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第24話_暗殺の雨
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夜の園遊会は、広場に張り巡らされた魔導灯と、楽団の優雅な旋律に包まれていた。王都の広場は人々の笑顔と拍手に満ち、勇とアンドレによる「双王子の誓い」は希望の象徴として、祝祭の夜を照らしていた。
「まさか、ここまでこぎつけるとは……」
舞台袖で、巧はしみじみと呟く。
観衆のなかでは、すずが即興の詩を読み上げ、友子が魔導通信で地方に映像を中継していた。裕哉は衛兵隊の配置を二重に整え、紗織は外交官として貴族たちの歓待に追われていた。
そのとき——
“ピィィィィィィンッ”
乾いた弦のような音が響いた。
「伏せろッ!」
巧が叫ぶより早く、紗織の肩をかすめて毒矢が突き刺さった。
赤いドレスが一瞬で黒く染まり、彼女は崩れるように地面に倒れた。
「紗織ッッ!」
勇が駆け寄り、その体を抱き上げた。彼女の唇は白く、肩口からは毒の痕が広がっていた。
友子が地面に飛び込み、鞄から錬金試薬を次々に取り出した。
「だいじょうぶ、解毒できる、きっと間に合うから、だから——誰も死なせないって約束したもん……!」
手が震えていた。だが、止まらなかった。
青い液体と銀の粉末を混ぜ、注射筒に装填する。
「……これ、いきますっ!」
友子は覚悟を決めて、紗織の首筋に針を打ち込んだ。
その瞬間、紗織の指先がぴくりと動いた。
かすかに開いた瞼が、勇を見た。
「……泥だらけ、ね。王子さま……」
勇は笑って涙をこらえた。
「そのドレス、あとで弁償するよ」
そして、巧は即座に立ち上がる。
「矢の軌道、上方三十度。建物の二階窓。屋根の上だ、狙撃手はまだいる!」
裕哉がすでに動いていた。
「観客を避難させろ。衛兵隊、右側面から回り込め!」
すずの声が祭壇の上から響いた。
「皆さん、冷静に——これは“物語の山場”です! 英雄はまだ、ここにいます!」
その言葉に、広場の混乱がぴたりと止まり、人々が希望の灯を見失わなかった。
勇は紗織を抱えたまま、微かに息をついた。
「これが……王の道かよ……険しすぎるな」
巧は群衆の間をすり抜け、狙撃手がいると推測した建物の屋根へと駆けた。
階段など使わない。壁を蹴って飛び、窓枠をつかみ、足場のない石造りの外壁を一気に登る。体術は、かつて王都迷宮で生き残るために身につけたものだ。
屋根上、影が一つ動いた。
黒装束に身を包んだ狙撃手。すでに第二矢を番えている。
だが、それは放たれることはなかった。
巧の足が、男の腕を蹴り払ったのだ。
ボウ、と風を切って矢が逸れ、街路の外れに突き刺さった。
「狙いはひとつだけで充分だろ。二発目は、俺が許さない」
男は舌打ちし、飛び退いて毒煙弾を放った。
巧は一歩退いたが、すぐに吸わぬよう息を止めて突っ込む。
「……まさか、あんた──“赤猫団”の残党か」
それは旧摂政派が影で操っていた傭兵諜報組織の名前だった。王城の粛清以後、壊滅したはずだ。
「……新しい主人に拾われてな。仕事は、忠義より重いんでな」
「ふざけんなよ」
巧の拳が、男の顎を打った。
続けざまに膝蹴り。倒れかけた男の腰に手をかけ、逆関節を極めて地面へ押さえ込む。
「この命で……何を守る?」
男は呻いたが、答えなかった。
巧はそれで十分だった。懐から拘束符を取り出し、男を封じると、屋根から飛び降りた。
広場に戻れば、紗織はすでに意識を取り戻し、友子の処置で毒は安定していた。勇はまだその傍らを離れず、すずは民衆に向けて「これは終わりではない。夜明けの前にこそ物語は立ち上がる」と朗々と語り続けていた。
裕哉が戻ってきた。
「摂政派の残党……いや、もはやそれすらも名乗らない、ただの破壊者たちだ」
