その口吻(くちづけ)は毒より甘く

門音日月

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第4章 青い竜の村

99話 はじめまして、さようなら、またいつか

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 体が妙に軽い。
 さっきまでの痛いとか熱いとか寒いとか、そんなのが全部なくなってる。
 おかしいな、ダネルがそばにいない。
 向こうの方に倒れていた義兄さんもいない。
 義兄さんの横で泣いてたアズもいない。
「あ、起きた?」
「ん? あれ、レーテ。
 オメェどうしてここにいるんだ?
 ていうか、義兄さんたち見てねえか?」
「大丈夫、ここにはゴーヴァンしかいないから。
 あ、そうだ」
 レーテがヒラヒラした服の裾を掴んで、軽く頭を下げる。
「はじめまして、私、レーテ」
 あれ、コイツここしばらくこんなヒラヒラした服なんて着てたっけか?
「はじめましてって、何いってんだレーテ」
「あ、うん。こうして合うのははじめてだから……あー、うん。どう説明したらいいんだろ」
 ゴーヴァンが会ってた私は私だけど私じゃないっていうか、魂とその複製って言ってわかるかな」
 なに言ってるんだかわかんねえ。
「よし、その顔はわかってないね。まあ、いいや、大事なことじゃないし」
「いや、だって、オメェはレーテだろ。
 それ以外に何かあんのか……まさかテメェ、ユリウスのヤツが化けて!」
 そういやユリウスのヤツ、他のやつに化けられたはずだ!
「ああ、ないない。それはない。
 あの人は、こっちには来てないから……あ、でも」
 レーテが何か考えるように、クチビルに触れる。
「ゴーヴァンのお義兄さんは来そうな感じかな……ああ、でも来ても会えるってわけじゃないんだよね」
「なに訳のわかんねえこと、さっきから言ってんだよ。
 そんなことより、みんなのとこ戻る、ぞ……」
 そういやオレ、ここにどうやって来たんだ?
 おかしいな、さっきまで屋敷の中にいたのに、周りになにもない。
 オレとレーテ以外、誰もいない。
 オレとレーテ以外、なにもない。
「ここがどこかっていうのは、分からなくていいし、理解しないで。
 もしここがどこか分かったり理解すると、ゴーヴァンが帰れなくなるから」
「オイ! どっち行けば戻れんだ? まだユリウスのヤツ、ピンピンしてんだ。
 アイツ早くなんとかしねえと、義兄さんたちが」
 そうだ、早く皆のところに戻らねえと。
 て言っても、こんな何もないトコ、どっちに進めばいいんだ?
「あれ、なんだ?」
 光が、ある。
 何だろう、向こうに進めばいい、そう感じる。
「レーテ、向こうに進めばいいのか?」
「なんで?」
「進めばいいって、そう感じる」
「そう、か。そう感じるんだ……進む?」
 なんだろう、進んでいい、そう思う。
 けど進むと、進んだら……
「なあ、何なんだ、どうしてオレ、進めばいいって思ってるのに、進みたくないって思ってるんだ?」
「そっか、進みたくないんだ」
「変なんだ。こっちに進めばいいって思ってるのに、進んだらオメェにも、義兄さんにも姉さんにも、アズにもカルロにもダネルにも誰にも会えなくなる気が、するんだ!」
「そっか」
「向こうじゃねえだよな、みんながいるの。どっちに行けば、みんなのところに行けるんだ!」
 あれ、おかしいな。何でレーテが大きくなってんだ?
 違う。どうしてオレが、子供になってんだ?
 どうして、子供になっちまってんだ?
「ゴーヴァン、ゴーヴァンの心にはまだそんな傷だらけの、小さな自分がいたんだね」
 レーテがオレを抱きしめる。
 優しくて、柔らかくて、いい匂いがした。
「でもね、ゴーヴァンはもうそんな弱いだけの、守られるだけの子供じゃないよ。
 お義兄さんがいなくなってから一人で戦い続けてたんだよね。
 あの燃える街で子どもたちを守り続けてたよね。
 あんなに強かったユリウス相手に一歩も引かずに戦ったよね。
 村に帰って皆に自分は強い戦士だって示したよね。
 今だって誰かを守ろうとして傷を負ったんだよね。
 ゴーヴァンはもう、弱くなんてない、強くなれたんだよ」
 オレの頭を優しく撫でるレーテの手が、心地よかった。
「こっちに行けば、もう戦うことはなくなるよ。
 皆には会えなくなるけど、寂しい気持ちもなくしてくれるよ」
「イヤだ!」
 そんなのイヤだ!
「イヤだ! オレはどんだけキズついたってかまわねえ! 戦って戦って、生き足掻いてやるんだ!
 キズついたって怖いことなんかねえ! 体のキズはオレが生きてきた証だ! 誇りだ!
 これからどんなにキズついたって構うもんか! キズだらけになったって、大事なヤツらみんな守って、そいつらと一緒に生きて生きて生きてやる!」
 おかしいな、なんでレーテが小さくなってんだ?
 違う、オレが元の体に戻ってる。
 さっきから何が起きてんだ?
「うん、ゴーヴァンらしいね。
 でも、もうゴーヴァンは……あ、あれを見て」
 レーテの指さした方を見ると、小さい光が見えた。
 こっちの光に比べるとずっと小さくて、道標にするには頼りないくらいの弱い光だった。
 でも、暖かい。
 こっちの光に比べるとずっと、ずっと小さいけど、日向の光みたいな暖かさがある。
 なんだろう、こっちはすごく落ち着く光だ。
 でも向こうは、すごく暖かい光だ。
「オレ、向こうに行きたい」
 暖かい光に向かって、オレは歩き出す。
「そっか、ゴーヴァンはまだそっちがいいんだね。
 じゃあ、さようなら、だね」
「なに言ってんだ、オメェだって一緒に行くんだろ?」
 レーテも連れて行こうと戻ろうとするけど、おかしい、何で足が止まらないんだ?
「そっちにはそっちの私がいるから、そっちの私とこれからも友達でいてあげて。
 後、こんど私と会う時は、しわくちゃのおじいちゃんになってから会おうね。
 あれ、竜種ってしわくちゃになるのかな?
 まあいいっか、その時どんな顔になってるのか、楽しみにしてるね」
 レーテがオレに背中を向ける。
「私はもう、どこへも行けないから。ここで、じっとしてるだけだから。
 だからね、ほんの少しだけでも、こうしてお話しできて嬉しかったよ。楽しかったよ」
 振り向いたレーテは笑ってた。
 笑ってるのに、どこか寂しそうだった。
「じゃあゴーヴァン、またいつか」
 進んで行くたびに光が強くなっていって、レーテの姿が見えなくなっていた。
 アイツがどんな顔をしているのか、もう何も見えなくなっていた。


