1:細糸

四ツ橋ツミキ

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糸口ー1

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 絶対に捕まえる、安原やすはらがそう呟いたあの日から2年。

 屋上から侵入した形跡はなく、防犯カメラの映像に怪しい人物が映っていたこともなく、周辺住民の聞き込みからも何も得ることはできなかった。結局ホシは見つからないどころか、どうやってあの部屋に入って盗品を運び出したのか今も分からないまま、この事件は忘れ去られようとしていた。

 大きな動きがあったと言えば、盗品が1つを除いてすべて署に送られてきたことくらいだった。当然のことながら送り主の住所も名前もでたらめで、指紋も取れず、犯人に繋がる何かを特定できるような物証は何一つ出てこなかった。

 義賊のつもりであるならば、また同じような事件が起きるだろうとも思っていたが、この4年間、そういったことは一度もない。

 安原は、これまでにない屈辱感を覚えていた。

 盗みが行われたことは分かっているのに、手口も証拠も何一つ見つけられない。犯行があった事実だけを残して他は綺麗さっぱり消してしまうなんて、そんな魔法みたいなことがあってたまるか。

 何か、大事なことを見落としたんだという思いは今も安原の中でくすぶり続け、こうしてあの事件の資料に目を通しながら、当時のことを思い返す日々を送っている。

 ヤツを捕まえるまでは、現場を離れるわけにはいかない。安原が今も警部補という立場に留まり続けるのには、そういった強い執念があったからだった。





「いや、1つ足りねぇな」

 犯人から送られてきた盗品を確認しながら、水成みずなりがポツリと呟いた。

「この目録に載ってるものは、全部あったぞ」

 オークション用に作られたというリストを掲げながら野中がそう言ったが、水成は一通りを再度じっくり見渡してから首を横に振り、やっぱり足りない、と訴えた。

「俺、盗んだものは全部覚えてるんだよ。だから管理を任されてたんだけどさ。ルビーみてぇな赤い石があったはずなんだけど、それがどこにも……」
「……ルビー“みたい”?」
「ああ、鑑定したらニセモンだったんだ。何かの石だってことは分かったみてぇだけどな。特に価値はねぇって言われたモンだから、ボスがリストに載せるなって」
「なんでそんなモノを、他の貴金属と一緒に大事に保管してたのよ」
「んー、それなんだけどよ」

 麻木あさぎの問いかけに、水成は首をひねりながら腕を組んだ。

「ボスがえらく気に入ってたんだよなぁ」
「ホンモノが幾つもあるのに、ニセモノの石を気に入っていたの?」
「ホンモノだろうがなんだろうが、ボスは基本的にモノ自体には無関心だったんだ。それを売ってカネにするってこと以外興味のない人だったんだけど、何でかその石には妙に執着してたって言うか……」





 当時のやり取りを、安原はいまも鮮明に覚えている。そして、その時覚えた予感も。

 盗品を盗んだ犯人の目的は恐らく、そのニセモノの石だったんだろう。何か深い思い入れがあるのか、それとも実は知られざる価値のあるものなのか、それは分からない。鑑定を依頼されたという宝石商にも聞き込みをしたが、ルビーを模して造られたガラスではなく、鉱石らしきものであることは間違いないが、何かは分からないという答えしか得られなかった。

 ニセモノの赤い石。それが何であるかが分かれば、ホシに近づけるのではないか。繋がったのはたった1本の細い糸だが、その端を掴んだのなら、手繰り寄せることはできる。

 その糸が切れてしまわないように。

 安原は慎重に、その機会が訪れるのをいまも待ち続けている。

「まだ諦めてないからな」

 静まり返る室内に、安原の呟きが響いた。







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