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本編

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お嬢様は変わり者


わたしはサリア、現在8歳。数年前まで下町に暮らしていた。戦争に行った父は帰ってこず、母親も病に倒れた。
今日もわたしは盗んだり配給の列に並んで飢えをしのぐ。もう少し体が大きければ仕事もできるのにそれも叶わない。

「ねえあなた、おうちの人は?」

身なりのいい子供が話しかけてくる。きっとこの子の中では私のような存在は考え付かないのだろう。返事をするのも疲れるので放っておいた。

「ねえいないの?ねぇってば!」

「放して!いないわよ」

服をつかまれてイライラした私は突き放すように言った。早くどっかへ行ってほしい。

「じゃあ、うちに来ない?今うち人手が足りないの」

「なにいってるの?あなたみたいな子供が言っても仕事はもらえないわよ」

「できるよ。ちょっと待ってて」

そういって幼女はかけていって馬車にいる人に話しかけていた。やたらいい馬車だ。どこかの商人の子供だろうか?

「わたし付きってことで許可もらってきたよ」

そういってピョンピョン跳ねながら幼女が戻ってきた。彼女の言葉が真実かどうかより日々を生きるだけにつかれたわたしは黙って彼女についていった。そして、彼女の家だという邸を見ておどろいた。彼女はこの王国でも知らぬものはないという貴族の令嬢だったのだ。

「今日からあなたの家はここだよ!」

そう言いながら元気にはしゃぐ彼女を見て私は思った。クロス侯爵家長女、リーア・クロス。

お嬢様は変わり者だ。



お嬢様はさみしがり


わたしが引き取られて数日がたった。お嬢様の言葉通り侯爵家では現在、働き手が不足していた。戦争が終わったとはいえまだ復興途中であり、領地にも多くの人員を割くため、王都の邸には少数の人員しかいなかった。

「いいですか、あなたはお嬢様の専属侍女となります。本来であれば、貴族の長女か子爵家以上のものが当たることが慣例ですが、先の戦争により臨時的かつ、お嬢様の多大な好意によりあなたはこの邸で働いていることを忘れないように」

「はい、侍女長」

わたしはお嬢様のたっての希望で専属侍女としての教育を受けている。厳しい指導だけどそれでもここは天国のようだ。衣食住が保証されているし、侯爵家の侍女の服もとてもいい生地だ。それにここに連れてきてくれたお嬢様の為に働けるのだ。正直、旦那様にも感謝しているが、ここまで一生懸命にはできないだろう。

そんな日々にも困ったことがひとつある。侯爵家も領地が大変なようで、お嬢様のお母様は現在領地にて領地経営の指揮を直接取られている。旦那様もお帰りが遅く、お嬢様はいつも一人でお休みになられているのだ。

「ねぇサリア~。きょうもいっしょにねて~」

「お嬢様。申し訳ありませんが、使用人の身分で主人とは寝られません」

「でも、サリアの主人は父様だよね?」

「書面上はそうですが、私はリーア様付きですので」

「だめぇ?」

くっ。またあの目だ。吸い込まれそうなあの目に何度も敗北を重ねてきてしまった。しかし、今日こそは心を鬼にしてやらねばならない。

「今までは私が甘やかしてしまっていましたが、今日からはダメです」

「今日も父様お仕事でひとりなの…」

ジーっと小さな双眸が私をとらえて離さない。いやしかし、今日こそは…数秒考えた後、私は言った。

「今日だけですからね。ちゃんと明日からはお一人で寝てください」

「やった。ありがとうサリア」

そういってすぐにお嬢様は布団に潜り込んでくる。お嬢様にありがとうと言われるたび私は胸がいっぱいになる。
何も返せない私へ常にお嬢様は与えてくれる。今日もその感謝を込めて…。

「おやすみなさいリーアお嬢様」

「おやすみなさい~」

そして今日も私は侍女長にお嬢様と二人で怒られる。旦那様は良いとおっしゃって下さるが、侍女長もお立場があるのだ。そして、怒られるときお嬢様は決まってちょっと私に寄りかかって服の裾をつまむ。

お嬢様はきょうもさみしがりやだ。



お嬢様はどっちがお好き


お嬢様の元にきて早一か月。自分のことはほぼこなせるようになり、お嬢様の身の回りのことも覚えだした。何でも貴族にはティータイムと言うものがあるようで、その作法などについても侍女長に教えてもらった。尋ねたら何でも答えてくれる侍女長はすごいと言ったら、それが当たり前であなたもできるようになりなさいと言われた。それがお嬢様の為になるなら今度は字を教えてもらっていろんな本を読もう。

