絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第19話_仮面と真実

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 足音が、やけに硬く響いていた。
  古代都市アルカセル——それは海に浮かぶ巨大な遺跡都市であり、かつて海洋文明が栄えた頃の名残を留めていた。今や無人の幽霊都市となったその内部を、葵翔たちは慎重に進んでいた。
  「この中央神殿、構造が複雑すぎますね。地図通りに来てるはずなのに……あれ、ここで行き止まり?」
  肩から掛けた道具鞄をごそごそと漁りながら咲耶が眉を寄せる。
  翔はその横で、足元の石畳に視線を落とした。古びた紋様が刻まれた床には、かすかな揺れのような違和感があった。
  「……縁が、揺れてる。誰かが、この場所に嘘を塗り重ねてる」
  そう呟きながら、翔は〈リンクフォージ〉を起動する。微かに光を帯びた槌を取り出し、周囲の“縁の音”に耳を澄ませる。
  神殿内には、翔、咲耶、ブライセン、クリスティーナの四人がいた。洋平たち残りの仲間は、外周の警戒と通信支援に回っている。
  「こっちの壁。縁が薄い。隠し扉があるかも」
  翔の言葉を受け、クリスティーナが無言で前に出た。軍制仕込みの正確な所作で壁に手を当て、指先を滑らせる。
  数秒後、石の隙間に指をかけ、ガコンという音とともに隠し通路が現れた。
  「……案内、されてるみたいだな」
  ブライセンが不穏な笑みを浮かべ、手斧の柄を軽く叩いた。
  奥に続く暗い回廊へと足を踏み入れる。その最奥に、翔は感じていた。何か、ずっと胸にひっかかっていた“あの違和感”の根源が、ここにあると。
  ——扉の先。そこは神殿の祭壇だった。
  祭壇の中央に立つのは、漆黒のローブをまとった人物。顔は仮面で覆われ、その正体は判然としない。
  しかし、ただの密教徒ではない。仮面の奥から滲み出る“重さ”が、翔の全身に圧をかけてきた。
  「待っていたよ、葵翔。そして……クリスティーナ・ノルン・セラフィム」
  その声に、場の空気が一瞬で凍った。
  咲耶が目を見開き、ブライセンが足を止める。だが、一番大きく反応したのは——
  「やめろ」
  その一言を発したのは、他でもないクリスティーナだった。
  淡々と、だが、どこか震えるような声だった。
  仮面の人物は続ける。
  「君は血を偽り、名を偽り、自らを鎖で縛ってきた。だが、血筋は抗えない。君は“巫王の血”を継ぐ者。その宿命を否定することはできないのだ」
  「違う……私は、軍の副官。リッシュを守る盾……!」
  その瞬間、翔は彼女の“縁”を感じ取った。今まで、どこか曖昧だった彼女との絆が、はっきりとした形で現れた。
  ——それは、偽りと沈黙で覆い隠された哀しみの縁。
  翔はゆっくりと歩を進め、クリスティーナの傍らに立った。
  「大丈夫。……君が背負ってきたものを、否定するつもりはない。でも、もうひとりで背負わなくていい」
  「葵……翔……」
  翔は〈リンクフォージ〉を構える。そして、クリスティーナの手にそっと触れる。
  「君の縁、俺が受け取る。だから、偽らずに——君の本当の声を聞かせてほしい」
  彼女の瞳が、静かに揺れた。これまで一切見せなかった、感情の光がそこに灯る。
  そして彼女は、仮面を——外した。


