17 / 40
第17話 深海の幻影
しおりを挟む
外洋特務艦〈ミラージュ〉は、白波を裂きながら進んでいた。
甲板の上には、潮風に髪をなびかせるブライセンと、記録紙を手にした咲耶がいた。翔は船尾に立ち、遠く広がる水面を黙って見つめている。
静かだ。陸にいた頃には聞こえなかった、海の呼吸のような波音が、耳に心地よい。
「おい、葵。なんか見えるか?」
ブライセンが後ろから声をかけてきた。翔は振り返らずに応じる。
「……何も。ただ、変だ。さっきから、縁の光が歪んで見える」
〈リンクフォージ〉によって感知する“縁”の残光。それは通常、誰かとの強い結びつきがあって初めて目に映るはずのものだ。だがいま翔には、見知らぬ“縁”が、海の底から這い上がってくるように感じられた。
不安定な光。それは、怒りと悲しみが渦巻くような、重たく冷たい縁だった。
――そして、次の瞬間。
船体が、わずかに揺れた。
「……今の、揺れたか?」
ブライセンが眉を寄せる。咲耶も記録紙から目を上げた。
「下層のバランサー系統に異常はないはず。波も穏やか……翔くん、今も感じる?」
「……もっと、強くなってる。来るぞ、これは――!」
警鐘が鳴るより早く、〈ミラージュ〉の左舷が突如大きく沈み込む。船体の防護結界が稼働する音が響き、咲耶は即座に指揮管に駆け込んだ。
翔は踏ん張り、両の掌を前に翳す。〈リンクフォージ〉が自動的に起動し、見えない“縁”を探る――が、通常の“個人との縁”ではなかった。広く、重く、数多の哀しみが混ざり合った、“群れ”のような存在だ。
「咲耶、これは――何か、深海から来る」
船体の揺れが、明確な音を伴って爆発した。海面を突き破って現れたのは、深海幻獣〈セイレーン〉――否、人の形をしたような“複数の”亡霊たち。
その顔は、朽ちたようにぼやけ、声なき歌を唇から漏らしていた。
乗員が一斉に耳を塞ぎ始める。
「幻惑音! これはセイレーン型の群体です!」
咲耶が警報用魔術石を作動させる。クリスティーナも指揮所から現れ、冷静に状況を分析する。
「乗員の半数が幻聴を受けている模様。直ちに干渉遮断処置を!」
ブライセンが叫ぶ。
「おい、葵! どうする気だ、これ全部が“敵”なのか!?」
翔は歯を食いしばったまま頷く。
「いや――全員が“敵”じゃない。これは……未練だ。沈んだ“縁”が形になってる」
「は?」
だが翔はもう答えず、右手に光を凝縮させていた。〈リンクフォージ〉の奥底から、一筋のイメージが浮かび上がる。
“この歌を断ち切るには、逆に“歌”で対抗するしかない”。
仲間の声を束ねる。それができれば、これら“悲しみの亡霊”との縁を変換し、解き放つことができる――。
「咲耶、皆の声を集められるか。琴音、今いるか!?」
「いるわよ! どうするの!?」
「俺に合わせて、声を送ってくれ。感情でも、叫びでも、歌でもいい。“いまを生きる”声だ!」
翔の声に、琴音が即座に反応した。
「いいわ! みんな、声を出して! 私のあとに続いて!」
甲板にいた仲間たちが、それぞれの声で応じ始める。ブライセンが咆哮し、知也が静かに詠唱を紡ぎ、咲耶は船内放送を通じて乗員に呼びかけた。
「恐れるな! この幻獣は、哀しみの亡霊たちだ。私たちは、生きている!」
無数の声が、重なっていく。
それは、怒号ではなく、勇気だった。
それは、歌ではなく、想いだった。
翔は両手を胸元に合わせ、構える。
「――〈リンクフォージ〉発動」
翔の胸元で、光の渦が鼓動する。
生まれたのは、小さな、だが確かな楽器。
――“縁歌のオルゴール”。
手のひらサイズのそれは、金属ではなく、まるで“記憶”で編まれたような温もりがあった。翔はそれを強く握り、甲板に立つ。
「聴いてくれ、これは――俺たちの、いまの声だ」
オルゴールが開き、仲間の声が旋律となって放たれる。そこに歌はなかった。叫び、祈り、呟き、泣き声すら交じる混濁の音。
だがそれが、確かに“縁”として束ねられた瞬間だった。
亡霊たちの幻惑の歌が、徐々に弱まっていく。
翔の目には、彼らの輪郭が人の姿に戻り始めているように見えた。
誰かの恋人。誰かの友。誰かの親。
そしてそれは、もう“怨念”ではなかった。
「ありがとう……帰るよ……」
声なき声が、海風に消えていく。
やがて波が静まり、セイレーンたちは海へと溶けるように消えた。
静寂が戻る。だがそれは、ただの沈黙ではなかった。
翔は膝をつき、深く息を吐いた。
そこへ、琴音が駆け寄ってきた。
「やったね、翔。……あんたの“縁”、やっぱりすごいわ」
翔は力なく笑った。
「いや……俺一人じゃ、絶対に無理だった。みんながいてくれたから、できたことだ」
咲耶が指揮所から戻り、手にしていた記録紙を渡す。
「記録はすべて残したわ。あなたのスキル……“縁歌のオルゴール”は、新たな分類に入る可能性が高い。“感情共鳴型鎮静具”。これ、治療にも応用できる」
