家出した伯爵令嬢【完結済】

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「失礼ですが、伯爵家の令嬢が十分な供も付けずどのようなご用件で？」

「かねてより隣国の薬草に興味があり、この旅で見に行きたいと思いまして。そこまでの滞在を予定していないので軽装なのです。何でしたら中を見ていただいても構いませんよ」

「い、いえ。そのようなことは…分かりました。こちら側はお通し致します」

「ありがとうございます」

「そうだ！伯爵令嬢一行というには少数ですし、今は隣国の国境警備隊長殿が来ておられますので少々お待ちください」

衛士が門を通してくれた後に、隣国の検問所へと走っていく。さっき言っていた警備隊長を呼びに行っているのだろう。

「リーナは国境警備隊って分かる？」

「名前だけですが。隣国の国境を守るための軍で西側と東側の2隊あります。こちらは東側で、その隊長ですから王都から遣わされた地方の将軍という役どころに近いですね」

「そんなえらい方がいるなんて運が悪いのかしら…」

「どうでしょう？真面目な方なら逆に守ってくださるかもしれませんわ」

そんな話をしていると件の隊長とやらが出てきた。青い髪に意匠の施された金属鎧を身に付けた、精悍な顔つきの男性だ。

「あなたがグレンデル王国の伯爵令嬢カノン＝エレステン様ですか？」

「はい、よろしくお願いいたします」

「我が国の薬草に興味がおありとのことですが、カノン様は王立の研究所所属のはず。ご連絡頂ければこちらから満足な量をお渡し致しますよ」

やっぱり、私が何で今日来たのかをいぶかしんでいる様だ。私はみんなに目配せして覚悟を決める。

「あまりお聞かせできる話でもありませんので奥の部屋を借りられますか？」

「では、お嬢様。私も一緒に行きます」

アーニャがついてきてくれるというので頷く。私も他国の人に説明するのに混乱しないとも限らない。アーニャは物怖じしない性格なのでこういう時助かる。

「それではお聞かせ願えますか？」

奥の部屋で警備隊の隊長と私とアーニャだけになり、私はこれまでの事情を話していく。勿論『魔力病』の薬のことについては触れずに。

「なんと…では、第2王子殿下はあの難病を克服されたと！」

「はい、ですがそのために今までの私の研究が無駄とおっしゃられまして。父にもこのままですとどのような沙汰を言い渡されるかと思うと…」

「研究の為に多くの犠牲を払ってきたあなたに何たる無体なことを。騎士の風上にも置けません」

まあ、殿下は騎士でもないから仕方ないんだろうけど。

「わかりました。ここでお止めしてしまったらあなたの身に不幸が訪れるでしょうし、通行を許可します」

「本当ですか？」

「はい。ただ、この地方の領主は中々に強欲なので北に行くとよいでしょう。北の領主はここの領主に比べれば幾分落ち着いていますから力に成ってくれますよ」

「ありがとうございます。しかし、そのような情報までいただいてよろしいのでしょうか？」

「あなたの名声はこの国でも知っているものはいるのです。かの研究所の成果がここ数年出すぎているとね。その足取りを調べればあなたが入ってから数年間で増えているのですから当然ですよ。何なら北の領主に会えるように手紙を書きましょうか？」

