怖がりな少年は時計塔の怪物に溺愛される

ミヅハ

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失ったもの

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「深月、ちょっといいか」

 二限目終了後、トイレから戻って来た俺は久し振りに翔吾に声をかけられた。寮でもほとんど話す事がなくなってたから、ビックリしすぎて声が出なかった。

「深月?」
「……あ、う、うん。何?」
「今日部活ねぇんだけど、放課後話出来るか?」

 話って、もしかして翔吾が抱えてるとかいうやつの事か?
 俺は前みたいに翔吾と話せるならって頷いたんだけど、翔吾の奴なんかホッとしてた。

「じゃあ後でな」
「おう」

 翔吾が何に悩んで俺と話をしなくなったのかは分からないけど、話す気になったって事は何かしらの決心が付いたって事だよな。
 俺に話って言うけど、難しい話だったらどうしよう。

 俺と翔吾は、中高一貫のこの学校で中学一年生の時に知り合った。最初は俺の事チビチビ揶揄って来るやな奴って思ってたけど、話すと普通に面白いし楽しいからいつの間にか仲良くなってて、今では親友だって思ってる。
 毎日なんて事ない話して、バカみたいに笑い合ってふざけ合ってたから、こんな風に口きかなくなったのは初めてだった。
 どんな話をされるのか不安だけど、悩み事なら俺の精一杯で解決してやりたいと思ってる。
 翔吾は俺の大切な親友だからな。




「深月は割と残酷だよね」

 昼休み、翔吾と話をする事を先輩に相談したら苦笑しながらそんな事を言われた。
 生まれて初めて向けられた言葉に驚いてぽかんとする。

「へ?」
「俺としては複雑なんだけどさすがに同情してしまうと言うか……相手が深月だから仕方ないとは言え、鈍いにもほどがあるよね」
「何? 何の話してんの?」
「深月は翔吾くんと話してて、何か感じたり思うところがあったりはしなかったの?」
「? どういう質問?」
「……俺が言うのも何だけど……翔吾くん、可哀想に」

 先輩は何で翔吾を哀れんでるんだ? 避けられてたのは俺なのに。
 しかも先輩、俺が目の前にいるのに目を閉じてなんか考え込み始めたし。

「自覚して貰うまでは俺も大変だったけど、さすがに俺より長い時間一緒にいた翔吾くんが気付いて貰えないのは気の毒過ぎる……いや、翔吾くんが何もしなかったのかな」
「先輩」
「これだけ鈍いんだから直接的な事を言うなり行動起こすなりしないと絶対気付かないと思うんだよね。何せほぼ初対面で首筋の匂い嗅がれても汗臭さを気にしてた子だし」
「理人先輩」
「まぁ、翔吾くんにしてみたら俺が横槍を入れたような物だし面白くはないだろうけど……今更譲れないよね。ようやく手に入れたのに、奪おうとしてるなら許せないかな」
「…………」

 いつもならすぐに返事をしてくれるのに、今日の先輩はさっきからずっと翔吾の事ばっか考えてる。
 いい加減こっちを見て欲しくて先輩の首に腕を回そうとしたらこの手を掴まれた。

「ねぇ? 深月。深月は誰が好き?」
「え? 理人先輩だけど」
「そうだよね。うん、それが分かってるならいいよ」
「?」
「今日は深月からキスして欲しいな」

 何か良く分かんないけど、先輩は納得したらしくて俺の指にチュッてしたあと自分の首に回して微笑んできた。
 俺にはさっぱりだったけど、先輩の綺麗な笑顔を見たらまぁいいやってなった俺は頷いて自分からキスをする。

 聞かなくったって、俺が理人先輩を大好きな事は友達みんな知ってるんだぞ。……あ、もしかして俺、先輩の事不安にさせてたとか?
 それはダメだ、不安にさせるのは恋人失格だ。

「先輩、好きだぞ」
「俺も大好きだよ。俺の可愛い深月」
「俺の方が大大大好きだ」
「ふふ、ありがとう」

 心配なんかしなくてもいいくらい好きなのに、全部伝え切れないのがもどかしい。俺は先輩の首に回した腕に力を入れてぎゅーっと抱き着くと、 言葉で表せない分も込めてたくさん唇を触れ合わせた。





 放課後、俺は今、寮の部屋で翔吾と向かい合って座っている。
 気まずそうな翔吾と、神妙な顔をしている俺。傍から見たら、翔吾が今から怒られるのかと思うくらい変な空気だ。
 とりあえず翔吾が話し出すのを待ってるんだけど、かれこれ五分くらいこの状態で黙り込んでる。
 これ、俺から話し出すべきなのか? でも話したいって言ったのは翔吾なんだぞ。
 俺、ずっと静かにしてんのは苦手なんだ。

