その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

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第4章 青い竜の村

62話 裁定は下される

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 たいして間をおかずダネルがやって来て、オレの横、姉さんとは反対側に座る。
「ファーガスの子ダネル。つい今しがた、ロイドの子ゴーヴァンが己の義兄を殺したと言った、だがその妻であり姉であるシアラには生きていると言った。これの意味をお前は知っているとゴーヴァンは言う。
 どういう意味だ?」
「彼の、ゴーヴァンの義兄は生きています。今は深い眠りについて目覚めることのない状況です」
「ではゴーヴァンはガーウェイを殺していないということか」
「いえ。一度は死んだはずです。それを蘇らせた者がいました」
 蘇らせた、その言葉に周りがざわめく。
「何と、死者を蘇らせたというのか。その者は大したものではないか」
「邪な企みに利用するため蘇らせただけです。決して喜べることでも褒められることでもありません」
 長が低く唸る。
「我々が来たのは未だ目覚めぬ戦士をどうするか彼の妻に選ばせるためです」
 ダネルが姉さんを見る。
 てかコイツ、随分話し慣れてないか?
「選ばせるとは?」
「いつか目覚めると願い待ち続けるか、街の人間たちの道具として渡すかです」
 周りのざわつきが一気に怒号に変わる。
「ふざけるな! 道具として渡せだと!」
「戦士として戦い死んだものを侮辱しているのか!」
「長、今すぐにでも街へ行きガーウェイを取り戻すべきだ!」
 姉さんは顔を覆い、肩を震わせている。
 オレは姉さんの方に手を置き、ただ撫でてやることしか出来なかった。
「餌を目の前に食いつかぬ魚はいません。街の者達は今すぐにでも眠る戦士に侮辱と冒涜の限りを尽くし調べ尽くしたいんです
 それを止めるために戦士の妻の言葉を聞き伝える必要があるのです」
「おぬしと連れの者達はその使者ということか。
 シアラよ、おぬしはどうしたい」
 周りが一瞬で静まり、姉さんの肩が大きく震える。
 顔を上げた姉さんは、まだ涙が止まっていなかった。何かにすがるようにオレの顔を、ダネルの顔を交互に見る。
「生きてるの? ガーウェイはまだ、生きてるの?」
「ああ、目は覚ましてくれなかったけどちゃんと息もしてた、体も温かった」
「これはルクレツィア教授から伝えろと言われたことだから伝えます。あなたの夫は明日目覚めるかも知れないし死ぬまで目覚めないかも知れない。
 それを踏まえて答えを出してください」
 全員の視線が姉さんに集まる。
 姉さんは頭を振り、ダネルを真っ直ぐに見る。
「たとえ死んでしまうまで目覚めないとしても、私はガーウェイを見捨てることなんて出来ない。
 今すぐにでも会いに行きたい! 会わせて欲しい!」
「その答え確かに承りました。詳しい話は後ほどさせてください」
 ダネルが姉さんに深く頭を下げる。
「いや待て、ルクレツィアからは自分に売ってくれって言われたぞ?」
「そうだ。だがそれは治療費としてお前達家族の代わりにルクレツィア教授が金を出してくれるということだ。
 ハッキリ言うがこの村の青全員が街に出て五年以上働いても返せない額だぞ」
 誰も何も言わない。
 村に金があるような話は、子供の頃から一度も聞いたことがない。
「ふむ、つまりはそのルクレツィアと言う者にガーウェイは任せるしかないということか。
 ガーウェイを取り戻す方法はないのか」
「仮に連れ帰ったとしても自分で食事もできない状態です。衰弱して死んでいくのを待つだけになるでしょう」
「シアラ、お前はどうしたい」
 姉さんは深く頭を下げる。
「許しさえ出るなら街へ行き夫の、ガーウェイのそばにいたいと思っております」
「子供はどうする」
「連れて行くつもりです。あの子に父親の顔を見せてあげたいですから」
 子供? 父親? へ?
「ガーウェイの、あの人の息子がいるの。もうすぐ八歳になるのよ」
 そうか姉さん、子供が生まれてたんだ。
 最後に顔くらい見ておきたかったな。
「さて、ロイドの子ゴーヴァン。お前をどうしようか迷っている」
 長がオレの腕の傷をじっと見ている。
「その腕の他に傷はあるのか?」
「義兄さんから受けた大きな傷は腕のこれだけだ。他は魔獣からやられた傷がほとんどだ」
「他の傷を見せてみろ」
 服を脱ぎ、上半身を晒す。
 戦士たちから溜め息とは違う息を吐く音が聞こえた。
「体付きも傷も、確かに戦士のものだ。戦士たち、どう思う」
 座っていた戦士たちがオレを囲み、中には傷に触れてくるやつもいる。
 しかしこうやって改めて見ると、オレ本当に体中傷だらけだな。
「背中にほとんど傷を負っていません。敵に背を見せたものの傷ではないと思います。
 ただ背中に火傷の痕が多いが、これは」
「ガキの頃、人攫い共に焼かれた後だ。それ以外にあるなら、サラマンダーとかいう燃えるトカゲに飛びつかれた時のヤケドだ。
 後ろから飛びつかれたから、そのまま押しつぶしてやった」
 カルロの弟と妹を抱えて燃える街を駆けたときを思い出す。
 魔獣にやられた傷で覚えてるのなんてそれくらいだ。
 他の傷はいつ、どうやってついたのなんか覚えちゃいない。それだけ生き足掻くことに必死だったし、体中が傷だらけになった頃にはあそこで闘った大抵の魔獣から傷を負わされることなんてなかったからな。
「手を見せてくれるか」
 戦士の一人に言われ、オレは両手をソイツの方に差し出す。
「剣を握り、戦い続けた手だ。
 長、ロイドの子ゴーヴァンは敵に背を向け、逃げ続けていた臆病者ではありません。一人の戦士であると、そう考えます」
 長はそうかと短く返事をすると、小さな声で相談役や長老たちと何か話し始める。
 周りにいた戦士たちが離れていき、オレは息を一つ吐いて脱いだ服を着直す。
「大丈夫、勇敢な者に青の氏族は寛大だからな」
 オレの手を見た戦士が肩を軽く叩き、そう呟いて椅子の方へ戻って行く。
 寛大、か。オレはいっそ、厳しいバツでも与えられたほうが嬉しいんだけどな。
 そう考えて自分の手を見ていると、姉さんがオレの手を握りしめてきた。
 何も言ってはくれない。けれどもう離さないんじゃないかってくらい、その手から力と気持ちを感じだ
「八年間、アナタとガーウェイが帰ってくることだけを祈って、待ち続けてたの。お願いだから、もういなくならないで」
 姉さんの手を握り返す以外、何も出来なかった。
「ロイドの子ゴーヴァン、村の掟に従い裁定を下す」
 長の言葉に、姉さんがオレの手を握る力が強くなった。
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