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第25話 一夜の看病
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深夜の診療所に、しんしんと雨音が戻っていた。
簡易ベッドの上、紗織はうっすらと目を開けていた。意識ははっきりしているが、体はまだ動かない。体内に残る毒素が神経に負担を与え、極度の倦怠感を引き起こしている。
「……少し、喉が渇きました……」
その一言に、部屋の端で張り詰めていた空気がゆるんだ。
勇が椅子から立ち上がり、水差しを手に取った。手がわずかに震えていたが、それを見せまいと必死だった。
「ありがとう……」
「こっちこそ……無事でよかった」
勇はコップを持ったまま、紗織の顔をじっと見つめた。
「ごめん。おれが、もっと……警戒してれば、あんな矢は──」
「それは違います。私があなたの隣に立ちたかったから、園遊会にいた。選んだのは、私です」
その声は弱々しかったが、紗織の意思は確かにそこにあった。
「私は……やっと、選べたんです。自分の道を、自分の心で」
勇は、ふと息をのんだ。
紗織の目は涙で潤んでいたが、悔しさも、恐怖もない。
ただ、真っ直ぐに、王となろうとする彼の姿を見ていた。
「だから……あなたが立ち止まるなら、今度は私が、叱って差し上げます」
「……ああ、頼む」
勇はそっと紗織の手を握った。
その時、入口のカーテンがかすかに揺れた。覗き込むように入ってきたのは、すずと巧だった。友子と裕哉は別室で警備をしているという。
すずは柔らかく笑い、そっとベッドの足元に腰掛ける。
「ちゃんと寝てないと、回復が遅れちゃうよ」
「けれど……話したいことが、たくさん……」
「話すより、歌を聴いたほうがいいよ。……ね、巧?」
話を振られた巧は、視線を紗織と交わし、迷うように口を開いた。
「……紗織。今まで、俺はお前の言葉を、全部わかってたわけじゃない。たぶん、これからも半分くらいしかわからない。けど……」
ぐっと拳を握り、続ける。
「……わからないなりに、話す努力はする。だから、ちゃんと聞いてくれ」
紗織が瞬きをする。
「お前が、無事で……よかった。怖かった。もう会えないかと思って。俺は……俺は、誰かを守るって、こういうことだったのかって、やっと……」
言葉が詰まった。
そのまま巧は、ベッド脇の床に膝をつき、黙って紗織の手を握った。
すずがゆっくりと、子守唄のような旋律を歌い出す。
それはかつて、旅の途中で出会った辺境の村で、燃えさしの焚き火の前にいたときに紗織が口ずさんでいた旋律。
細い声で紗織が重ねる。
「……迷っても、寒くても、あなたが隣にいれば、歩けるわ」
その言葉は、今や仲間全員の祈りとなって、夜の静寂に溶けていった。
簡易ベッドの上、紗織はうっすらと目を開けていた。意識ははっきりしているが、体はまだ動かない。体内に残る毒素が神経に負担を与え、極度の倦怠感を引き起こしている。
「……少し、喉が渇きました……」
その一言に、部屋の端で張り詰めていた空気がゆるんだ。
勇が椅子から立ち上がり、水差しを手に取った。手がわずかに震えていたが、それを見せまいと必死だった。
「ありがとう……」
「こっちこそ……無事でよかった」
勇はコップを持ったまま、紗織の顔をじっと見つめた。
「ごめん。おれが、もっと……警戒してれば、あんな矢は──」
「それは違います。私があなたの隣に立ちたかったから、園遊会にいた。選んだのは、私です」
その声は弱々しかったが、紗織の意思は確かにそこにあった。
「私は……やっと、選べたんです。自分の道を、自分の心で」
勇は、ふと息をのんだ。
紗織の目は涙で潤んでいたが、悔しさも、恐怖もない。
ただ、真っ直ぐに、王となろうとする彼の姿を見ていた。
「だから……あなたが立ち止まるなら、今度は私が、叱って差し上げます」
「……ああ、頼む」
勇はそっと紗織の手を握った。
その時、入口のカーテンがかすかに揺れた。覗き込むように入ってきたのは、すずと巧だった。友子と裕哉は別室で警備をしているという。
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「けれど……話したいことが、たくさん……」
「話すより、歌を聴いたほうがいいよ。……ね、巧?」
話を振られた巧は、視線を紗織と交わし、迷うように口を開いた。
「……紗織。今まで、俺はお前の言葉を、全部わかってたわけじゃない。たぶん、これからも半分くらいしかわからない。けど……」
ぐっと拳を握り、続ける。
「……わからないなりに、話す努力はする。だから、ちゃんと聞いてくれ」
紗織が瞬きをする。
「お前が、無事で……よかった。怖かった。もう会えないかと思って。俺は……俺は、誰かを守るって、こういうことだったのかって、やっと……」
言葉が詰まった。
そのまま巧は、ベッド脇の床に膝をつき、黙って紗織の手を握った。
すずがゆっくりと、子守唄のような旋律を歌い出す。
それはかつて、旅の途中で出会った辺境の村で、燃えさしの焚き火の前にいたときに紗織が口ずさんでいた旋律。
細い声で紗織が重ねる。
「……迷っても、寒くても、あなたが隣にいれば、歩けるわ」
その言葉は、今や仲間全員の祈りとなって、夜の静寂に溶けていった。
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