絆鍛冶師の縁鎚――孤高青年が仲間と紡ぐジョブリンク大戦記

乾為天女

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第22話_水迷宮トゥリエルの落とし子

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 それは、まるで深海に沈んだ神殿のようだった。
  波の音さえ届かぬ水底に、迷宮〈トゥリエル〉は静かに口を開いていた。
  港町シェリダンから出航した調査艇は、夜明け前の潮流に乗って迷宮の入り口へと接岸する。翔たちは現地のダイバー部隊と合流し、潜行の準備を整えていた。
 「想像以上に深いわね。こっちの装備、圧力に耐えられるかしら」
  琴音が空を見上げ、張り詰めた空気を和ませるように軽口を飛ばす。
 「問題ない。だが、気を抜くな。トゥリエルは生きている――と、古文書にはある」
  咲耶が広げた地図には、刻まれた経路の先に“落とし子の棲処”という記述があった。
 「“落とし子”……教団の兵器か?」
 「可能性はある。補給物資だけじゃない、彼らは何かを“育てて”いる気配があるわ」
  翔はハンマーの柄を握り締めた。縁の糸が、ざわめいている。
 「行こう。縁が呼んでる。ここで止めないと、もっと大きな波が来る」
  一行は潜行魔具を装着し、息を合わせて海へと沈んでいく。冷たく澄んだ水に包まれながら、迷宮の門が彼らを迎えた。
  迷宮内部は、海流によって形成された自然洞と人工建造物が混在していた。白く滑らかな岩肌に、教団の魔刻が浮かび上がる。
 「この模様……最近刻まれたものだな。活動拠点としてまだ使われてる証拠だ」
  洋平が警戒を強める。
  そのとき、通路の先で動きがあった。影がうごめき、水の反響が音を変えた。
 「敵だ。囲まれるぞ!」
  翔は即座に反応する。彼のハンマーが縁を呼び出すと、琴音が同時に声を響かせた。
 「――みんな、落ち着いて! 私が合図したら左、いける?」
  ダイバー部隊が応じる。士気が揺らぎかけていたその瞬間、琴音の明るい声が隊の呼吸を整える。
  翔は琴音と自分との縁を感じ、迷わず槌を振るった。
  生まれたのは――“潮響のランタン”。
  青白い光を放つ小型灯で、海流の動きを映し出す“視覚化の縁”が宿っていた。
 「こいつで見える――来るぞ、左!」
  伏流に潜んでいた敵が姿を現した。魚のような体躯に人の顔を持ち、尾で水を切る異形の戦士たち――“トゥリエルの落とし子”。
  隊はランタンの光を頼りに散開し、奇襲を迎え撃つ。翔はランタンを二つに分割し、前衛に投げ渡した。
 「分光させたか、やるじゃねえか!」
  ブライセンが水中槍で敵を貫きながら叫ぶ。
  迷宮内部に残響する戦いの音。
  しかし、その裏で咲耶が別の異変に気づいた。
 「翔、この壁の裏――物資倉庫がある。密輸用の縁が残ってる!」
  翔が縁を叩くと、隠し通路が開かれる。
  そこには、大量の刻印盤と不穏な魔刻された幼体の卵があった。
 「これは……生体兵器の培養場……」
  凍りつくような現実。
  そのとき、上層から再び敵影が降ってくる。
 「後続! 縁、もう一度!」
  翔は琴音との縁を再び打ち、潮響のランタンに“共鳴波”を加える。
  音が、光が、共に舞う。
  敵は幻惑され、水の渦に飲まれていく。
 「全員撤退! 情報は揃った、あとは王都へ報告だ!」
  水迷宮〈トゥリエル〉は、再び静けさを取り戻した。
  だが、深海の底に生まれかけていた脅威は確かに存在した。
  翔は静かに、次の一手を思い描く。


 迷宮を浮上する艇の中、琴音は髪をタオルで乱雑に拭きながら「ふぅー」と大きく息を吐いた。
 「今日ばかりは水に流せない話だったね。卵とか、あんなの反則だよ」
  誰もが無言で頷く。生体兵器の培養場、そこにあった幼体の卵――その不気味な“縁”の感触は、翔の手に今も残っていた。
 「運搬ルートの断絶は達成できた。でも、これだけじゃまだ“打撃”にはなっていない」
  咲耶が手帳にメモを走らせる。
 「補給を断てば、時間は稼げる。今はそれでいい」
  洋平がうつむき加減に言うが、その声には確かな火が灯っていた。
  すると、艇を操縦していたダイバー隊長が振り返った。
 「これ、報酬じゃ足りねぇって話になるぜ。あんたらがいなきゃ、全員あそこで魚のエサだった」
 「俺たちにとっちゃ、あそこが最前線だ。お前らがいるから前に出られる」
  ブライセンの言葉に、誰からともなく静かな拍手が起きた。
  その晩、シェリダンの港に戻った翔たちは海風宮へと向かう。
  侯爵夫人からの召喚が届いていた。調査報告と礼宴のためだ。
  だが、翔の心はどこか引っかかっていた。迷宮の奥、最後に消えた“縁”。
  誰かが、こちらを見ていた。
  断ち切られた縁の先に、得体の知れない感情が残っていたのだ。
  翌朝、港の市場ではざわついた声が飛び交っていた。
 「昨日、南湾で捕まったんだとよ」
 「教団の奴らが生体卵を運び出してたって話だ。海兵隊が全部押さえたらしい」
  翔は小さく息を吐き、仲間たちの顔を見渡す。
  静かだが、どこか確信に満ちた視線たち。
  水迷宮の探索は、教団の脅威が“地に足をつけて”広がっていることを証明した。
  そして同時に、翔の中で“絆鍛冶師”というジョブが、単なる異能で終わらない責務を持つものへと変わりつつあった。
  ただ武具を鍛えるのではない。
  縁を紡ぎ、未来を切り拓く。
  その鍛錬は、まだ続く。
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