 仮面が床に落ちる音は、不思議と静かだった。
  長く整えられた銀髪、端正に整った顔立ち、そして……その瞳には、涙が滲んでいた。
  クリスティーナ・ノルン・セラフィム。彼女の本当の名が、今ようやく、仮面の奥から現れた。
  「私は……“空白の巫王”の血を引く娘。私の存在そのものが、教団にとっては神具であり……王政にとっては脅威。だから……私には、“感情”なんて、あってはいけなかった」
  その告白に、誰も言葉を返せなかった。
  「でも……もう、隠さない。あなたたちに救われたこの日々が、私にとってどれほど……」
  その瞬間、翔の槌が静かに輝きはじめる。彼女の心の奥底で固まっていた“縁”が、やっと溶け出した証だった。
  翔は槌を掲げ、目を閉じて一打を放つ。
  カン、と響いたその音とともに、空気が澄んだ。
  生まれたのは、薄く透き通った銀色の指輪。感情を抑えてきた彼女のための、“心の守り”として鍛えられた——
  《無表情の指輪》。
  「これが……私の縁の形?」
  「そう。君の本心を否定しないまま、守る術だ。仮面を脱いでも、また傷ついても、何度だって立ち上がれるように」
  翔の声は穏やかだった。
  それを見たブライセンは、ふっと鼻で笑ってから言った。
  「ようやく人間らしい顔になったな。クリスティーナ。いや……ティナ、って呼んでいいか?」
  「勝手に……すればいい」
  小さく返したその言葉には、かすかな笑みが混じっていた。
  だが、安堵も束の間だった。
  仮面の教団幹部はその場でゆらりと身を翻し、背後の階段へと歩き出した。
  「ならば、それを“証明”してみせるがいい。巫王の器は、選ばれた存在。弱さなど必要ないと、私は思っているがね」
  その声が闇へと消えると同時に、神殿が軋んだ。
  「まずい、崩落だッ!」
  咲耶が叫び、全員が駆け出す。
  祭壇の床が崩れ、海水が吹き上がる。都市全体が崩壊の臨界点に達しようとしていた。
  翔は咄嗟に“縁杭”を抜き、通路の接合部に打ち込む。クリスティーナが翔を支え、ブライセンが後ろから二人を引き上げた。
  「おい、急げ! ここで情緒に浸ってる暇はねぇぞ!」
  「分かってる……けど!」
  翔は振り返った。闇の中に消えていく幹部の姿。
  逃した。
  だが、クリスティーナの手は、確かに翔の腕を強く握っていた。かつての鉄仮面の副官ではない。今ここにいるのは、自分の意志で立つ“仲間”だ。
  ようやく見えた、本当の顔。
  翔の胸に、確かな“縁の温度”が刻まれていた。


 神殿を脱出した一行は、遺跡都市アルカセルの外縁へと辿り着いた。崩壊の兆しはますます顕著で、海に浮かぶこの都市が“神の記憶”のように沈もうとしていた。
  「翔、船着き場へ向かうわ! ミラージュが回収に来てるはず!」
  咲耶が叫び、湿った文書束を片手に駆け出す。その後ろを琴音と知也、そしてブライセンが守るように並走する。
  そのなかで、クリスティーナの足取りはやや遅かった。だがそれは、肉体的な疲労ではない。仮面を脱ぎ、真の名を告げたことで、彼女の心には大きな空白が生まれていたのだ。
  「本当に……私はここにいて、いいのだろうか」
  誰にも聞かせるつもりはなかったその呟きが、翔の耳には届いていた。
  「……いいに決まってる。だってもう、俺たちは繋がってる」
  翔の言葉に、クリスティーナは顔を上げた。視線の先には、薄く光る《無表情の指輪》があった。彼女の手にきちんと収まっているそれは、翔が鍛えた“縁”の証であり、今も彼女を守り続けていた。
  「仮面を脱いでも、人は壊れない。むしろ、壊れそうになったときに支えてくれるのが、絆ってやつなんだろ」
  それを聞いて、クリスティーナは小さく、だが確かに笑った。
  「なら……私は、それを信じてみる。たとえこの先にまた、罪と呪いが待っていても」
  ──ドン、と足元から突き上げるような振動。沈降が始まった。
  「全員、船着き場へ急げ! ミラージュが到着したぞ!」
  ブライセンの叫びが響く。
  船着き場に滑り込んだ翔たちは、待ち受けていた水兵たちの手を借りて次々と乗船した。翔が最後に甲板に跳び乗ったその瞬間、都市の中心部が沈みはじめ、霧が巻き上がる。
  「……間一髪だったな」
  知也が息を整えながら呟くと、咲耶がすぐに確認に入った。
  「回収した文書は水濡れがひどいけど、まだ判読可能。アルカセルが教団の補給拠点だったという証拠は……あるわ」
  翔はうなずき、海上の霧に覆われていく都市を見つめた。
  崩れゆくものがあれば、鍛え直せばいい。
  失った信頼も、断たれた縁も、この手で打ち直してみせる。
  隣に立つクリスティーナが、言った。
  「私は、教団の巫王の血族。その事実は、どうしても変えられない」
  「でも、君がどんな人生を選ぶかは、君の自由だろ?」
  翔の言葉に、クリスティーナはゆっくりとうなずく。
  「ならば私は、選ぶ。過去にではなく、未来に手を伸ばすと」
  その瞬間、《無表情の指輪》が淡く光を帯びた。心の壁が揺らぎ、少しずつ、新しい“縁”の形が築かれていく。
  翔はその光を確かめながら、言った。
  「次は、教団の本拠地を突き止める。そのために、進もう。今度は……七人全員で」
  海を裂いて進む特務艦〈ミラージュ〉の甲板に、風が吹く。
  揺るがぬ決意と、新たな真実を抱えて。
  “仮面”の裏にあったのは、弱さではなく、確かな勇気だった。
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