怖がりな少年は時計塔の怪物に溺愛される

ミヅハ

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大事なのは

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「深月くん、大丈夫?」
「びっくりしたよな、怪我はしてないか?」

 呆然と先輩を見つめたまま動かない俺に先輩たちが声をかけてくれる。そのおかげで我に返れた俺は這って理人先輩のところに向かった。擦り剥いた手の平が痛んだけど、それよりも先輩の方が大事だ。
 他の人たちが必死に名前を呼んでるのに全然反応ないようで、みんな青褪めた顔をしてる。

「おい、櫻川! しっかりしろ!」
「頭ぶつけたっぽいから動かすなよ!」
「先生まだ!?」
「先輩……!」
「! 深月くん、駄目だよ!」
「先輩! 理人先輩!」

 呼べばいつだって笑って応えてくれる先輩が、今は目を閉じて微動だにしない。顔色がドンドン悪くなってる。
 どうしたらいい? このままじゃ先輩が死んじゃうかもしれない。そんなの絶対嫌だ…っ。何か、何か出来る事ないか? 俺に出来る事……。

「!」

 あるじゃん、俺にしか出来ない事。俺だけが出来る事。
 みんなの前とか、バレちゃいけないのにとか、そんな事もうどうでもいい。先輩さえ無事なら、俺が先輩を攫って逃げればいい。
 俺は閉じられた先輩の口元に手首を出して叫んだ。

「先輩、口開けて! 俺の血飲んで!」
「……深月くん?」
「血って何…?」
「輸血?」
「先輩ってば!」
「深月くん何言って……」
「本当にもう、仕方ないなぁ」

 意識がないから牙が伸びないのも仕方ないけど、俺は切れる物を持ってないし周りにもなくて、焦って無理やり噛ませようと先輩の唇をこじ開けようとした瞬間、後ろから溜め息混じりの声が聞こえてビクッてなった。
 あれ、この声。

「ネコが騒いでるから何かと思って来てみたら……これはさすがに看過できないよね、深月」
「…………平井?」

 この状況を見て冷静に近づいて来る平井の姿に違和感を覚える。ちゃんと平井なのに、何か雰囲気が違う?
 それにネコって……。

「深月は偉いな、ちゃんと分かるんだ?」
「えっと……」
「でも、今はこっちが先だね。深月、手を貸して」
「あ、うん…………っ痛…!?」

 俺の隣に腰を落とした平井がいつもと変わらない笑顔で手を出して来るから、俺もいつも通り普通に乗せたらおもむろに人差し指を噛まれた。
 何で? と思って平井を見ると、その口に見知った物があって驚く。

「ほら、早く飲ませて」
「……う、うん」

 呆然と見てると平井に促される。そうだ、今は何よりも先輩だ。
 気にはなるけど、俺は片手で先輩の口を開けて僅かに血が流れている指を差し込んだ。少しでも飲んでくれれば治るはずだがら、親指で根元から押し出すように喉の奥へと落とす。
 お願い、飲んで、先輩。

 周りにいる人たちが静かなのが怖い。今の状態じゃ何をしてるのか分からないと思うけど、先輩の傷が治れば嫌でも気付かれてしまうはず。
 何度も親指で人差し指を擦って奥に垂らしていると、先輩の喉が上下したのが分かった。
 その瞬間、顔の擦り傷とか頭の怪我が治り始めて俺は目を瞬く。

「さすが番の血だね。強力」

 平井の言葉に確信めいたものを感じていると、小さく吐息を漏らした先輩がゆっくりと目を開ける。
 途端に背中でざわめきが広がった。

「…っ…先輩!」
「……深月?」
「先輩、大丈夫か? 痛いとこない?」
「……ん、大丈夫だよ。ごめんね、怖かったよね」
「ううん。でも、飲んでくれて良かった……」


 安堵から涙を流す俺の頬を先輩の手が撫でてくれる。暖かい、ちゃんと生きてる。良かった、本当に良かった。
 起き上がる先輩の背中を支えて手伝い、ポケットから出したハンカチで血の跡とか汚れを拭いていると、様子を見ていた平井が呆れたように息を吐いた。

「若様、身を呈して番を守るのは結構ですが、せめて軽傷で済ませて頂けませんか?」
「……しの?」
「おかげで、深月にもみんなにもバレましたよ」
「…………そっか」
「なぁ、二人は……」
「怪我人はどこだ!」
「角材が倒れたって……あれ?」

 やっぱり二人は知り合いなんだ。どういう繋がりなのかを聞こうと思ったのに、先生たちが来て声が掻き消される。でも雰囲気がおかしいのを察してか眉を顰めて俺たちに近付いてきた。

「櫻川が怪我してるのか?」
「いえ、もう大丈夫です」
「大丈夫って、地面に血がついてるけど」
「もう治りましたから」
「治った?」
「……化け物」

 先生と先輩が話しているのを交互に見ていると、不意に誰かが呟いた声が耳に響いた。
 ビクリと震えたのは俺の肩だ。

「深月くんの血……飲んでたよな…」
「しかも傷、完全に治ってるし……」
「化け物だ…」
「先生! そいつ人間じゃない!」
「は? 何を言って……」
「人の血を吸う化け物だ!」

 違う、違うよ、先輩は化け物なんて呼ばれる人じゃない。
 何も怖い事なんてないのに、優しい人なのに。

「なぁ、噂の時計塔の怪物って、もしかしてコイツの事なんじゃねぇの?」
「マジかよ。俺ら今まで怪物とクラスメイトだったのか」
「ま、待って、みんな……」
「もしかして、深月くんも怪物?」
「え」
「違うよ」