「なぁ、翔吾」
「…………」
「早くしないと、食堂行く時間来るぞ」
「………………」
「時間来たら俺、問答無用で食堂行くからな」

 飯食いっぱぐれるのだけは勘弁。
 いい加減足が痺れて来た俺は頑張って保っていた正座を崩して胡座に変えた。あ、これじわじわ痺れるやつだ。

「……やっぱり今日はやめといた方が」
「いや、話す。話すから……」
「……うん」

 翔吾なりに頑張ってんなってのは見れば分かるけど、いつまでもこうしてる訳にはいかないからな。
 じっと見ていると、頭をガシガシと掻きながら大きく溜め息をついた翔吾が口を開いた。

「お前は、櫻川先輩と本当に付き合ってるんだよな?」
「え? うん」
「恋人の意味、ちゃんと理解してんだよな?」
「うん」
「恋人同士がする事も、分かってるんだよな?」
「うん」

 完全に理解したのは最近だけど、今は先輩が何をしたいかとか何をして欲しいかとか、分かるようになった。
 質問に頷いて返すと、また溜め息をついた翔吾はガックリと項垂れる。

「……親友って立場に甘んじてたツケが回って来たんだよな……気まずくなるならこのままでいいって思ってたのがアダになるとか」
「?」
「中学ん時が大丈夫だったからって、高校でも大丈夫って思ってたのが間違いだった。っつか、入って数ヶ月で目をつけるやつがいるのも予想外だっつの」

 だから、俺が前にいるのに何で先輩といいコイツといい一人で話始めるんだよ。翔吾に至っては俺と話したいから向かい合ってるんじゃないのか?

「しかもあの櫻川先輩とか……そりゃコイツは先輩後輩関係なく好かれる奴だけどさ、よりにもよって悪い噂しかねぇ人とか」
「先輩の悪い噂は全部嘘だからな」
「……分かってるよ、お前がそんだけ惚れてんだから。悪い人じゃねぇんだろうなって思うから悔しいんだろ」
「何がだよ」

 確かに翔吾に比べて先輩は背が高いし綺麗だし優しいし穏やかだし頭も良いけど、だからってそんな悔しがる事ないだろ。
 翔吾だっていいとこいっぱいあるんだからさ。
 そう慰めてやろうと思って手を伸ばした俺は、返って来た言葉に固まってしまった。

「俺は、お前が好きなんだよ」

 先輩と恋人になって、俺は学んだ事がある。好きにも種類があって、友達に対するものと、親に対するもの、好きな物に対するもの、好きな人に対するものは全然違うんだって。
 友達が俺に言ってくれる〝好き〟と、先輩が言ってくれる〝好き〟は別物で、翔吾が言った〝好き〟は、先輩と同じものだ。
 赤くなった俺を見て、翔吾は悲しそうな顔をする。

「何だよ、こういうのも分かるようになったのかよ」

 まさか翔吾が俺を好きだなんて微塵も思ってなかったから、どう答えればいいか分からない。だって俺にとって翔吾は腐れ縁で親友で、そんな目で見た事一回もないから。

「ごめんな。進級する前にどうしてもケジメつけておきたかったから……まぁあと数日で部屋も変わるし、それまでは我慢してくれよな」
「翔吾……」
「お前と話すの楽しいし、下らない話でバカ笑いすんのも好きだったけど、元に戻んのはたぶん無理だ」

 そう、だよな。俺が翔吾の立場だったら、親友になんて戻れない。

「ごめ…ん……」
「謝んなって。お前が悪い訳じゃねぇんだから。……深月」
「ん?」

 ここで泣いたら翔吾が気に病むからって必死に涙を堪えてたら、優しい声で呼ばれて顔を上げた瞬間キスされてた。
 ホントに一瞬だったけど、驚いて目を丸くする俺にふっと笑った翔吾は俺の頭を撫でてから立ち上がると、扉の方へと歩いて行く。

「櫻川先輩と幸せにな」

 そう言って扉を開けて出て行った。
 キスされてびっくりし過ぎたのもそうだけど、それ以上に俺は悲しかった。
 俺が鈍いせいで、気付けなかったせいで翔吾を傷付けた。何にも知らないで、翔吾の隣でバカみたいに笑ってた。
 先輩が言ってた〝残酷〟の意味が分かって、自分がいかに無神経だったかが分かって涙が出て来る。

「うぅ……」

 ごめんな、翔吾。応えられなくてごめん。

 俺は翔吾への申し訳なさと、大事な親友を失った悲しみで一晩中泣き続けた。

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