不十分な世界の私―哲学断章―

ササキ・シゲロー

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〔12〕その人の出来事をその人自身に還元して見る限り、その出来事をその人自体から切り離せなくなる。

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 ひとたび意識が認識を持つに至ると、その認識を離れて、あらためて対象を意識し直すことが難しくなる。それは、『自己』を対象にした場合でも変わるところはないだろう。
 たとえば、ある程度の年月を生きていると、私という存在は私自身の経験した出来事が積み重なったものとして成り立っているように私自身には思えてくるし、私以外の者たちも、私のことをそのように見なしているように思える。自己をそのように、経験を積み重ねて形成するものであるとする考えにおいては、一人一人の人間すなわち『個人』とは、そもそも何者でもないがゆえに何者にでもなりうる者である、だからこそ人はそもそも「白紙」なのだ、ということになる。
 そうであるとすれば、私という存在には、そのような私自身が経験した出来事がいつまでもくっつき続けているのでなければ、私という存在が何であるかを、私自身も、また私以外の者たちも、何一つ認識し証言することができない、ということになるのではないだろうか?それが私自身にとって「いいこと」だったらまだしも、もしそれが私自身にとって「悪いこと」まで、ずっとずっとつきまとって離れないのだとしたら、それによって私という存在は、あたかも「悪いもの」として語られ続けなければならないことになるのではないだろうか?そのような、私自身にとっていいことであったり悪いことであったりするような、私自身の経験した出来事は、それが私という存在を認識し証言するものであり続ける限り、それは出来事として終わることができないままでいなければならないことになるのではないだろうか?

 人がある対象に対して、ある時それぞれに抱いた認識、その時に思ってしまったことや、その時に下したその対象に対するいい・悪いの判断は、そう思ってしまった対象とのその時の関係、あるいはその時の関係の条件に、それぞれに条件づけられた認識や判断としてあらわれているのではないのか?だからもし、違う条件がその時にあれば、違う判断や認識もきっとそこにはありえたはずであり、その対象との関係も、「違う関係」でありえたはずだ、というように考えることができるのではないか?
 しかし、その対象に対する認識や判断を、私の意識としてのその対象に対する見方として固定して、その見方をその対象そのものに還元するとしたら、私にとってその対象は、「それ以外のもの」ではありえないもの、ということになってしまうのではないか?
 たとえば「私は、この人のことが嫌いだ」と、その時には思ってしまったのだとする。その時にはとにかく、この人については何一つとしてよく思えないのだとしても、しかし、「実はこの人にもいいところがあるのではないか?」と、やがて時が経てば思ったりするような可能性も、もしかしてあるのかもしれない。それでも、「初めに」この人が嫌いだと思ってしまったことが、私の「この人への見方」として固定され、それが「この人自体」に還元された関係として、いつまでも「私たちの間」にあり続けるのなら、私はいつまでもこの人が嫌いだということが忘れられないのではないだろうか?そうなると、もはやどのような時であっても、私がこの人に対する時にはいつまでも私はずっと、「私の嫌いなこの人」という「この人に還元された認識・判断からはじまる、この人の関係」に、私自身が置かれ続けなければならない、拘束され続けなければならないことになるのではないだろうか?

 あるいは今度は、「それまで嫌いだったこの人を、それからは好きになった」とする。そこでは、「この人に対する認識・判断が、修正・変更されている」ようにも思える。しかし、この人が嫌いだったという認識・判断においては、その「嫌いだった理由が、この人に固定されたまま」だろう。また、「そのような(それまで嫌いだった)人を好きになった」のであれば、その認識・判断を、「修正・変更した理由が、この人との関係に固定される」ことになるだろう。かつてこの人を嫌いだった理由、それを修正・変更して好きになった理由、「そのような理由を通じて、この人を見る」のである限り、私とこの人との関係は、「そのような理由に基づいた関係」として固定され、「私たち」はそれに拘束され続けなければならないのではないだろうか?
 かつて抱いた認識や判断を修正・変更して、「今は違う」認識や判断を抱いていると「私は思っている」としても、「あの時」はたしかにそのように思っていたこと、「その時」にはたしかに抱いていた認識や判断を、「後になって=今になって」から、「いや、自分はそんな風に感じていたわけではない」と、意識的に打ち消しても、そのように思ってしまったことや、その時に抱いた認識や判断が、「その時の私に固定されている」のであれば、「いや、お前はあの時たしかにそのように思っていたんじゃないのか?」と、いつまで経っても問い詰められ責め立てられることになるのではないだろうか?となると、一度犯した罪は永遠に許されえない、ということになるのではないだろうか?

 その対象との関係の経験に、その対象に対する認識や判断が固定され埋め込まれている限りは、その対象との関係の経験、すなわちその対象との「出来事」にも、同様にその出来事に対する認識や判断が固定され埋め込まれることになる。そうなると、「いやな出来事は、いやな出来事のまま、私に生涯つきまとう」ことになる。「その出来事において私が関係した、いやなヤツら」は、「私にとっては一生いやなヤツら」だろう。一方で、その「いやな感じ」に基づいて、「それとは反対の感じの関係」を今度は私が他の関係に求めていくとしたら、私はそのいやな感じを「判断規準」として持ち続けなければならない。そしてその判断基準でさまざまな対象との関係を作り上げていく限り、それが「そういう判断基準に基づいている関係」である限り、「私が経験した、あのいやな感じ」も、そこにそっくりそのまま残され続けることになる。そうである限り「私は、あのいやな関係を解消することができない」のではないだろうか?

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