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第40話 九つの場所の、その先へ
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雪が少しずつ溶け始め、川沿いの土手から土の色が顔を出し始めた三月のある日。市民センターの一室では、九つの場所の大きな地図がテーブルの上に広げられていた。
「ここ、去年の夏に作ったときは、まだ真新しかったのに」
瑠奈が、丸印の上を指でなぞる。雪見社、足湯、酒蔵、川沿い、旧・雪杜小学校、白波岬、りんご園……。インクは少し薄くなっているが、そのぶんだけ誰かの視線が通り過ぎたのだと思うと、地図が少し誇らしげに見えた。
「今日も、地図の説明会ですか」
隣で、子ども向けの椅子を並べていた樹佳が尋ねる。
「はい。午前中は、小学生向けの『九つの場所おさらい会』です」
「名前が可愛いですね」
「名付け親は亜矢菜さんです」
そう言って笑ったところで、部屋のドアがガラリと開いた。
「こんにちはー!」
元気な声とともに、近所の小学生たちがどっと入ってきた。
「お、地図だ!」
先頭の男の子が、テーブルの上の地図にまっすぐ駆け寄る。
「これ、この前学校で見たやつだ!」
「そうそう。今日は、この地図を使って、去年の九つの場所めぐりを振り返ろうと思います」
颯馬が立ち上がり、地図の横に立つ。
「まずは、この九つの丸の中で、一番好きな場所にシールを貼ってみてください」
子どもたちは、一斉にシールのシートに群がった。星形、ハート形、丸いシール。好きな色を選んでは、それぞれの丸印の上にぺたぺたと貼っていく。
「足湯! だってあったかいもん!」
「私は雪見社。階段つらいけど、登れたらかっこいいから」
「川沿い! 雪灯ろうきれいだった!」
地図の上は、あっという間に色とりどりのシールでにぎやかになった。
*
ひと通りシールが貼られたあと、颯馬はふと一人の男の子に目を留めた。
その子は、九つの丸印のどれにもシールを貼らず、地図の端のほうをじっと見つめている。
「どうしました?」
颯馬が声をかけると、男の子はマジックペンをぎゅっと握りしめたまま顔を上げた。
「ここにも、好きな場所、増やしていい?」
「……え?」
男の子が指さしたのは、九つの丸の外側、川沿いの地図の端っこだった。そこには、特に印も名前も書かれていない。
「このへんで、お父さんと雪合戦したから」
男の子は、少し照れくさそうに笑った。
「九つの丸の中じゃないけど、ここも好きな場所だから」
その言葉に、部屋の空気がふわりと揺れた。
「……もちろん」
颯馬は、ほんの少しだけ驚いたあとで、ゆっくり微笑んだ。
「好きな場所が増えたら、そのぶん丸を増やしていいんだと思います」
「ほんと?」
「ほんとです」
男の子はうれしそうに頷き、マジックで地図の余白に丸を描き足した。
「ここ」
丸の横に、ひらがなで「ゆきがっせん」と書き添える。
「いい名前ですね」
瑠奈が、隣で目を細めた。
「九つじゃ足りなくなってきたな」
龍護が、後ろのほうで腕を組みながらぼそりとつぶやく。
「最初から、『九つにこだわらなくてもいい』って書いとけばよかったかもな」
「でも、『九つ』って数のおかげで、ここまで来られた気もします」
樹佳が、地図の丸を一つずつ眺めながら言う。
「最初は、九つの丸を守ることで精一杯で。今は、その外側に点を増やす余裕ができたんだと思います」
*
子どもたちの会が終わり、午後になると、市民センターの別室ではオンライン会議の準備が始まっていた。
「……見えてますか?」
スクリーンには、東京のオフィスの会議室が映っている。スーツ姿の人たちが並び、その中に見慣れた顔もあった。
『久しぶりだね、颯馬くん』
元上司が、画面の向こうで笑う。
「こちらこそ、お久しぶりです」
颯馬は、カメラの位置を微調整しながら答えた。
『背景、雪だね』
「はい。さっきまで、川沿いを歩いていました」
『こっちは相変わらずビルだらけだよ』
そんな他愛もないやりとりのあとで、本題に入る。東京の会社から持ちかけられているのは、地方の町と都市部をオンラインでつなぐ新しい仕事の相談だった。
『九つの場所の取り組み、すごく面白いと思っているんだ』
元上司は、画面越しに資料を掲げる。そこには、九つの場所の地図と、雪灯ろうの写真が貼られていた。
『こういう町の「好き」を、もう少し外側にも伝える橋渡し役を探していてね』
「橋渡し、ですか」
『東京と雪杜の両方を知っていて、人の話を聞くのが得意な人がいるって、誰かが言っていた』
画面の向こうから向けられた視線に、颯馬は苦笑した。
「……だれですか、それ言ったの」
『そっちの案内所の誰かじゃないかな』
そう言って笑う元上司の目は、どこか本気だった。
『ここに戻ってこい、っていう話じゃないんだ。雪杜にいながら、東京ともつながり続ける働き方を一緒に考えてくれないか』
その言葉を聞きながら、颯馬は窓の外の川沿いに目をやった。
地図の外側に描かれた小さな丸。その横に書かれた「ゆきがっせん」の文字が、なぜか胸の中で静かに光った。
「……やってみたいです」
気がついたら、そう口にしていた。
「その代わり」
スクリーンの向こうで、一瞬驚いた表情が浮かぶ。
「打ち合わせのたびに、雪杜の話をさせてください」
『もちろん』
元上司は笑った。
『むしろ、それが一番の目的かもしれない』
*
オンライン会議が終わり、機材を片付けていると、瑠奈が静かに近づいてきた。
「聞こえちゃいました」
「え?」
「さっきの、『やってみたいです』ってところ」
颯馬は、少しだけ肩をすくめた。
「こっちに来たときは、『東京か雪杜か』の二択だと思ってましたけど」
「今は?」
「どっちも、っていう選択肢もあるのかなって」
そんな答えに、瑠奈はふっと笑った。
「九つの場所も、似てますね」
「似てますか」
「最初は、『この九つだけ』って線を引いていたけど」
地図の上の丸と、外側に描かれた小さな丸を見比べる。
「今は、『九つの場所も、その外側も』って思えるようになってきましたから」
「……そうですね」
颯馬は、大きな地図を眺めた。
九つの丸は、相変わらずそこにある。雪見社も、足湯も、酒蔵も、川沿いも。そこに、新しい小さな丸がいくつか描き足されていた。りんご園の外れの丘、カフェ・ノアールの場所、子どもの「ゆきがっせん」の丸。
「九つにこだわる必要、なかったんだな」
ぽつりとこぼれた言葉に、瑠奈が首をかしげる。
「でも、九つだったからこそ、ここまで来られたんですよ」
「そうかもしれません」
九つあるから、「ここには何を入れるか」と必死に考えた。九つあるから、「この中に自分の宿を入れたい」と願う人が現れた。九つあるからこそ、「その外側にも好きな場所がある」と気づけた。
「だから、九つの場所は九つのままでいいんでしょうね」
颯馬は、ペンを手に取った。
「その代わりに、その外側に増える丸のことを、ちゃんと見ていけるようにしたい」
ペン先で、地図の余白に小さな丸を一つ描き足す。
「……ここは?」
瑠奈が尋ねる。
「まだ、名前のない場所です」
颯馬は、照れくさそうに笑った。
「これから誰かが、『ここが好き』って言ってくれたときに、初めて名前がつく場所」
その言葉に、瑠奈も笑った。
「じゃあ、その名前を聞くために、これからもたくさん歩かなきゃいけませんね」
「はい。東京に話をしに行くときも、ここに戻ってくるときも」
九つの場所と、その外側を行ったり来たりしながら、誰かの「好き」を聞き続ける。そんな役目なら、自分にも少しはできるかもしれない。
*
その日の夕方、川沿いでは、雪解け水が少しずつ流れを速めていた。
「ねえ見て」
子どもの声がする。振り向くと、昨日の男の子が土手の上から川を覗き込んでいた。
「雪がとけて、草が出てきた」
小さな草の芽が、まだ冷たい風の中で震えている。
「ここも、好きな場所にしていい?」
男の子の問いかけに、颯馬は笑って頷いた。
「もちろん」
そのやりとりを、少し離れた場所から瑠奈が見守っていた。
「ねえ」
彼女が、そっと隣に並ぶ。
「さつまさんは、この町のどこが一番好きですか」
不意に問われて、颯馬は少しだけ考えた。雪見社の階段、足湯の湯気、酒蔵の冷たい空気、川沿いのベンチ。どれも捨てがたい。
「……今は、ここです」
そう言って、足元の土手を指さす。
「雪が溶けて、草が出てきて、『ここも好きにしていい?』って聞かれた場所」
「いい答えですね」
瑠奈は、少しだけ肩を寄せた。
「じゃあ、私は……ここです」
そう言って、彼女は颯馬の横顔をちらりと見た。
「九つの場所のことを、こんなふうに話してくれる人がいる場所」
その一言に、颯馬は言葉を失った。
でも、何かを言わなくてもいい気がした。
川の流れる音と、土手の草が風に揺れる音。その上に、遠くの足湯から聞こえてくる笑い声が重なる。
九つの場所の地図の上では、今日もどこかで誰かが新しい丸を描き足しているかもしれない。
「……行きますか」
しばらくして、颯馬が言った。
「どこへですか」
「九つの場所の、『その先』へ」
冗談めかしてそう言うと、瑠奈は「ずるい」と笑った。
川沿いの土手を歩く二人の足跡の上に、薄く残った雪が白い線を描く。その線は、九つの丸を囲んだ輪から、少しだけ外側に伸びていた。
雪杜の町全体に、「声にならない好き」がうっすらと積もっている——。
そんな光景を思い浮かべながら、物語は静かに幕を閉じた。
「ここ、去年の夏に作ったときは、まだ真新しかったのに」
瑠奈が、丸印の上を指でなぞる。雪見社、足湯、酒蔵、川沿い、旧・雪杜小学校、白波岬、りんご園……。インクは少し薄くなっているが、そのぶんだけ誰かの視線が通り過ぎたのだと思うと、地図が少し誇らしげに見えた。
「今日も、地図の説明会ですか」
隣で、子ども向けの椅子を並べていた樹佳が尋ねる。
「はい。午前中は、小学生向けの『九つの場所おさらい会』です」
「名前が可愛いですね」
「名付け親は亜矢菜さんです」
そう言って笑ったところで、部屋のドアがガラリと開いた。
「こんにちはー!」
元気な声とともに、近所の小学生たちがどっと入ってきた。
「お、地図だ!」
先頭の男の子が、テーブルの上の地図にまっすぐ駆け寄る。
「これ、この前学校で見たやつだ!」
「そうそう。今日は、この地図を使って、去年の九つの場所めぐりを振り返ろうと思います」
颯馬が立ち上がり、地図の横に立つ。
「まずは、この九つの丸の中で、一番好きな場所にシールを貼ってみてください」
子どもたちは、一斉にシールのシートに群がった。星形、ハート形、丸いシール。好きな色を選んでは、それぞれの丸印の上にぺたぺたと貼っていく。
「足湯! だってあったかいもん!」
「私は雪見社。階段つらいけど、登れたらかっこいいから」
「川沿い! 雪灯ろうきれいだった!」
地図の上は、あっという間に色とりどりのシールでにぎやかになった。
*
ひと通りシールが貼られたあと、颯馬はふと一人の男の子に目を留めた。
その子は、九つの丸印のどれにもシールを貼らず、地図の端のほうをじっと見つめている。
「どうしました?」
