13 / 49
13
しおりを挟む「明後日に旦那様のご両親がこちらにお見えになります」
初めての街の散策を終えて休んでいると、そう急に告げられた。
「だ、旦那様の両親ってもしかしてフィスト様の…」
「もしかしなくてもです。隠居されているとはいえフィスト様はまだ24歳。実権があると言っても発言がひっくり返ることもあります。きちんとマナーを学びましょう」
「は、はい…」
フィスト様から両親の話は聞いたことがなかった。どんな方たちなのか判らないし、迷惑かけてばかりの私なんかが会ってもいいのだろうか?
「お嬢様は現在この邸に住まわれているだけではなく、子爵として庇護下にあります。ご挨拶に行くのが筋なところを向こうから来訪されるのですから、くれぐれも失礼があってはいけませんわ」
「そうなんだ」
それからは一旦、研究所は昼過ぎまでで残りをマナーに当てた。フィスト様に聞いたら温厚だけど、自分に面倒を押し付けて何をしに来るのか理由がわからないと言っていた。だけど、ちょっぴりうれしそうにしていたのは言わないでおいた。
「アルフレッド!何か手紙に書いたか?カノンのことも書いて送った時に、何も反応はなかっただろう?」
「さてどうですかな?私はいつも通り報告書を送っただけですので…」
「もう少し、こちらが落ち着いたころであればよかったものを」
「あの、私お邪魔でしょうか?」
「カノンが邪魔だなんてことはない。まあ、こっちも都合がいいかもしれん。これで両親にもカノンが認められれば晴れて、侯爵家で異論を言うものはいないし、他領からも口をはさみにくくなるだろう」
「旦那様をまだまだ若造と侮られる方々もおられますからな。大旦那様たちが認めて下されば憂いも消えましょう」
「じゃあ、私すごく頑張らないといけません」
「カノンはそのままでも大丈夫だ。俺が保証する」
「フィスト様…」
「お嬢様、そう言われて何もしないのはダメですよ。それは普通の令嬢の話です。まだまだ、マナーの勉強は終わっておりませんわ」
「そ、そうだった…。頑張らないと。研究所のみんなにも迷惑かけちゃうしね」
いつか言われた通り、彼らは私の領民なんだから。人数なんて関係ない、守らないといけない人たちだ。それに私だってこの邸にいたい。その為の努力なら頑張れるような気がする。
「そうですわ、お嬢様。段々と、ナイフとフォークの使い方も様になってきていますわ」
「よし!この調子で頑張る!」
「はい、この調子でより腕を磨きたいと思います」
「…この調子でより腕を磨きたいと思います」
「きれいな所作で先ほどのような言葉遣いの方が、より失礼だと思われる方もおられます。注意なさいませ」
「はしたないところをお見せいたしました」
「では、続けましょう」
どちらかだけでもマスターできていればこんなに慌てずに済んだのに。そうして瞬く間に日は過ぎていき、とうとうフィスト様のご両親が来訪される日となった。
「マナーばかりで、どのような方かお聞きする暇もありませんでしたが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。最低限、礼節ができていれば何も言われることもないだろう。どうせ、俺に小言を言って帰るだけだ。去年もそうだった」
「えっ!?まだ今年はお会いになっていないのですか?」
「ああ、隠居してからというもの地方を回り、家にいないことも多いらしい。優雅な暮らしだよ」
「でも、楽しそうですわね。私は川を見たことはありますが、海は見たことはありませんし」
「そうなのか。なら、いつか行ってみるか?」
「そうですね。きっと、海の中にしか生えない薬草などもあるのでしょうし」
「…ああ、そうだな。そうだよな」
何でしょう?フィスト様のテンションがちょっと下がったような…。
ポコ
「いたっ!」
「お嬢様、普通の令嬢はいかに研究者とは言え、そこで海の薬草見てみたいとは言いませんわ」
「うっ、気をつけます」
そうだった。今日は初顔合わせなんだから少しでもいい印象を与えないと。
「大旦那様、大奥様がご到着なさいました」
メイドたちもビシッとする。みんなもいつもより緊張している様だ。
ガチャリ
「「「「おかえりなさいませ、大旦那様、大奥様!」」」」
「ああ、ただいま。とは言っても家督も譲ったことだし変じゃないかな。カーラ」
「あなた、困らせてはいけませんよ。久しぶりですね。フィスト、アルフレッド。それにあなたが…」
「は、はい。カノンドーラ=ライビル子爵です。この度、陛下より爵位を賜り、こちらのお邸に住まわせていただいております。普段は隣の薬学研究所の所長を務めております」
「ほう?なんでも『魔力病』治療薬を作ったとか。さぞ、恵まれた環境だったのでしょうな」
「父上!」
「フィスト様、大丈夫です。はい、王国で所員だったころから多くの方に助けられてここにたどり着けました」
