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一緒にお昼を

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 ど、どうしてこうなった?
 俺はいつも通りに学校へ向かってたはずなのに、何で今不良に絡まれてるの?

「お前だろ? 神薙の〝お気に入り〟って」
「男なのは意外だったけど、なかなか可愛い面してんじゃん」
「んな事はどうでもいいんだよ。お前さ、ちょっと付き合ってくんねぇ?」

 何で昨日の今日で不良に付き合わなきゃいけないんだ。
 今付き合ってって言うの流行ってるの? そもそも付き合うってどこに!?

「あの、俺……」
「ちょっと神薙を動揺させてくれるだけでいいからさ」
「ど、動揺?」
「一発だけでも殴っとく?」
「あの野郎を怒らせてどうすんだよ。隙を突くんだって」
「コイツに出来んの?」
「〝お気に入り〟なんだろ? だったら裸にするとか……」

 裸!? 神薙を動揺させるのに俺が裸になる意味って何!?
 もー、何で今日に限って薫も悠介も朝練な訳?    俺が一体何したって言うんですか神様。
 髪ワックスで固めてるのかツンツンしてる方の不良に手首掴まれてるから逃げられないし、センター分けのヒョロっとした不良は俺の襟元触ってるし……襟元?

「わ! 何して……!」
「うるせぇな、ちょっと黙ってろ」
「いや、何で脱がそうと…!」
「黙ってろって言ってんだろ!」
「!!」

 あまりの事に俺の方が動揺して暴れるとヒョロ男はイラッとしたのか拳を振り上げて来た。短気すぎる行動に衝撃を覚悟して目を閉じたんだけど、いつまで経っても痛みは来なくて恐る恐る目を開ける。
 そこにはヒョロ男の腕を掴んでいる神薙がいて俺は面食らってしまった。

「てめぇっ、神薙!」
「何汚ぇ手で触ってんだよ。死にてぇの?」
「うるせぇ!」
「てめぇをボコれんなら別に構わねぇよ!」
「ああそう」
「!?」

 神薙が掴んでいたヒョロ男の腕を後ろに捻り上げ、俺の手首を拘束しているツンツン男の腕へと体当たりさせる。おかげで解放されたけど、いろんな事がいっぺんに起こりすぎて俺の頭は混乱していた。
 結構な力で掴まれていた部分を摩っていると、二人を地面に倒した神薙が俺を振り返る。

「危ないから湊はもう行きな」
「え、で、でも、神薙は…」
「俺の事はいいから。遅刻するよ」

 遅刻はよろしくない。バレたら薫どころか悠介にまで心配される。
 でもだからって神薙を置いて行くのもやだなと思っていると、神薙は綺麗な笑みを浮かべてみせた。

「大丈夫だから、な?」
「……ちゃんと教室来ないと、怒るから」
「分かった」

 神薙の有無を言わさない笑顔と言葉にこれ以上はダメな気がして、俺は一歩後退るともう一度だけ神薙を見てから学校に向かって走り出した。
 大丈夫。神薙は負け知らずだって聞いてるし、本人だってそう言ってたんだからちゃんと勝って学校に来る。
 昨日怪我してたのもあって少しだけ心配だったけど、神薙を信じる事にしてひたすら走った。


 遅刻寸前に教室に滑り込んだ俺は授業が始まってもソワソワしていた。
 元々教室どころか学校にいるのかさえ不明な人だったけど、今日は俺のせいだから無事な顔を見ないと落ち着かない。
 一時間目が終わって、二時間目、三時間目が過ぎても来ないからいよいよ不安になって来た四時間。授業中で静まり返った教室のドアがガラリと開けられ、気怠げな神薙が姿を現した。

 (神薙……!)

 見える範囲に傷はない。顔も綺麗なままだ。
 良かったと息を吐くと目が合った神薙が微笑み席に向かって歩いて来た。
 教科担任もクラスメイトもシンとしてる中、横を通り過ぎようとした神薙の手が一回だけ俺の頭をポンと叩く。その行動に驚いたのは俺だけじゃなくて、視界の端で隣の席の人が前の席の人た目を合わせてる姿が見えた。

 いや、俺もちょっと意味が分かんないんだけど……そういえば昨日からわりと頭触られてる気がする。薫や悠介も頭撫でたりはしょっちゅうだから気にもしてなかったけど、神薙からされるのは違う…よね。

 ちなみに窓際の一番後ろが神薙の席なんだけど……さっきからなんかすっごい視線を感じる。チクチク刺さってる。
 あれ、俺もしかして今日が命日? 実は神薙朝の事怒ってたりする?
 昨日のは最後の優しさだった?