「お願いします！よかった～、あなたのような方に出会えて…」

「お嬢様」

「あっ、すみません。礼儀のなっていない令嬢で…」

「構いませんよ。それだけ一所懸命にやられていたという事ですから。では、こちらのメイドに手紙を持たせますので外で待っていてもらえませんか？」

「はい。手間をかけます」

アーニャを残して私は外へと出る。一先ずこれで目処はたったし一安心かな。



「さて、これで二人きりとなったが、間違っていたら許してもらいたいのだが君は王家の『影』かな」

「！さすがは国境を守る騎士様ですね」

「あまりに見事すぎるメイドとしての振る舞いに違和感を覚えたので。他国に入れるかどうかなのです。少しぐらいは緊張するものですよ」

「用件は何でしょう？」

「かの令嬢がこの国に入ることは願ってもないことです。しかし、他国の『影』と知っていて通すわけにはいきません」

「それなら大丈夫です。私はお嬢様の『影』ですので」

「主君を替えるという事かい？」

「元々、我らの一族は一人の主君に仕えるのです。今更、主を替える気になどなれません」

「だが、他のものに気づかれでもすれば危険だろう？」

すると彼女は突然服に手を入れる。何をするのかと思ったら机の上にジャラジャラと金属類が置かれていく。

「どこにこれほどの暗器を…」

「コルセットの中やドレスなど女性の服には秘密が多いのです」

たしかに、これを他国の貴族の前で見せるなど王家の『影』にはできないだろう…。

「分かった。信用しよう。では、この手紙と地図を持って行ってくれ。ここの丸のところが領主の直接治めている街だ」

「私のようなものを信用いただきありがとうございます」

「いや、こちらこそ手間をかけた」

話し合いもそこまでと彼女と一緒に部屋を出ていく。



「遅かったわね、アーニャ」

「はい。隊長様に地図ももらい、場所を教えてもらっていたので…」

「そうなの。ありがとうございます」

「礼は不要だ。道中気をつけて」

「はい！」

無事に関所を抜けた私たちは一路、警備隊長の案内してくれた都市へと向かう。とはいっても今日中には着けないので今日はこの先の街で一泊だ。

「それにしても隊長さん優しかったしお礼がしたいけど、名前も聞いてなかったわね」

「そうでしたね。お嬢様もそういうところにきちんと礼を尽くさねばなりませんよ」

「は～い」

関所を抜けた先にはすぐに街が見えた。ここは旅人や商人たちが入出国に利用する街でにぎわっている。

「では、宿を取ってきますので…」

街の中で一旦馬車を止めアーニャが宿を探しに行く。たまに思うけど、アーニャは男爵令嬢なのによく街のことを知っていると思う。私なんて領地のことは全く知らないのに。機会があればこれから街のことを知っていきたいと思う。それから、10分ほどでアーニャは戻ってきた。

「いい宿が見つかりました。馬車も預かってもらえるところですよ」

「流石アーニャね。でも、高かったんじゃ…」

「貴族として泊まると目立ちますからね。商家の娘が泊まるという事で話をつけてきました。お嬢様も注意してください」

「わかったわ。部屋は？」

「申し訳ありませんが、商家の娘で使用人ごとに部屋を取るのはおかしいのでお嬢様と私とライグ夫妻の2部屋になります」

「私は構わないわ。よろしくね、アーニャ」

「はい！」

そうして馬車ごと宿に泊まった私たちは家出した1日目を終えたのだった。ちなみにアーニャが床で寝るとうるさかったので抱きついて寝ました。



一方、関所を私たちが過ぎた頃。

「隊長。珍しく他国の貴族が通ったって聞いたんだけど」

「ああ、グレンデル王国の伯爵令嬢カノン＝エレステンだ」

「へえ～、思い切ったことをしたもんだね」

「なんだ、グルーエル知っていたのか？彼女の話では昨日のことみたいだが」

「うん。ちょうどいま知らせを受けててね。お誘いをかけようと思ってたんだけど、手間が省けたね。それで、どこに向かうって言ってたの？」

「この国のことは知らないようだったからうちに案内した。ここの領主は捕まえたら離さないだろうからな」

「まあ、あの成果を知っていればね。王国もかわいそうにね。あの子の薬があればどれだけ儲かるか…」

「そんな感じではなかったがな。ただの普通の令嬢だった」

「普通ねぇ～。何なら囲っちゃえばいいじゃん。フィストが」

「な、何を言っているんだ！彼女とは歳が…」

「彼女いくつだっけ？18か…。全く変じゃないよ。知ってる？レイバン侯爵の新しい奥さん16歳だよ、自分はもう43なのに。それを考えたら24と18じゃない？」

「そうは言ってもな。向こうだってこんなむさくるしいのは嫌だろう？」

「じゃあ、邸に着いたら聞いてみなよ。なんだったら僕が聞いてあげるよ。ちょうど、次の任務まで休暇でしょ」

「頼むから変なことはしないでくれ」

「それはそうとその机の武器何？君いつからそっちの仕事も受けるようになったの？」

「あっ…。これは彼女のメイドの忘れ物だ。今度返さないとな」

「確認するけど何人分？」

「何を言ってるんだ、1人だ。大体、黙って出てきたのにそんなに多くの使用人を連れて来られないだろう」

「この量を一人かぁ。うちにも欲しいねぇ～」

「そういう性格の相手でもないから無理だと思うがな」

「なら、彼女の安全のために裏で警護をつけるっていえばいけるかもね」

相変わらずうちの隊の副隊長は腹黒いやつだ。この国境警備隊は表向き各方面の防衛組織だが、内実は他国の間者とこちらの諜報員の情報を収集して回るのが主な仕事だ。爵位に関係なく向いていると思われるものが優先的に配置される。そして、代々の諜報員のまとめ役は副隊長の方だ。隊長に至ってはそのことを知らぬまま任期を終えるものもいるほどだ。全く、こういう手合いは敵に回したくない。