43 / 59
第43話 合流
しおりを挟む
オアシスから移動すること十日後———とうとう俺たちは『アンゴル大峡谷』に到達した。
峡谷と言うと、切り立った崖と底に流れる川を思い浮かべるが、アンゴル大峡谷に川は存在しない。川に当たる部分が、そのままパックリ開いた魔界への入り口となっているらしい。
そして周りの景色も全く違う。
アンゴル大峡谷は樹木に混じり、魔石の柱が乱立している。
ほぼ百年間人間の手が入らなかったこの地には、他にも凄まじい量の魔石が眠っているはずだ。
ノーティオの張った結界は、遠くからでも確認出来た。
ハニカム構造の結界は、半円で大峡谷を包み込むように昼間でも淡く光っている。近くまで来ると、その結界の網目に幾つもの綻びが見えた。
「完全に結界が崩壊する前で良かったですわね、ノクス先生」
俺たち一行は到着後、かつての見張り小屋らしき廃墟がある広場で、一休みしていた。
王弟として遠征の指揮を任され、魔術師として結界修復の監督も兼務しているノクスは、俺の言葉に疲れの滲む表情を少しだけ緩めた。
「ああ、少しでも遅かったら結界の崩壊は免れなかっただろう」
「でも、ちょっと拍子抜けですね」
「何がですの? グランス様」
この遠征中ほぼ前衛にいたグランスは、自分の魔銃を撫でながら首を捻る。
「魔物の数が思ったより少ない。いや、当然アルカ王国にいた時よりは多いですが……」
「うむ、それは私も気になっていた。ここに来るまで死亡者が一人も出なかったのは幸いだが、魔物の攻勢とこちらの被害状況によっては、最悪撤退も考えていた」
グランスの言葉にノクスも頷く。
全てが順調過ぎて怖いってことか……。
その時、馬でこちらに駆け寄ってくる人影が見えた。
「おー! ノクス王弟殿下! それにフィリア!! 貴殿たちの方が、我より早かったか!」
その言動とウサ耳から間違えようもない、メテオラ・クラウストラ王太子殿下だった。
「メテオラ王太子殿下、ご無事で何よりです」
「貴殿らもな」
馬から降り鷹揚に応えると、メテオラは一転して真面目な表情を作った。
「フィリア、クレアのことは大変であったな」
「お気遣いありがとうございます、殿下」
通信魔法でクレア襲撃の件は、彼の耳にも入っていたようだ。
「我に出来ることがあれば何でも言うが良い。我の胸ならいつでもフィリアのために空けておくぞ!」
さあ来いとばかりに腕を広げて言い放つ。
冗談ではなく、本気で慰めようとしてくれているらしいが、「お気持ちだけで充分ですわ」と俺は体よく断った。
「失礼ながら殿下。グラキエス騎士団の被害はいかほどに?」
不意にノクスがメテオラにそんな質問をした。
意図を察したメテオラは、少し眉根を寄せる。
「極めて軽微だ。我が騎士団が強いと言うことももちろんある! だが、それにしてもだ。正直、拍子抜けしておる」
「そちらも同じでしたか」
「ノクス王弟殿下。これは我らを誘い込む罠だと言われるのか?」
ノクスは即答しなかった。
「………可能性はあるかと。しかし結界修復は、この機を逃すわけにはいきません」
「我も同じ意見だ。我がグラキエスが誇る魔術師と合同で、すぐに修復と補強に取り掛かるとしよう。これだけの魔石の山を目の前にして、手ぶらで帰るわけにも行くまい」
メテオラはニヤリと不敵に笑い、自分の騎士団たちがいる方に戻って行った。
ノクスもテキパキと各所に指示を出し始める。
『アンゴル大峡谷遠征』は、いよいよ最終段階に入ったようだ。
「フィリア様、僕も警備に行かなくてはいけないので」
グランスが律儀に断りを入れて、持ち場に戻る。
「ええ、お気をつけて」
それを見送ってしまうと、とりあえず俺がやることはない。
リトが待っている幌馬車に戻ろうとした時、
「フィリア様」
後ろから声をかけられ、俺は振り向いた。
峡谷と言うと、切り立った崖と底に流れる川を思い浮かべるが、アンゴル大峡谷に川は存在しない。川に当たる部分が、そのままパックリ開いた魔界への入り口となっているらしい。
そして周りの景色も全く違う。
アンゴル大峡谷は樹木に混じり、魔石の柱が乱立している。
ほぼ百年間人間の手が入らなかったこの地には、他にも凄まじい量の魔石が眠っているはずだ。
ノーティオの張った結界は、遠くからでも確認出来た。
ハニカム構造の結界は、半円で大峡谷を包み込むように昼間でも淡く光っている。近くまで来ると、その結界の網目に幾つもの綻びが見えた。
「完全に結界が崩壊する前で良かったですわね、ノクス先生」
俺たち一行は到着後、かつての見張り小屋らしき廃墟がある広場で、一休みしていた。
王弟として遠征の指揮を任され、魔術師として結界修復の監督も兼務しているノクスは、俺の言葉に疲れの滲む表情を少しだけ緩めた。
「ああ、少しでも遅かったら結界の崩壊は免れなかっただろう」
「でも、ちょっと拍子抜けですね」
「何がですの? グランス様」
この遠征中ほぼ前衛にいたグランスは、自分の魔銃を撫でながら首を捻る。
「魔物の数が思ったより少ない。いや、当然アルカ王国にいた時よりは多いですが……」
「うむ、それは私も気になっていた。ここに来るまで死亡者が一人も出なかったのは幸いだが、魔物の攻勢とこちらの被害状況によっては、最悪撤退も考えていた」
グランスの言葉にノクスも頷く。
全てが順調過ぎて怖いってことか……。
その時、馬でこちらに駆け寄ってくる人影が見えた。
「おー! ノクス王弟殿下! それにフィリア!! 貴殿たちの方が、我より早かったか!」
その言動とウサ耳から間違えようもない、メテオラ・クラウストラ王太子殿下だった。
「メテオラ王太子殿下、ご無事で何よりです」
「貴殿らもな」
馬から降り鷹揚に応えると、メテオラは一転して真面目な表情を作った。
「フィリア、クレアのことは大変であったな」
「お気遣いありがとうございます、殿下」
通信魔法でクレア襲撃の件は、彼の耳にも入っていたようだ。
「我に出来ることがあれば何でも言うが良い。我の胸ならいつでもフィリアのために空けておくぞ!」
さあ来いとばかりに腕を広げて言い放つ。
冗談ではなく、本気で慰めようとしてくれているらしいが、「お気持ちだけで充分ですわ」と俺は体よく断った。
「失礼ながら殿下。グラキエス騎士団の被害はいかほどに?」
不意にノクスがメテオラにそんな質問をした。
意図を察したメテオラは、少し眉根を寄せる。
「極めて軽微だ。我が騎士団が強いと言うことももちろんある! だが、それにしてもだ。正直、拍子抜けしておる」
「そちらも同じでしたか」
「ノクス王弟殿下。これは我らを誘い込む罠だと言われるのか?」
ノクスは即答しなかった。
「………可能性はあるかと。しかし結界修復は、この機を逃すわけにはいきません」
「我も同じ意見だ。我がグラキエスが誇る魔術師と合同で、すぐに修復と補強に取り掛かるとしよう。これだけの魔石の山を目の前にして、手ぶらで帰るわけにも行くまい」
メテオラはニヤリと不敵に笑い、自分の騎士団たちがいる方に戻って行った。
ノクスもテキパキと各所に指示を出し始める。
『アンゴル大峡谷遠征』は、いよいよ最終段階に入ったようだ。
「フィリア様、僕も警備に行かなくてはいけないので」
グランスが律儀に断りを入れて、持ち場に戻る。
「ええ、お気をつけて」
それを見送ってしまうと、とりあえず俺がやることはない。
リトが待っている幌馬車に戻ろうとした時、
「フィリア様」
後ろから声をかけられ、俺は振り向いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
乙女ゲームのヒロインに転生したのに、ストーリーが始まる前になぜかウチの従者が全部終わらせてたんですが
侑子
恋愛
十歳の時、自分が乙女ゲームのヒロインに転生していたと気づいたアリス。幼なじみで従者のジェイドと準備をしながら、ハッピーエンドを目指してゲームスタートの魔法学園入学までの日々を過ごす。
しかし、いざ入学してみれば、攻略対象たちはなぜか皆他の令嬢たちとラブラブで、アリスの入る隙間はこれっぽっちもない。
「どうして!? 一体どうしてなの~!?」
いつの間にか従者に外堀を埋められ、乙女ゲームが始まらないようにされていたヒロインのお話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる