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幸せに
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あれからどれくらい時間が経ったのだろう。
外はとうに真っ暗で、後から気付いたけど対応してくれた警察は本当に人があまり来ない場所に案内してくれてたらしい。どうりで署内なのに静かだと思った。
じっとしていられず、落ち着きなく立ったり座ったりする俺の手を啓介がずっと握ってくれてて、少しでもその場から離れようとしたら引き戻されてる。
まだかまだかと兄さんを待ってたら、扉の開閉音とこっちへ歩いてくる足音が聞こえてハッとした。足音のする方をじっと見てると疲れた様子の兄さんが現れ、警察と何かを話したあと俺に気付いて駆け寄ってくる。
「待っててくれたの?」
「だって兄さんが⋯」
「ありがとう。⋯⋯母さんがどうなったか⋯知りたい?」
「⋯⋯うん⋯」
傍に来る頃には疲れなんて微塵も感じさせない顔で控えめに微笑んだ兄さんは、一度だけ啓介を見て俺の頭を撫でながら聞いてきた。
少し怖いけど、息子として知るべきだと思った俺は頷く。
兄さんは俺を啓介の隣に座らせると、向かい合う形で床に膝をついて見上げてきた。
「結論から言えば、このまま逮捕になる。千晃に対して明確な殺意がある事も、トラックの前に押し出そうとした事も認めてるし、戸崎くんへの暴力行為も目撃者多数。その上で今まで千晃にしてきた事も僕が全部話したから色んな罪状がついた。父さんについても、千晃への虐待容疑で事情聴取するそうだよ」
「⋯⋯逮捕⋯」
「それだけの事を母さんはしたんだ」
何となくそんな気はしてた。トラックが来るのを見計らって背中を押すのは未遂であっても殺意がないと出来ないし、あの時の母さんは本気で俺にいなくなって欲しそうだった。
それも、物理的に。
どこか遠くに行くとかじゃ許せなかったんだろうな。
「⋯⋯⋯」
「兄さん⋯?」
不意に兄さんが黙り込み、俺の手を強く握る。
首を傾げて見てたらぽつりぽつりと話し始めた。
「⋯虐待って分かってたなら⋯通報するべきだって⋯⋯」
「え?」
「千晃を大事に思うなら⋯相談なり通報なりして然るべきだろうって⋯」
確かに⋯虐待って気付いたり怪しんだりした人が通報しないと分からないもんな。っていうか、そうなのか⋯あれって虐待になるのか。
ずっと自分がダメだからだって思ってた。
「⋯⋯本当はね、児童相談所に相談しようと思った事もあったんだよ⋯⋯でも、もし両親が逮捕されて僕と千晃が施設に行く事になったら⋯同じところならいいけど、最悪離れ離れになるかもしれない。そう考えたら怖かった⋯千晃がいるから頑張れるのに⋯離れたら耐えられないって⋯」
「兄さん⋯」
「⋯っ⋯ごめんね⋯⋯僕の我儘で⋯ずっと辛い思いさせて⋯」
握られた手にポタポタと兄さんの涙が落ちる。
俺とは違う苦しみを持ってた兄さんにとって、俺ってそんなに大きな存在だったんだ⋯俺を支えにしてたって言ってたっけ。
それなら俺に、兄さんを責める事は出来ない。
俺は啓介の手を離すと、兄さんの手の上から被せて首を振った。
「俺は兄さんの選択が間違ってるとは思わない。結果として兄さんの本心が知れたし、少なくとも兄さんとはちゃんと兄弟になれた。それに⋯何より、啓介に会えたから⋯」
「でも僕が行動していれば、千晃はもっと暖かい場所で過ごせてたかもしれないのに⋯」
兄さんは一体、どれだけの後悔をしてきたんだろう。
父さんや母さんは自分たちの都合でしか俺に関わって来なかったけど、それでも口を開けば俺を罵るばかりだった。それを見て、兄さんの内心はずっと苦しんでたのかな。
俺の為にって、一人で。
「確かに辛かったし苦しかった⋯でも、兄さんだってそうだろ? 俺以上に我慢して、やりたくない事やって、二人がなるべく俺に近付かないようにしてくれたんだろ? 俺はそれで充分だと思ってる⋯⋯兄さんだって、悪くないんだよ」
兄さんはただ人より頭が良かっただけで、父さんと母さんが〝一番である事〟に固執するようになったからおかしくなったに過ぎない。
俺の事は嫌いだったとしても、兄さんへの愛はちゃんとあったはずだし。
そっと手を離し、兄さんの頭を抱き込むようにして腕を回すと兄さんが嗚咽を漏らした。
「もういいよ。もう謝るのも、自分のせいって思うのもナシ。過去は過去として、これからはお互いに前だけ見るのもいいんじゃないか? 現に俺は今幸せだから、兄さんが申し訳なく思う必要もないんだよ」
「⋯千晃⋯」
「もうそろそろ、自分の事を考えてもいいと思う」
「自分の⋯事⋯?」
「兄さんの幸せ」
俺が知らない時から俺の事ばかりを考えてきたんだ、もう自分の為に生きたって誰も責めたりしない。
そう言えば兄さんは大きく目を見開いて俺を見上げ、ゆるゆると首を振ってきた。
「⋯僕は⋯まだ何も、千晃に償えてない⋯」
「償いって何。過程はあれでも、兄さんがやってきた事って俺を守る為だろ? 何でそれで償わなきゃって考えになるんだよ。俺はそんなのいらない」
「⋯でも⋯」
「どうしても俺に何かしたいって思ってるなら、幸せになってよ」
俺だって兄さんにひどい事したんだから、そこはもうおあいこでいいと思う。
拒否しても言い募ってくるから、兄さんが俺によく言う言葉を返すと兄さんはヒクリと喉を鳴らしくしゃりと顔を歪めた。
兄さんが俺の幸せを願ってくれるなら、俺だって兄さんの幸せを願いたい。
「めちゃくちゃ幸せになって、その姿を俺に見せてくれたらそれだけでいい」
「⋯っ⋯千晃⋯!」
にこっと笑った俺の腰に抱き着き肩を震わせる兄さんはいつもより小さく見えて、そっと背中を撫でながら啓介へと視線を移すとふっと笑って頷いてくれる。
何も言わず傍にいてくれた啓介には感謝だ。
兄さんへと視線を戻し、俺は兄さんのこれからが明るく幸せであるようにと願った。
その為には、高鷺にはぜひとも頑張って欲しいな。
外はとうに真っ暗で、後から気付いたけど対応してくれた警察は本当に人があまり来ない場所に案内してくれてたらしい。どうりで署内なのに静かだと思った。
じっとしていられず、落ち着きなく立ったり座ったりする俺の手を啓介がずっと握ってくれてて、少しでもその場から離れようとしたら引き戻されてる。
まだかまだかと兄さんを待ってたら、扉の開閉音とこっちへ歩いてくる足音が聞こえてハッとした。足音のする方をじっと見てると疲れた様子の兄さんが現れ、警察と何かを話したあと俺に気付いて駆け寄ってくる。
「待っててくれたの?」
「だって兄さんが⋯」
「ありがとう。⋯⋯母さんがどうなったか⋯知りたい?」
「⋯⋯うん⋯」
傍に来る頃には疲れなんて微塵も感じさせない顔で控えめに微笑んだ兄さんは、一度だけ啓介を見て俺の頭を撫でながら聞いてきた。
少し怖いけど、息子として知るべきだと思った俺は頷く。
兄さんは俺を啓介の隣に座らせると、向かい合う形で床に膝をついて見上げてきた。
「結論から言えば、このまま逮捕になる。千晃に対して明確な殺意がある事も、トラックの前に押し出そうとした事も認めてるし、戸崎くんへの暴力行為も目撃者多数。その上で今まで千晃にしてきた事も僕が全部話したから色んな罪状がついた。父さんについても、千晃への虐待容疑で事情聴取するそうだよ」
「⋯⋯逮捕⋯」
「それだけの事を母さんはしたんだ」
何となくそんな気はしてた。トラックが来るのを見計らって背中を押すのは未遂であっても殺意がないと出来ないし、あの時の母さんは本気で俺にいなくなって欲しそうだった。
それも、物理的に。
どこか遠くに行くとかじゃ許せなかったんだろうな。
「⋯⋯⋯」
「兄さん⋯?」
不意に兄さんが黙り込み、俺の手を強く握る。
首を傾げて見てたらぽつりぽつりと話し始めた。
「⋯虐待って分かってたなら⋯通報するべきだって⋯⋯」