颯馬が声をかけると、男の子はマジックペンをぎゅっと握りしめたまま顔を上げた。
「ここにも、好きな場所、増やしていい?」
「……え?」
男の子が指さしたのは、九つの丸の外側、川沿いの地図の端っこだった。そこには、特に印も名前も書かれていない。
「このへんで、お父さんと雪合戦したから」
男の子は、少し照れくさそうに笑った。
「九つの丸の中じゃないけど、ここも好きな場所だから」
その言葉に、部屋の空気がふわりと揺れた。
「……もちろん」
颯馬は、ほんの少しだけ驚いたあとで、ゆっくり微笑んだ。
「好きな場所が増えたら、そのぶん丸を増やしていいんだと思います」
「ほんと?」
「ほんとです」
男の子はうれしそうに頷き、マジックで地図の余白に丸を描き足した。
「ここ」
丸の横に、ひらがなで「ゆきがっせん」と書き添える。
「いい名前ですね」
瑠奈が、隣で目を細めた。
「九つじゃ足りなくなってきたな」
龍護が、後ろのほうで腕を組みながらぼそりとつぶやく。
「最初から、『九つにこだわらなくてもいい』って書いとけばよかったかもな」
「でも、『九つ』って数のおかげで、ここまで来られた気もします」
樹佳が、地図の丸を一つずつ眺めながら言う。
「最初は、九つの丸を守ることで精一杯で。今は、その外側に点を増やす余裕ができたんだと思います」
*
子どもたちの会が終わり、午後になると、市民センターの別室ではオンライン会議の準備が始まっていた。
「……見えてますか?」
スクリーンには、東京のオフィスの会議室が映っている。スーツ姿の人たちが並び、その中に見慣れた顔もあった。
『久しぶりだね、颯馬くん』
元上司が、画面の向こうで笑う。
「こちらこそ、お久しぶりです」
颯馬は、カメラの位置を微調整しながら答えた。
『背景、雪だね』
「はい。さっきまで、川沿いを歩いていました」
『こっちは相変わらずビルだらけだよ』
そんな他愛もないやりとりのあとで、本題に入る。東京の会社から持ちかけられているのは、地方の町と都市部をオンラインでつなぐ新しい仕事の相談だった。
『九つの場所の取り組み、すごく面白いと思っているんだ』
元上司は、画面越しに資料を掲げる。そこには、九つの場所の地図と、雪灯ろうの写真が貼られていた。
『こういう町の「好き」を、もう少し外側にも伝える橋渡し役を探していてね』
「橋渡し、ですか」
『東京と雪杜の両方を知っていて、人の話を聞くのが得意な人がいるって、誰かが言っていた』
画面の向こうから向けられた視線に、颯馬は苦笑した。
「……だれですか、それ言ったの」
『そっちの案内所の誰かじゃないかな』
そう言って笑う元上司の目は、どこか本気だった。
『ここに戻ってこい、っていう話じゃないんだ。雪杜にいながら、東京ともつながり続ける働き方を一緒に考えてくれないか』
その言葉を聞きながら、颯馬は窓の外の川沿いに目をやった。
地図の外側に描かれた小さな丸。その横に書かれた「ゆきがっせん」の文字が、なぜか胸の中で静かに光った。
「……やってみたいです」
気がついたら、そう口にしていた。
「その代わり」
スクリーンの向こうで、一瞬驚いた表情が浮かぶ。
「打ち合わせのたびに、雪杜の話をさせてください」
『もちろん』
元上司は笑った。
『むしろ、それが一番の目的かもしれない』
*
オンライン会議が終わり、機材を片付けていると、瑠奈が静かに近づいてきた。
「聞こえちゃいました」
「え?」
「さっきの、『やってみたいです』ってところ」
颯馬は、少しだけ肩をすくめた。
「こっちに来たときは、『東京か雪杜か』の二択だと思ってましたけど」
「今は?」
「どっちも、っていう選択肢もあるのかなって」
そんな答えに、瑠奈はふっと笑った。
「九つの場所も、似てますね」
