既に微睡み始めている詩月の髪を梳くように撫でる。ものの数分で寝息が聞こえて来たが、龍惺はすぐに動こうとはしなかった。

「……すげぇデカいプレゼント貰っちまったな」

 きっかけを作ったのは自分かもしれないが、詩月は一生懸命に言葉を紡いで伝えてくれた。それこそプレゼントと言っても過言ではないほど大きな気持ちを龍惺にくれた。
 あの時の絶望が、九年目にしてとてつもない幸せに変わったなど誰が想像出来るだろう。

 詩月の穏やかな寝顔を気が済むまで見つめた龍惺は、横抱きにして立ち上がるとリビングの明かりを消して寝室へと向かった。
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