「うむ、家のことは聞き及んでいる。この邸では息苦しいところがないかな?息子はこの通り融通が利かぬようになってしまって…」
「その様なことはありません!きちんと供のものも付けていて…」
「まあまあ、旦那様。せっかく大旦那さまと大奥様が邸に戻られたのです。座られてはどうでしょう?」
そういえば、まだ自己紹介の途中だったわと私たちは広間に行き座る。勿論当主はフィスト様なので、フィスト様が中央奥、大旦那様たちが左側で私が右側だ。
「ああ、そうだわ。私達今日はカノン様のことも聞きたくてこっちに来たの。お付きの方もどうぞ座られて、いいわよねフィスト?」
「ああ、リーナたちも座ってくれ」
「しかし…」
「では」
スッ
リーナが遠慮していると、アーニャは分かりましたと私の隣に座る。この子はほんとに私なんかより貴族が向いてるんじゃないだろうか?もちろんれっきとした貴族なんだけれど。
「リーナ様もお時間を取らせては逆に失礼ですよ」
「…分かりました」
「2名だけですか?」
「もう1名、私の夫がいるのですが、料理人でして今は厨房に居ります」
「では、仕方ありませんね」
「私はどうすればよろしいでしょうか?」
ジェシカが涙目で私を見てくる。確かに彼女は付いてきてはいないけど私付きではある。
「ジェシカも今は私付きだから一緒に座ってくれる?」
「は、はい、失礼します」
それから、私がこの邸に初めて来たときのようにここまで来た理由を話した。
「苦労したのねぇ~。うちの息子だったら途中で投げ出しているわ」
「いえ、フィスト様でもきっとできたと思います。それにこうして私は国を出てしまったのです」
「気にすることはない。確かに貴族には貴族の役割がある。しかし、カノン嬢は政略結婚の相手にこれ以上ないというぐらい尽くしておるし、その過程で多大な貢献と利益を国や領にもたらしておる。その上で裏切られたのだからもはやその矜持に縛られることがおかしいのだ。あなたは立派な貴族だ。生まれてから今までずっとな…」
「うっぅぅっ…」
私は当たり前のことをしただけで褒められることなんてないと思っていた。ましてや、ずっとこの国に来てからは国を捨てたとそう思って過ごしてきた。それをフィスト様のお父様は国や家が裏切ったと、私は当然のことをしたんだと言って下さった。もしそれが嘘だとしても、そんなことを言ってもらえる日が私に来るなんて。
「ど、どうしたカノン?父上がおかしなことを言うから…」
「ちがう、ちがうの…うれしいの。私がここにいることが当たり前だって言ってもらえて…」
その後も10分ほど私は泣き続けた。その間、フィスト様とアーニャが背中をさすってくれ、リーナやジェシカは一緒に泣いてくれた。
「落ち着いたか?」
「ご、ごめんなさい。はっ!申し訳ありませんでした急に…」
「私も済まなかった。遠慮なしに言いすぎたようだ」
ぶんぶんと首を振って否定する。それからは穏やかにこれまでのことを話せ、話も弾んだ。
「そういえば、そのネックレス素敵ね」
「は、はい。フィスト様と出かけたときに買って下さったものなんです」
「へぇ~、お前もそんな気遣いができるようになるとはな」
「なら、このお話もちょうどいいかもしれませんね」
「話?」
「ええ、実は先日旅をしているときにレイバン侯爵様から娘をどうかとお話を頂いたの。あの家も後妻の方が入られたし、娘さんも22歳。あなたとさほど年も違わないしどうかと思って。あなたが女性の扱いもできないままだったら帰ろうかと思っていたのだけど、この調子なら問題なさそうね」
そう言いながら、大奥様は釣り書きをフィスト様に渡し、フィスト様もそれを見ている。
「い、いや。しかし…ですね」
こちらをフィスト様がちらりとみる。きっとお優しいフィスト様のことだから、その方が来られたら私がまた行き場がなくなるのではないかと心配されているのだろう。
「フィスト様。わ、私なら研究所もありますし、近くに家を建てさせていただければ結構ですので!」
「…一旦、考えさせてくれないか母上」
「あら、ありがとう。いい返事を期待しているわ。今日は泊まっていくから一晩、考えなさい」
そっか、フィスト様はお嫁さんを迎えるんだ。だって前にジェシカが小説のことで話をしていたもの。『お嬢様、この男性が考えておくってシーンですけど、実はもうこの時は答えが出てるんです。だけど、カッコよく決めたいから場所を決めて返事をするつもりなんですよ』って。きっと、フィスト様もさっきの釣り書きを見て好きになっちゃったんでしょう。それに親から言われた婚約話なら貴族にとっては半分決定事項なようなものです。
それからもお話は色々したけれど、私の頭にはあまり入って来なった。
110
あなたにおすすめの小説
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。
aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる