怖がりな少年は時計塔の怪物に溺愛される

ミヅハ

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分家と末端

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 先輩が吸血鬼だって一部の人たちにバレた日の放課後、保健室に行ったらもう寮に戻ったって言われて驚いた。いつもなら絶対待っててくれるのに、今日は先に帰った? それだけしんどかったのかな?
 まぁ明日も会えるし、その時聞けばいっか。
 俺も寮に戻った後は平井と話す事になってるから部屋で待ってなきゃだし、仕方ないからそのままダッシュで学校を出た。

 あの日から翔吾は部活があってもなくても就寝前の点呼まで戻って来なくなった。
 おかげで秘密の話がしやすいんだけど……分かってるけどまだ胸が痛い。本当に友達でさえなくなったんだなって思い知らされるから。

 着替えてぼんやりしてると、扉がノックされて平井が入って来た。

「今大丈夫?」
「うん、入って」
「飲み物とお菓子持って来たよ」
「あ、ありがとう」

 これからたぶん深刻な話をするはずなんだけど、コイツには緊張感とかないのか。
 平井は俺の向かいに座ると間にお菓子を置いて炭酸飲料を渡してくれた。残念ながらテーブルなんてものはここにはないからな。
 いつもの平井と変わりないから、昼休みに見たアレは錯覚だったんじゃないかって思ってしまう。
 ってか、何から話せばいいんだろ。

「…………」
「深月、全部説明するから聞きたい事一個ずつ言ってみなよ」
「聞きたい事…………平井は先輩と知り合いなのか?」
「あはは、まずはそこなんだ」

 いや、一番大きな問題だと思うけど。
 平井はミルクティーを開けて口を付けるとあっさり「うん」と頷いた。

「生まれた時から、俺は若様の影として生きてきたんだ」
「影?」
「深月は、吸血鬼の事をどこまで聞いてる?」
「えっと……人を同じ吸血鬼には出来ない事と、血は少しでいいけど絶対飲まないといけない事、唾液が傷を治してくれる事、記憶が消せる事、先輩は多少なら自分で怪我を治せる事……くらいかな」

 先輩は聞けば答えてくれるけど、俺が難しい事が苦手だからそんなに深くは聞かなかったんだよな。
 けどそれを聞いた平井は意外そうな顔をして何やら考え込む。

「もっと深くまで話してると思ってた」
「俺が聞かなかっただけだよ」
「そっか。……えっと、若様は分家の跡取りな訳だけど、本家がなくなった今、末端の俺たちを纏めてるのが唯一の分家である櫻川家で、現状一族の中では櫻川家が最強なんだけど……大丈夫そう?」
「う、うん」
「櫻川家の子供は若様しかいないから、末端の俺たちにとっては絶対失えない人で、一番年が近い奴が影として守る役目を担うんだ。何かあった時、盾になれるように」

 ……って事は、平井は先輩が危ない目に遭ったら身代わりになるのか? この現代で? 時代錯誤にも程がある。
 でも生まれた時からそう言われてるんなら、それが当たり前だと思うよな。

「平井もやっぱり吸血鬼なんだよな?」
「うん。でも末端も末端だから、ほぼ人間と変わらないよ。牙は生えるけど血も必要としないし、瞳は金色にはならない。ただやっぱり、銀製の刃物はダメなんだけどね」
「弓塚は? 養子だから吸血鬼じゃないけど、小さい頃は理人先輩と一緒にいたんだろ?」
「俺は影だからね。その頃は表には出ないで護衛してたから、弓塚とは面識がなかったんたよ。ただ同じ格の家として弓塚家は知ってたし、転校して来た時はちょっと驚いた」

 なるほど。先輩と平井の関係は良く分かった。
 つまり先輩の家が一番偉くて、平井の家はその部下って事だな。上司の息子を命懸けで守らないといけないとか、ブラックにもほどがある。
 ってか、吸血鬼界隈にそういう概念あるんだろうか。

「しのって呼ばれてたな」
「あれ? 深月、俺の名前知らなかったっけ?」
「知ってるよ。しのぶだろ?」
「良かった。さすがにクラスメイトには覚えてて欲しいからね」
「ちゃんとみんなの名前覚えてる」
「深月は偉いなー」