今日はお嬢様のティータイムに初めて同席する日。いろんなマナーがあって所作もとても美しかった。お嬢様は一族内でも素晴らしいとの評価だが、素人の私が見てもとても美しい。まるで絵画のページを切り取ったみたいだ。ほうっとしていると侍女長からお声がかかった。

「次はあなたの番ですよ。お嬢様にお飲み物を」

「は、あい。お飲み物はどうされますか?」

噛んでしまったが何とか言えた。

「では、紅茶をおねがいサリア」

いつもとは違うトーンにドキリとしながら紅茶を入れる。習い始めてまだ2週間足らず。何とか入れてみた。

「いただくわ」

お嬢様が私の入れた紅茶を飲んでいる。そしてカップを置いた。

「ど、どうでしょうか?」

「いつも飲んでいる紅茶より不味かったわね」

「そうですか…」

判ってはいたことだけど直接お嬢様から言われてちょっとへこむ。でも顔に出さないようにして聞いてみる。

「お嬢様はコーヒーと紅茶どちらがお好きですか?」

「そうね。しいて言うなら紅茶かしらね。でも…」

「でも?」

「わたしはあなたの入れた紅茶が好きだから、早くうまく入れられるようになってね」

お嬢様は私の入れた紅茶がお好き。もっと頑張ろう。



お嬢様はドレスが嫌い


今日は私が来て初めてのお嬢様のドレスの採寸の日だ。子供の内はサイズがよく変わるので頻繁に来るのだそうだ。
男爵家や子爵家ならともかく、侯爵家のクロス家がぶかぶかのドレスを着ているなどあり得ないという訳で、現在お嬢様を捜索中だ。お嬢様は動くのに邪魔ということで普段から動きやすいものばかりを身に着けておられます。しかし、侯爵家で開くパーティーには出席することもありますので、今回のようなことが起こっているとか。

「サリア、お嬢様は見つかりましたか?」

「いえ、こちらでは見ておりません。中庭はどうでしょう?この時間はいることも多いですから」

「そうね、そちらも当たってみます。あなたは引き続きこの辺をお願いします」

「わかりました。こちらで捜索を続けます」

ぱたぱたと別の侍女が駆けていく。ほとんど音がしないのが素晴らしい。

「お嬢様。他の方はもう行ってしまいましたよ」

「ありがとうサリア。」

「でも、せっかく来ていただいているのですから、きちんと行って謝罪してください」

「そんな。サリアだけは味方だと思ったのに…」

「味方も敵もありません。必要なことをさせるのも仕事ですので」

「じゃあ、何でかばってくれたの?」

「いきなり採寸ということでは心構えもできないでしょうし猶予ですよ」

「そんな~」

「では準備ができましたら来てくださいね」

「…は~い」

それから10分後、観念したのかお嬢様は採寸に現れた。

お嬢様はドレスがお嫌いだ。



お嬢様は転生者


「ねえサリア、転生ってわかる」

いきなりそんなことを言われました。なんでしょう?さっぱりわかりません。今読んでいる書物にも出てきませんね。

「どういったものでしょうか?あいにくと全く存じ上げません」

「簡単に言うとね。死んじゃってからまた生まれ変わることかな」

「なにかでお読みになったのでしょうか?」

「そうね。死ぬ前の私がいた世界の本にこの世界の事を書いてある本があったの。だからこの世界の事は10年くらい先までわかるよ」

「では、お嬢様と私が出会うのもその本に書かれていたのでしょうか?」

「ううん。サリアの事はどこにもなかったよ」

「ではなぜ私を引き取ってくださったのでしょうか?」

「本の中ではね、私は学園に行ってそこでね、運命の出会いをするの。だけど、悪いことをしてつかまっちゃうんだ」

「その運命を変えるために私を?」

突拍子もない話で内容についていけないこともあるが、お嬢様の表情は真剣だ。

「違うよ。その本はね、いろんな話の結果が書いてあるんだけど、すべて私は追放されちゃうの。色んなことをして自分を見てもらおうと頑張るんだけど、全部失敗してね」

あきらめたような顔でつぶやくように語るお嬢様。

「だからサリアには覚えてもらおうと思って。どんなに無様でもこの世界に私がいたってことを」

「わかりました。このサリア、お嬢様にそのような顔を2度とさせないように今まで以上に頑張ります」

「そんなに頑張らなくても。サリアが来てくれて寂しくなくなったし、とっても感謝してるんだ」

「いいえ。お嬢様はとても心優しい方です。そのような方を貶めるようなことは許されません」

「かなわないなサリアには。じゃあ期待しないで待ってる」

「はい!承知いたしました」

その後、その本のことをお嬢様より聞き取りメモに取っておく。

お嬢様は転生者。ですが今はリーア・クロスお嬢様です。きっとお守り致します。

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