家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩

文字の大きさ
45 / 49
2人の王子 情と欲

4

しおりを挟む
いよいよクレヒルトの入場となった。ふと、あいつが今何を考えているか考える。カノン嬢に事実上の絶縁を告げるときの姿を想像しているのだろうか?はたまた、自分がエディン嬢と幸せに微笑んでいる姿を思い描いているのだろうか?

「どっちにせよ。今日ここまでの舞台だがな。初めてで唯一の舞台だ。精々楽しむといい」

「それでは本日のパーティー主催者であるクレヒルト殿下の入場でございます!」

兵士が高らかにそう宣言すると、再び閉ざされていた扉が開きクレヒルトが入場する。しかもなぜかエディン嬢を伴って。会場の貴族たちは一様に驚いている。まあ、無理はないだろう。婚約発表だと思っている中で全く見知らぬ令嬢を伴って会場入りをすればな。見ればクレヒルトはエディン嬢に何か声をかけて歩いている。励ましでもしているのだろうか?愚かなことだ。

「全く、こんな光景を見られるなら絵描きでも呼べばよかったな」

見れば大公殿も大口を開けてポカーンとしている。自分のことはさておいて、あの大公殿に大口を開けさせるとはユーモアのセンスだけは私よりあったようだ。

「皆さま、本日は私の快復祝いのパーティーへようこそ!かねてより療養を余儀なくされていた私だが、今回ようやく本格的に動けるようになった…」

つらつらとクレヒルトが向上を述べている。まあ、このあたりは文官が用意した言葉であるだろうから特に問題はないようだな。もっとも、周りはその横の女は誰だと気が気でないようだが。

「…そこでだ。皆も私の病気が急に治って驚いているだろう。私もこれに関しては驚いた。だが、何ということはないこれを癒せるものが存在したのだ!!」

おおっ!と諸侯もその声に答える。きっと彼らは彼女が薬の開発者で、特別に今回だけカノンではなく彼女をお礼を兼ねて連れてきたと思っていることだろう。

「そ、それは何でございましょう」

貴族のひとりが我慢できずに尋ねる。彼は確か親族に魔力病の者がいたはずだ。つい口が出てしまうのも無理もないだろう。

「うむ、よい質問だ!それこそが彼女が私にもたらした”愛の力”だ」

「あ……い……?」

言葉は理解しただろうが、質問した彼は時が止まったように動かない。噂によれば彼は私財をかなり投入してこれまで研究所や薬に手を出しているというから、それはそうだろう。貴族が八方手を尽くして無駄足であるのに愛で解決したと言われては彼の立つ瀬がない。何より貴族であるなら後継者のいる家ならとっくの昔に切り捨てているところだ。愛情の深さで言えば、陛下にも並ぶだろう。

「そ、そ、それで殿下は本日どうしてエディン嬢をエスコートされたので?」

どうやらエディン嬢を知っている貴族もいた様だ。もちろん彼の顔は蒼白だ。エディン嬢の人柄もよく知っているのだろう。

「皆も知っているだろう。私とカノン嬢はかねてより婚約状態にあった。しかし、それはあくまで彼女と彼女の家が私の病気を治せる努力をしていたからだ。だが、結果として私の病を治したのは彼女の愛だった。つまりはそういうことだ」

なるほど。カノン嬢との婚約は魔力病を研究し、克服するということだからそれを成し遂げたエディン嬢こそが婚約者にふさわしいという論法か。事実であるならそこそこ説得力がある説明だな。もっとも、すでに彼女の研究は魔力病を抜きにしても重要な研究ばかりで、それだけでも国単位で価値のあるものだが。

「そ、それではカノン嬢は?」

「無論、今まで私に対して尽くそうとしてくれたことは歓迎する。しかし、こうなった以上は仕方あるまい」

先ほどから陛下が話をしないと思ったら、あまりのことに理解が追い付いておらず、隣の宰相に話をしている。宰相殿からしても寝耳に水でむしろ説明を求めたいだろうに。それにしても言ったぞというクレヒルトとエディン嬢のざまあみろという顔。案外あの二人の相性はいいのかもしれんな。

