瀬戸内の小さな港町で僕らは働く意味を探す――おしごとフェア、青春協奏曲

乾為天女

文字の大きさ
8 / 25

【第8話 観光案内人と三つの顔】

しおりを挟む
 六月上旬、梅雨の走りの曇り空。真白町の港近くにある観光案内所には、制服を着た中学生の修学旅行団がひしめいていた。
「ねえ、これ見て! “漁船乗船体験”って書いてある!」「わたし、“塩づくりワークショップ”に行きたい~!」
 子どもたちのはしゃぐ声を横目に、高校二年の麻衣子は、深く帽子をかぶり直した。
 今日の視察は、地域の観光産業に携わる「顔の見える案内人」を取材するのが目的。メンバーは麻衣子、大成、勇介の三人だ。
「観光の仕事って、“派手”に見えるかもしれないけど、実際は“調整役”が多いって聞いたよ」
 と勇介が案内所の入口でつぶやいた。スマホで事前に調べた資料を確認しながら、少し緊張している様子だ。
「うまく回すために“裏側で動く人”が必要なんだよね。誰かと誰かの“間”をつなぐ仕事というか……」
 と大成が穏やかに言い添える。
 そのとき、軽やかな足音と共に現れたのは、派手すぎないが清潔感ある服装に身を包んだ女性だった。髪は首元でまとめられ、笑顔には自然な余裕がある。
「こんにちは。真白町観光協会で“まちナビ案内人”をしている北川です。ようこそ真白へ」
 名刺を差し出され、三人は少し戸惑いながらも受け取る。
「では、まずは案内所の中をご覧いただきましょうか。ここは“情報の交差点”なんですよ」
   ◆
 ガラス張りのカウンターの奥には、観光パンフレットの棚、体験アクティビティの申込端末、漁業マップ、英語・中国語表記の多言語表などが整然と並んでいた。
「ここでは、観光客の“質問”に答えるだけではなく、“気づいていないニーズ”を先回りして提案するのがポイントです」
「気づいていない……ニーズ?」
 麻衣子が思わず聞き返す。
「はい。たとえば、“港で何か食べられますか?”と聞かれたら、ただ“レストランはこちら”じゃ足りません。“その日の朝に獲れた魚が食べられる定食屋”を提案したら、印象はまるで違うんです」
「なるほど。情報をただ渡すんじゃなくて、“期待を上回る一手”を出すんですね」
 大成が、納得したようにうなずいた。
 北川は笑顔を崩さず、もう一つ例を出した。
「この間、“特に行きたい場所はない”ってお客様がいらっしゃいました。でも、会話の中で“地元の文化にふれたい”という言葉がぽろっと出てきて——そこから“酒蔵見学ツアー”をご案内しました。“知らなかったけど感動した”って言ってもらえて、うれしかったですね」
 その話を聞きながら、麻衣子はふと視線を落とした。
(……私は、人に興味がない。誰かの“気づかない願い”なんて、どうやって感じ取ればいいんだろう)
 仲間たちが笑顔でうなずくなか、一人だけ、自分の中にある“空白”を意識していた。



 北川の案内で、三人は港近くの遊歩道に出た。
 海風が頬をなで、船の汽笛が遠くで響く。観光案内の対象は、施設や名所だけではない。日常の中にある“町の顔”そのものだ。
「では、次は“フィールド案内人”の仕事をご紹介します。今日は、実際のガイドツアーの準備に立ち会っていただけますよ」
 向かったのは、港の防波堤近くにある集合場所。既に小型のワゴンバスが停まり、数名の観光客が集まり始めていた。北川がさっと近づいて、一人ひとりに声をかけ、体調や服装を確認していく。
「こんにちは。暑くなりそうですね。お水はお持ちですか? 今日は歩きやすい靴で正解ですよ」
 その姿は、まるで旅の“伴走者”のようだった。
「……気配りの量、すごいな」
 勇介がつぶやく。案内“する”というより、“寄り添う”という印象に近い。
「しかも一人ひとり違う声かけしてる。“決まり文句”じゃない」
 大成の観察も鋭い。誰かに合わせた言葉は、通り一遍の情報を超えて“関係性”を生んでいた。
 麻衣子は、黙ったままだった。
(“言葉をかける理由”が、私には……わからない)
 彼女はふと、案内の合間に北川が観光客の荷物の持ち方をそっと直したのを見た。
(ああいう“細かい気づき”を、私はすぐに流してしまう)
 それが「関心がない自分」の特徴だと、最近ようやく自覚したところだった。
   ◆
 午後の研修では、案内所のバックヤード——すなわち「三つ目の顔」である“ツアー設計の仕事”を見学した。
 広い作業スペースには、PCが並び、観光資源の写真データ、地図、天候予測、予約台帳などが緻密に管理されている。
「案内人の仕事は“現場に立つ”だけではありません。“観光体験を設計する”のも、私たちの大切な役目です」
 北川が示したのは、Excelで作られた詳細なスケジュール表だった。移動距離、トイレ休憩、食事の有無、混雑予測、避難導線——あらゆる情報が網羅されていた。
「この“裏方の作業”がないと、“安心して楽しめる旅行”にはならないんです。“すべてうまくいって当たり前”にするために、すごく細かい調整をしています」
 勇介が感嘆する。
「見えないけど、めちゃくちゃ大事な仕事ですね」
「うん。“当たり前”って、こうやって守られてるんだ……」
 と大成も頷く。
 そして麻衣子は、静かに思った。
(私は……“関心がない”から、こういう仕事は苦手だと思ってた。でも——“誰かのため”って、こういうふうに形にできるんだ)
 それは、自分のなかの“空白”に、小さな光が差すような気づきだった。