 にこっと笑った平井は俺の頭を撫でると、チップス菓子の封を切ってパーティー開けにすると一つ摘んで俺の口元へ差し出して来た。いつもの事だから普通に食べたんだけど、同じようにチップスを口に運んだ平井が「うーん」と呟く。

「?」
「こんなところを若様に見られたらヤバいなって」
「何の事だ?」
「それだけ番の存在って大きいんだよって事。それにしても、現代では奇跡とまで言われてる番を若様が見付けただけじゃなく、交際にまで発展させたのはすごいというか何と言うか……しかも相手は深月って」
「何だ、文句か」
「まさか。若様にとっては僥倖だったろうなって思っただけ」

 どういう意味だ?
 ってか、今更だけど番って男同士もありなんだな。あれ? でもそうなると先輩の跡を告げる人いなくないか?
 俺は当たり前だけど子供産めないし、先輩も無理だろ? いくら吸血鬼といえど……え、もしかして可能だったりする?

「吸血鬼って口から卵産んだりするのか?」
「え、何それ気持ち悪い。どこ情報?」
「……いや、何でもない」

 そもそも卵から生まれるとは限らないんだよな。
 あからさまにどん引いてる平井にへらっと笑って首を振り、今度は自分でチップスを取って食べた。先輩はチョコメインで持ってくるから、たまに食べるスナック菓子がすごく美味しく感じる。

「そういや平井はさ、先輩の話しても俺と先輩が付き合った事知っても何の反応もしなかったよな」
「そりゃ関わりあるって周りに気付かれたら守れないだろ? 俺が若様と同じ高校にいるのは影としてなんだし。まぁ今回は予想外過ぎて守れなかったんだけど」
「あれは俺のせいだから……」
「不可抗力だろ。あそこに立て掛けた業者も悪いし、いきなり吹いた突風も悪い」
「あそこで立ち止まった俺も悪いよ」

 少しでも前か後ろにいたら先輩が俺を庇って怪我をする事もなかったんだから。
 苦笑した平井は手を伸ばして俺の頭をポンポンと叩くと俺が好きなビスケットとチョコが一体になってるお菓子を渡してきた。

「他は? 聞きたい事ある?」
「……吸血鬼になる方法はないのか?」
「え。……あー……深月、そこまで若様の事考えてくれてんだ? でも残念ながら、現代にはその方法はない。役に立てなくてごめんな」
「平井が悪い訳じゃないだろ」
「別に吸血鬼にならなくても、若様は普通に年取るし寿命が来たら召されるんだから拘らなくても良くない?」
「先輩と一緒がいいっていう俺の我儘だよ」

 一緒に年取れるからいいとかじゃなくて、ただ同じものになりたいなって思っただけだ。そうしたら俺も怪物になれるから。
 先輩だけが怖がられなくて済む。

「とにかく、今回の件は俺と若様でどうにかするから、深月はあんまり気に病むなよ?」
「うん。……あ、そういや平井はあそこで何してたんだ? コハクといなかったか?」
「コハク?」
「あ、えっと、先輩の眷属のネコ。元々名前付いてたらしいから、コハクって呼んでる」
「ああ、だからコウモリもネコも深月に懐いてるのか。そう、あの時コハクと話してた。まぁ近況報告的なやつだね」

 そうだったのか……ん? じゃああのゾワゾワした感覚は何だったんだろ。
 うーんと首を傾げながら考えていると、時計をチラ見した平井は大きく息を吐いてから立ち上がる。

「もしまた聞きたい事あったら言って。そろそろ食堂開くし、行こうか」
「え、もうそんな時間か。ありがとな、平井。いろいろ教えてくれて」
「どういたしまして。っても若様の家の話しかしてない気がするけど」
「ううん。おかげで先輩の事もっと知れたし、嬉しかった」
「深月はホントにいい子だな~。若様の事、宜しくね」
「任せとけ」

 これからは先輩ともっといろんな事を話そうと思う。知ってる事も知らない事もたくさん。先輩は絶対教えてくれるから。
 もしかしたら明日は休むかもしれないけど、明日じゃなくたって昼休みはいつだって来るしな。

「よーし、食べるぞー!」
「その意気だよ、深月! ファイト!」

 腕を上げて気合いを入れた俺は、盛り上げてくれる平井にニカッと笑うとお菓子を片付けたあと並んで食堂に向かった。

 この時の先輩がどんな気持ちを抱いているかもしれないで。
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