「湊」
「ひぇ!」

 今日こそはボコられるかもとビクビクしてるうちに授業は終わったらしく、後ろから声をかけられて肩が跳ねた。
 恐る恐る振り返ると怪訝そうな神薙がいて、その雰囲気は昨日と変わりなくて俺の方が首を傾げる。

「えっと……?」
「昼、一緒に食わない?」
「へ? でも俺、薫と悠介と…」
「俺と湊の二人だけで」

 こ、これは……やっぱりボコボコルートだ!
 途端に眉尻を下げた俺に「嫌?」と聞いてくる神薙の困った顔を見て、俺は思い切って聞いてみることにした。

「お、俺の事ボコる……?」
「ん?」
「昨日ゴミ頭から被せたから…」

 今度はキョトンとしてる。神薙って意外に表情豊かなんだ。
 少し考えて俺の言ってる事が分かったのか、神薙は肩を竦めて首を振ると少しだけ笑って俺の頭を撫でる。……また撫でられた。

「俺、別に怒ってないけど」
「お、怒ってないの? ゴミだよ?」
「わざとじゃないだろ? それに、いいきっかけになったし」
「きっかけ?」
「とにかく、怒ってないしボコんないから。そんなビクビクすんな」

 怒ってないのか。何かホント、聞いてたイメージと全然違う。
 こうしてると怖くないし、むしろ優しい?
 俺は少し考えてからスマホを取り出すと、薫にメッセージを送るべくアプリを開いた。
 一緒に食べたいって言ってくれてるんだから応えるべきだよね。悠介だって邪魔者おれがいない方がいいだろうし。

「……これで良しっと。どこで食べる? ってか、神薙はお弁当あるの?」
「購買行ってくるから、先に屋上前の踊り場に行っててくんない?」
「分かった」

 頷き教室を出て行く背中を見るとはなしに見ていると、秀と慎也が心配そうに声をかけてきた。

「湊、大丈夫か?」
「何が?」
「神薙に無理強いされてない?」
「ないよ。神薙、ああ見えてめちゃくちゃいい人。昨日の事も許してくれた」
「マジで?」
神薙が?」

 二人して信じられないって言ってるけど本当の事なんだよね。苦笑していると手に持っていたスマホが震え、薫からの着信が入って来た。
 たぶんお昼の話だろうけど……仕方ない。
 溜め息混じりに通話ボタンを押した瞬間、スピーカーにしてる訳でもないのに薫の声が響き渡った。

『湊! 何で昨日の今日で神薙くんとお昼食べる事になってるの!?』
「薫、うるさい。別に俺が誰と食べたっていいじゃん」
『何言ってるの! クラス離れて、私がどれだけ心配してると……あ』
『湊?』
「悠介」
『どうして急に神薙と? 今まで接点なかっただろ? もしかして騙されたり強要されたりしてるんじゃないのか?』

 うーん、ここまでマイナスなイメージ持たれてると逆に可哀想になってくる。せめて薫と悠介と秀と慎也には分かって貰いたい。
 どう言えば伝わるかな……あ、ってかそろそろ踊り場行かないと。
 俺は秀と慎也にジェスチャーで伝えてからお弁当を手に神薙と待ち合わせた場所に向かう。その間にも、悠介は心配そうな声で聞いてきてた。

『湊が言いにくいなら俺が神薙に言ってあげるよ? 無理して合わせる事ないんだから』
「ありがとう。でも本当に騙されてもないし強要されたりもしてないから、安心して」
『安心って……』
『出来るわけないでしょ! 相手が神薙くんなんだから!』
「薫も神薙と話せば分かるよ。もう切るから」
『ちょっと、湊!』

 まだ何か喚いている薫は無視して通話を終了させてスマホをポケットにしまう。
 まったく、噂や上辺だけで判断するのは神薙にも失礼だ。そういう俺も噂のイメージに引き摺られてたけども。
 屋上まで続いている階段を上がり一番上の踊り場まで行くと、後ろからタイミング良く神薙も登って来た。

「お姉ちゃんに何か言われた?」
「え、何で……」
「戻って来る途中に愚痴ってんのが聞こえた。俺に湊が取られたって」
「取られた……?」

 それはものすごく語弊がない? だいたい取られるも何も俺は俺のだし、薫のものでも神薙のものでもない。
 意味が分からなくて首を傾げていると、先に座った神薙が隣を叩く。
 示された場所より少しだけ間を開けて座れば小さく笑った気配がした。

「湊は、俺が怖い?」
「最初は怖かったけど、今は別に怖くない」
「昨日ので絆されちゃったか」
「というより、初めての会話が怖くなかったから……かな」
「別に俺、誰彼構わず噛み付いてる訳じゃないしな。昨日のはおおよそ自分の身には起こり得ない事が起こったから、逆に面白かったし」
「ぅ……ごめんなさい」

 何度謝っても謝りきれないくらいとんでもない事だったもんね。でもそう言って下げた頭に大きな手が乗せられて顔を上げると、思った以上に近い場所に神薙の顔があって驚いた。
 いつの間にこんなに近くに!?

「神薙……?」
「……湊は無防備だな」

 低い声が吐息混じりに囁き、頭から頬に下りた手が首筋を撫でる。スっと目が細められ何でか固まったように動けない俺の唇の端に神薙の唇が触れた。

 その後のことを、俺はちゃんと覚えていない。
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