その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

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第3章 学術都市

52話 大人の常識、子供の疑問

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 ルクレツィアの部屋に入った瞬間、この部屋でどう休んだらいいのか分からなかった。
「座る場所もねえぞ、ここ」
「そうだな……適当に場所を作ってそこで休ませてもらうか」
 積み重なってた本が崩れ、物によってはバラバラにされ、それが部屋中に散乱していた。
 カルロを抱いているからオレは足で蹴り寄せ、ダネルは一つ一つを丁寧に重ねたり並べたりしていく。
 なんとかオレたち二人が座れるくらいの床が見えた頃、片付けを止めてそこに座り込む。
「あの椅子が座れりゃ、良かったんだけどな」
 ルクレツィアが座っていた椅子は何かが刺さった跡と、血の跡が残っている。
 レーテが何かされてああなったんだろう。刺されても死なないやつだから、死んだか生きているかの心配はないが、あの椅子には座る気も座らせる気もわかない。
「酷いな……心配、だろう」
 心配、とは違う気がする。そう言う意味でなら、ヒザの上でボンヤリしているカルロのほうが心配だ。
「コイツ、まだこのままなのか?」
「目は覚めているはずだ。後は何か衝撃のようなものでもあれば目を覚ますと思う」
 衝撃ね。
 殴る……はダメだ。
 とりあえず揺らすか。
「オイ、カルロ。起きてるか、目ぇ覚ませ」
「ん、おき、てるって」
 オレの声に答えはするが、ぼんやりとした目でオレを見ている。
 レーテは攫われちまったし、カルロはこうだし、何も出来ない状態ってのは落ち着かねえ。
 レーテが刺されても死なないってのは、自分で見て知ってはいるが、それでもどこか大丈夫かいうと不安は感じている。
 カルロも寝てるんだか起きてるんだかわからない顔のまま、オレのヒザの上にいる。
 こういう時は、どうするのが正しいんだ?
「気付け薬でも飲ませてやれればいいんだが教授の部屋はこの状態だし、あったとしても子供に飲ませられないような強い薬かもしれないからな」
 どうしたものかと悩んでいると、突然鐘が割れたようなの音が聞こえた。
「ウルっセェー! 何だこの音は!」
「警報? まさかユリウス教授のことで?」
「うるせーな、なんなんだよ」
 カルロが腕の中で動き始める。
「カルロ! 目ぇ覚めたか!」
「あれ、オッサン? あれ? え?」
 カルロの目が起きてるのかわからない目でなく、ハッキリと目を覚ました顔になっている。
 あー、大声出してやりゃ良かったのか。
「やっと目ぇ覚ましたか。どうなるかと思ったろうが」
 カルロの頭をクシャクシャに撫でてやる。
「オッサン、止めっろって、頭の毛がグシャグシャになるだろ!」
「カルロ、自分で立てるか?」
 オレのヒザから下りると、カルロは軽く飛び跳ねてみせ、大丈夫と返してくる。
 よぉし! カルロも目ぇ覚ましたし、次はレーテだ。
「カルロ、レーテが攫われた。探しに行くぞ」
「え? ネエちゃんがさらわれ……大変じゃん、すぐに探さないと!」
「ダネル、ユリウスとかいうヤツのトコ案内しろ。レーテはそこにいるんだろ?」
「ユリウス教授の研究室に案内するのはいいが誰かしらが調べてるぞ。ついさっき警報がなっただろう。恐らくユリウス教授の件で学院が動いたんだ。待っていれば」
「っルセェ、んなもん待ってられっか。探しに行くぞ、カルロ」
「うん、行こうオッサン」
 鍵はルクレツィアから預かってる。手間も時間も掛かるが、端からやってきゃ当たりに行き着くはずだ。
「待て待て! ユリウス教授の研究室の場所を知ってるのか? それ以前に学院のどこに何があるかもわからないだろう!」
「だからって、ここでじっと待ってろってのか?」
「違う! 僕も一緒に行く。お前を一人で行動させる方が怖い気がしてきた」
 なんだそりゃ、オレ失礼なこと言われてんじゃねえのか?
「ユリウス教授の研究室まで案内する。ただ中に入れるとは限らないからな。それは覚えておけ」
 ダネルは来いとだけ言うと、部屋の外へと出ていった。
 オレとカルロもその後に続き、部屋の外に出る。
 しばらく何も喋らすにいたんだが、カルロがオレとダネルを交互に見て来た。