「……そうか。なら、次に使うときは、誰かを苦しみから救えるように鍛えるよ」
ブライセンが肩を叩いてくる。
「いいぞ、鍛冶師。今の“縁の音”、あれは胸に響いた。お前の武器は、鉄じゃなくて、心を打つものなんだな」
翔は静かにうなずいた。海は再び、静けさの中に佇んでいた。
けれど、深海の奥底には、まだ多くの“縁”が眠っているのだろう。
未練。想い。名もなき祈り――それらに向き合う覚悟を、翔は新たにするのだった。
甲板の上には、潮風に髪をなびかせるブライセンと、記録紙を手にした咲耶がいた。翔は船尾に立ち、遠く広がる水面を黙って見つめている。
静かだ。陸にいた頃には聞こえなかった、海の呼吸のような波音が、耳に心地よい。
「おい、葵。なんか見えるか?」
ブライセンが後ろから声をかけてきた。翔は振り返らずに応じる。
「……何も。ただ、変だ。さっきから、縁の光が歪んで見える」
〈リンクフォージ〉によって感知する“縁”の残光。それは通常、誰かとの強い結びつきがあって初めて目に映るはずのものだ。だがいま翔には、見知らぬ“縁”が、海の底から這い上がってくるように感じられた。
不安定な光。それは、怒りと悲しみが渦巻くような、重たく冷たい縁だった。
――そして、次の瞬間。
船体が、わずかに揺れた。
「……今の、揺れたか?」
ブライセンが眉を寄せる。咲耶も記録紙から目を上げた。
「下層のバランサー系統に異常はないはず。波も穏やか……翔くん、今も感じる?」
「……もっと、強くなってる。来るぞ、これは――!」
警鐘が鳴るより早く、〈ミラージュ〉の左舷が突如大きく沈み込む。船体の防護結界が稼働する音が響き、咲耶は即座に指揮管に駆け込んだ。
翔は踏ん張り、両の掌を前に翳す。〈リンクフォージ〉が自動的に起動し、見えない“縁”を探る――が、通常の“個人との縁”ではなかった。広く、重く、数多の哀しみが混ざり合った、“群れ”のような存在だ。
「咲耶、これは――何か、深海から来る」
船体の揺れが、明確な音を伴って爆発した。海面を突き破って現れたのは、深海幻獣〈セイレーン〉――否、人の形をしたような“複数の”亡霊たち。
その顔は、朽ちたようにぼやけ、声なき歌を唇から漏らしていた。
乗員が一斉に耳を塞ぎ始める。
「幻惑音! これはセイレーン型の群体です!」
咲耶が警報用魔術石を作動させる。クリスティーナも指揮所から現れ、冷静に状況を分析する。
「乗員の半数が幻聴を受けている模様。直ちに干渉遮断処置を!」
ブライセンが叫ぶ。
「おい、葵! どうする気だ、これ全部が“敵”なのか!?」
翔は歯を食いしばったまま頷く。
「いや――全員が“敵”じゃない。これは……未練だ。沈んだ“縁”が形になってる」
「は?」
だが翔はもう答えず、右手に光を凝縮させていた。〈リンクフォージ〉の奥底から、一筋のイメージが浮かび上がる。
“この歌を断ち切るには、逆に“歌”で対抗するしかない”。
仲間の声を束ねる。それができれば、これら“悲しみの亡霊”との縁を変換し、解き放つことができる――。
「咲耶、皆の声を集められるか。琴音、今いるか!?」
「いるわよ! どうするの!?」
「俺に合わせて、声を送ってくれ。感情でも、叫びでも、歌でもいい。“いまを生きる”声だ!」
翔の声に、琴音が即座に反応した。
「いいわ! みんな、声を出して! 私のあとに続いて!」
甲板にいた仲間たちが、それぞれの声で応じ始める。ブライセンが咆哮し、知也が静かに詠唱を紡ぎ、咲耶は船内放送を通じて乗員に呼びかけた。
「恐れるな! この幻獣は、哀しみの亡霊たちだ。私たちは、生きている!」
無数の声が、重なっていく。
それは、怒号ではなく、勇気だった。
それは、歌ではなく、想いだった。
翔は両手を胸元に合わせ、構える。
「――〈リンクフォージ〉発動」
翔の胸元で、光の渦が鼓動する。
生まれたのは、小さな、だが確かな楽器。
――“縁歌のオルゴール”。
手のひらサイズのそれは、金属ではなく、まるで“記憶”で編まれたような温もりがあった。翔はそれを強く握り、甲板に立つ。
「聴いてくれ、これは――俺たちの、いまの声だ」
オルゴールが開き、仲間の声が旋律となって放たれる。そこに歌はなかった。叫び、祈り、呟き、泣き声すら交じる混濁の音。
だがそれが、確かに“縁”として束ねられた瞬間だった。
亡霊たちの幻惑の歌が、徐々に弱まっていく。
翔の目には、彼らの輪郭が人の姿に戻り始めているように見えた。
誰かの恋人。誰かの友。誰かの親。
そしてそれは、もう“怨念”ではなかった。
「ありがとう……帰るよ……」
声なき声が、海風に消えていく。
やがて波が静まり、セイレーンたちは海へと溶けるように消えた。
静寂が戻る。だがそれは、ただの沈黙ではなかった。
翔は膝をつき、深く息を吐いた。
そこへ、琴音が駆け寄ってきた。
「やったね、翔。……あんたの“縁”、やっぱりすごいわ」
