その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

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第4章 青い竜の村

71話 お湯に浸かりながら

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 戦った。オレたちは戦って勝ったんだ。
 姉さん指揮の元、オレたちはルクレツィアのゴミ溜めになっていた家を片付けて、掃除し続けた。
 まだ日の高くなる前から始めたのに、終わったのは日が沈む前だった。
 イヤ、あれだけ散らかったなんて言葉じゃ足りないくらい酷いことになっていた家を、住めるまで掃除したんだ。
 オレたちの長い戦いは終わったんだ。
「はあぁ、あったけぇ」
 で、いまオレたちは風呂屋にいる。
 あったかい湯に浸かって、尾の先まで伸ばすと何とも体が安らぐ。
「おじさん、おじさんのしっぽスゴく太くて長いね。ぼくのしっぽもおっきくなるかな」
「おう、大きくなれば尾もでっかくなるぞ。
 でもアズ、あんまりはしゃぐなよ。周りのヤツに迷惑だからな」
「はーい」
 そう言いながらオレの尾の先をつまんだり、引っぱたりして遊んでいる。
 オレの隣ではカルロとダネルが何か抜けたような顔で、湯に使っている。
 あー、やっぱ風呂っていいな。
 ちなみに一番最初に風呂に入りたいと言ったのは、レーテだった。
 服が汚れただけじゃなく、体に変な匂いがついている気がするかららしい。
 言われてみれば全員服は汚れてたし、体に変な匂いがついている気がしなくもなかった。
 全員分の着替えを買い揃えて、みんな揃って風呂に入りに来ている。
 服代については、ルクレツィアの家で山になった古服を買い取ってもらったら、全員分の服を買うだけの金にはなった。
「けどさ、ルクレツィアってよくあんな家で暮らせてたよな。
 正直、旧市街の下水道の方がキレイじゃないかってくらいだったもん」
「片付けができないんだよあの人は。使ったら使ったまま、出したら出したまま。何度図書館の本を紛失仕掛けたことか」
「オレそんな人の下で下働きするんだよな。やっていけるか不安だよ」
「カルロ君は明日から僕と一緒に行動してくれればいいよ。
 僕が授業に出ている時は教授から言われたことだけやればいいからね。あれこれやりすぎるとあの人は甘えだすから気を付けて」
 ダネルが大きく息を吐きながら、体を伸ばす。
「でもいいよな、オッサンもニイちゃんもアズも体乾かすのが楽でさ。
 風呂入ってる間はいいんだけど、出たあと体乾かすのが面倒なんだよな」
 そういや、前に入った時も乾かすの大変だったっけか。
「後の大変なことを考えるのは今はやめよう。今はただゆっくりしていたいよ」
 起きない義兄さんのこと、借金の事、ルクレツィアに何かやらされること。
 考えなきゃいけないことはあるんだけど、今くらいは考えるの辞めてもいいよな、義兄さん。
「明日は僕が迎えに行くから学院までの道は覚えろ。カルロ君への引き継ぎと定期考査の勉強で忙しくなるからな」
「一回行きゃあ、道なんて覚えられるだろ。
 そんなことより、義兄さんがいるトコへの近道でも教えてくれ」
 オレにとっちゃ、ルクレツィアのことなんかより義兄さんのほうが大事だ。イヤ、比べるとかそれ以前の話だな。
「治療院への道か? それなら明日お互いやることが終わったら案内する。近道に関しては知らん。僕はあそこの世話になったことがないからな」
「行き方がわかりゃ、それでいい」
 ダネルがわからないなら、自分の足で歩いて探せばいい話だからな。
「アズ、顔ばっかりさわるなって」
「カルロおにいちゃん、かおペッタンコ。ちがう人みたい」
「仕方ないだろ、お湯で濡れてるんだからさ」
 オレの尾で遊ぶのが飽きたのかアズのヤツ、今度はカルロの顔や体を触って遊んでる。
「犬種って顔ぬれると、別人みたいに顔かわるよな」
「犬種だけじゃなく猫種もな。顔が濡れると毛の分の膨らみがなくなるから人相が変わるな」
「なんつーか、見た目ほど中身入ってない感じ?」
「そんなの別にどうでもいいだろ。好きで犬種に生まれたわけじゃないんだからさ」
 アズの顔を揉みくちゃにしながら、カルロが息を一つ吐く。
「オレも竜種に生まれたかったな。体も強いし、丈夫だし、生きてくのに困らなそうでさ」
「そんな丈夫ってわけでもねえぞ。ケガだってすりゃあ、病にだってかかる。
 オレの父さんと母さんは病で死んじまったらしいからな」
 アズはカルロで遊ぶのに飽きたのか、今度はダネルの体に触ったり尾で遊び始めてる。
「竜種も大怪我を負ったり、病にかかれば薬を使うし、医者が必要なときもあるんだよ。
 僕の両親は薬師でね。青の村へ来ているのも黒の氏族と青の取り決めで青の村へ行っているんだ」
「んで、青の氏族からは戦士が黒の方に行ってるんだったっけか?」
「そうだ。黒の氏族は戦士が少なかったし、青は薬師や医者が少なかったんだ。
 昔は氏族同士で血で血を洗うような争いも多かったらしい。けれどそんなやり取りにも疲れたんだろう。
 ほんの五年前だが二つの氏族で取り決めがあってな。青からは戦士を、黒からは薬師を互いの村へ送ることになったんだ。
 僕の両親がその薬師だ。黒の氏族の村にも青の戦士が三人来ているらしい」
 ふぅん、そんなことがあったんだな。
「そっか、竜種って鱗の色で仲が悪いんだったっけ」
「街で暮らす緑はその限りではないかな。学院に入学してしばらくした頃だったかな、緑から普通に話しかけられて驚いたくらいだからね。
 アズ君、尾の先をつねらないでくれ」
 体が温まるまで三人でアズの相手をしながら、あれこれ話しをした。
 その後はカルロの体を乾かすのに苦労したり、濡れたままあちこち行きたがるアズを連れ戻したりしてから風呂屋から出ると、店の入口で姉さんとレーテが待っていてくれていた。
 レーテのヤツ、斬る服が変わると随分雰囲気が変わるな。
 相変わらずフードの付いたマントを着ちゃいるが、着てる服がいつものヒラヒラした服じゃないだけで、随分話しかけやすい感じになってる気がする。
「どうしたんだね、私のことをじっと見て」
「その服の方が話しかけやすい感じがするなって思っただけだ」
「おや、ゴーヴァンは普段着ているような服より、こういう服のほうが好みだったのかね」
「好みっていうか、話しかけやすい感じがするってだけだ。
 オレはいつも来てるゴテゴテヒラヒラしたやつより、今の格好の方が好きってだけだ」
「親しみやすい、という意味で取っておこうかね。
 そうだゴーヴァン、ちょっといいかね」
 レーテが何があったのか、オレを手招きする。
「なんだ、何かあったか?」
「ちょっと屈んでくれないかね」
「ん? おう」
 レーテに頭の高さを合わせるようにかがむと、レーテの両手がオレの顔を包むように両頬に当てられる。
 何をするのかと思ったら、オレの額に自分の額をこすり合わせてきた。
「んな?!」
 オレが何をされたのかと思った瞬間、口にキスをされた。舌に何か柔らかいものが触れ、痺れるような甘さが口に広がる。
「村でされたことのお返しのようなものさね。
 シアラ、服は明日か明後日にでも取りに来るからね。
 じゃあ皆、また今度」
 一度オレたちに向かって笑いかけると、小走りに人混みの中に消えていった。
 胸が妙に強く鳴る。体が風呂で温まったのとは違う熱さになる。
 アイツ……人の口に毒流し込んでいきやがった。
「ねえ、おじさん。おねえちゃんとなにしたの?」
 アズ、オレが聞きてえよ。
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