「あのさ気になってたんだけど、何でオッサンとニイちゃん仲悪そうにしてんの?」
 通路を歩きながら、最初に口を開いたのはカルロだった。
「仲悪いっつうか、コイツが黒だから……そんなもんだよ」
「よくわかんないんだけどさ、竜種にとって鱗の色ってそんなに大事なの?」
「はるか祖先から受け継がれた色だからね。他の色を混ぜて汚すことなんて、考えたこともないよ」
 分かってるのかいないのか、カルロはふぅんと返事を返し、次の言葉を発する。
「じゃあ、オッサンや兄ちゃんから見たらおれはケガレてんの?」
 え?
「おれは親の顔なんて知らないけど、犬種や猫種、只人って親の毛色と違う子供が生まれるなんて珍しくないじゃん。住んでた街じゃ、白い毛と黒い毛の恋人なんて普通に見たし、斑毛の子が生まれたからってケガレたなんて言われないからさ。
 ほら、おれの毛の色って一色じゃないじゃん。オッサンやニイちゃんから見たら、おれってどうなんだろうな、って思って」
「いや、そう言う意味じゃないんだよ。僕らは生まれた村は掟を待ってるんだ。大きな街で生まれ育った人にはおかしく感じるかも知れないけどね」
 他の色のヤツラのことは、悪く言ってるだけで関わりなんて持ったことはなかった。
 黒が村にいるなんて、ダネルに聞くまで知らなかったし、正直何が起こったんだって気持ちだった。
 けどオレたちがやってることってのは、カルロみたいな街育ちのヤツには変に見えるのか?
「その掟ってさ、仲悪くするためにあるの?」
「いや、掟っていうのはそう言うものじゃなくて」
 なんでそう、どう答えたらいいかわからないことばっかり聞いてくるんだ?
「なあカルロ、どうしてそんなこと聞いてくるんだ?」
「オッサンもニイちゃんも強いじゃん。だったら一緒に戦えば、ネエちゃんさらったやつなんて怖くないだろ」
 ああ、そう言うことか。
 レーテを攫ったのがどんなヤツかは知らねえが、二人でかかれば簡単に倒せるって考えてるんだろうな。
 確かに一対一より二対一の方が有利なのは確かだが、それって卑怯じゃねえのか?
「そりゃ、二対一だったらこっちの方が有利だ。でも戦士が卑怯な手で戦えないだろ」
「相手が何してくるかもわからないのに?」
 うっ……言われてみりゃ、レーテを攫ったヤツがどんなヤツか、そもそも戦士なのかどうかすら知らねえ。
 一対多になった時、相手によっちゃオレの方が不利になるのはよくわかる。
 けどダネルに背中を預けられるかって言うと……無理だ。
 かと言ってカルロは戦力として数えられねえし、何かあればダネルに頼らなきゃならないのも確かだ。
 ダネルを見る。
 同じことを考えているのかも知れない、オレを見て何とも言えない顔をしていた。
 コイツと、ね。
「オッサンもニイちゃんもさ、青とか黒とか色でしか人のこと見てないからダメなんだろ。おれのこと見るのと同じに相手のこと見てみろよ」
「カルロみたいになあ……だるそうな顔した頭固そうなヤツ、とかか?」
「なんだ、強面で気に入らないことは暴力で解決すればいいと思ってそうな奴」
「二人ともさ、それってケンカ売ってるっていうやつだよな。相手の褒めるトコ褒められないの?」
 なんかオレたち、子供に説教されてねえか?
「大体さ、ネエちゃんさらわれたんだぞ。もっと心配しろよ! 特にオッサン、ネエちゃんとそう言う関係なんだからさ」
「ああ、やっぱり彼女とはそう言う」
「そう言う関係ってどういう関係だ! オメェら適当なこと言ってると叩き倒すぞ」
 クソっ、何だよダネルの野郎の引いた目は!
「レーテは恋人とかそう言うのじゃねえ! オレは鱗のねえ女に興味はねえっつうの」
「じゃあ、どういう関係なんだよ」
 オレの血を吸うために一緒にいるなんて言えるかっつうの。
 カルロも牙からは毒が出るって話はしたけど、血を飲むって話はしてねえんだよな。
 て言っても、血を吸うとか信じらんねえよな。
「なんつうんだろうな、レーテの言う話だとオレじゃないと耐えられないっていうか、オレじゃなきゃダメっていうか。
 オレが一緒に痛いんじゃなくて、あいつがオレと一緒にいようとしてるだけっつうか」
「やっぱそう言う関係じゃん。オッサン、ネエちゃんに好きに思われてるだろ」
「まあ、なんだ、趣味は人それぞれだし彼女の気持ちも考えて大事にしてやれ」
 だから違うんだっつうの!
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