その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

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第3章 学術都市

53話 レーテを探せ

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「入り口、塞がれてんな」
「まあそうなるだろうな」
 部屋の入口には番兵二人が立って、部屋の中に入れないようにされていた。
 ダネルと同じような服を着たヤツラが大勢、何事かと部屋の方を見ている。
「ユリウス教授が他に研究室を持っているなら別だが、それにしてもレーテさんを連れて誰の目にも触れずに逃げ回るのか?」
 たしかにそうだ、誰の目にも触れず人一人連れてどこかへ逃げられるか?
 誰にも触れず、ね
「あのさ、本当に誰にも見られず逃げたのかな」
「誰にもはねえだろ。あの部屋にはルクレツィアもいたんだぞ」
 そうだ、誰にも見られてないわけじゃない。ルクレツィアは見てたんだ。
 どうやって連れて行かれたかくらい見てるだろ。
「それこそ姿消す方法があるなら別だろうけど、そんな都合のいい方法なんざねえだろう」
「姿を消す魔術はあるだろう。隠蔽の魔術の一種に人の存在そのものを消す魔術がある。それを使えば完全に気配を消せる」
「姿も気配も消せるなら、それで逃げりゃいいんじゃねえか」
 首を横に振るダネル。
「その魔術には一つ欠点がある。平らな床や地面に魔法陣、魔術を発動するための模様、を描いてその中にいないと効果がないんだ」
 つまりは動けないってことか。
「じゃあそこから動かなければ見つけられない、ってこと?」
「理屈としてはそうだけどそれは無理だね。縛られていても身体を捩って逃げようとするだろう? 毛先程度でも魔法陣の外に出たら効果が消えるてしまうんだ。床や地面に縫い付けでもしない限り人を捕らえることは出来ないよ
 なにより魔法陣の中にいても声は聞こえるからね。助けを求められたらそれで終わりだ」
 ならどこかに隠しておくってのも無理……いや待て縫い付ける? 動けないように?
「ダネル、じゃあ動けないようにすれば、姿を消したままに出来るんだよな」
「可能だがそれこそ手足どころか体も縫い付ける必要がある。だがそんなことをすれば死にかねないぞ」
 レーテは刺されても死にはしないから、ダネルの言った方法で拘束できる。
 そもそもレーテを攫う意味なんてあるのか?
 ダメだ、考えてもわかりゃしねえ。
「そもそもユリウスってヤツがレーテを攫う理由って何なんだ?」
「それは実験に使うとか、じゃないのか」
「でもネエちゃんってすっげぇ顔色悪いけど、さらっても倒れたりしたら意味なくない?」
「確かに彼女は色が白いにしても血色が悪いくらいだ。体付きも華奢過ぎる。実験体に使うなら体は丈夫な方がいいから適してるようには思えない」
 アイツとそれなりに一緒にいるから十分動けることも、夜になれば化け物じみて強いことも知ってるが、それを知らなきゃ血色悪くて華奢な只人だ。
 考えるのもイヤだが、攫って売るってんなら体は丈夫な方がいいに決まってる。何をするにしたって、体は大事だからな。
 そうすると、レーテは当てはまらない。体の弱そうなヤツなんざ、好んで欲しいヤツもいないだろう。
「じゃあレーテを攫う必要なんてないよな」
「逃げる時の人質、とかは?」
「人質なんざ、その場で自害されて何の意味もねえだろ」
「その考えは極端が過ぎる。ユリウス教授は僕と同じくらいの背丈だから彼女を連れて行った所で盾にもならないし、見た目通り体が弱いなら逃げるのにも足手まといだ。それなら一緒にいたルクレツィア教授の方が人質向きだ」
 てことはレーテを攫う必要はないってことだ。
 後は攫われてない場合、どこにいるかか。
「もしだぞ、もし床に縫い付けても死なないヤツがいたとしたら、姿を消す魔術で隠すことは出来るのか?」
「何を言うんだ突然」
「いいから答えろ。オレ一人で考えても何にもわかんねえんだ」
「お前の質問に答えるなら、可能だ。ただ姿を消す魔術で人を捕まえておくのは条件が厳しいんだ。魔法陣の中から出さないこと、声を出させないことことだ。捕まった人相手にこの条件を揃えられるわけがない」
 いや、レーテ相手なら条件は揃えられる。
 後は一か八かだ。
「オッサン、ネエちゃんのいる場所わかったのか?」
「ん? なんでだ?」
「何か思いついた顔してる」
 思いついたっつうか、多分くらいの感だけどな。
「なあダネル、テメェが使った隠し扉を探す魔術って、姿を消す魔術にも意味あるのか?」
「相手の魔術士の程度にもよるが全く効果がないわけじゃない」
「だったらオレの言う場所でその魔術使ってくれ。レーテがいるかもしれねえ」
 外を見ると、太陽は沈み始めていた。
 夜になる前に見つけてやらねえと、後で文句どころじゃ済まねえんじゃねえのか。


「ここか?」
「ああ、ここでいい」
「ルクレツィア教授の研究室は少し前まで僕等がいただろう」
「それでもいいから、やってくれ」
 何か納得行っていない顔をしているが、ダネルはワンドを取り出し宙に模様を描く。
「示せ真実!……誰かいる!」
 ヨシッ! 当たりだ!
「場所どこだ!」
「教授の椅子、あの血のついた椅子だ」
 魔法陣とかいうのの外に出せば姿が見えるんだったな。なら椅子ごとこっちに持ってくりゃいい。
「レーテ、今助けるから待ってろ!」
 床に積まれた本を蹴散らしながら、血のついた椅子に近づく。
「いつっ! ……何だこりゃ?」
「オッサン、何かあったのか」
「わかんねえ、椅子触ろうとしたら棘が刺さったみたいに痛くなった」
 手のひらを見ると、棘だらけの気を握ったように小さな傷が点々と出来ていた。不思議に思って手をゆっくり椅子に近づけると、椅子の表面近くに何か尖ったもののような感触がある。
「二人共椅子の周りの本をどこかに片付けてくれ。魔法陣を消すから床が見えるようにしてくれ」
 積まれて崩れた椅子の周りの本を部屋の隅に向かって、カルロと二人投げ捨てていく。
「何でこんなにあるんだよ」
 カルロの文句ももっともだ。何だって本なんてもんこんなに部屋に集めてるんだ。
 椅子の周りの床が見えてくるとダネルはそこにしゃがみ込み、床をまじまじと見始める。
「あ、ああ、確かに姿隠しの魔法陣が描かれてる」
「おれ何も見えないけど?」
「魔法陣に隠蔽の魔術をかけて、看破の魔術がなければわからないようにしてるんだ」
 手のひらで床をこする。
「ダメだ、消えないような方法で描かれてるな。オイ、ゴーヴァン」
 ダネルが床の一箇所を何度か叩く。
「ここだ、この場所に剣を突き立てろ。木の床だ剣なら刺さるだろう」
「わかった。そこだな」
 剣を鞘から抜き、逆手で持ち床を突き破る勢いで振り下ろす。
 薄い氷を踏み割るような音が聞こえたかと思ったら、誰も据わっていなかった椅子の上にレーテの姿が現れた。
 けれど座ってるだけじゃなかった。喉を、体中を、床から生えた棘だらけの細い枝が椅子ごとレーテを縛り付けていた。
 それだけじゃない、服が肩から腹まで裂けて血に濡れている。
「大丈夫かレーテ!」
「ネエちゃん!」
 オレとカルロが近づこうとすると、ダネルがそれを制する。
「待てさわるな拘束の茨だ! 今解呪する。歌え奏鳥!」
 レーテを縛り付けていた枝が霧のように消えていく。
「オイ、大丈夫か!」
 喉の拘束を解かれ、咳き込みながらわずかに血を吐くレーテを抱き起こし、体の傷を見る。
 喉に、胸元にあった棘の刺さった傷はみるみるうちに消えていった。
「私は、大丈夫さね。それよりルクレツィアを」
「ルクレツィアがどうした」
「私と同じようにルクレツィアが縛られてる、あの辺りだったはずさね」
 オレとカルロが本を投げた方を指差す。……冗談だろ。
「待ってください! 教授はレーテさんが襲われた後、僕達と会ったんですよ?!」
「それは偽物さね。私とルクレツィアを襲った白い竜種が变化したのさね」
「ああ、もう見つかったのか」
 女の声が聞こえ、オレたち全員が一斉にそちらを見る。
 ルクレツィアが立っていた。
「誰かが解呪したから見に来てみたら、君達か」
 剣を握る手に力を込める。
「茨に縛られたのは初めての経験だったよ、ありがとうね」
「カルロ、オレの後ろに隠れろ」
 視線を動かし、カルロがオレの後ろに回ったのを確認すると、レーテを抱き上げて立たせてオレの後ろに回らせる。
「ルクレツィア教授、いえユリウス教授。ルクレツィア教授はどこにいるんですか」
「ルクレツィア? その辺に埋まってるんじゃないかな? ここは散らかってるから隠すには面倒だったけど、丁度良かったよ」
 ダネルが部屋中を見回し、息を呑む音が聞こえる。
「ダネル、ルクレツィアは大丈夫さね。私と同じ体になったからね」
「何を言ってるんです! 早く助けないと!」
「あー、あの失敗術試したんだ、ルクレツィア」
 目の前のルクレツィアの偽物が耳障りな笑い声をあげる。
 偽物はダネルが持っているのと似たワンドを取り出すと、宙に模様を描く。
 一瞬ルクレツィアの姿が歪んだかと思ったら、そこいは白い鱗の竜種が立っていた。
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