絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第2話_ギルドの受付嬢は策士

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 朝の鐘が鳴ると同時に、王都リオスト南東の広場は、活気に包まれ始めた。石畳の上を行き交うのは、剣士、魔術師、回復士、あるいは獣人の傭兵やエルフの狩人など、十人十色の冒険者たち。彼らの目的地はただ一つ――冒険者ギルド〈蒼盾〉本部だった。
  その門前で、葵翔は背中に包んだ鍛錬袋を抱え、壁にもたれていた。昨日の夏至祭の喧騒が嘘のように、この朝の彼には静寂が馴染んでいた。
 「やっぱり、来てた」
  軽快な声とともに、咲耶が現れる。緑の短衣にベルトポーチを携え、手には焼きたてのパンが二つ。
 「ほら、言ったでしょ。スパイス入りのパン」
  翔は無言で受け取ると、一口かじる。カリッとした表面の中に、ピリリと香る胡椒とハーブ。食べながら小さく頷く。
 「悪くない」
 「それ、最高の褒め言葉だって思っていい?」
  咲耶は茶目っ気のある笑みを浮かべながら、ギルドの自動扉に手をかけた。
  重厚な木製の扉が開くと、内部は既に冒険者で賑わっていた。受付は三列。掲示板には討伐依頼から物資の運搬、果ては迷子猫の捜索までずらりと並んでいる。
  だが、咲耶が直行したのは、正面左の奥――「新規登録・特殊対応窓口」の小さなカウンターだった。
 「ここが狙い目。普通の登録窓口だと、あっという間に情報が洩れるから」
  受付嬢は20代前半と思しき黒髪の女性で、いかにも事務に強そうな切れ長の目をしていた。名札には『カーラ』の文字。
 「新規登録ですか?」
 「はい、葵翔さん。昨日の刻印授与者です」
  その言葉に、受付嬢カーラがピクリと反応した。手元の魔導記録板をパラパラとめくり――止まる。
 「……“絆鍛冶師”、ですね?」
 「あら、やっぱり記録には入ってるのね」咲耶がわざとらしく言う。「でも詳細は非公開でお願いします。王家や印学会に騒がれたら面倒なので」
  翔は隣で無言のまま座っている。咲耶が主導権を握る形だ。
 「ご本人の承認は?」
  咲耶がちらりと翔を見やる。翔はパンの最後の一口を飲み込み、短く答える。
 「任せる」
 「……了解です。では、特殊スキル登録窓口へご案内します」
  ギルドの奥、魔導具で仕切られた半透明の小部屋。そこに通されると、翔は魔晶板の上に左腕を置き、スキルとジョブを正式に記録した。
  咲耶はその間、手際よく冒険者のランク申請書を作成している。職業未分類、戦闘支援系、製造スキル持ち。特例でDランクスタートを申請。
 「本来、製造系は最低ランクからなんだけど。珍ジョブの初動分析用って建前で通せば、一時的に上に置ける。依頼も選べるしね」
 「……情報屋向きだな、お前」
 「でしょ?」
  その後、窓口を通して正式な登録証が発行された。
 《冒険者証:葵翔/ジョブ:絆鍛冶師/ランク:D/所属:蒼盾本部/登録者:咲耶(ペア申請済)》
 「これで一応、ギルド内での基盤は整ったわ。でも、もう一つ必要な準備があるの」
  咲耶がそう言って立ち上がると、掲示板の前へと歩き出した。
 「私たち、当面は“特殊依頼”専門窓口で行く。物好きな依頼人相手に、あなたのスキルの実験も兼ねて。依頼を選べるだけ選んで、“縁”の鍛え方も確かめるの。そうでしょ?」
  翔はその言葉に、わずかに頷く。掲示板に並ぶ依頼の中から、咲耶が一枚を選んで翔に見せた。
 「――王都西郊、放棄庭園での植物異常繁茂。元管理人が行方不明、現場には立ち入り禁止。……どう思う?」
 「面白い」
  即答だった。咲耶は口元を緩め、依頼札を受け付け窓口へ提出した。
  こうして、奇妙な二人組の冒険者チームが産声を上げた。絆を鍛える鍛冶師と、策を重ねる情報屋。王都の風が、静かに新たな物語の始まりを告げていた。


