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アノーロワ商会 1

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 レイナ・ミーナロッテと名乗る女は腕を組み俺を睨みつける。


「つまり、お前は彼女の娘だと?」
「お前、じゃなくて、レイナよ。変態さん」


 確かに言われてみれば似た感じはするか?


「通りでレイナもいい女なわけだ」
「は、はあ!?」


 顔を赤くさせる反応といい、確かに似ている。


「そ、それより、あなたここへ何しに来たわけ?」
「それはもちろん、レイナの母親を抱きに……」
「は?」
「まあ、名前だけでも聞かせてもらいに来たというわけだ」


 微かに感じた威圧感から言葉を変えると、レイナは隣にいたリトに視線を向ける。


「……あなたもこいつと同じ?」
「僕は彼の付き添いだよ。もちろん、君のお母さんに手を出そうだなんて馬鹿げたことをするつもりはないから敵意を向けるのは彼だけにしてくれ」
「そう、わかった。とりあえず母から、あなたに助けられたことは聞いたわ。それに関してはお礼を言わせて、ありがとう」
「まあ、気にするな。ところで母親と話を──」
「だけど、あなたにお母さんを会わせる気はないの」


 そう断言されると、隣で様子を伺っていたリトが呆れたように首を左右に振る。


「やれやれ、だから無謀だと言ったじゃないか。せめて家族がいない一人の時を狙おうって……」
「は? あなた、この変態に手を貸すつもり?」
「いやいや、そんなことは──」


 そんな時だった。
 バンッ、と勢いよく扉が開かれた。
 

「お邪魔しますね、ミーナロッテ食堂さん」


 店内を値踏みするように入ってきたガラの悪い男。
 その後ろにも人が。人数は八人ぐらいで、全てが男だ。
 それに手には決して食事をするときに必要ではないであろう鈍器や刃物といった得物を持っている。


「……お客様、ここは食事をするお店ですが?」


 レイナは先頭を歩く男に声をかける。
 その声色はどこか、最初に俺たちにかけた可愛らしい声ではなく、警戒心丸出しの低い声だ。
 それに他の客も何かを察したのか、料金を支払うと逃げるように店を出ていく。

 一瞬で店内から俺たち以外の客が消えると、ガラの悪い男は鼻で笑う。


「そんな怖い顔すんなって、姉ちゃん。ただ俺たち”アノーロワ商会”は、サービスを受けに来ただけなんだからよ?」
「サービス、ですか……。ではお店に入る前に、その手に持っている物を置いてきてもらえますか?」
「ん? ああ、これか。まっ、固いこと言うなよ。それより酒、持ってきてくんねえか? お客様によ」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべた男が勝手に席に座ると、他の奴らも席に座る。


「……彼らは、アノーロワ商会が雇った用心棒だよ」


 小さな声でリトが教えてくれた。
 アノーロワ商会、どこかで聞いた名前だ。


「そうか、あの時、レイナの母親に絡んでいた連中か。ここにいるのは、そのアノーロワ商会ではなく用心棒だけなのか?」
「たぶん、こういう場に商会の人間は来ないと思うから。経営権を支払わないお店相手に取り立てに行ったり、店同士のトラブルなんかを対処するのが用心棒の仕事なんだよ」


 なるほど。だが何しに来たんだ?
 前にレイナの母親が言っていた経営権については、旦那と他の経営者らと共に話し合いに行くと言っていた。


「ところで姉ちゃんよ、ちょこっと店主と話がしたいんだが。呼んできてもらえるか?」
「……奥にいますが、代わりに私がお話を聞きます」
「姉ちゃんが……? それは嬉しいが、ちょっと大人のお話でよ」
「私はここの店主の娘です。なので私がお話を聞きます」
「へえ、姉ちゃんはあの女の娘なのか。ほお、そりゃあ……」


 ガラの悪い男は、レイナの足下からゆっくりと視線を上げ、笑みを浮かべた。


「確かに、あの女と同じでいい体してんな? なあ、お前ら」


 周囲からどっと歓声に似た声が響き渡る。


「気持ちの悪い連中だな」
「似たようなセリフを彼女に投げた君が、それを言うのかい?」
「なに? 俺はあんな気持ち悪い言い方だったか? ……素直に褒めたつもりなのだが」
「ふふっ、君のはそうだろうね。まあ、受け手次第だろうさ」


 さっき俺がレイナを褒めたとき、彼女は頬を赤く染めていた。だが今は、


「申し訳ありません、要件を伺えますか?」


 口調は変えず、ただ声には怒気をひそませている。
 そしてレイナの父親も、厨房から表へと出ていく。


「そう固いこと──」
「──仕事中です、早くしてもらえますか?」


 そうはっきりとレイナが告げると、笑っていた連中の表情が変わり、周囲に緊張感が走る。


「そうか。じゃあ本題は二つだ、まず先月と今月の増額した経営権の支払いの件だ」
「それについては他の店舗と協議した結果、今まで通りの金額で──」
「他の店舗? 何を言っている、ここ以外の店舗はちゃんと了承してくれたぞ?」
「え?」


 その言葉が信じられないのか、レイナは両親へと視線を向ける。
 父親が一歩前に出る。その表情は少し怯えた様子だった。


「あ、あの、それは何かの間違いではないでしょうか!? 経営権については、前に商会へお話しに行った際、今まで通りという結論に至ったはずです。アノーロワ会長も頷いてくれました」
「いいや、俺たちにはそんな話は聞かされていないな。現に他の店舗は納得してくれた……まあ、ついさっき話し合ったんだがな」
「それって……」


 父親が何か言いたそうにしたが、それを途中で止めた。


「今のように脅して、ですか……?」


 レイナの言葉に、ガラの悪い男は知らん顔をする。


「さあ、俺たちは普通にお店に顔を出しただけなんだがな」
「白々しい……」
「それでもう一つの要件なんだが、市街地全体の経営権を更に値上げさせてもらうことになったんだわ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」


 男の言葉に慌てた様子の父親。


「これ以上は無理ですよ! そんなことされたら、どのお店も経営できなくなります!」
「だが他の店舗は了承してくれたぜ? まっ、料理の値段を上げるなりすればいいだろ?」
「そんなことしたら、今まで来てくださったお客様が──」
「──お父さん、もういいよ」


 動揺しながらも抗議する父親を、レイナは止めた。


「どうせこの人たちは、こっちのことなんて何も考えてくれないんだから。……それが、アノーロワ商会の考え?」
「ああ、そうだ」
「もし従わなかったら?」
「従わないなら……」


 ガラの悪い男が合図を出すと、周囲で様子を見ていた連中が立ち上がる。その手には得物が。
 結局のところ、話し合いでどうにかなるものではなく、連中は暴力で従わせるつもりだったのだろう。


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