4 / 6
糸口ー1
しおりを挟む
絶対に捕まえる、安原がそう呟いたあの日から2年。
屋上から侵入した形跡はなく、防犯カメラの映像に怪しい人物が映っていたこともなく、周辺住民の聞き込みからも何も得ることはできなかった。結局ホシは見つからないどころか、どうやってあの部屋に入って盗品を運び出したのか今も分からないまま、この事件は忘れ去られようとしていた。
大きな動きがあったと言えば、盗品が1つを除いてすべて署に送られてきたことくらいだった。当然のことながら送り主の住所も名前もでたらめで、指紋も取れず、犯人に繋がる何かを特定できるような物証は何一つ出てこなかった。
義賊のつもりであるならば、また同じような事件が起きるだろうとも思っていたが、この4年間、そういったことは一度もない。
安原は、これまでにない屈辱感を覚えていた。
盗みが行われたことは分かっているのに、手口も証拠も何一つ見つけられない。犯行があった事実だけを残して他は綺麗さっぱり消してしまうなんて、そんな魔法みたいなことがあってたまるか。
何か、大事なことを見落としたんだという思いは今も安原の中でくすぶり続け、こうしてあの事件の資料に目を通しながら、当時のことを思い返す日々を送っている。
ヤツを捕まえるまでは、現場を離れるわけにはいかない。安原が今も警部補という立場に留まり続けるのには、そういった強い執念があったからだった。
◇
「いや、1つ足りねぇな」
犯人から送られてきた盗品を確認しながら、水成がポツリと呟いた。
「この目録に載ってるものは、全部あったぞ」
オークション用に作られたというリストを掲げながら野中がそう言ったが、水成は一通りを再度じっくり見渡してから首を横に振り、やっぱり足りない、と訴えた。
「俺、盗んだものは全部覚えてるんだよ。だから管理を任されてたんだけどさ。ルビーみてぇな赤い石があったはずなんだけど、それがどこにも……」
「……ルビー“みたい”?」
「ああ、鑑定したらニセモンだったんだ。何かの石だってことは分かったみてぇだけどな。特に価値はねぇって言われたモンだから、ボスがリストに載せるなって」
「なんでそんなモノを、他の貴金属と一緒に大事に保管してたのよ」
「んー、それなんだけどよ」
麻木の問いかけに、水成は首をひねりながら腕を組んだ。
「ボスがえらく気に入ってたんだよなぁ」
「ホンモノが幾つもあるのに、ニセモノの石を気に入っていたの?」
「ホンモノだろうがなんだろうが、ボスは基本的にモノ自体には無関心だったんだ。それを売ってカネにするってこと以外興味のない人だったんだけど、何でかその石には妙に執着してたって言うか……」
◇
当時のやり取りを、安原はいまも鮮明に覚えている。そして、その時覚えた予感も。
盗品を盗んだ犯人の目的は恐らく、そのニセモノの石だったんだろう。何か深い思い入れがあるのか、それとも実は知られざる価値のあるものなのか、それは分からない。鑑定を依頼されたという宝石商にも聞き込みをしたが、ルビーを模して造られたガラスではなく、鉱石らしきものであることは間違いないが、何かは分からないという答えしか得られなかった。
ニセモノの赤い石。それが何であるかが分かれば、ホシに近づけるのではないか。繋がったのはたった1本の細い糸だが、その端を掴んだのなら、手繰り寄せることはできる。
その糸が切れてしまわないように。
安原は慎重に、その機会が訪れるのをいまも待ち続けている。
「まだ諦めてないからな」
静まり返る室内に、安原の呟きが響いた。
屋上から侵入した形跡はなく、防犯カメラの映像に怪しい人物が映っていたこともなく、周辺住民の聞き込みからも何も得ることはできなかった。結局ホシは見つからないどころか、どうやってあの部屋に入って盗品を運び出したのか今も分からないまま、この事件は忘れ去られようとしていた。
大きな動きがあったと言えば、盗品が1つを除いてすべて署に送られてきたことくらいだった。当然のことながら送り主の住所も名前もでたらめで、指紋も取れず、犯人に繋がる何かを特定できるような物証は何一つ出てこなかった。
義賊のつもりであるならば、また同じような事件が起きるだろうとも思っていたが、この4年間、そういったことは一度もない。
安原は、これまでにない屈辱感を覚えていた。
盗みが行われたことは分かっているのに、手口も証拠も何一つ見つけられない。犯行があった事実だけを残して他は綺麗さっぱり消してしまうなんて、そんな魔法みたいなことがあってたまるか。
何か、大事なことを見落としたんだという思いは今も安原の中でくすぶり続け、こうしてあの事件の資料に目を通しながら、当時のことを思い返す日々を送っている。
ヤツを捕まえるまでは、現場を離れるわけにはいかない。安原が今も警部補という立場に留まり続けるのには、そういった強い執念があったからだった。
◇
「いや、1つ足りねぇな」
犯人から送られてきた盗品を確認しながら、水成がポツリと呟いた。
「この目録に載ってるものは、全部あったぞ」
オークション用に作られたというリストを掲げながら野中がそう言ったが、水成は一通りを再度じっくり見渡してから首を横に振り、やっぱり足りない、と訴えた。
「俺、盗んだものは全部覚えてるんだよ。だから管理を任されてたんだけどさ。ルビーみてぇな赤い石があったはずなんだけど、それがどこにも……」
「……ルビー“みたい”?」
「ああ、鑑定したらニセモンだったんだ。何かの石だってことは分かったみてぇだけどな。特に価値はねぇって言われたモンだから、ボスがリストに載せるなって」
「なんでそんなモノを、他の貴金属と一緒に大事に保管してたのよ」
「んー、それなんだけどよ」
麻木の問いかけに、水成は首をひねりながら腕を組んだ。
「ボスがえらく気に入ってたんだよなぁ」
「ホンモノが幾つもあるのに、ニセモノの石を気に入っていたの?」
「ホンモノだろうがなんだろうが、ボスは基本的にモノ自体には無関心だったんだ。それを売ってカネにするってこと以外興味のない人だったんだけど、何でかその石には妙に執着してたって言うか……」
◇
当時のやり取りを、安原はいまも鮮明に覚えている。そして、その時覚えた予感も。
盗品を盗んだ犯人の目的は恐らく、そのニセモノの石だったんだろう。何か深い思い入れがあるのか、それとも実は知られざる価値のあるものなのか、それは分からない。鑑定を依頼されたという宝石商にも聞き込みをしたが、ルビーを模して造られたガラスではなく、鉱石らしきものであることは間違いないが、何かは分からないという答えしか得られなかった。
ニセモノの赤い石。それが何であるかが分かれば、ホシに近づけるのではないか。繋がったのはたった1本の細い糸だが、その端を掴んだのなら、手繰り寄せることはできる。
その糸が切れてしまわないように。
安原は慎重に、その機会が訪れるのをいまも待ち続けている。
「まだ諦めてないからな」
静まり返る室内に、安原の呟きが響いた。
2
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる