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仕組まれた物語
しおりを挟む「……そういうことか」
俺たちは一度、学園の外へと出てきた。
そして合流したリトから、上で何があったかの報告を受けた。
「もちろん嘘という可能性はある。ただ……」
「嘘をつく理由はない、だろ?」
「ああ。マリーナは僕と同じ村の出身なんだ。……色々と事情があって、彼女もこの学園の騎士クラスに入学したんだ」
色々と、か。
リトなりにこの学園に入学する複雑な理由があるのだろう。ただそれを聞き出すのは今じゃない。
「一度、アノーロワ商会に戻ろう。シスリル、家に行ってもいいか?」
そう問いかけると、彼女はコクリと頷く。
魔族召喚で犠牲になった者の遺体はこの世に残らず消える、それは来ていた衣服もろともだ。
地下でアノーロワ商会の従業員の遺体は一体も見つからなかった。
だから犠牲者はアノーロワ商会の従業員だ、という事実はどこにもない。俺の想像であって、もしかしたら犠牲者は違う者たちだった可能性もある。
ただそれを口にすることはできない。
それが事実だったかどうかを知るなら、ベイルの父親の目が覚めるのを待つか、あの場にいたレイナの両親から聞くしかないだろう。
まだ夜は明けない。
俺たちはアノーロワ商会の屋敷に戻ってきた。
「お父さん、お母さん!」
屋敷へと戻ってくるなり、レイナは両親への下へと駆け出した。
レイナも、そして両親も、お互いを心配していたのだろう。お互いの顔を見た瞬間、安心したように泣き出した。
「……お爺様の容体は?」
シスリルはここへ来る途中は黙っていたままだったが、屋敷へ入る前に深呼吸をすると、気持ちを入れ替えて扉を開けた。
今は用心棒たちに指示を出し、ネグルスとベイルを寝かせ、俺たちへ温かいスープまで渡してくれた。
きっとアノーロワ商会の娘として、まだ付き従ってくれている用心棒に心配させないよう、強く見せているのだろう。
「長い夜だね」
「ああ、そうだな」
ネコの姿をしていたリトは、屋敷へ戻ってくるなり元の人間の姿に戻っていた。
あの魔術は元々、リトの育った村にあった魔導書で、彼は「これは僕たちが生き残るための術だよ」と言っていた。
それから、レイナの両親に何があったのか話を聞いた。
どうしてベイルとは違い自分たちは上の階にいたのか、そのことを聞くために。
「……元は我々も、アノーロワ商会の方々と共に学園へ連れて来られたのだが、その道中、黒色の毛並みをしたネコと仮面を付けた連中が言い争いを始めたんだ。そして話しが済んだら妻と私と、アノーロワ商会の首領だけが、喋る黒ネコと共に上の階へ向かわされたんだ」
レイナの父親はそう教えてくれた。
そしてアノーロワ商会の従業員たちが、ベイルと共に地下へ連れて行かれたことも、話してくれた。
「シスリル……」
「わたくしは大丈夫です、ユクス様。気持ちの整理はつけていましたから」
けれど、そう言うシスリルの表情は苦しそうだった。
俺は彼女の肩を抱き、投げかけられる言葉を必死に考えた。
「こういうとき、何を言えばいいかわからない。ただもう少しだけ、頑張ってくれ」
「ええ、そのつもりですわ。今のわたくしがすべきことは、今も付き従ってくれているアノーロワ商会の従業員たちに不安がらせないことですから……」
「ああ。二人になったら、いくらでも泣いていいからな」
そう告げると、シスリルはクスッと笑った。
「泣いて弱ったわたくしを慰めて、二人っきりでいったい何をするおつもりですか?」
「ん、そうだな……学園での続き、だな」
「ふふっ、では期待してお待ちしておりますね」
「……コホン! んん、コホンコホン!」
シスリルとの会話を妨害するように、レイナが俺たちを見て何度も咳払いする。
それを見てリトも笑い、少しだけ空気が和んだように感じた。
「少し、情報を整理しよう」
俺は三人に向けて、そう話を切り出した。
「リトの同村の奴は、仮面の連中と自分の主は別の集団だと、そう言っていたんだな?」
「ああ、そうだ。レイナの両親は、マリーナと仮面の連中が言い争っていたと言っていた。だとすれば別の集団であっても、お互いの存在は知っていると思った方がいいかもしれない」
「そうだな。ただ仮面の連中よりも、少しは話せばわかる相手の可能性はあるな」
レイナの家族やシスリルの祖父が無傷で無事だったことや、リトが来てすぐに解放したことから、連れ去ったことは事実だが、まだ多少の温情があると感じられた。
「ただユクス、今は顔も見えない連中のことよりも問題なのは……」
「カーラが殺されたということか」
「これは僕の考えなんだけど、最初から連中の狙いは、管理理事だったんじゃないかな」
リトは「これはあくまで得た情報をもとに考えた仮説だけど」と話を始めた。
「ユクスと知り合った最初に、僕が『彼女は三国と対等に話せる立場にある、中立国で唯一の存在だ』って言ったの、覚えてるかい?」
「ああ」
「そのことは、僕や、たぶん中立国で生まれた二人も同じ認識だと思うんだ」
「ええ、ネコの言う通りね。突如として現れた膨大な魔力を持った英雄……なんて呼ばれていたかしら」
「アノーロワ商会の存在をカーラ様は良く思ってくださり、同じ中立国に暮らす住民の幸せの為に尽力してくださった方でした」
「もちろん中立国には手が回らないことなんて山ほどある、それでも手を尽くしてくれた人だ。ここに住むみんな、彼女のことを良く思っているはずだ」
「中立国で影響力があるから殺された、というのがリトの考えか?」
「……もちろん、これも僕なりの仮説だけど」
そう切り出し、リトはシスリルを見た。
「今から僕は酷い言い方をするが、落ち着いて聞いてほしい。この中立国で影響力があるのは”アノーロワ商会”と”カーラ・アストレア”、この二つだ。そして今回の騒動で、アノーロワ商会を指揮していた首領は眠ったままになり、君の父親は……今回の一件でかなりの悪評が知れ渡った。このままアノーロワ商会を指揮するのは不可能、それをここの住民が許すわけがない」
「お父様が指揮していたことを知る者は少なくありませんから。そもそもわたくしも、このままお父様にアノーロワ商会を任せることができません」
「この影響で、アノーロワ商会は崩壊とは言わないが半壊状態になり、カーラ・アストレアも殺された。……これが偶然とは、僕は思えないんだ」
「リトは要するに、最初からアノーロワ商会とカーラを無力化することが目的だったと、そう考えているのか?」
「ユクスは知らないかもしれないけど、ここは中立国と……国と呼んでいるけど国王がいるわけじゃない。その代わりに、彼女が今までいた」
「カーラか」
「だが今回の騒動で中立国の実質的なトップも、住民をまとめていた商会もいなくなってしまった。こうなった以上、国境として壁で三国と隔てても、以前ほど効果は強くないだろう。国境警備隊が、三国から国境を侵入してきたと上に報告しようにも、今まで報告を受けて対処してきたカーラさんが殺されたのなら、それも弱くなってしまう」
「無法地帯、だな……」
リトの言った仮説には確かな説得力があった。
中立国を守ろうと奮闘してきたカーラと、住民の暮らしを支えてきたアノーロワ商会。それが今回の一件で同時に消えたことを偶然と片付けるのは難しい。
「そして何より、君は管理理事が殺されたときに学園にいた。これも、最初から仕組まれていたのだろう」
「俺がいれば妨害される、そう思ってだな」
「連中は、君を脅威と見なしたのだろう。だからユクスの注意を、二人の家族を救い出すよう学園に向けさせた」
「私たちの家族は、ただの囮だったのね……」
レイナは拳をギュッと握りしめ、怒りをあらわにする。
「残念だけど、そうなるね。そして連中の狙い通り、ユクスが学園にいる間に管理理事はヴェリュフールの外で殺された。助けに来させないように……」
「カーラは俺に『学園のことで三国のお偉いさんから急な呼び出しがあった』と言っていた。ということは、この件に三国のお偉いさんとやらが関わってる可能性はあるか?」
「それはわからない。本当に学園のことで要件があったのか、管理理事を殺した者と深い関わりを持っていたのか。こればかりは当事者ではないから、本当に想像でしか話せない」
「当事者、か……。少しだけ、席を外していいか?」
そう言って立ち上がる俺を、レイナは心配そうに見つめる。
「何処か行くの?」
「少しな。薄々はお前たちも気付いていると思うが、カーラは、俺の母親なのだそうだ」
アストレア、という同じ家名を名乗っているのだから、気付いていたのだろう。
「そしてカーラは、俺の父のたった一人の眷属だった」
「眷属……。だから中立国の人なのに、魔力を持っていたのね」
「ああ、そうだ。眷属でありながら妻でもあったカーラが殺されたのが事実だとして、俺の父がそれをみすみす見殺しにしたとは思えない」
俺自身もここの三人が誰かに殺されそうだとわかったら助けに行く。それは父も同じだろう、息子だからわかるといった感じだが。
「何があったのか知るなら、父と話をするのが一番だろう。すぐに戻る、待っていてくれ」
俺はそう伝えると、
「君の帰りを待っている間、僕たちはできることをするよ」
「ええ、そうね。いってらっしゃい、ユクス」
「お気をつけて、ユクス様」
三人の言葉を受け、俺は頷くと転移の魔術を使用する。
…………。
……。
久しぶりの魔界は、朝や昼や夜といった概念が無いため、人間界と違って薄暗く感じる。
それに数日前までここで暮らしていたのに、どこか懐かしい気分だった。
俺は自宅の扉を開いた。
屋敷の中はいつもより静かだった。そして俺は、父がいる寝室へと向かった。
「……ユクス、か?」
「随分と、派手にやられたようだな?」
ベットで横になるカーラは目を閉じたまま動かない。
そしてその姿を見つめる父の体は、傷だらけだった。
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