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最初の眷属
しおりを挟む生まれたときから俺は父と二人で育った。
寡黙な父は面倒見なんて良くなくて、あまり楽しかった記憶はなかった。
代わりに俺の側にあったのは、大量の魔導書だった。
最初は暇潰し感覚で読んだ。何も理解できなかった魔導書も、何度も目を通していったら次第と理解できて、子供だった俺はそれが楽しいと感じられた。
そして理解できると、今度は試したくなった。
父に隠れて、誰もいない場所で何度も魔術を使った。
初めての魔術は失敗した。
それでも諦めずに試し続けると、何十回目かに成功した。
最初は魔導書を手に、そしていつからか魔導書無しで。
そうしていくつもの魔術を習得していった。
「それが俺の生きる中での楽しみだった。だけどいつからか変わった。生きるために多くの魔術を身に付けないといけなくなった」
「生きるため……?」
自分が魔族だということは隠しながら、俺はレイナに話を続けた。
魔界には様々な魔族が暮らしている。
多い種族、少ない種族。
強い種族、弱い種族。
数が多い種族は、少ない種族を淘汰してきた。
魔界にたった二人しかいない吸血鬼は、他種族からのいい標的だった。だから日夜問わず多くの魔族に狙われてきた。
「気付くと楽しかった魔術は、生きるための術に変わっていた。……俺は死ぬ気で学んだよ」
「あなたでも敵わない奴がいたの?」
「別に生まれたときからこうだったわけじゃない。レイナと同じで、必死になって自分の腕を磨いたさ」
「そう、なのね……」
レイナが自分の実力を試すために学園へ入学したように、俺も多くの魔導書を読み、自分の力を試すために魔族と戦ってきた。
もちろん生きるか死ぬかの問題だった俺とは違うけど、それでも、彼女にとっては同じぐらい大切なことだったのだろう。
「私も魔導書を何度も読んでいたら、変わっていたのかしらね? ……まあ、あなたみたいな魔力は無いんだけど」
レイナに足りないのは魔力だけだ。
そんな彼女に魔力を与えられるとしたら、それは……。
「レイナは、魔力が欲しいか……?」
人間界に来てから、ずっと女の血を吸って眷属にしたいと考えていた。それが本来の目的だからだ。
であれば、魔力が無いことに嘆いている彼女なら、最初に眷属にするには最高の相手ではないか?
だけどなぜか、今までの女と違って少し照れくさく感じてしまった。
だから「俺の女になれ」じゃなく「魔力が欲しいか?」と聞いてしまった。否定しないであろう聞き方をしてしまった。
「……そうね、欲しいわね」
「そうか」
「でも、そんなの無理だから」
そして気付くと、俺たちはヴェリュフールに戻ってきていた。
「じゃあ、私はこっちだから」
レイナはそう言って、多くの人々でごった返す市街地を駆けていく。
だけど不意に立ち止まり、
「あなたは、きっと悪い人じゃないんだと思う。だから今は、何も聞かないでおくわね。それじゃあ……えっと、今日は色々と、ごめんね。それに助けてくれてありがとう! じゃあ、バイバイ」
頬を赤く染め、こちらへと小さく手を振る彼女。
夕焼け空に照らされた銀色の髪が、どんな魔術の光よりも美しく輝いていた。
魔力は多くない。吸血鬼の本能であれば他にもっといい女がいる。だけどその笑顔は、この人間界で見てきたどんな女よりも綺麗で、惹かれる姿だった。
「もしも機会があったら、聞いてみるか……」
♦
レイナと別れたその足で、学園にいるであろう管理理事をしているカーラの下へと向かった。
「あら、ユクス。どうしたの急に」
「少し報告したいことがあってな。それより何処かへ行く予定だったのか?」
カーラは少し慌てた様子で、大きな鞄に荷造りをしていた。
「ええ、ついさっき、学園のことで三国のお偉いさんから急な呼び出しがあってね。ヴェリュフールを出なくちゃいけなくなったのよ」
「そうなのか。じゃあ日を改めた方がいいか?」
「いいえ、少しなら大丈夫よ。それに帰ってくるのは明日以降になるから、何かあったなら今聞いておきたいわ」
カーラがソファーに座ったので、俺も向かいに座る。
そして簡単にだが、フルーゲル廃墟で起きたことを報告した。
「そう……」
カーラは少し考え、
「禁忌指定の魔導書を盗んだ連中に繋がるかはわからないけど、可能性はありそうね。顔は見ていないの?」
「ああ、残念ながらな」
「へえ、意外ね、あなたが見逃すなんて。あの人からは敵対する者には容赦しないと聞いていたから」
「連れが狙われたからな」
そう答えると、カーラは嬉しそうに笑った。
「あら、女の子?」
「……なぜそう思う」
「ふふん、なんとなく。お母さんの勘よ。まあ逃げられてしまったことは仕方ないから、もしまた次、接触してきたなら報告してちょうだい」
「ああ、わかった」
とりあえず報告は終わった。
俺はカーラと別れ、寮へと帰った。
のだったが、
「やあ、ユクス。帰ってきて早々報告なんだけど、少し厄介なことが起きたよ」
「なに?」
寮へと帰るなり、リトは珍しく真剣な表情で言った。
「少し前、レイナのご両親がアノーロワ商会に連れて行かれた」
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