大都市RPG 〜失われた輝きを取り戻せ〜

乾為天女

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第三十一章「さいたま市 〜光の勾玉と護りの旋律〜」

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 大宮駅前通りは、昼の喧騒を残しながら、夜の気配に包まれつつあった。だが、その光は今、どこか不自然な薄闇に覆われていた。高層ビルに映り込むはずの街灯の光が鈍く、さいたまスーパーアリーナのドームも、まるで魂を抜かれたように明滅している。駅前のイルミネーションは点滅を繰り返し、歩道の子どもたちが不安げに親の手を強く握る。
「……光が、止まってる」
 翔太は空を見上げていた。かつては駅前広場の真上に浮かぶように、天を貫く光の柱が立っていた。それは氷川神社の例大祭と連動し、御神水の神聖なエネルギーが街全体を包み込んでいたという象徴だった。しかし今は、その光が消えている。
「“光の勾玉”が、消えたって」
 大が声を落とす。手には、鉄道博物館で見つけた古い路線図が握られていた。そこには不自然な“欠損”があり、本来なら存在するはずの路線が、まるで最初からなかったかのように描かれていなかった。
「路線じゃなくて、“線”そのものが失われたみたいだ。神社と駅、街と御神水を結ぶ線……それが断たれてる」
「勾玉が“光”を繋いでいたんだね」
 真奈が小さく呟いた。その眼差しは冷静ながらも、わずかに憂いを含んでいた。彼女の感覚はいつも敏感で、周囲の気配を即座に読み取ってしまう。その彼女が、今、沈黙しているということは、街の空気が“本当に危うい”という証だった。
「大宮盆栽村の古木に、“護りの旋律”の封印があるって。駅前の記録が消えてるのも、それと関係があるかも」
「……なら、行こう」
 翔太の言葉は短く、だが強かった。彼の目には、“壊れてしまった光”に対する怒りが宿っていた。祭りを守ってきた人々、伝統の火を絶やさぬよう生きてきた者たちの努力が、無惨に切り捨てられたことへの、静かな怒り。
「大宮の夜は、暗くなんかさせない」
 風が止まっていた。だからこそ、彼の声はやけに鮮やかに響いた。
 彼らは盆栽村へと歩を進めた。静けさの奥に潜む“消えた音”を、取り戻すために。



 大宮盆栽村は、日が暮れたというのに妙に明るかった。しかしそれは電気の光ではない。どこか不安定な、月とも蛍光灯ともつかぬ淡い蒼光が、盆栽の影から浮かび上がっていた。道沿いの松の枝が、微かに震えている。まるで、この異変を訴えかけるように。
「……ここ、来たことあるけど、こんなに静かだったっけ?」
 真奈が眉をひそめる。軒先には古い鉢が並べられ、針金で矯正された枝々が夜の空をなぞるように伸びていた。小さな盆栽たちの中に、一際古びた、しかし異様な存在感を放つ一本の黒松があった。
「たぶん、あれだな。“封印木”って呼ばれてる」
 大が立ち止まり、盆栽の前に膝をついた。根元には風化しかけた木札が吊るされ、そこに墨で書かれた五音節の旋律が読み取れる。
「“ひ・か・わ・ば・や・し”……」
「それが、“護りの旋律”の始まりだ」
 翔太が口に出すと、盆栽の葉が一瞬ざわりと震えた。その動きに応えるように、木の幹にうっすらと刻まれていた文様が光を帯びる。
「これ、音階……旋律を刻んでる」
「つまり、歌なんだ。氷川ばやしの“元旋律”が、ここに眠ってる」
「旋律を紐解くには、“誰か”が音を知っていなきゃダメだ。氷川神社の巫女か、舞の系譜を継ぐ者――」
「だったら……アリーナの裏にいる、“舞台音楽家”の記録、見てみよう」
 真奈の声が静かに落ちた。かつて彼女が演奏したことのある、アリーナの舞台裏。そこには公演のための譜面や、古い音源のアーカイブが保存されていた。
「行こう。あそこには、まだ“音”が残ってるかもしれない」
 四人は盆栽村を後にし、大宮駅方面へと歩き出した。空には星も月もなかった。ただ、彼らの背後で黒松が、風のない空に向かって一筋の葉を伸ばした。
 それはまるで、かつて響いた“護りの音”が、もう一度鳴る瞬間を待ち望んでいるようだった。
 道中、浦和のうなぎ屋の煙がかすかに香ってきた。いつもなら食欲を誘うはずの香りも、今はただ虚しく、夜の闇に溶けていくばかりだった。
「アリーナの灯り、まだ点かない……」
 結凪が呟いたその声が、静かな決意に変わったのは、駅前通りに差しかかってからだった。

 さいたまスーパーアリーナの裏手、かつて舞台技術者たちが出入りしていた小さな搬入口は、今は“施錠済”のプレートがぶら下がっていた。けれど真奈は迷わず進み、裏口横の小窓を軽く叩いた。
 カツン、カツン――静かなリズム。返事はなかったが、しばらくして中から鍵の外れる音が響いた。
「真奈……久しぶり」
 出てきたのは、音響技師だった初老の男、佐山だった。かつて何度も共にリハーサルをした舞台裏の仲間だ。
「氷川ばやしの原譜、探してるの。古い旋律のほう。……“護りの音”を、もう一度奏でたいの」
 真奈の瞳を見つめ、佐山はゆっくりとうなずいた。
「地下倉庫の第七ロッカー。あの時代の譜面は、そこにまとめてある。けどな、開けるには“音”が要る。“護りの音”は、“思い出の拍子”が鍵になるって、あんたが言ってただろ」
 真奈は目を伏せて、指先をそっと胸の前で重ねた。
「わたし、あの時……ひとりで音を止めた。怖かった。失敗が。音が間違うことが。……でも、今なら分かる。“間違っても、続けなきゃ、何も届かない”って」
「その気持ちがあれば、開くさ」
 佐山の言葉とともに、舞台下の鉄扉がきい、と音を立てて開いた。四人はその中へ足を踏み入れた。
 倉庫の奥は、まるで時間が閉じ込められたようだった。分厚い譜面ファイルの中、ひときわ薄い和紙に包まれた一冊があった。
「これだ。“氷川ばやし:源譜”。」
 大が震える手でそれを開くと、流れるような五線と、太鼓と笛の符が踊るように並んでいた。
「この節、“大太鼓”が中心なんだな」
 翔太が呟いた。
「“心を響かせる拍動”だ。“光の勾玉”を目覚めさせるのは、この鼓動しかない」
「じゃあ、最後の舞は……大宮公園の神池だね」
 真奈が言い切る。
「そこで“護りの旋律”を奏でて、氷川神社の祈りを結ぶ」
「勾玉は、そこで“光”を取り戻すはず」
 彼らの背後で、アリーナの非常灯が一つ、静かにともった。それは、夜明けを待つ前のような、静かな予兆だった。
 彼らは和紙の譜面を携え、大宮公園へと向かった。春風は、まだ吹かない。だが、音は確かに、集まりはじめていた。



 大宮公園の神池は、夜の帳に包まれていた。昼間なら家族連れやカップルがベンチで談笑する場所だが、今はただ、静けさと冷気が池の水面を支配していた。風も止まり、街の喧騒すら届かない。その中心に、翔太たちは立っていた。
 池の縁に置かれた石壇には、かつて氷川神社の儀式で使われていた勾玉型の台座があった。そこに祀られていた“光の勾玉”は今、姿を消している。祈りを受ける媒体がなくなったことで、池に張られていた結界の水も濁り、静けさだけが増していった。
「ここで、“護りの旋律”を奏でる」
 翔太の手には、先ほど入手した和紙の譜面が握られていた。大は携帯式の小太鼓を取り出し、深く息を吸い込む。
「間違っても、いいんだよな?」
「うん。続けることが、“結ぶ”ことだから」
 真奈が小さくうなずいた。
「始めよう、“祈りの拍子”を」
 最初の一打が、池の水を震わせた。大の打つ太鼓は低く、地面を伝って心臓に響くような律動だった。その音に合わせ、翔太が笛を吹く。最初はたどたどしかった音が、やがて風を誘い、夜の空間に旋律が浸透していく。
「♪氷川の流れ 光よ照らせ
  結びの勾玉 いま、目覚めよ」
 真奈が詠う“護りの唄”は、どこか子守歌にも似ていた。彼女の声が夜気に染み込み、池の水面に波紋を描いていく。結奈がその隣で拍子木を合わせた。音が重なり、揺れが光へと変わる瞬間――
「……見て!」
 結奈が指差した先、水面の中央にある石台が淡く光を帯び始めた。そこから浮かび上がったのは、透き通るような青白い光の球体。まるで水に濡れた勾玉が、自らの意思で夜を割って浮かび上がってきたかのようだった。
「“光の勾玉”が……戻ってきた!」
 翔太が一歩踏み出し、両手で光を受け止めた。勾玉はその瞬間、虹色のきらめきを放ち、ふわりとした振動を空気に残して翔太の掌に収まった。
 池の水が透明になっていく。夜風がようやく戻ってきて、枝々を揺らした。まるで、池と空が繋がったような感覚だった。
「これが……」
「さいたまの“結び”の力だね」
 真奈が微笑み、そして皆で空を見上げた。
 さいたま新都心の空に、一筋の光が立ち上る。地下鉄、在来線、新幹線――失われていた“路線”も、いつの間にか電光掲示板に復活していた。街が、また“結ばれた”のだった。
 駅前のイルミネーションが静かに点滅をやめ、真っ直ぐな光へと変わっていく。勾玉の光が都市に流れ込み、街を照らす。その光に包まれて、人々がゆっくりと顔を上げていった。
 静寂のなかでこそ、音は生まれる。祈りの音は、今、確かにすべてを繋ぎ直した。

 アイテム:さいたま市の輝入手
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