翔は力なく笑った。
「いや……俺一人じゃ、絶対に無理だった。みんながいてくれたから、できたことだ」
咲耶が指揮所から戻り、手にしていた記録紙を渡す。
「記録はすべて残したわ。あなたのスキル……“縁歌のオルゴール”は、新たな分類に入る可能性が高い。“感情共鳴型鎮静具”。これ、治療にも応用できる」
「……そうか。なら、次に使うときは、誰かを苦しみから救えるように鍛えるよ」
ブライセンが肩を叩いてくる。
「いいぞ、鍛冶師。今の“縁の音”、あれは胸に響いた。お前の武器は、鉄じゃなくて、心を打つものなんだな」
翔は静かにうなずいた。海は再び、静けさの中に佇んでいた。
けれど、深海の奥底には、まだ多くの“縁”が眠っているのだろう。
未練。想い。名もなき祈り――それらに向き合う覚悟を、翔は新たにするのだった。
0
あなたにおすすめの小説
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。
そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。
過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
崩壊寸前のどん底冒険者ギルドに加入したオレ、解散の危機だろうと仲間と共に友情努力勝利で成り上がり
イミヅカ
ファンタジー
ハートとお気に入り登録、ぜひぜひお願いいたします!
↓簡単なあらすじは''もっと見る''へ!↓
ここは、剣と魔法の異世界グリム。
……その大陸の真ん中らへんにある、荒野広がるだけの平和なスラガン地方。
近辺の大都市に新しい冒険者ギルド本部が出来たことで、辺境の町バッファロー冒険者ギルド支部は無名のままどんどん寂れていった。
そんな所に見習い冒険者のナガレという青年が足を踏み入れる。
無名なナガレと崖っぷちのギルド。おまけに巨悪の陰謀がスラガン地方を襲う。ナガレと仲間たちを待ち受けている物とは……?
チートスキルも最強ヒロインも女神の加護も何もナシ⁉︎ ハーレムなんて夢のまた夢、無双もできない弱小冒険者たちの成長ストーリー!
努力と友情で、逆境跳ね除け成り上がれ!
(この小説では数字が漢字表記になっています。縦読みで読んでいただけると幸いです!)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』
KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。
日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。
アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。
「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。
貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。
集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。
そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。
これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。
今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう?
※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは
似て非なる物として見て下さい
社会の底辺に落ちたオレが、国王に転生した異世界で、経済の知識を活かして富国強兵する、冒険コメディ
のらねこま(駒田 朗)
ファンタジー
リーマンショックで会社が倒産し、コンビニのバイトでなんとか今まで生きながらえてきた俺。いつものように眠りについた俺が目覚めた場所は異世界だった。俺は中世時代の若き国王アルフレッドとして目が覚めたのだ。ここは斜陽国家のアルカナ王国。産業は衰退し、国家財政は火の車。国外では敵対国家による侵略の危機にさらされ、国内では政権転覆を企む貴族から命を狙われる。
目覚めてすぐに俺の目の前に現れたのは、金髪美少女の妹姫キャサリン。天使のような姿に反して、実はとんでもなく騒がしいS属性の妹だった。やがて脳筋女戦士のレイラ、エルフ、すけべなドワーフも登場。そんな連中とバカ騒ぎしつつも、俺は魔法を習得し、内政を立て直し、徐々に無双国家への道を突き進むのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる