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第2章 港湾都市
36話 脱出、そして出発
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「一人で全員連れて登るだ? やれんのかよ、そんなこと」
「流石に全員一度に、は無理だけどね。一人ずつなら問題ないさね」
やれんのかよ本当に。
「とにかく、一度城壁の側まで移動するよ。カルロ、ここから一番近い城壁まで、案内してくれるね?」
「う、うん。こっち」
カルロを先頭に、人の流れとは違う方向へ向かって歩く。
「人に見られて騒ぎになるのは面倒だからね。なるべく人の来なそうな場所を頼むよ」
カルロの視線が赤い空の方へ向く。
「レーテ、全員が壁登るまでどのくらいかかる」
「子供たちが大人しくしててくれれば問題ないさね」
カルロの向いた方角へ向かって、走り出す。人の波とは逆、赤く燃える街の方角へ。
壁までには大して時間もかからずたどり着けた。問題はここからだ。
上を見上げる。子供を腕に抱えてこの高さを登るのは、無理だ。
「オメェ本当に行けるのか?」
「で、どうやって登るんだ?」
「これは疲れるから嫌なんだがね。まあ今日は血を多めに飲んでるから」
レーテの背中が黒く霞み掛かる。
「久しぶりに飛んでみるかね」
背中の霞は二つに別れ、少しずつ、黒い翼へと形を変えていく。
「な、なんなんだよ、そりゃ!」
「私のとっておきさね」
カルロと手を引かれてた子供が目をまんまるにしてレーテを見ている。きっとオレもおんなじ顔をしてるんだろう、レーテはオレたちの反応を楽しそうな顔で見ていた。
「じゃあまずはカルロ、こっちにおいで」
戸惑うカルロ。
「火がいつここまで回るかわからないんだ、早くおしね」
レーテが口調を荒らげ、カルロを急がせる。
カルロは恐る恐るレーテに近づいていく。
「手を繋いでる子は、少しの間ここで待っておくれ。すぐに迎えに来るからね。ゴーヴァン、もしサラマンダーが頼んだよ」
二人の手を離させるとカルロを軽々と抱きかかえ、翼を大きく広げる。
翼を羽ばたかせると、レーテの体は一気に宙へと飛び上がっていった。
「すっげぇ、飛んでやがる」
ダメだ、驚いてる場合じゃねえ。サラマンダーが来ても大丈夫なよう、気は抜いちゃいられねえ。
腕の中の二人を降ろし、剣を手に構えを取る。
揺れる炎、怒号と悲鳴。何かあれば、残った子供全員連れて逃げられるように、注意を払う。
「ゴーヴァン、次の子を」
上から声が聞こえた。見上げるとレーテが翼をはためかせ、こちらに降りてくるところだった。
一番体の小さい子供を抱き上げ、レーテの方へ差し出す。
レーテは子供を抱きしめると、中へ舞い上がり飛んでいく。
「もう少し我慢してくれ」
膝を付き、泣きそうな顔をしていたカルロに手を引かれていた子の背を撫でてやる。
「えっと、名前はなんて言うんだ」
「マウラ」
「いいかマウラ、お前はこの子の姉ちゃんなんだ。レーテが迎えに来るまで泣かないでいられるな」
マウラは泣きそうな顔のまま、何度も頷く。
「よし、いいぞ。マウラは強い子だな」
マウラの頭を撫でてやる。
頭の上から羽ばたく音が聞こえ、見上げるとレーテが降りてくるところだった。
「次の子を」
「二人いっぺんに連れてけねえのか」
「無理言わないでおくれね。ちゃんと抱きかかえないと危ないだろうに」
次の子供を抱きかかえ、レーテが飛び立つ。
後はマウラだけだ。最悪自分だけなら海にでも飛び込めばいい、そう考えていたら突然腕を疲れまれた。
一瞬サラマンダーかと思い、剣を構え振り返った田崎にいたのは種族も年齢もバラバラの数人の男女だった。
「なあ、あんた。この壁を登って行ってたよな。俺も助けろ」
「お願い、私を向こうへ連れて行って」
「たのむ死にたくないんだ」
オレになだれ込み、一斉に口を開く。人の群れに飲み込まれそうになるマウラを抱き上げ、剣を人の群れに向けて構える。
「次はこの子だ! テメェらは下がってろ」
オレになだれ込んでいた連中が、わずかに後ずさる。
今の状況に怯えて、オレにしがみつくマウラ。
頼むレーテ、早く来てくれ。
「ゴーヴァン、最後の子を……やっぱりこうなってたのだね」
レーテの姿を見た周りの奴らが、一斉にレーテに向かって手を伸ばす。
「ゴーヴァン、サラマンダーがこっちに向かってる! 早く子供を!」
なんだと?!
剣を手放し、両手でマウラをレーテに向け掲げる。
さすがにオレの図体のデカさじゃ誰もそこまでてか届かず、マウラを中にいるレーテに預け、急いで足元の剣を拾う。
「レーテ、オレは港の方に向かう! 最悪、水に飛び込みゃなんとかなるだろ」
レーテは一度大きく頷くと、そのまま宙へと飛び去って行った。
「テメェらさっさと港の方に逃げろ! サラマンダーに焼き殺されるぞ!」
「あ、あがあああああっ!」
オレが声を上げるのと、悲鳴が上がるのは同時だった。
二匹のサラマンダーに襲われたやつが、服に、髪に炎が燃え移り、あっという間に炎に包まれていく。
周りにいた奴らが一斉に逃げ出す。
オレも一度だけ後ろを振り返ってから、集団の一番うしろを走っていく。クソっ、アイツら燃えてる人間を食ってやがる。
気分の悪い光景だったが、獲物を食ってる間はこっちは安全なはずだ。他のサラマンダーが、火事の炎がここに来る前に逃げられるだけ逃げておかねえと。
最悪水に飛び込みゃ炎はなんとかなるはずだ……泳げる自信はねえがなんとなんだろ。
港が見えてくる。最初に来たときよりも多くの人間がいるように見えた。
レーテのやつはまだか。
時折上を見上げ、空を飛んでいるアイツがいないか確認する。
そうこうしている内に、気づけば人混みの中に紛れてしまっていた。
「ゴーヴァン!」
声のした方を見上げると、レーテがこちらへ向かって飛んでくる。
レーテに向かって手を伸ばそうとした時、レーテに気づいた周りの奴らが一斉に手を伸ばしてくる。
口々に助けてくれという言葉を発しながら、オレの体を台代わりにしてレーテに掴まろうとするやつまで出始める。
「ゴーヴァン、海に飛び込んでおくれ。そこで掴まえる」
レーテが港の、海の方へ飛んでいく。
後を追うように人混みをかき分け、レーテの飛んでいった方へと進む。
レーテの後を追っていくと、真っ黒な水面が見えてきた。真っ黒な水面の上、同じ色の翼を広げタレー手がそこにいた。
底の見えない水面に、背筋に冷たいものが走る。
躊躇なんてしてる場合か。覚悟決めろってんだ! ガキの頃川や湖であそんだことはあるんだ、それと同じだ。
手にした剣を見る。流石にこいつを持って泳げる自信はない。
「どうにでもなれってんだぁぁああっ!」
剣を投げ捨て、水面に向かって全力で走る。
岸のはしを蹴って、勢いよく海へと飛び込む。
体が勢いに任せて水の中へと沈む。少しの間体の力を抜き、浮いていく方向を確認する。水面の方向を見上げ、尾を振り、手を掻き上がっていく。
「ぷはっ、なんだこれ! しょっぺぇ!」
なんだこりゃ、海の水ってのは喉が焼けるみてえにしょっぺぇぞ!
「ゴーヴァン、手を伸ばせ!」
すぐ近くまで降りてきたレーテが手を伸ばす。
俺も手を伸ばし、レーテの小さな手を掴むと一気に体が宙へと持ち上げられる。
うへぇ、何だこりゃ。ゾワッとすらぁ
「カルロたちを下ろした場所まで飛んでいくよ、手を離さないでおくれね」
「オレを下ろした後はどうするんだ」
「レオナルドの屋敷に行く。あの子達は入れては貰えないだろうけど、近くの教導会の礼拝堂にでも送ってもらうさね」
レーテに捕まって宙を飛んでいる間、燃えていく街を見た。壁の向こうの明るい街を見た。
「あそこで逃げおくれたやつはどうなる」
「自分で、どうにかしてもらうしか無いね。流石に人数が多いなんてものじゃないし、縁も情もない相手を助けるほど、私は優しくないのでね」
街が燃えていく様を、オレはただ見下ろしていた。
あの火事から四日がたった。
「しかし竜種の体というのは本当に回復が早いのだね」
「ハッ、当然だろ。あの程度、怪我だのの内に入らねえよ」
オレの背中の火傷痕を見て、レーテが感心したように言う。
「これならいつでも出立できそうだね」
「準備はもう終わってるからな。後はここを出るだけだ」
服を着ながら、買い揃えた荷物と新しく買い直した剣を見る。
次の宿場なり街につくまで、十分な食料は確保してある。
「後は、カルロをどうするのだね」
あの日、燃える街の壁を越えた後からカルロは毎日、レオナルドの屋敷の前に来ていた。
今日はまだ屋敷を出ていないから会ってないが、きっと屋敷の前にいるだろう。
「カルロが自分で決めて、オレも連れて行くって約束したんだ。」
心の隅の方で、オレがカルロにとっての義兄さんのような何かになれれば、そんなふうに考えていた。
こういうのを、おこがましいっていうんだろうな。
義兄さんを手にかけておいて、義兄さんのようになれればなんて。
けれどカルロをどうにかしてやりたい、という気持ちに嘘はない。あいつは義兄さんのいないオレなんだ。
カルロを救ってやれれば、オレの中のガキのオレを助けられるんじゃないか、そんな気持ちもある。
「ゴーヴァンがそれでいいなら、私は何の反対もないさね。まあ、間違えて血を吸わないように気をつけないとね」
「そんときゃオレが殴ってでも止めてやるから安心しとけ」
「怖い怖い。さて、そろそろ行くとするかね」
荷物を背負い、二人で部屋を出る。
「レオナルドに挨拶していかなくていいのか? 友達なんだろ」
「構わないよ。この間の火事の件で、下手をすれば殴りかねないからね」
「は? どういうことだ」
「サラマンダーはね、本来なら火山が近くにあるような場所に住んでる魔獣でね。こんな海沿いの場所にいるわけがないのさね」
屋敷の廊下を歩いていく。
「レオナルドの口から、旧市街がなくなればいい、ようなことを聞いたのでね。レオナルドなら何かしらの方法でサラマンダーを入手して、旧市街に解き放つことくらいやりそうでね」
足が止まる。
「それ、本当なのか?」
「いいや、何の確証もないよ。ただの憶測だね。けどレオナルドという男は、そのくらい平気でやる人間だというのは確かだね」
「よし、この街出る前にアイツ殴っていくぞ」
その方がいいな、絶対にいい。
「およしね。レオナルドに何かしようものなら、二度とこの街から生きて出られなくなるからね。それに何の確証もない、と言ったろう」
「フザケんな、アイツのせいで家をなくした奴らがいるし、死んだやつだっていんだぞ! 殴られるだけで済むなら安いもんだろうが!」
いっそ壁の向こうに住んでた奴らの前に引きずり出して、仇討ちなりなんなりさせてやりたいくらいだ。
「それが許されないのがこの街なのさね。それより今は、考えなくちゃいけないことがあるのじゃないのかね?」
「考えなくちゃいけないことだ?」
「カルロのこと。私は何の面倒も必要ないし、ゴーヴァンは自分のことは自分でやれるけど、カルロは大丈夫なのかね」
そういやカルロのやつ、旅なんて出たことあるのか? てか何をどうどこまで教えてやりゃいいんだ? 一応荷物はカルロの分も考えて買っちゃいるが、本当に足りるのか?
「死んだ人間のことを悲しんだり、憤ったりするのも大事なのだろうけど、それ以上に今生きている者のことを大事に考えなきゃね」
オレがカルロのことでどうしたらと考えている間に、オレたちは屋敷の門から街へと出ていた。
「オッサン!」
声のした方を見るとカルロがいた。
「ちゃんと約束どおり」
「ああ、連れて行ってやるよ。その代わり、途中でヘバッて泣き言行ったりしたら置いてくからな」
「弟と妹達は良いのかね?」
「弟と妹たちは別の孤児院で引き取ってもらえたから、大丈夫。おれは、病気を治しに行くって皆には言った」
病気、か。
自分の胸に手を当てる。
「もし行った先でいい仕事があれば、そのまましばらく働こうとも考えてるんだ」
「おやおや、何ともしっかりしてるものだね」
「何にしたってついて来れるんなら、文句は言わねえし面倒も見てやらぁ」
「オッサンに面倒見てもらうほど、おれは抜けてねえよ」
このガキ、人が誰のことで頭悩ませてたと思ってんだ。じゃあ止めだ止め! こいつのことで悩んでなんかやらねえ。
「おっし、じゃあさっさと出発すんぞ」
「ちょっとゴーヴァン、歩くのが早いのじゃないかね」
「まさかオッサン、おれに腹立ててんじゃないよな」
「まさかまさか、いい年して子供に腹を立てるなんてこと」
「腹立ててねえし! ガキ相手にケンカする気もねえし!」
後ろから二人の笑い声が聞こえる。
ああクソッ、胸の印消したらコイツら放って置いてさっさと故郷に帰ってやる。
「流石に全員一度に、は無理だけどね。一人ずつなら問題ないさね」
やれんのかよ本当に。
「とにかく、一度城壁の側まで移動するよ。カルロ、ここから一番近い城壁まで、案内してくれるね?」
「う、うん。こっち」
カルロを先頭に、人の流れとは違う方向へ向かって歩く。
「人に見られて騒ぎになるのは面倒だからね。なるべく人の来なそうな場所を頼むよ」
カルロの視線が赤い空の方へ向く。
「レーテ、全員が壁登るまでどのくらいかかる」
「子供たちが大人しくしててくれれば問題ないさね」
カルロの向いた方角へ向かって、走り出す。人の波とは逆、赤く燃える街の方角へ。
壁までには大して時間もかからずたどり着けた。問題はここからだ。
上を見上げる。子供を腕に抱えてこの高さを登るのは、無理だ。
「オメェ本当に行けるのか?」
「で、どうやって登るんだ?」
「これは疲れるから嫌なんだがね。まあ今日は血を多めに飲んでるから」
レーテの背中が黒く霞み掛かる。
「久しぶりに飛んでみるかね」
背中の霞は二つに別れ、少しずつ、黒い翼へと形を変えていく。
「な、なんなんだよ、そりゃ!」
「私のとっておきさね」
カルロと手を引かれてた子供が目をまんまるにしてレーテを見ている。きっとオレもおんなじ顔をしてるんだろう、レーテはオレたちの反応を楽しそうな顔で見ていた。
「じゃあまずはカルロ、こっちにおいで」
戸惑うカルロ。
「火がいつここまで回るかわからないんだ、早くおしね」
レーテが口調を荒らげ、カルロを急がせる。
カルロは恐る恐るレーテに近づいていく。
「手を繋いでる子は、少しの間ここで待っておくれ。すぐに迎えに来るからね。ゴーヴァン、もしサラマンダーが頼んだよ」
二人の手を離させるとカルロを軽々と抱きかかえ、翼を大きく広げる。
翼を羽ばたかせると、レーテの体は一気に宙へと飛び上がっていった。
「すっげぇ、飛んでやがる」
ダメだ、驚いてる場合じゃねえ。サラマンダーが来ても大丈夫なよう、気は抜いちゃいられねえ。
腕の中の二人を降ろし、剣を手に構えを取る。
揺れる炎、怒号と悲鳴。何かあれば、残った子供全員連れて逃げられるように、注意を払う。
「ゴーヴァン、次の子を」
上から声が聞こえた。見上げるとレーテが翼をはためかせ、こちらに降りてくるところだった。
一番体の小さい子供を抱き上げ、レーテの方へ差し出す。
レーテは子供を抱きしめると、中へ舞い上がり飛んでいく。
「もう少し我慢してくれ」
膝を付き、泣きそうな顔をしていたカルロに手を引かれていた子の背を撫でてやる。
「えっと、名前はなんて言うんだ」
「マウラ」
「いいかマウラ、お前はこの子の姉ちゃんなんだ。レーテが迎えに来るまで泣かないでいられるな」
マウラは泣きそうな顔のまま、何度も頷く。
「よし、いいぞ。マウラは強い子だな」
マウラの頭を撫でてやる。
頭の上から羽ばたく音が聞こえ、見上げるとレーテが降りてくるところだった。
「次の子を」
「二人いっぺんに連れてけねえのか」
「無理言わないでおくれね。ちゃんと抱きかかえないと危ないだろうに」
次の子供を抱きかかえ、レーテが飛び立つ。
後はマウラだけだ。最悪自分だけなら海にでも飛び込めばいい、そう考えていたら突然腕を疲れまれた。
一瞬サラマンダーかと思い、剣を構え振り返った田崎にいたのは種族も年齢もバラバラの数人の男女だった。
「なあ、あんた。この壁を登って行ってたよな。俺も助けろ」
「お願い、私を向こうへ連れて行って」
「たのむ死にたくないんだ」
オレになだれ込み、一斉に口を開く。人の群れに飲み込まれそうになるマウラを抱き上げ、剣を人の群れに向けて構える。
「次はこの子だ! テメェらは下がってろ」
オレになだれ込んでいた連中が、わずかに後ずさる。
今の状況に怯えて、オレにしがみつくマウラ。
頼むレーテ、早く来てくれ。
「ゴーヴァン、最後の子を……やっぱりこうなってたのだね」
レーテの姿を見た周りの奴らが、一斉にレーテに向かって手を伸ばす。
「ゴーヴァン、サラマンダーがこっちに向かってる! 早く子供を!」
なんだと?!
剣を手放し、両手でマウラをレーテに向け掲げる。
さすがにオレの図体のデカさじゃ誰もそこまでてか届かず、マウラを中にいるレーテに預け、急いで足元の剣を拾う。
「レーテ、オレは港の方に向かう! 最悪、水に飛び込みゃなんとかなるだろ」
レーテは一度大きく頷くと、そのまま宙へと飛び去って行った。
「テメェらさっさと港の方に逃げろ! サラマンダーに焼き殺されるぞ!」
「あ、あがあああああっ!」
オレが声を上げるのと、悲鳴が上がるのは同時だった。
二匹のサラマンダーに襲われたやつが、服に、髪に炎が燃え移り、あっという間に炎に包まれていく。
周りにいた奴らが一斉に逃げ出す。
オレも一度だけ後ろを振り返ってから、集団の一番うしろを走っていく。クソっ、アイツら燃えてる人間を食ってやがる。
気分の悪い光景だったが、獲物を食ってる間はこっちは安全なはずだ。他のサラマンダーが、火事の炎がここに来る前に逃げられるだけ逃げておかねえと。
最悪水に飛び込みゃ炎はなんとかなるはずだ……泳げる自信はねえがなんとなんだろ。
港が見えてくる。最初に来たときよりも多くの人間がいるように見えた。
レーテのやつはまだか。
時折上を見上げ、空を飛んでいるアイツがいないか確認する。
そうこうしている内に、気づけば人混みの中に紛れてしまっていた。
「ゴーヴァン!」
声のした方を見上げると、レーテがこちらへ向かって飛んでくる。
レーテに向かって手を伸ばそうとした時、レーテに気づいた周りの奴らが一斉に手を伸ばしてくる。
口々に助けてくれという言葉を発しながら、オレの体を台代わりにしてレーテに掴まろうとするやつまで出始める。
「ゴーヴァン、海に飛び込んでおくれ。そこで掴まえる」
レーテが港の、海の方へ飛んでいく。
後を追うように人混みをかき分け、レーテの飛んでいった方へと進む。
レーテの後を追っていくと、真っ黒な水面が見えてきた。真っ黒な水面の上、同じ色の翼を広げタレー手がそこにいた。
底の見えない水面に、背筋に冷たいものが走る。
躊躇なんてしてる場合か。覚悟決めろってんだ! ガキの頃川や湖であそんだことはあるんだ、それと同じだ。
手にした剣を見る。流石にこいつを持って泳げる自信はない。
「どうにでもなれってんだぁぁああっ!」
剣を投げ捨て、水面に向かって全力で走る。
岸のはしを蹴って、勢いよく海へと飛び込む。
体が勢いに任せて水の中へと沈む。少しの間体の力を抜き、浮いていく方向を確認する。水面の方向を見上げ、尾を振り、手を掻き上がっていく。
「ぷはっ、なんだこれ! しょっぺぇ!」
なんだこりゃ、海の水ってのは喉が焼けるみてえにしょっぺぇぞ!
「ゴーヴァン、手を伸ばせ!」
すぐ近くまで降りてきたレーテが手を伸ばす。
俺も手を伸ばし、レーテの小さな手を掴むと一気に体が宙へと持ち上げられる。
うへぇ、何だこりゃ。ゾワッとすらぁ
「カルロたちを下ろした場所まで飛んでいくよ、手を離さないでおくれね」
「オレを下ろした後はどうするんだ」
「レオナルドの屋敷に行く。あの子達は入れては貰えないだろうけど、近くの教導会の礼拝堂にでも送ってもらうさね」
レーテに捕まって宙を飛んでいる間、燃えていく街を見た。壁の向こうの明るい街を見た。
「あそこで逃げおくれたやつはどうなる」
「自分で、どうにかしてもらうしか無いね。流石に人数が多いなんてものじゃないし、縁も情もない相手を助けるほど、私は優しくないのでね」
街が燃えていく様を、オレはただ見下ろしていた。
あの火事から四日がたった。
「しかし竜種の体というのは本当に回復が早いのだね」
「ハッ、当然だろ。あの程度、怪我だのの内に入らねえよ」
オレの背中の火傷痕を見て、レーテが感心したように言う。
「これならいつでも出立できそうだね」
「準備はもう終わってるからな。後はここを出るだけだ」
服を着ながら、買い揃えた荷物と新しく買い直した剣を見る。
次の宿場なり街につくまで、十分な食料は確保してある。
「後は、カルロをどうするのだね」
あの日、燃える街の壁を越えた後からカルロは毎日、レオナルドの屋敷の前に来ていた。
今日はまだ屋敷を出ていないから会ってないが、きっと屋敷の前にいるだろう。
「カルロが自分で決めて、オレも連れて行くって約束したんだ。」
心の隅の方で、オレがカルロにとっての義兄さんのような何かになれれば、そんなふうに考えていた。
こういうのを、おこがましいっていうんだろうな。
義兄さんを手にかけておいて、義兄さんのようになれればなんて。
けれどカルロをどうにかしてやりたい、という気持ちに嘘はない。あいつは義兄さんのいないオレなんだ。
カルロを救ってやれれば、オレの中のガキのオレを助けられるんじゃないか、そんな気持ちもある。
「ゴーヴァンがそれでいいなら、私は何の反対もないさね。まあ、間違えて血を吸わないように気をつけないとね」
「そんときゃオレが殴ってでも止めてやるから安心しとけ」
「怖い怖い。さて、そろそろ行くとするかね」
荷物を背負い、二人で部屋を出る。
「レオナルドに挨拶していかなくていいのか? 友達なんだろ」
「構わないよ。この間の火事の件で、下手をすれば殴りかねないからね」
「は? どういうことだ」
「サラマンダーはね、本来なら火山が近くにあるような場所に住んでる魔獣でね。こんな海沿いの場所にいるわけがないのさね」
屋敷の廊下を歩いていく。
「レオナルドの口から、旧市街がなくなればいい、ようなことを聞いたのでね。レオナルドなら何かしらの方法でサラマンダーを入手して、旧市街に解き放つことくらいやりそうでね」
足が止まる。
「それ、本当なのか?」
「いいや、何の確証もないよ。ただの憶測だね。けどレオナルドという男は、そのくらい平気でやる人間だというのは確かだね」
「よし、この街出る前にアイツ殴っていくぞ」
その方がいいな、絶対にいい。
「およしね。レオナルドに何かしようものなら、二度とこの街から生きて出られなくなるからね。それに何の確証もない、と言ったろう」
「フザケんな、アイツのせいで家をなくした奴らがいるし、死んだやつだっていんだぞ! 殴られるだけで済むなら安いもんだろうが!」
いっそ壁の向こうに住んでた奴らの前に引きずり出して、仇討ちなりなんなりさせてやりたいくらいだ。
「それが許されないのがこの街なのさね。それより今は、考えなくちゃいけないことがあるのじゃないのかね?」
「考えなくちゃいけないことだ?」
「カルロのこと。私は何の面倒も必要ないし、ゴーヴァンは自分のことは自分でやれるけど、カルロは大丈夫なのかね」
そういやカルロのやつ、旅なんて出たことあるのか? てか何をどうどこまで教えてやりゃいいんだ? 一応荷物はカルロの分も考えて買っちゃいるが、本当に足りるのか?
「死んだ人間のことを悲しんだり、憤ったりするのも大事なのだろうけど、それ以上に今生きている者のことを大事に考えなきゃね」
オレがカルロのことでどうしたらと考えている間に、オレたちは屋敷の門から街へと出ていた。
「オッサン!」
声のした方を見るとカルロがいた。
「ちゃんと約束どおり」
「ああ、連れて行ってやるよ。その代わり、途中でヘバッて泣き言行ったりしたら置いてくからな」
「弟と妹達は良いのかね?」
「弟と妹たちは別の孤児院で引き取ってもらえたから、大丈夫。おれは、病気を治しに行くって皆には言った」
病気、か。
自分の胸に手を当てる。
「もし行った先でいい仕事があれば、そのまましばらく働こうとも考えてるんだ」
「おやおや、何ともしっかりしてるものだね」
「何にしたってついて来れるんなら、文句は言わねえし面倒も見てやらぁ」
「オッサンに面倒見てもらうほど、おれは抜けてねえよ」
このガキ、人が誰のことで頭悩ませてたと思ってんだ。じゃあ止めだ止め! こいつのことで悩んでなんかやらねえ。
「おっし、じゃあさっさと出発すんぞ」
「ちょっとゴーヴァン、歩くのが早いのじゃないかね」
「まさかオッサン、おれに腹立ててんじゃないよな」
「まさかまさか、いい年して子供に腹を立てるなんてこと」
「腹立ててねえし! ガキ相手にケンカする気もねえし!」
後ろから二人の笑い声が聞こえる。
ああクソッ、胸の印消したらコイツら放って置いてさっさと故郷に帰ってやる。
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