 依頼先――王都西郊の放棄庭園は、かつて薬草の栽培に使われていた施設だったが、十年前の土壌崩壊と資金難で放棄されてからは、荒れ放題の状態となっていた。
  その庭園で、ここ最近になって突如として“植物の異常成長”が始まり、周辺住民や運送路に支障が出ている。元管理人も様子を見に入ったまま戻らない。放棄施設ゆえに王都行政が腰を上げず、ギルド経由の依頼となった。
 「初手から植物か……」
  翔は背中の鍛錬袋を軽く確認しながら呟いた。道具類の確認も済み、庭園の外壁前で咲耶と合流する。
 「依頼内容、再確認しておくわね。植物の異常成長、原因不明。魔獣化の兆候なし。管理人の行方は不明だけど、遺体確認もまだ。依頼報酬は通常Dランクの1.5倍」
 「いい条件だな。リスクに見合ってる」
 「それでも、誰も受けなかったんだから、逆に警戒するべきなのよ。特に“縁”で物を打ち出すあなたのスキルには、環境影響が未知数すぎるから」
  翔は返答せず、代わりに庭園の鉄門を一瞥する。咲耶が持つギルド証を見せると、結界が一瞬青く揺れて解けた。門が軋みを上げながら開く。
  中は――異様だった。
  庭園の敷地内はすでに“森”と化していた。地面は苔に覆われ、元温室だったガラス天井には、蔓草がからみついて陽光を歪めている。風が通らないはずの温室内に、不気味な囁きが漂っていた。
  咲耶がそっと呟く。
 「植物に魔力の偏り……間違いなく自然成長じゃない」
  翔は懐から鉄片を取り出し、それに自らの刻印を通して“縁”を呼び出した。浮かび上がったのは、薄く、しかし確かに光る糸。
  それは――彼の背後、咲耶とつながっていた。
 (咲耶との縁……“策を練る者”との協働)
  翔は静かに、鉄片を鍛錬袋の簡易台座に載せ、携帯用の魔導炉を起動した。軽く火花が弾ける。
 「……打つ」
  そう宣言し、翔はハンマーを振るった。振り下ろされた一撃に呼応するように、浮かび上がった縁が具現化し、刃となって現れる。
  咲耶が目を細めた。
 「……短剣? それも……薄刃型ね。切れ味よりも、速さと隙間狙いに適してる」
  翔は頷いた。
 「ツタを断つには、太い斧より細い刃だ」
  咲耶はその選択に満足げに頷き、翔の背に回って周囲を警戒する。
 「じゃあ、前方任せた。私は情報を拾いながら支援する」
  二人は足並みを揃え、温室の中心へと進む。途中、絡みつくツタが翔に襲いかかるが、即座に薄刃の短剣で斬り払う。
  だが、その刹那、温室全体に異変が走った。
  中心の大樹が、わずかにうごめいた。
  その下に――一人の人影があった。
  泥に覆われた布服、意識を失ったまま横たわる老年の男。依頼に記されていた元管理人だった。
 「見つけた!」
  咲耶の声と同時に、温室の地面が波打つ。根が、地面の下から隆起し、翔たちを取り囲んだ。
 「……自動防衛機能? いや、これは植物の“共鳴”……!」
  咲耶が驚愕する中、翔は静かに短剣を構えた。
 「斬る。“縁”で、守るために」
  咲耶が、思わず笑みを漏らす。
 「……やっぱり、いい選択をして正解だった」


 根の群れは、まるで意志を持つようにうねりながら翔たちに迫ってきた。複数のツタが空中を這い、地面から槍のように突き上げてくる。
 「まずい、包囲される……!」
  咲耶が後方へ下がりながら叫んだその瞬間、翔の足元の“縁”が光った。
  刹那、翔はもう一つの糸を見出す――それは、自分と咲耶との間だけでなく、“依頼人”である元管理人と翔の間に、微かに繋がっていた“過去の記憶”。
  子供のころ、翔が草むらで転んだ際、黙って手を貸してくれた一人の男――それが、あの管理人だった。
 「……そうか、お前だったのか」
  翔は即座にその“縁”を把握し、鉄槌を構える。魔導炉の熱が再び灯り、浮かぶ“縁”を素材として――翔は打った。
  叩き出されたのは、銀緑色の装飾を持つ刃。植物に共鳴する“命の短剣”。
 「――リンクフォージ・開花!」
  刃を振るった瞬間、刃先から放たれたのは斬撃ではなく、周囲の“魔力を和らげる波動”だった。
  暴走していた植物たちは、その波に包まれ、徐々に動きを緩める。
  地を這う根は沈静化し、大樹もまた、静かにその枝を垂らした。
 「……すご……」咲耶が声を漏らす。
  翔は短剣を地面に突き立て、深く息を吐く。
 「“縁”の根は、怒りじゃない。……助けを求めてたんだな」
  そっと、翔は大樹の根元に眠る管理人の腕を取り上げる。呼吸は弱いが、確かに脈はある。
 「生きてる。搬送できる」
  咲耶はホッとしたように息をつき、ギルドの緊急連絡用ルーンを取り出した。
 「……これで、初依頼は達成ね」
  庭園の中に差し込む朝陽が、今しがた沈静化した植物たちの上を照らしていた。暴走の元凶が完全に沈黙した今、その光はまるで、祝福のように見えた。
  やがて、ギルドの搬送班が到着し、管理人を無事に運び出す。二人はギルドへ戻り、依頼完了の報告を終えた。
  その帰り道。石畳を並んで歩きながら、咲耶がぽつりと口にした。
 「ねえ、翔。あなたのスキルって、本当に珍しいと思う。武器を打つってだけじゃなくて、“縁”そのものに反応して……人を救える」
 「……だから、やる」
 「うん、私も全力で支える。データ集めて、依頼選んで、全部最適化してあげる」
  翔は何も言わず、それでも確かに笑った。咲耶が見たのは、彼の口元がわずかに緩んだ、初めての“笑み”だった。
  その時、ギルド広場の中央にて、ある若者が掲示板に依頼を貼っていた。
 「ん、なんだこれ。“放棄庭園鎮静完了”? 依頼主の推薦つき……? “絆鍛冶師”? 聞いたことないジョブだけど……ちょっと気になるな」
  その声を、翔たちは聞いていなかった。
  だが、確かに彼らの名は、少しずつ王都に知れ渡り始めていた。
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