瀬戸内の小さな港町で僕らは働く意味を探す――おしごとフェア、青春協奏曲

乾為天女

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【第7話 未来農場とAIの土】

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 五月下旬。日差しはすっかり夏の気配を帯びていた。
 真白町の西側に広がる丘陵地帯。そこに突如として現れる、ガラス温室とソーラーパネルの群れ。看板には「真白アグリテックファーム」と記されていた。
 ビニールハウスではない。これは、AIとIoTを駆使した最先端の“スマート農業施設”だ。
「うわ……ここ、ほんとに農場?」
 思わず声に出したのは、蒼馬だった。
 今日の視察メンバーは、蒼馬、菜央、真奈美の三人。今回のテーマは、「AIやテクノロジーを活かした仕事は、町に何をもたらしているか?」を考察すること。
 彼らを出迎えたのは、軽装の作業着に身を包んだ青年だった。背は高く、日焼けした肌に透明な保護ゴーグルがよく似合う。
「こんにちは。真白アグリテックの運営主任、柴田です。今日はようこそ」
 笑顔の奥に、静かな自信がにじむ。年齢は二十代後半といったところか。
「ご案内の前に一つ、質問していいですか?」
 と柴田が言った。
「農業って、“古い仕事”ってイメージ、ありますよね?」
 三人は思わず顔を見合わせた。
「……正直に言えば、はい」
 と菜央が答える。
 柴田はにっこりと笑った。
「実は、僕も大学にいたときはそう思ってました。でも、“持続可能な未来を考えたときに、最も革新が必要な仕事”もまた、農業なんです」
 その言葉に、真奈美が反応する。
「データの蓄積と処理が前提になるから、“人間の直感”より“機械の観察”が重視されるんですね」
「そのとおり。今日ご案内するのは、“人間が手を抜くための仕組み”ではなく、“より深く自然と向き合うためのテクノロジー”です」
 言葉のひとつひとつに、現場で培われた説得力があった。
「こちらへどうぞ。ちょうど今、AIが管理する水耕栽培エリアの自動収穫が始まります」
 ガラスの自動扉が開くと、そこには銀色のフレームに囲まれた整然としたレーンが並んでいた。土の匂いはしない。だが、植物は力強く葉を伸ばしている。
 真奈美がタブレットを取り出し、画面越しに生育データのダッシュボードを見せてもらっていた。
「すごい……温度、湿度、光量、CO₂濃度、水分量、全部がリアルタイムで管理されてる……」
「このレタス、植え付けから収穫までAIが制御してます。人間の作業は、“植える前の準備”と、“最後の品質チェック”だけです」
「……でも、それって“人が不要になる未来”ってことですか?」
 蒼馬の質問に、柴田は首を振った。
「逆です。人が“判断する力”を、より純粋に使うための仕組みです。たとえば天候が不安定な年、手作業では判断しきれない変数が多すぎる。でもAIは、過去20年分の気象データと照らして、最善の判断を即座に出す」
「じゃあ……人間は、“任せる力”が問われるんだ」
 菜央のつぶやきに、柴田が静かにうなずいた。
「まさに。それを“共に働くAI”って僕たちは呼んでいます」
(“人を超える道具”じゃなくて、“人と並ぶ仲間”か)
 蒼馬は、目の前の景色を、まるで新しい言語を学ぶような感覚で見ていた。



 温室のさらに奥。三人は、柴田に案内されながら、別のセクションに足を踏み入れていた。
 そこには、あえて「土」が使われた区画があった。
「ここは“半自律型圃場(ほじょう)”です。センサーで土壌の栄養バランスと水分、微生物の活動をモニタリングしながら、必要な処理だけを人が行います」
「土が、使われてる……?」
 蒼馬が思わず声に出す。
「ええ。実は、土の中には“AIでは測れない情報”がまだ多くあります。“雑草の生え方”“地表の乾き具合”“においの変化”など、人間の感覚が不可欠な領域なんです」
「なるほど。“全自動”と“全手動”の間を、状況に応じて行き来するんだ」
 真奈美の分析に、柴田が満足げに頷く。
「そう。“完璧な自動化”は目指しません。むしろ、“必要最小限の自動化”が僕らの理想です」
 その言葉に、菜央が感心したようにメモを走らせた。
「そういう考え方、学校教育にも応用できる気がします。“全部教える”じゃなくて、“自分で気づけるように整える”。それって、先生の仕事にも似てるかもしれません」
 柴田が「なるほど」と笑い、ふと立ち止まる。
「……あの、少しだけ個人的な話をしてもいいですか?」
 三人が頷くと、柴田はやや照れたように目を伏せた。
「実は僕、農家の家に生まれました。でも、高校まではずっと“農業は継がない”って決めてたんです。“つらそう”“不安定”“古い”って、ネガティブなイメージしかなかった」
「……今は?」
「今は、“自分の手で変えられる分野”だって思ってます。やる価値があるし、面白い。AIやデータは道具だけど、意思決定は人間のものですから」
 静かなその言葉に、蒼馬がぽつりと返した。
「……なんか、造船所の榊原さんと似てる。“完璧に支配できないもの”に向き合ってる感覚。だからこそ、面白い」
 真奈美も頷いた。
「論理と感覚のバランス……うん。“未来の働き方”って、案外こういうところにあるのかも」
   ◆
 帰り際。事務棟に案内され、パンフレットや資料を受け取った後、柴田が最後にこんなことを言った。
「僕らの農場、週末は“キッズアグリ体験”をやってます。小学生たちにAIの仕組みを簡単に説明したあと、実際にセンサーを使って土壌を調べたり、ミニトマトを収穫してもらったり」
「……それ、しごとパークの体験ブースの参考になる」
 菜央が食い入るように反応した。
「うちのブースにも、AIで“農場の最適化”をシミュレーションするミニアプリを入れたら、子どもたち興味持ちそう」
「おもしろそう。“センサーが示す数値を元に、どの作物に水を与えるか選ぶ”っていうゲーム形式なら、五分でもできる」
 蒼馬が即座に構成を思い描く。
 柴田が満足げに笑った。
「大人は“農業は難しい”って言う。でも、子どもたちは“やってみたい!”って言うんです。“土いじり=遊び”って思ってるから。だからこそ、“未来の職業”として伝える価値があるんですよね」
 その言葉が、三人の胸に静かに残った。