彼は呟いた。
「これで民の心が離れると思ったか。甘い」
勇が、立ち上がった。
「……俺は、この国のために命を懸ける。誰が後ろから撃とうと、もう止まらない」
その目に宿る決意は、火のようだった。
その夜、城下の臨時診療所には、明かりが灯され続けていた。
紗織は簡易寝台に横たわり、静かに眠っていた。毒の影響で発熱していたが、友子の対処が早く、命に別状はないという。
「……解毒剤、まだ改良の余地があるな……もっと即効性を高めて……いやでも、あの構造だと副作用が──」
友子はひとりごとのようにノートへ記録を取り続けている。時折、ペンを舐める癖が出るのを、勇がそっとタオルで止める。
「なにするのよ、これ大事な──」
「舐めちゃだめだって。毒がついてるかもしれないだろ」
「……ぅ……ありがと」
その横で、すずは紗織の手を握っていた。意識のない紗織に向け、静かに語りかけている。
「あなたがいたから、みんながひとつになれた。勇が前を向けた。私も、物語を歌い続けられた。……だから、ね、帰ってきて。ちゃんと、目を覚まして」
その言葉が届いたのかどうか、紗織の指がぴくりと動いた気がした。
巧は、診療所の隅の壁に凭れ、目を閉じていた。
ただ待つ。それだけの時間が、こんなにも歯痒いとは思わなかった。
自分にできることがなかった。守りきれなかった。咄嗟に飛び込んだが、もっと早く気づいていれば。
「……感情、か」
ぽつりと、呟いた。
巧は、自分の言葉足らずがもたらす誤解に、ずっと苦しんできた。
だが今は、言葉がどうこうより、ただ行動が足りなかったと痛感していた。
そこへ裕哉がやって来た。演劇団員に化けたまま、口元にいつもの軽薄な笑みを貼りつけて。
「お前がそこまで静かだと、空気が重すぎるな」
「……すずの歌で軽くなるさ」
「なるほど、信頼は分かりやすい言葉だな」
裕哉がウィンクする。
その時、紗織のまぶたがゆっくりと開いた。
「……ここは……?」
勇が立ち上がる。
「紗織!」
すずが、泣き笑いのような声を上げた。
友子があわててペンを落とす。
巧は、壁から体を離し、ただ一言だけ告げた。
「……おかえり」
「まさか、ここまでこぎつけるとは……」
舞台袖で、巧はしみじみと呟く。
観衆のなかでは、すずが即興の詩を読み上げ、友子が魔導通信で地方に映像を中継していた。裕哉は衛兵隊の配置を二重に整え、紗織は外交官として貴族たちの歓待に追われていた。
そのとき——
“ピィィィィィィンッ”
乾いた弦のような音が響いた。
「伏せろッ!」
巧が叫ぶより早く、紗織の肩をかすめて毒矢が突き刺さった。
赤いドレスが一瞬で黒く染まり、彼女は崩れるように地面に倒れた。
「紗織ッッ!」
勇が駆け寄り、その体を抱き上げた。彼女の唇は白く、肩口からは毒の痕が広がっていた。
友子が地面に飛び込み、鞄から錬金試薬を次々に取り出した。
「だいじょうぶ、解毒できる、きっと間に合うから、だから——誰も死なせないって約束したもん……!」
手が震えていた。だが、止まらなかった。
青い液体と銀の粉末を混ぜ、注射筒に装填する。
「……これ、いきますっ!」
友子は覚悟を決めて、紗織の首筋に針を打ち込んだ。
その瞬間、紗織の指先がぴくりと動いた。
かすかに開いた瞼が、勇を見た。
「……泥だらけ、ね。王子さま……」
勇は笑って涙をこらえた。
「そのドレス、あとで弁償するよ」
そして、巧は即座に立ち上がる。
「矢の軌道、上方三十度。建物の二階窓。屋根の上だ、狙撃手はまだいる!」
裕哉がすでに動いていた。
「観客を避難させろ。衛兵隊、右側面から回り込め!」
すずの声が祭壇の上から響いた。
「皆さん、冷静に——これは“物語の山場”です! 英雄はまだ、ここにいます!」
その言葉に、広場の混乱がぴたりと止まり、人々が希望の灯を見失わなかった。
勇は紗織を抱えたまま、微かに息をついた。
「これが……王の道かよ……険しすぎるな」
巧は群衆の間をすり抜け、狙撃手がいると推測した建物の屋根へと駆けた。
階段など使わない。壁を蹴って飛び、窓枠をつかみ、足場のない石造りの外壁を一気に登る。体術は、かつて王都迷宮で生き残るために身につけたものだ。
屋根上、影が一つ動いた。
黒装束に身を包んだ狙撃手。すでに第二矢を番えている。
だが、それは放たれることはなかった。
巧の足が、男の腕を蹴り払ったのだ。
ボウ、と風を切って矢が逸れ、街路の外れに突き刺さった。
「狙いはひとつだけで充分だろ。二発目は、俺が許さない」
男は舌打ちし、飛び退いて毒煙弾を放った。
巧は一歩退いたが、すぐに吸わぬよう息を止めて突っ込む。
「……まさか、あんた──“赤猫団”の残党か」
それは旧摂政派が影で操っていた傭兵諜報組織の名前だった。王城の粛清以後、壊滅したはずだ。
「……新しい主人に拾われてな。仕事は、忠義より重いんでな」
「ふざけんなよ」
巧の拳が、男の顎を打った。
続けざまに膝蹴り。倒れかけた男の腰に手をかけ、逆関節を極めて地面へ押さえ込む。
「この命で……何を守る?」
男は呻いたが、答えなかった。
巧はそれで十分だった。懐から拘束符を取り出し、男を封じると、屋根から飛び降りた。
広場に戻れば、紗織はすでに意識を取り戻し、友子の処置で毒は安定していた。勇はまだその傍らを離れず、すずは民衆に向けて「これは終わりではない。夜明けの前にこそ物語は立ち上がる」と朗々と語り続けていた。
裕哉が戻ってきた。
「摂政派の残党……いや、もはやそれすらも名乗らない、ただの破壊者たちだ」
彼は呟いた。
「これで民の心が離れると思ったか。甘い」
勇が、立ち上がった。
「……俺は、この国のために命を懸ける。誰が後ろから撃とうと、もう止まらない」
その目に宿る決意は、火のようだった。
その夜、城下の臨時診療所には、明かりが灯され続けていた。
紗織は簡易寝台に横たわり、静かに眠っていた。毒の影響で発熱していたが、友子の対処が早く、命に別状はないという。
「……解毒剤、まだ改良の余地があるな……もっと即効性を高めて……いやでも、あの構造だと副作用が──」
友子はひとりごとのようにノートへ記録を取り続けている。時折、ペンを舐める癖が出るのを、勇がそっとタオルで止める。
「なにするのよ、これ大事な──」
「舐めちゃだめだって。毒がついてるかもしれないだろ」
「……ぅ……ありがと」
その横で、すずは紗織の手を握っていた。意識のない紗織に向け、静かに語りかけている。
「あなたがいたから、みんながひとつになれた。勇が前を向けた。私も、物語を歌い続けられた。……だから、ね、帰ってきて。ちゃんと、目を覚まして」
その言葉が届いたのかどうか、紗織の指がぴくりと動いた気がした。
巧は、診療所の隅の壁に凭れ、目を閉じていた。
ただ待つ。それだけの時間が、こんなにも歯痒いとは思わなかった。
自分にできることがなかった。守りきれなかった。咄嗟に飛び込んだが、もっと早く気づいていれば。
「……感情、か」
ぽつりと、呟いた。
巧は、自分の言葉足らずがもたらす誤解に、ずっと苦しんできた。
だが今は、言葉がどうこうより、ただ行動が足りなかったと痛感していた。
そこへ裕哉がやって来た。演劇団員に化けたまま、口元にいつもの軽薄な笑みを貼りつけて。
「お前がそこまで静かだと、空気が重すぎるな」
「……すずの歌で軽くなるさ」
「なるほど、信頼は分かりやすい言葉だな」
裕哉がウィンクする。
その時、紗織のまぶたがゆっくりと開いた。
「……ここは……?」
勇が立ち上がる。
「紗織!」
すずが、泣き笑いのような声を上げた。
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