「ゴーヴァン! 僕がわかるか! 返事をしろ!」
「ダ、ネル……がはっ、こふっ!」
 口の中がサビ臭い臭いでいっぱいだ。
 思わず咳き込むと、口から血が吐き出てきた。
 体は、大丈夫だ。立てる。
「おとうさん! よかったよぉ、おとうさん!」
 アズがなく声が聞こえる。
 体を起こした義兄さんがアズを抱きしめ、撫でてやっていた。
「何で! どうしてあの傷でまだ生きてる!」
「回復の魔術。その最高位の魔術だ」
「ありえない! あれは複数名の魔力を使ってようやく成功する類いの魔術だぞ!」
「正直僕だって応急手当程度になればと思ってやった。
 でもあの子が、アズ君が特別だったんだ」
 ダネルがアズを見る。
「恐ろしい魔力量だよ。あの子一人の魔力で回復の魔術を使ったようなものだ。
 応急手当どころか傷を全快させるなんて。それどころか僕の足の傷までだ。」
 ダネルの足を見ると、穴の空いた血まみれのズボンから黒い鱗が見える。
 そういやオレも、背中に何の痛みもない。
「そんな……そんなっ!」
 片腕を抑えたままのユリウスが、悲鳴に近い声を上げる。
「なあ、ユリウス。
 テメェ、この後は覚悟できてんだろうな」
 義兄さんがオレの横に来て、短剣を一本渡す。
 オレたちはまだ戦えるぞ。
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