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第13話 停滞

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ゴルフォ達のパーティーと別れてから、数日が過ぎた。
その間、俺達は順調にダンジョンの深い場所へと降りて行く。
時に食べられる魚の魔物に遭遇したり、美味い果実がたわわに実る階層に行き当たったり、食糧面での幸運も続いたので、ロワの機嫌も悪くなかった。

寝食を共にして分かった事だが、ロワは好き嫌いが無いらしい。
魔物の魚を見た時、俺がアレは食べられるヤツだと言えば、今度は率先して獲ってくれた。
まあ、いくら美味くても肉ばかりじゃ飽きるし、栄養が偏るもんな。
魔物とは言え、魚が大量に手に入ったのは幸いだ。食材が増えれば、献立の種類も増える。

ロワが魔物を一掃した安全な場所で、俺が食事を用意する———
そんな役割分担で上手く回っていた。回っていた筈だった。


明らかに俺達の歩みが遅くなったのは、第40階層に到達した頃からだった。
徐々に高くなる魔物のレベルが、そこでさらにグンと上がった。
ヤツらの攻撃力や防御力も、第39階層以下と第40階層以上では、頭の出来すら違うように感じる。

1年前、大規模パーティーの一員として参加した時には気付かなかった事だ。
いや、俺が気付けなかっただけだ。
あの時はレベル50の冒険者が5人もいた。
言い方は悪いが、誰か1人が倒れても代わりがいた。
でも今の俺達2人にはロワしかいない。
違いはそこだ。俺達には余裕が無いんだ。

それでも俺とロワは歩みを止めず、第49階層まで来た。
そしていよいよ第50階層に踏み込んだところで———


「駄目だ!! 後退するぞ!! ロワ!!」

俺は大声で叫ぶと、煙幕弾を敵の足元に投げ付けてヤツらの視界を封じた。
こんな事をしても僅かな時間稼ぎにしかならないが、今は負傷したロワを抱えて逃げるのが先決だ。

「くそっ!!」

歯を食いしばり、ロワが吐き出す。
彼にしてみれば、欲する物がすぐ手の届くところにあったかもしれないのに、撤退を余儀なくされた。
その端正な顔を歪ませているのは、傷付いた身体の痛みではなく、心の悔しさに他ならない。

最悪だ、最悪だ、最悪だ!!
本当に何でこんなところに出てくるんだ!?

俺は出し得る限りの速さで、もと来た道を第49階層目掛けて走る。
今は逃げるしかない。
足を止めた瞬間、俺達の命は確実に消えるだろう。
確かにロワの防御壁は、ヤツらの攻撃を防いだ筈だった。
しかし衝撃までは殺せない。
ロワの負った傷は、衝撃によるものだ。
彼の防御を望めない今、俺達はヤツらの領域から少しでも遠ざかるしか、もう打つ手は無い。

俺はチラリと後方に視線をやる。
煙が少しずつ消え、ヤツらが姿を現す。

本来なら最深部手前の階層にしか出現しない魔物———『モザイク』だ。

それが目視だけで30頭以上いた。
『モザイク』は様々な魔物の特徴を有し、個体差が激しい。
だから空を飛ぶものもいれば、地下に潜むものもいる。
一様ではないからこそ、ロワの攻撃に隙が生まれ、そこをヤツらに突かれた。
せめて俺にもっと力があれば———今ほど自分の無力を悔しく思う事はない。
今の俺のレベルでは『モザイク』と対峙する資格すら無い。

「っ! もう少しだけ、全力で、走れっ!」
「分かってる!!」

痛みに顔を顰めつつ、ロワが向かって来る『モザイク』達に対して防御壁を張る。
さっきは攻撃と防御の魔法を同時に発動していた為、威力が中途半端になったのだろう。
速さのあるものは障壁にぶち当たり、火球を操るものは俺達に届く前に霧散した。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……!」

俺は全力で第50階層を駆け抜け、第49階層に転がるように飛び込んだ。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハァ…………ハ………」

『モザイク』が階層を超えて追ってくる様子は無いが念の為、物陰に隠れ、息が整う前に周りの景色を確認する———良し!
ここは俺達が通った第49階層だ! 空間の歪みはまだ起きてない。
皮肉にも、第50階層に入ってすぐ『モザイク』の襲撃を受けたのが幸いした。
これで階層を半ばまで進んでからだと逃げ切れなかったかもしれないし、たとえ逃げ切れたとしても時間が経っていたら、この第49階層は別の空間と繋がっていただろう。
その場合、俺達は新たに出現した魔物と、極めて不利な状況で戦わなくてはならない。
だが元いた第49階層なら、ロワが魔物を一掃した後だ。とりあえず次の魔物が湧いてくるまで猶予がある。

「っ………!」
「悪い、傷に響いたな。これで時間は稼いだ。回復魔法を使える魔力は残っているか?」
「当然だ……」

俺は木の根元に慎重にロワの身体を横たえたが、その僅かな振動すら辛いようで顔色も悪い。
役立たずなりに俺が回復魔法を使えたら良かったが、怪我の治療も本人に任すしかないのが悔しい。


「………………………………………フッ…………………はぁ」
「水、飲むか?」
「ああ………」

俺は水筒をロワに差し出した。
自らの回復魔法により、差し迫った危機は脱したらしい。
しかし魔法を使い続けた事による疲労は、それだけでは完全に回復しない。
俺に今出来る事は、少しでもロワが安心して休める環境を作る事だ。
いつもの彼らしくない呆けたような表情と虚な瞳を見ていると、心が痛い。

言葉少なに何か考えているロワを無理矢理寝かし付けると、時刻はまだ夕刻前だが、俺はその場で火を焚いて野営の準備をした。
魚肉と野菜を細かく切って入れた粥をこしらえ、彼が目を覚ました際に与えた。
いつもと比べると食べる量は少ないが、俺の倍は食べたから、ひとまず大丈夫そうだ。

ロワの分まで寝ずの番を覚悟していたが、気づくと朝になっていて、肩にはしっかりと布団が掛けられていた。
情けない事に寝落ちしてしまったらしい。

「お前は腹が空いてないか?」

寝起きの俺に対する第一声がそれだった。
ジッと俺が起きるのを待ってるところを見ると、遠まわしな朝食の催促らしい。
携行食を持っているのだから、どうしても腹が空いたらそれを食べれば良いのに、律儀に俺を待っていたようだ。
何だかそれがおかしくて、昨日の無様な撤退で沈んでいた気持ちが浮上した。

「よし、待ってろよ。今『大赤角牛』の肉を焼いてやるからな。それとも魚の方が良いか?」
「肉が良い」
「分かった。すぐ作るから」

朝食を作っている間、ロワの様子をチラ見していたが、いつもの彼だ。
落ち込んでいる様子は特に無い。それに俺もホッとする。
この先進むか戻るか結論を出すにしても、まずは腹ごしらえだ。
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