「まあ、私としてはまっぴらごめんだが…さて、そろそろ出番だな」

話の流れからして、そろそろ婚約破棄を告げる頃合いだろう。このチャンスを逃すわけにはいかない。そっと、幕から抜け出して会場近くへと向かう。

「で、では、娘は?婚約はどうなるのです!」

「エレステン伯爵!確かに、そなたの娘はよい働きもあるようだが、今回のエディン嬢の功績とは並び立つものではない!」

「そ、そんな…」

確かに並び立つものではないだろう。彼女の発明品は世界中が注目するのだから。王族による縛りがなければ今日明日にも婚姻先が決まるだろう。

「皆もよく聞け!この場を持って私、クレヒルトとカノンの婚約を破棄し、新たにこのエディン嬢と婚約を結ぶものとする!!」

「お、おお。流石は殿下、素晴らしき御采配です」

皆があっけに取られている中、アルター侯爵が祝いの言葉を述べる。まあ、貴族派の彼からすればこの事態こそ願ったりかなったりだろう。大躍進すること確実なエレステン家を王族から取り上げ、無能な夫婦のご機嫌取りさえすればよいのだから。

「クレヒルト。祝いの席に来たと思ったらこれはどういうことだ?」

「あ、兄上!視察に行かれたのでは?」

「あちらに関してはある程度当てが出来たのでな。どうしてもお前の晴れ姿を見たかったのだが、これはどういうことだ?」

「そ、そうだ。クレヒルト!婚約破棄など…」

「父上まで。これはもう私が決めたことです。それに今日は私がすべてを取り仕切るはず。兄上とて異論は受け付けませんよ」

「お前の決めたことだ。それに関しては何も言うことはない。だが、カノン嬢は数年間お前の婚約者として認知されてきた。今更、婚約破棄となっては彼女はどうなるのだ?」

「それなら御心配には及びません。私がきっと良い縁談を見つけます!」

「この歳になって王族から婚約破棄を告げて、まともな相手が見つかると思うのか?お前が考えているよりも彼女の縁談はそう簡単ではない」

無論、これは普通の貴族令嬢の話だ。彼女ならよい縁談は腐るほどあるだろうが、ここで決めてしまわねばな。

「ですが、兄上…」

「では、こうしよう。彼女の縁談については私が引き受けようではないか。エレステン伯爵もそれなら問題ないだろう?」

「は、はい!」

急に話を振られたエレステン伯爵は思わず返事を返す。なんにせよこれで言質は取れたな。

「兄上が?しかし、兄上にはすでに婚約者が…」

「無論それは理解している。しかし、このような騒ぎになってしまってはよい縁談は難しいだろう。幸いにして、この国では第2夫人を娶ることも問題ない。これ以上ない縁だとは思わんか?」

「あ、兄上がよろしいのでしたら…」

相変わらず想定外のこととなるとすぐに思考が止まる奴だ。もっとも、そのお陰で今回はスムーズに進みそうだが。

「お、お待ちください、レスター殿下。それでは…」

「アルター侯爵。貴方も貴族であるならこの婚約破棄がいかに大きいことかわかるだろう?王族による不利益を埋められるのもまた王族なのだ」

「しかし…」

「くどい!さあ、カノン嬢。急なことで疲れているだろう。あちらに来るといい、エレンディア。君も来たまえ」

「は、はい…」

一度この場から離れてしまえば、後でどうこう言おうと問題あるまい。婚約者であるエレンディアも連れていくことで、大公も表立った反対も出来ぬだろう。まだ、戸惑っているカノン嬢と婚約者を伴い、私は用意していた別室へと向かった。
しおりを挟む
感想 115

あなたにおすすめの小説

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

婚約破棄? 国外追放?…ええ、全部知ってました。地球の記憶で。でも、元婚約者(あなた)との恋の結末だけは、私の知らない物語でした。

aozora
恋愛
クライフォルト公爵家の令嬢エリアーナは、なぜか「地球」と呼ばれる星の記憶を持っていた。そこでは「婚約破棄モノ」の物語が流行しており、自らの婚約者である第一王子アリステアに大勢の前で婚約破棄を告げられた時も、エリアーナは「ああ、これか」と奇妙な冷静さで受け止めていた。しかし、彼女に下された罰は予想を遥かに超え、この世界での記憶、そして心の支えであった「地球」の恋人の思い出までも根こそぎ奪う「忘却の罰」だった……

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

処理中です...