 見学を終えた三人は、港の堤防沿いのベンチに腰を下ろしていた。曇っていた空も、午後にはうっすら明るくなり、雲の隙間から海面に光が差していた。
 しばらく沈黙のあと、勇介が口を開く。
「……“おしごと”って、“人を喜ばせること”なんだなって思った。今日の北川さん、どんなときも“誰かが心地よくあること”を最優先してた」
「“案内”の仕事って、“地図を渡す”だけだと思ってたけど、あれは“感情のナビ”だった。相手の気持ちの波を読む力……すごかった」
 大成が深くうなずく。
 二人の感想に、麻衣子はうなずきかけて、ふと止まった。
 言葉にするには、まだ早すぎるものが、自分の中にある気がしたからだ。
   ◆
 後日、放課後の学習室。
 各視察班の報告ミーティングの場で、観光案内チームは、まず“観光案内人の三つの顔”というタイトルを掲げてプレゼンを始めた。
「第一に、“観光情報のナビゲーター”。ただ情報を渡すのではなく、“期待を超える一手”を出すために、相手の気持ちを読む力が求められます」
 大成が静かに語る。
「第二に、“フィールドガイド”。現場に立ち、“寄り添う案内”を行うこと。ここでは、“気配り”や“信頼感”が大切になります」
 続いて勇介が補足する。
「そして第三に、“仕組みを作る人”。見えないところで綿密に組まれた行程表や対応マニュアルが、安心で楽しい体験を支えています」
 発表の締めくくりに、麻衣子が立ち上がった。
 少し緊張していたが、しっかりと前を向く。
「私は……人にあまり関心を持てない自分に、ずっと引け目を感じていました。でも今日の視察で、“自分が気づいたこと”を“誰かのために使う”というかたちがあることに、気づきました」
 会場がしんと静まる。
「たとえば、“誰も気づいていない不便”を、図として整理してみる。“言葉にできないモヤモヤ”を、説明文で代弁してみる。私にも、そんな“つなぎ方”ができるかもしれないと思いました」
 その声は、どこか凛としていた。
「“関心がない”っていうのは、“感じない”じゃない。“わからないこと”に、どう向き合うかで、しごとのかたちはきっと変わります」
 その言葉に、菜央がそっと頷いた。
「……ありがとうございます、麻衣子さん。それは、“誰かと働く”という意味を考えるうえで、とても大切な視点だと思います」
   ◆
 その帰り道、学習室のドアを出たところで、大成が麻衣子に声をかけた。
「なあ……今日の最後の言葉、すごくよかったよ」
 麻衣子は、少し驚いたように振り向いた。
「……本当?」
「うん。俺、調整役として“空気を読む”のは得意だけど、“言葉にする”のは苦手なんだ。今日の麻衣子の説明で、“ああ、そういうことだったのか”って思えた」
 麻衣子は少しだけ笑った。
「……それ、案外うれしいかも」
「案外?」
「うん。あんまり“うれしい”とか言い慣れてないから」
 そう言って、自分でも照れたように視線を逸らした。
 大成は「ふふ」と笑って、何も言わずに前を向いた。
   ◆
 その夜。麻衣子は自宅の机で、観光案内所でもらったパンフレットを開いた。表紙には、優しい筆文字でこう記されていた。
《ようこそ、まちの中にひそむ物語へ。あなたがまだ知らない“わたし”が、ここにいます》
 麻衣子は、ページの角をそっと折った。
——第8話・了(End)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

笑いの授業

ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。 文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。 それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。 伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。 追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

おっとりドンの童歌

花田 一劫
児童書・童話
いつもおっとりしているドン(道明寺僚) が、通学途中で暴走車に引かれてしまった。 意識を失い気が付くと、この世では見たことのない奇妙な部屋の中。 「どこ。どこ。ここはどこ?」と自問していたら、こっちに雀が近づいて来た。 なんと、その雀は歌をうたい狂ったように踊って(跳ねて)いた。 「チュン。チュン。はあ~。らっせーら。らっせいら。らせらせ、らせーら。」と。 その雀が言うことには、ドンが死んだことを(津軽弁や古いギャグを交えて)伝えに来た者だという。 道明寺が下の世界を覗くと、テレビのドラマで観た昔話の風景のようだった。 その中には、自分と瓜二つのドン助や同級生の瓜二つのハナちゃん、ヤーミ、イート、ヨウカイ、カトッぺがいた。 みんながいる村では、ヌエという妖怪がいた。 ヌエとは、顔は鬼、身体は熊、虎の手や足をもち、何とシッポの先に大蛇の頭がついてあり、人を食べる恐ろしい妖怪のことだった。 ある時、ハナちゃんがヌエに攫われて、ドン助とヤーミがヌエを退治に行くことになるが、天界からドラマを観るように楽しんで鑑賞していた道明寺だったが、道明寺の体は消え、意識はドン助の体と同化していった。 ドン助とヤーミは、ハナちゃんを救出できたのか?恐ろしいヌエは退治できたのか?

黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中
児童書・童話
友人と肝試しにやってきた中学一年生の少女・ましろは、誤って転倒した際に頭を打ち、人知れず幽体離脱してしまう。元に戻る方法もわからず孤独に怯える彼女のもとへ、たったひとり救いの手を差し伸べたのは、自らを『黒地蔵』と名乗る不思議な少年だった。黒地蔵というのは地元で有名な『呪いの地蔵』なのだが、果たしてこの少年を信じても良いのだろうか……。目には見えない真実をめぐる現代ファンタジー。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

処理中です...