「似てますか」
「最初は、『この九つだけ』って線を引いていたけど」
地図の上の丸と、外側に描かれた小さな丸を見比べる。
「今は、『九つの場所も、その外側も』って思えるようになってきましたから」
「……そうですね」
颯馬は、大きな地図を眺めた。
九つの丸は、相変わらずそこにある。雪見社も、足湯も、酒蔵も、川沿いも。そこに、新しい小さな丸がいくつか描き足されていた。りんご園の外れの丘、カフェ・ノアールの場所、子どもの「ゆきがっせん」の丸。
「九つにこだわる必要、なかったんだな」
ぽつりとこぼれた言葉に、瑠奈が首をかしげる。
「でも、九つだったからこそ、ここまで来られたんですよ」
「そうかもしれません」
九つあるから、「ここには何を入れるか」と必死に考えた。九つあるから、「この中に自分の宿を入れたい」と願う人が現れた。九つあるからこそ、「その外側にも好きな場所がある」と気づけた。
「だから、九つの場所は九つのままでいいんでしょうね」
颯馬は、ペンを手に取った。
「その代わりに、その外側に増える丸のことを、ちゃんと見ていけるようにしたい」
ペン先で、地図の余白に小さな丸を一つ描き足す。
「……ここは?」
瑠奈が尋ねる。
「まだ、名前のない場所です」
颯馬は、照れくさそうに笑った。
「これから誰かが、『ここが好き』って言ってくれたときに、初めて名前がつく場所」
その言葉に、瑠奈も笑った。
「じゃあ、その名前を聞くために、これからもたくさん歩かなきゃいけませんね」
「はい。東京に話をしに行くときも、ここに戻ってくるときも」
九つの場所と、その外側を行ったり来たりしながら、誰かの「好き」を聞き続ける。そんな役目なら、自分にも少しはできるかもしれない。
*
その日の夕方、川沿いでは、雪解け水が少しずつ流れを速めていた。
「ねえ見て」
子どもの声がする。振り向くと、昨日の男の子が土手の上から川を覗き込んでいた。
「雪がとけて、草が出てきた」
小さな草の芽が、まだ冷たい風の中で震えている。
「ここも、好きな場所にしていい?」
男の子の問いかけに、颯馬は笑って頷いた。
「もちろん」
そのやりとりを、少し離れた場所から瑠奈が見守っていた。
「ねえ」
彼女が、そっと隣に並ぶ。
「さつまさんは、この町のどこが一番好きですか」
不意に問われて、颯馬は少しだけ考えた。雪見社の階段、足湯の湯気、酒蔵の冷たい空気、川沿いのベンチ。どれも捨てがたい。
「……今は、ここです」
そう言って、足元の土手を指さす。
「雪が溶けて、草が出てきて、『ここも好きにしていい?』って聞かれた場所」
「いい答えですね」
瑠奈は、少しだけ肩を寄せた。
「じゃあ、私は……ここです」
そう言って、彼女は颯馬の横顔をちらりと見た。
「九つの場所のことを、こんなふうに話してくれる人がいる場所」
その一言に、颯馬は言葉を失った。
でも、何かを言わなくてもいい気がした。
川の流れる音と、土手の草が風に揺れる音。その上に、遠くの足湯から聞こえてくる笑い声が重なる。
九つの場所の地図の上では、今日もどこかで誰かが新しい丸を描き足しているかもしれない。
「……行きますか」
しばらくして、颯馬が言った。
「どこへですか」
「九つの場所の、『その先』へ」
冗談めかしてそう言うと、瑠奈は「ずるい」と笑った。
川沿いの土手を歩く二人の足跡の上に、薄く残った雪が白い線を描く。その線は、九つの丸を囲んだ輪から、少しだけ外側に伸びていた。
雪杜の町全体に、「声にならない好き」がうっすらと積もっている——。
そんな光景を思い浮かべながら、物語は静かに幕を閉じた。
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