絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第16話 外洋特務艦〈ミラージュ〉

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 初雪の灯籠祭から三日後の朝――
  港湾都市リッシュの東外れにある軍港に、翔たちの姿があった。
  蒼銀の艦体が波間に光を反射し、甲板からは強化ガラスの観測球体が覗く。異国の意匠とリブラグノの技術が融合したようなその船の名は――〈ミラージュ〉。
 「おお……見ろよ、これが外洋特務艦ってやつか。王都じゃまずお目にかかれねえ設計だな」
  ブライセンが目を輝かせていた。彼は艦の舷側を軽く叩き、金属音に耳を澄ませる。
 「こいつぁ、波風どころか海魔の突撃にも耐えられるな。絶対に楽しい旅になるぞ!」
 「遊覧じゃないって、ブライセン」
  クリスティーナが即座に制した。無表情な声ではあったが、その視線は艦尾に揃う各国の紋章と、慎重に荷積みされる補給物資を見逃していない。
 「教団の本拠が外海にあると睨んだ王室直轄の命令だ。任務失敗は外交問題に発展するわ」
 「分かってるって。だけどこの船、血が騒ぐんだよ……!」
  翔は、そんなふたりのやり取りを背後から見つめながら、ふっと息をついた。
  《縁》は、静かに振動していた。
  港に集うのは、各地から招集された選抜調査員――その多くが、王族直属の騎士や高位魔導士。彼らの間に《絆鍛冶師》の翔がいることに、眉をひそめる者も少なくなかった。
 (わかってる。ここからは、名ばかりの希少ジョブでは通用しない)
  翔は、腰に提げた道具袋に手を当てた。咲耶が編成した作戦記録は完璧だったが、現場で何が起きるかは未知数だ。
  そのとき、咲耶が静かに翔の隣に並ぶ。
 「“縁”の脈はどう? 安定してる?」
 「……揺れてる。むしろ、この艦そのものが、複数の想いを交差させてるみたいだ」
 「なら、いい始まり。未知の地図には、いつだって交差点が必要になる」
  咲耶はそう言って、手元の記録板に何かを記して歩き出した。
  その背に目をやりながら、翔は船体へと視線を戻す。
 (この船に乗ることで、何かが変わる――)
  翔は確信した。この航海こそが、次なる《縁》の発火点となる。
  やがて艦の汽笛が鳴り、出航の合図が響き渡った。
  白銀の帆が風を孕み、〈ミラージュ〉が港を離れていく。
  リッシュの街並みが遠ざかり、潮風が甲板を包んだ。
  その瞬間、翔は感じた。自分の足元に、まだ名のつかない《縁》が、確かに生まれつつあることを。


 航海初日の昼過ぎ、甲板ではブライセンが特務艦の設備に歓声を上げ、クリスティーナが冷静に見張り任務を続けていた。
 「なあ翔! 見ろよこれ、真水濾過装置が艦内に四基もあるぞ! 中に浴場もあるって話だ!」
 「風呂? ……確かに長期任務には必要か」
  ブライセンの陽気さにはいつものことながら救われる。緊張の中で浮かぶ小さな笑いが、乗員の心をほどいていく。
  対照的に、船内では咲耶が操舵室の資料室にこもり、教団に関する航路データや外洋調査報告を確認していた。
  翔は休憩を申し出て彼女のもとを訪ねる。
 「休憩、しよう」
 「あと五分。……この航路、絶対に何か仕掛けがあるの」
  咲耶の指先が地図の一点を指し示す。そこは“霧の潮目”と呼ばれる海域で、数々の航路事故が発生していた。
 「この潮目、記録に残ってる以上に異常だわ。自然現象だけじゃ説明がつかない」
 「つまり、教団が《縁》を乱す細工を?」
 「可能性はある。そこで一度、皆の“縁の位相”を測っておきたいの」
  翔はうなずいた。船の進路だけでなく、仲間との《縁の座標》も安定しておく必要がある。
 「じゃあ、艦の中で一番“縁の干渉”が強い場所を探して、試してみる」
 「……それって、どこ?」
  翔は静かに答えた。
 「――エンジン炉心の下」
  そして翔は、静まり返る艦底へと向かった。
  炉心区画は立入制限区域だったが、艦長の許可を得たうえで翔はそこへ足を踏み入れる。
  耳を打つのは金属をうねるような振動音。艦の“鼓動”とも言えるそれに、《リンクスミス》のスキル〈リンクフォージ〉が反応を示した。
  翔は金床を広げ、静かに両の手を合わせる。
 「――〈リンクフォージ〉、展開」
  小さな火花が弾け、炉心の脈動に呼応するように《縁の糸》が浮かび上がった。
  赤、青、金、銀――
  仲間たちの想いが幾重にも交差し、波動を帯びて震えていた。
 (これは……)
  翔の額に汗が浮かぶ。波打つ“縁”の流れが不規則に歪み、ところどころが“切れかけて”いる。
 「この船の上では、外的な干渉が強い。霧の潮目……いや、もっと近くに異質な存在が――」
  思考の途中で、艦が急に大きく揺れた。
  金属音が響き、警報が鳴る。
 『緊急事態発生。艦外にて未確認の魔力源を感知――』
  翔は立ち上がると、炉心の《縁の糸》が向かう方向を見据えた。
 「……来るぞ」
  次回、深海の幻影《セイレーン》が現れる。