「え?」
「千晃を大事に思うなら⋯相談なり通報なりして然るべきだろうって⋯」
確かに⋯虐待って気付いたり怪しんだりした人が通報しないと分からないもんな。っていうか、そうなのか⋯あれって虐待になるのか。
ずっと自分がダメだからだって思ってた。
「⋯⋯本当はね、児童相談所に相談しようと思った事もあったんだよ⋯⋯でも、もし両親が逮捕されて僕と千晃が施設に行く事になったら⋯同じところならいいけど、最悪離れ離れになるかもしれない。そう考えたら怖かった⋯千晃がいるから頑張れるのに⋯離れたら耐えられないって⋯」
「兄さん⋯」
「⋯っ⋯ごめんね⋯⋯僕の我儘で⋯ずっと辛い思いさせて⋯」
握られた手にポタポタと兄さんの涙が落ちる。
俺とは違う苦しみを持ってた兄さんにとって、俺ってそんなに大きな存在だったんだ⋯俺を支えにしてたって言ってたっけ。
それなら俺に、兄さんを責める事は出来ない。
俺は啓介の手を離すと、兄さんの手の上から被せて首を振った。
「俺は兄さんの選択が間違ってるとは思わない。結果として兄さんの本心が知れたし、少なくとも兄さんとはちゃんと兄弟になれた。それに⋯何より、啓介に会えたから⋯」
「でも僕が行動していれば、千晃はもっと暖かい場所で過ごせてたかもしれないのに⋯」
兄さんは一体、どれだけの後悔をしてきたんだろう。
父さんや母さんは自分たちの都合でしか俺に関わって来なかったけど、それでも口を開けば俺を罵るばかりだった。それを見て、兄さんの内心はずっと苦しんでたのかな。
俺の為にって、一人で。
「確かに辛かったし苦しかった⋯でも、兄さんだってそうだろ? 俺以上に我慢して、やりたくない事やって、二人がなるべく俺に近付かないようにしてくれたんだろ? 俺はそれで充分だと思ってる⋯⋯兄さんだって、悪くないんだよ」
兄さんはただ人より頭が良かっただけで、父さんと母さんが〝一番である事〟に固執するようになったからおかしくなったに過ぎない。
俺の事は嫌いだったとしても、兄さんへの愛はちゃんとあったはずだし。
そっと手を離し、兄さんの頭を抱き込むようにして腕を回すと兄さんが嗚咽を漏らした。
「もういいよ。もう謝るのも、自分のせいって思うのもナシ。過去は過去として、これからはお互いに前だけ見るのもいいんじゃないか? 現に俺は今幸せだから、兄さんが申し訳なく思う必要もないんだよ」
「⋯千晃⋯」
「もうそろそろ、自分の事を考えてもいいと思う」
「自分の⋯事⋯?」
「兄さんの幸せ」
俺が知らない時から俺の事ばかりを考えてきたんだ、もう自分の為に生きたって誰も責めたりしない。
そう言えば兄さんは大きく目を見開いて俺を見上げ、ゆるゆると首を振ってきた。
「⋯僕は⋯まだ何も、千晃に償えてない⋯」
「償いって何。過程はあれでも、兄さんがやってきた事って俺を守る為だろ? 何でそれで償わなきゃって考えになるんだよ。俺はそんなのいらない」
「⋯でも⋯」
「どうしても俺に何かしたいって思ってるなら、幸せになってよ」
俺だって兄さんにひどい事したんだから、そこはもうおあいこでいいと思う。
拒否しても言い募ってくるから、兄さんが俺によく言う言葉を返すと兄さんはヒクリと喉を鳴らしくしゃりと顔を歪めた。
兄さんが俺の幸せを願ってくれるなら、俺だって兄さんの幸せを願いたい。
「めちゃくちゃ幸せになって、その姿を俺に見せてくれたらそれだけでいい」
「⋯っ⋯千晃⋯!」
にこっと笑った俺の腰に抱き着き肩を震わせる兄さんはいつもより小さく見えて、そっと背中を撫でながら啓介へと視線を移すとふっと笑って頷いてくれる。
何も言わず傍にいてくれた啓介には感謝だ。
兄さんへと視線を戻し、俺は兄さんのこれからが明るく幸せであるようにと願った。
その為には、高鷺にはぜひとも頑張って欲しいな。
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