 ファームを後にし、駅までの帰路。三人は町営バスに乗り込んだ。車窓からは、整備されたハウス群と緑の畝がしばらく見えていた。
「……やっぱり、“農業”っていう言葉のイメージが、今日で変わったかも」
 菜央が、反射するガラス越しにぽつりとつぶやく。
「うん。“未来”と“農業”が、共存してる現場だった」
 真奈美の言葉に、蒼馬が頷いた。
「俺、たぶん今日初めて“AIって面白いかも”って思った。“人間を超える存在”じゃなくて、“人間の拡張”みたいな感じ」
「それって……“道具”をどう使うか、考える責任が人にあるってことだよね」
 菜央の声には、どこか使命感に似た響きがあった。
「じゃあ、今回の視察をどう活かす? “未来のしごと”の見せ方として、なにができそう?」
 真奈美が冷静に問いかける。
「まず、例のミニアプリ案はそのまま企画書に入れよう。“未来農業体験”って名前で。“AIが示すデータを見て、作物を選んで育てる”っていう三分くらいのブース体験」
「あと、“人の判断がどこに必要か”を分解して見せる構成がいる。“全部AIでやってる”と思わせないように」
「補助線的に、“感覚で判断する場面”も対比で紹介しよう。“水耕×自動化”と“土壌×観察”を並列に扱えば、仕組みだけじゃない本質も伝わる」
 メモを取る菜央の筆が止まらない。情報の構造化と、実行可能な体験への変換。まさに彼女の得意分野だ。
 やがて、バスが真白駅前に停車した。三人は降り、夕方のやわらかい光に包まれながら駅前ロータリーを歩いた。
 その途中、蒼馬がぽつりと口を開いた。
「……なあ、“働くって何か”って、分かったか?」
 思わぬ問いかけに、菜央と真奈美は立ち止まる。
「んー……“誰かのために、自分の力を使うこと”かな。今日の柴田さん、誰よりも自分の知識を活かしてた。でもそれって、全部“食べる人のこと”考えてたよね」
「私は、“道具を正しく使う責任を負うこと”。未来のツールは、便利なほど、人間の倫理観が問われる。つまり……“思考する余白”を持ち続けることが“しごと”になる」
 二人の言葉を聞いて、蒼馬は腕を組んだままうなった。
「……なるほどな」
「じゃあ、蒼馬は?」
 菜央が笑いながら振り返ると、蒼馬は少し照れたような表情で言った。
「……まだわからん。でも、“見ようとしないと、何も見えない”ってのは、少しわかったかも」
 その一言に、真奈美がうっすらと笑った。
「それ、案外いちばん大事かもね。“見ようとする”のが、すでに“働いてる”ってことなんじゃない?」
   ◆
 数日後、放課後の学習室。
 各視察チームの成果を持ち寄った共有ミーティングが行われていた。
 AI農場チームの報告を聞いた大成が「なるほどなあ……」と感心したようにうなった。
「うちの診療所チームも“AIとの共存”ってテーマが少し出てきたんだ。“判断”の部分が人に残るのは、医療も同じだねって」
「造船の榊原さんも、“計算はAI、決断は人間”って言ってたな」
 蒼馬がつぶやく。
「……じゃあ、それを軸に“フェアの導線設計”を見直そう。“判断”や“責任”が人間に残るしごとを並べて、“未来のしごとのかたち”ってテーマでゾーン化できる」
 菜央が資料のホワイトボードに一気に構図を書き出す。全員がその筆の動きを見つめる。
「“過去に学ぶ伝統産業”“今を支える地域職種”“未来に向かうテクノロジー”——この三層で展示と体験を構成していこう。共通するのは、“人間が判断している”という一点」
 その言葉に、誰も異論を挟まなかった。
 蒼馬が一度目を閉じてから、静かに言った。
「それでいこう。“何を分かち合うか”を、考える展示にするんだ」
——第7話・了(End)
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