 甲板へ戻ると、すでにクリスティーナとブライセンが迎撃準備を整えていた。艦橋では魔導観測士が報告を繰り返す。
 「南南東、距離八百! 霧の中に魔力反応多数! 音波障害あり、魔術感知は不安定!」
 「これ……見覚えあるな」ブライセンが眉をひそめた。「以前、南列島の海で“海魔に歌われた”って話を聞いた。幻惑型の幻獣だ」
 「セイレーン……?」
  翔は反射的に〈リンクフォージ〉を構える。浮かび上がった《縁の糸》は、揺れ、そして震え始めた。
  艦の上空に“声”が降る。
  それは、音ではなかった。
  直接、心に語りかけてくるような――悲しみと誘惑の旋律。
  翔の頭の中にも、微かにかつての別れや喪失の記憶がざわめいた。
 「やばいぞ、これ……意識が攫われる」
  ブライセンが必死に耳を塞ぎ、甲板の乗員たちの中にはすでに倒れ込む者もいた。
  だが、咲耶は違った。
  彼女は艦の縁を背に、まっすぐ翔を見ていた。
 「“声”に飲まれないで。私たちは、ここにいる!」
  その叫びに、《縁の糸》が一瞬、明滅する。
  翔は直感する。この揺らぎを、歌の呪縛を打ち破るには、仲間全員の“声”を合わせなければならない。
 「皆、叫んでくれ。名前でも、思いでも、何でもいい。お互いを想って、声にしてくれ――!」
  琴音が真っ先に叫んだ。
 「翔ー! 私たち、どこにも行かないから!」
  志保が続く。「忘れたくても、忘れられないものがある。けど、前に進むって決めたんだ!」
  知也が囁くように言う。「仲間を信じる。だから、ここにいる」
  洋平は拳を握りしめて吠える。「理想は、ここにある! 絆ってやつが、俺たちをつなげてる!」
  クリスティーナも、珍しく声を上げた。
 「名を呼ぶ。あなたを、葵翔を、私は知っている……!」
  そのとき、翔のハンマーが、真の火を灯した。
 「――〈リンクフォージ〉、“縁歌のオルゴール”鍛造!」
  生まれたのは、七重の音を束ねる魔具。小さな金属球体が、霧の中に解き放たれると、そこから仲間の声が、光の波となって放たれた。
  幻影の“歌”と、仲間の“声”が交差する。
  そして、セイレーンの幻術が、解けていった。
  霧の向こうで、一瞬だけ影のように浮かび上がった巨大な女神の姿が、潮とともに消えていく。
  甲板には、ようやく静けさが戻った。
 「……やったな」
  ブライセンが笑い、翔はゆっくりとうなずいた。
  その夜、特務艦〈ミラージュ〉は深い潮目を超えた。
  けれど、誰もが知っていた。
  嵐は、これからだと。
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