 血が必要なのは人とは違うけど、それ以外は同じだって言おうとしたら見た事ないくらい怖い目が向けられて、固まっているとぐいっと肩が引かれて先輩の大きな手が俺の目元を覆い隠した。

「怪物は俺だけ」
「あ、俺も庇ってくれるんですね」
「……あとこの子」
「容赦ないなー」
「先輩……平井……」
「深月は何も心配しなくていいからね」

 しなくていいって言われても、今の状況はどう考えても良くない。ここにいる人たちは、事情を知らない先生以外は先輩の事怖がってる。
 昼休み前までは教室で話してた人でさえ睨み付けてるんだ。

「とにかく、保健室に行こう」
「お前たちは教室に戻りなさい」

 塞がれた視界の外で、先生たちがそう言ってるのが聞こえる。でも先輩は中々離してくれなくて、周りが静かになった頃にやっと手が外されて一瞬眩しさで変な顔をしてしまった。
 振り返ろうとして、今度は抱き締められる。

「櫻川、元橋も教室に戻らないといけないから」
「……あの、櫻川先輩、今ちょっと落ち込んでて。深月がいると安心するみたいなんで一緒にいさせてあげてくれませんか?」
「……そうなのか……分かった。今回に限り許可しよう」
「平井は戻りなさい」
「はい。……深月、後で話そうね」
「うん」

 にこっといつもの笑顔を浮かべた平井が、俺の頭を撫でて立ち上がり教室の方へと歩いて行った。

 何か、頭の中ぐちゃぐちゃだ。
 弓塚の時だって、あれだけバレる事が怖かったのに、先輩の命と天秤にかけたらバレる方が良いって思ったとはいえ、本当にバレると不安で仕方がない。
 平井が先輩と同じだって事は分かったけど、何で今まで隠してたのとか、何で先輩との関わりがない振りしてたのとか、聞きたい事は山ほどある。

「櫻川、立てるか?」
「理人先輩」
「……そんな顔しないで、大丈夫だから」

 怪我はもう大丈夫だろうけど、先輩の心は大丈夫じゃない。でも今の俺に出来る事は先輩の傍にいる事くらいだから、必要としてくれるならずっといるつもりだ。
 俺と先生で支えるようにして保健室に行って診で貰ったけど、やっぱり傷は完全になくなってたし、拭き取れなかった血が付いてたくらいで何も問題はないって言われた。

「良く分からないが、とりあえず櫻川は寝ていなさい」
「元橋、先生ちょっと保健室から出るけど、あと頼んで大丈夫か?」
「うん、任せといて」
「何かあったら職員室に知らせに来てくれ」
「はい」

 ビシッと敬礼して先生たちを見送った俺は、ベッドに入って座っている俯いてる先輩の近くに行ってカーテンを閉めた。椅子はあるけど、ベッドの縁に腰を下ろしてネクタイを外す。

「先輩、もうちょっと飲んどく? 結構血が出てたし」
「………………」
「先輩?」
「…………深月のためならバレてもいいって思ってたのに、いざそうなると結構キツいね」
「…あ………ごめんなさい、俺が勝手に……」
「深月は俺のために動いてくれたんでしょう? むしろ俺の方こそ巻き込んでごめんね」
「巻き込まれてない」

 何でそんな他人事みたいに言うんだ。逆に巻き込んだのは俺だ。俺があそこで立ち止まったから庇ってくれた先輩が怪我したのに。
 ムッとしてボタンを外し上履きを脱いでベッドに上がった俺は、先輩の後頭部に腕を回して首筋へと引き寄せた。

「ほら、飲んで」
「…………」
「……? せんぱ……んっ」

 少し待ったけどピクリともしない事を不思議に思い声をかけようと手を離したら、今度は顔を上げた先輩に腰を抱き寄せられてキスされた。
 そのまま舌が入ってきて、いつもより乱暴に口の中を舐め回される。
 酸欠になるギリギリで離れたから俺は息も絶え絶えなんだけど、先輩は眉を寄せて苦しそうな顔をして目を伏せた。

「大好きだよ、深月。ずっとずっと、深月だけを愛してるからね」
「……せん、ぱい……?」
「それだけは忘れないで」

 切実な声と意味深な物言いに言い様のない不安を感じて伸ばした手が掴まれ先輩の頬に当てられる。
 さっきとは違ってふわりと微笑んだ先輩は手を離すとベッドを叩いた。

「少しだけ寝るから、深月は教室に戻ってもいいよ。しのと話もあるんでしょう?」
「でも……」
「大丈夫、深月のおかげで怪我は治ったし。ただちょっと疲れたから休みたいかなって」
「……分かった。ちゃんと寝ててな? 放課後また来るから」
「うん。ありがとう、深月」

 そうだよな、あんな事あったんだから疲れてるよな。
 俺はボタンを止めて、先輩にネクタイを締めて貰ってからベッドから降りてジャケットを羽織る。

「じゃあ先輩、また後でな」
「うん。……深月」
「?」
「ごめんね」

 何がごめんねなのかは分からなかったけど、俺は曖昧に頷いて保健室を後にした。


 この時、怒られても嫌がれてでも傍にいるべきだったんだ。
 絶対離れないって言うべきだった。

 俺が〝ごめんね〟の意味を知った時にはもう、何もかもが遅かった。
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